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次亜塩素酸水溶液を用いた強制通風気化システムによる
空間微生物の制御
三重大学大学院 生物資源学研究科
教授 福崎 智司

はじめに

近年、空中浮遊菌や表面付着菌による食品の二次汚染防止や感染症対策として、次亜塩素酸ナトリウム(NaOCl)水溶液や電解水を用いた空間除菌装置が普及し始めている。NaOCl水溶液を用いた空間除菌装置は、基本的には加湿装置の原理を利用しており、超音波霧化方式と通風気化方式に大別される。
 超音波霧化方式は、NaOCl水溶液を超音波振動子により微細粒子状に霧化して空間に噴霧することにより、室内空間や固体表面に存在する微生物を不活化する方法である。この方式はアクティブ式と呼ばれている。この場合、NaOCl水溶液に含まれる有効塩素成分(HOCl/OCl-)や塩化ナトリウム(NaCl)などの溶質は液滴に溶解したまま空間に放出される。その結果、長時間の稼働により、固体表面では白色塩類が析出する現象が起こるため、定期的な清拭洗浄を行うことが望ましい。
 一方、通風気化方式は、室内空気を装置内に吸引し、水を含浸させた繊維フィルタ内を強制通風させることにより、フィルタ表面での水の気化によって水分子を放出する現象を利用している。この通風気化装置にNaOCl水溶液を供給すると、空気中に含まれる物質を気液接触により酸化処理した後、処理空気を再び室内に吹き出す方式で処理が行われる。この方式はパッシブ式と呼ばれており、装置内部での酸化処理が浄化機構と考えられている。一方、吹き出し空気にはかすかな塩素臭が官能的に検知でき、風流により有効塩素成分が揮発していることがわかる。一般に、水が多量に気化する条件下において、有効塩素成分の揮発挙動や微細粒子(ミスト)の飛散現象については十分に理解されていない。
 筆者らのグループは、通風気化システムを用いて、有効塩素成分や塩類の揮発挙動ならびに空中浮遊菌・付着菌に対する殺菌効果に関する研究を進めている。ここでは、揮発する有効塩素成分は非解離型次亜塩素酸(HOCl)であること、塩類の系外への放出は起こらないこと、そして揮発したHOClは酸化力を保持したまま表面付着菌の殺菌に寄与することを紹介する1)

1.通風気化システムの構成

図1に、実験に使用した通風気化システムの模式図を示す。通風気化装置の内部は、中空円筒状の多孔性繊維フィルタ(ポリエステル)と含浸用水溶液を入れる平型タンク(1.1 L)で構成され、繊維フィルタに含浸させるためのNaOCl水溶液(23℃)は、外部の供給タンクから定量ポンプを用いて供給と排出(170 ml/min)を行った(図1A)。繊維フィルタは、NaOCl水溶液の水面から10 mmまで浸り、通気の流れと対向する方向に回転(1 rpm)させた(図1B)。空気は、装置の側面から風量5 m3/minで取り込み、繊維フィルタの内部を通過して通風気化装置の上部から排出させた(風量2 m3/minの実験も実施)。

図1.次亜塩素酸水溶液を用いた通風気化システムの模式図

2.空中浮遊菌に対する効果

図2に、三重大学水産製造実験工場内(室内空間:480 m3;無人下)の任意の10箇所に寒天栄養培地入りシャーレを設置し、通風気化装置2台を8時間稼働(有効塩素濃度:15 ppm)したときの落下菌数を示す。通風気化装置の稼働により、落下菌によるコロニー形成数は稼働前と比較して約70%減少した。この時、室内には吹き出し空気に由来する塩素臭が明らかに感じられた。
 この実験と並行して、腸炎ビブリオを塗布した寒天栄養培地入りシャーレを設置して殺菌効果を検討しているが、コロニー数には有意な減少は見られなかった。このことから、浮遊落下菌の減少は通風気化装置の内部における殺菌処理および揮発有効塩素成分による空間中での殺菌作用によってもたらされたと推測できる。

図2. NaOCl水溶液を供給した通風気化装置を稼働させたときの落下菌数の変化
(室内空間:480 m3; 8時間稼働; 15 ppm)

