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三重県のカキ養殖海域におけるノロウイルス遺伝子の分離状況
微生物検査室 稲垣 暢哉

はじめに

2012年1月13日開催の第64回三重県公衆衛生学会において、「三重県のカキ養殖海域におけるノロウイルスの分離状況」について発表いたしました。以下、講演内容を要約したものをご紹介させて頂きます。

ノロウイルスと三重県の衛生対策

  ノロウイルスは、ウイルス性食中毒の原因ウイルスとして知られており、特に秋から冬になると報道を通じて耳にする機会が多くなります。現在、ノロウイルスを原因として起こる食中毒の患者数は最も多く、厚生労働省に報告があった平成22年のノロウイルスによる食中毒の事件数は399、患者数は13,904人でした。
 ノロウイルスの感染経路の1つに二枚貝の喫食が挙げられますが、近年は、二枚貝による感染は少なく、多くの場合ノロウイルス感染者によって汚染された食品が要因であることが分かってきています。近年世界的にノロウイルス感染症が大流行した平成18年を例に見てみたいと思います。この年はノロウイルスによる食中毒の事件数は499、患者数は27,616人でした。食中毒件数を原因物質別に見てみると全体の件数は増加しているものの、二枚貝を原因として起きた件数は減少していることがわかります。しかし、二枚貝によるノロウイルス食中毒もなくなったわけではありません。
 三重県は、全国有数の生食用殻付きカキの養殖が盛んな県の1つです。したがって、美味しく安全な生カキを食べるために、ノロウイルスによる食中毒をいかに回避するかが重要となります。三重県産生食用カキは全て18時間以上の浄化が義務付けられていますが、ノロウイルスを完全に除去することができないのが現状です。
 そこで回避策が必要となります。伊勢保健福祉事務所は、平成15年から「みえのかき安心情報」をホームページに掲載しています。これは、平成9年度から始まったノロウイルス汚染メカニズムに関する調査・研究に基づき、ノロウイルス食中毒が発生しやすくなる6要因についてカキ養殖が行われている海域でモニタリングを行い、関係者に注意を促すシステムです。弊財団では6要因の1つであるカキのノロウイルス遺伝子のモニタリング検査を平成17年から行っています。今回、弊財団が行ってきた過去3年間の検査結果とその間に実際に発生した食中毒事例について説明していきたいと思います。
 なお、ノロウイルスと三重県の衛生対策についての詳しい内容については弊財団のメールマガジン(Vol.43〜Vol.48)で取り上げた 庄司 正 著、かきウイルス物語(全5章)を参照下さい。


厚生労働省 食中毒発生状況
          http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html

伊勢福祉保健事務所 みえのかき安心情報
          http://www.pref.mie.lg.jp/NHOKEN/HP/kaki/1-index/index.htm

かきウイルス物語 (1〜5章)
          http://www.mac.or.jp/mail/091001/01.shtml
          http://www.mac.or.jp/mail/091101/03.shtml
          http://www.mac.or.jp/mail/091201/03.shtml
          http://www.mac.or.jp/mail/100201/03.shtml
          http://www.mac.or.jp/mail/100301/06.shtml

6要因とは?

要因(1) 伊勢湾周辺地域で感染性胃腸炎の流行
 要因(2) カキ養殖海域の水温が10℃以下
 要因(3) ノロウイルス遺伝子がカキのサンプルから検出
 要因(4) 一度に50mmを超える雨が降り、河川水が大量に海に流入
 要因(5) カキによる健康被害の発生
 要因(6) プランクトンから検出されるウイルス遺伝子の動向及び消長
 これらは、平成9年からの調査・研究により重要であると考えられた要因です。特に要因(2)、(3)及び(4)重要だと考えられます。つまり水温が10℃以下で一度に50mmを超える雨が降った後に浄化前カキからノロウイルス遺伝子が検出された場合、ノロウイルス食中毒のリスクが高くなっていると考えられます。

生カキを安心して食べていただくためには
          http://www.mac.or.jp/mail/061101/03.shtml

ノロウイルス遺伝子検査(モニタリング検査)