3.有効塩素成分の揮発

揮発実験は、ステンレス鋼製の内壁で構成される密閉室内中(23 m3)で実施した。有効塩素成分の揮発量の相対比較は、通風気化装置から3 m離れた位置の床面に設置したシャーレ内の純水20 mlに捕集されたCl-濃度(CCl-)をイオンクロマトグラフで定量して行った。

3. 1 食塩(NaCl)水を供給した場合

図3に、NaCl水溶液(16 ppm, pH 8)を供給した通風気化装置の吹き出し空気からシャーレ内の水に捕集されたCl-濃度(CCl-)を示す。120分間の稼働において、捕集シャーレ内の水のCCl-は検出限界以下(<0.001 mg/l)となった。この結果から、本実験における水の気化条件下(約400 ml/h)では、Cl-が微細なミストとして装置外へ運ばれる現象は起こっていないことがわかった。

図3. NaCl水溶液(16 ppm)を供給した通風気化装置を稼働したときのCCl-

3. 2 NaOCl水溶液を供給した場合

図4に、pH 5、8、10に調整したNaOCl水溶液(10 ppm)を通風気化装置に供給したときのCCl-の経時変化を示す。いずれのpHにおいても、シャーレ内の水に捕集されたCCl-は稼働時間に比例して増加し、一定の速度で有効塩素成分が揮発していることがわかった。また、pHが低いNaOCl水溶液ほどCCl-が高くなる傾向を示した。このように、有効塩素濃度は同一でもpHに依存して有効塩素成分の揮発量に顕著な差が出ることがわかった。ここで、各pHのNaOCl水溶液に含まれるHOClの存在割合は、pH 5で99.7%、pH 8で24.0%、pH 10で0.3%である。すなわち、揮発量はHOCl濃度に依存していると考えられる。

図4. pHの異なるNaOCl水溶液を供給した通風気化装置を稼働したときのCCl-

図5に、有効塩素濃度を10、40、100 ppmに調整したpH 8のNaOC1水溶液を通風気化装置に供給したときのCCl-の経時変化を示す。有効塩素濃度の増加とともに、CCl-は著しく増加した。pHを一定にしたNaOC1水溶液の場合、有効塩素の濃度差の割合は、HOCl濃度の割合に相当する。
  以上の結果から、通風気化装置の吹き出し空気に含まれる有効塩素成分はHOClであり、揮発量はHOCl濃度に依存することが示された。

図5. 有効塩素濃度の異なるNaOCl水溶液(pH 8)を供給した通風気化装置を稼働したときのCCl-

図6は、pH 8のNaOC1水溶液(10 ppm)を供給した通風気化装置の風量を2 および5 m3/minに設定して稼働したときのシャーレ内の水に捕集されたCCl-を比較した結果である。いずれの風量においても、CCl-は稼働時間に比例して増加し、揮発量は風量に依存して増加する結果となった。

図6. NaOCl水溶液を供給した通風気化装置を異なる風速で稼働したときのCCl-

4.付着菌に対する殺菌効果

殺菌実験は、NaOCl水溶液含浸繊維フィルタから揮発したHOClの殺菌効果を調べることを目的として、揮発実験と同様の密閉室内中(23m3)で実施した。供試菌として黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)を用いた。実験は、木綿滅菌ガーゼ(50 mm×50 mm)に3 mlの菌懸濁液を染み込ませた湿潤状態と、乾燥シャーレに10 μL滴下して風乾した乾燥状態の2通りで行った(104~106 CFU)。菌体付着ガーゼおよびシャーレは、通風気化装置から3 m離れた床上1.2 mの位置に設置した(風量:5 m3/min)。

4. 1 湿潤ガーゼ

図7に、NaCl水溶液およびpH 5および10に調整した10 ppmのNaOCl水溶液を通風気化装置に供給して稼働したときの、湿潤ガーゼに付着した黄色ブドウ球菌の生残率の変化を示す。NaCl水溶液の場合、5時間の試験において黄色ブドウ球菌の死滅は見られなかった。pH 5のNaOCl水溶液を供給した場合、生残率が減少し始めるまでに約2時間の遅延は見られたが、その後の生残率は時間とともに減少し、5時間の暴露で3 log(99.9%)の減少に達した。一方、pH 10のNaOCl水溶液を供給した場合、5時間の稼働では黄色ブドウ球菌の生残率は0.3 logの減少にとどまった。黄色ブドウ球菌の死滅挙動は、図4に示したCCl-値(揮発量)の結果と相関していた。これは、揮発したHOClが黄色ブドウ球菌に対して殺菌作用を及ぼしたことに他ならない。

図7. NaCl 水溶液 および NaOCl 水溶液を供給した通風気化装置を稼働したときの
湿潤ガーゼ付着菌に対する吹き出し空気の殺菌効果

4. 2 乾燥シャーレ

図8に、pH 8に調整した15 ppmのNaOCl水溶液を通風気化装置に供給して稼働したときの、乾燥シャーレに付着した黄色ブドウ球菌の生残率の変化を示す。通風気化装置を稼働させた場合、生残率が減少し始めるまでに約60分間の遅延は見られたが、その後の死滅速度は60分以降で大きくなり、90分で2 logの減少、120分で4 logの減少に達した。湿潤ガーゼと比較すると、黄色ブドウ球菌の死滅速度は著しく大きかった。

図8. NaOCl 水溶液を供給した通風気化装置を稼働したときの
乾燥シャーレ付着菌に対する吹き出し空気の殺菌効果

5.付着ウイルスに対する不活化効果

不活化実験は、上記4項と同様に密閉室内中(25 m3)にウイルス粒子を塗布(105~106 個)した乾燥シャーレを設置して行った。なお、本実験では通風気化装置内に電気分解機能を装備した装置を用いて、電解次亜水(pH 8、10 ppm)を内部生成するシステムで稼働させた(風量:3 m3/min)。

5. 1 A型インフルエンザウイルス

図9に、通風気化装置を稼働したときのA型インフルエンザウイルスH3N2の感染価の減少曲線を示す。本実験環境では、インフルエンザウイルスの180分間における自然減衰は軽微であった(コントロール)。通風気化装置を稼働させた場合、コントロールと比較すると、60分で2.4 logの減少、120分で5.2 log以上の減少(検出下限以下)に達した。一般に、インフルエンザウイルスのようなエンベロープを持つウイルスは、薬剤感受性が相対的に高いと言われており、揮発HOClによる不活化作用を受けやすいウイルスであることがわかる。

図9. 電解次亜水を内部生成する通風気化装置を稼働したときの 乾燥シャーレ上の
A型インフルエンザウイルスに対する吹き出し空気の不活化効果

5. 2 ネコカリシウイルス

ネコカリシウイルス(Feline calicivirus)は、ノロウイルス(人工培養不能)と同じカリシウイルス科に属することから、米国環境保護局(EPA)にてヒトノロウイルスの代替ウイルスとして指定されている。ネコカリシウイルスは、エンベロープを持たないウイルスであり、環境の変化に強く、薬剤耐性も高いことで知られている。
 図10に、ノロウイルス代替のネコカリシウイルスの感染価の減少曲線を示す。通風気化装置を稼働させた結果、感染価は時間とともに徐々に減少したが、その速度は遅く、コントロールと比較すると240分後にようやく2 log以上の減少に達した。今回の実験では、低濃度の電解次亜水(10 ppm)を用いたため速効的な効果はないものの、揮発HOClとの接触時間を延長すれば、ネコカリシウイルスを不活化できることが実証された。

図10. 電解次亜水を内部生成する通風気化装置を稼働したときの乾燥シャーレ上の
ネコカリシウイルスに対する吹き出し空気の不活化効果
引用文献

1) 吉田ら:防菌防黴,44, 113-118 (2016)

略歴

福崎 智司
三重大学大学院 生物資源学研究科 教授
1991年3月広島大学大学院醗酵工学科博士課程後期修了後、同年4月岡山県工業技術センター入所。食品技術グループ長、研究開発部長を経て、2013年より現職。専門は、洗浄・殺菌工学、界面化学、生物化学工学、廃水処理工学。工学博士。

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