養殖海域の4地点でモニタリング検査を行いました。養殖海域のカキ3個を1検体として検査を行います。モニタリング検査には未浄化のカキを用います。(出荷されているカキは、全て紫外線殺菌された海水で18時間以上の浄化がなされています。)検査にはカキの中腸線を使用します。検査は、遺伝子検査手法の一つであるRT-PCR法で実施します。この方法は、まず中腸線からRNAを抽出し、これを鋳型としてDNAへと逆転写を行い、ノロウイルスが保有している遺伝子(DNA)部位をPCR法により増幅させます。この時増幅させるDNA部位の違いによってノロウイルスの遺伝子型を分類します。弊財団では、GI typeとしてCOG1系及びG1SK系、GII typeとしてCOG2系及びG2SK系を対象として検査を行っています。
図.3 検査の様子 中腸線を取り出す(PDF:182KB)
図.4 遺伝子図(PDF:116KB)

3年間の検査結果

弊財団で実施した過去3年間の検査の結果、G2SK系での検出が最も多い傾向にありました。これは、厚生労働省が公表している全国での検出報告と同様でした。また、調査の結果、三重県のカキ養殖海域でも他都道府県と同様にGII 型の遺伝子部位が多く検出されたことがわかりました。
 過去3年間で三重県の養殖海域で取れたカキを喫食したことによるノロウイルス食中毒が平成22年に2件連続して発生しました。患者から分離されたノロウイルスの遺伝子型は、GI のみ検出、GII のみ検出、GI 及びGII 両方検出の3パターンありました。この結果から、特定の遺伝子型によるものではなく複数種の遺伝子型が分離されている状況になると、ノロウイルス食中毒が発生する可能性が高い状態にあるのではないかと考えられます。
 この2件の食中毒が発生した直前の海域の状況は水温10℃以下(要因(2))、ノロウイルス検査の結果、GI 及びGII 両方の遺伝子型を検出していました(要因(3))。さらに、この時期にはCOGI 系、G1SK系、COG2系、G2SK系と様々な遺伝子の系統で検出されていたことから、明らかに他の時期とは異なる状況でした。

考 察

(1) 平成22年2月初旬にノロウイルス食中毒が2件発生したものの、過去に見られた様なノロウイルス食中毒の頻発事例はありませんでした。
 ⇒この状況を裏付けるように、過去3年間のモニタリング検査においても、6要因の中でも特に重要な3要因が重なる時期はありませんでした。また、「みえのかき安心情報」提供システムがスタートしてから8年経過し、カキ取扱い事業者の衛生意識が向上したことが、カキによるノロウイルス食中毒の発生数の大幅な減少につながったと考えられます。
 (2) 2件のノロウイルスによる食中毒では、GI のみ検出、GII のみ検出、GI 及びGII 両方検出の3タイプの患者が確認されました。
 ⇒これは、全国的なカキの食中毒の傾向と同様でした。また、直前の海域のモニタリング検査では、GI 及びGII が同時に検出されました。
 (3) ノロウイルス食中毒の直前のモニタリング検査では、様々な遺伝子型のノロウイルス遺伝子が検出されました。
 ⇒複数種のノロウイルス遺伝子型が検出された場合や、通常と遺伝子型の検出パターンが異なる場合、ノロウイルスによる食中毒の発生に注意が必要であると考えられます。このような状況が発生した場合には、行政との連携により迅速に食中毒防止(養殖業者の生食用カキの出荷自粛)を促せるようなシステム構築に貢献できるように努めていきたいと考えています。
 (4) 今後、食中毒発生とモニタリング検査の更なる相関調査の必要があります。
 ⇒過去3年間行ってきたモニタリング検査は、RT-PCR法により行いました。その一方で患者の検査ではリアルタイムPCR法を用いています。したがって、今後は患者から分離されるノロウイルスと相関が取れ、迅速に結果が判明することが期待されるリアルタイムPCR法の導入について検討を進めていきたいと考えています。

最後に

今回の講演発表は、弊財団が日々行っている検査結果をまとめ社会的な問題と照らし合わせて考察するという内容でした。今後も食中毒の患者数が最も多い、未知なる部分のあるノロウイルスについて検査結果をまとめ考察し、少しでもその実態に迫ることができればと考えています。また、このような取り組みを行うことによって、ノロウイルス食中毒のリスク回避、美味しい安全なカキの提供に貢献できれば幸いです。
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