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かきウイルス物語(かきを美味しく安全に食べるために)
財団法人食品分析開発センターSUNATEC理事長 庄司 正
「シリーズ(5)〜かきを安全に食する課題〜」
ノロウイルス食中毒

 全国的に貝類によるノロウイルス食中毒が、1月2月に多く発生しているそうだ。2月19日の河北新報によれば、宮城県漁協は生食用カキの出荷を2月15日から自粛し加熱調理用に切り替えたこと、また、厚生労働省は1月22日付で所管自治体に対して生食用カキによる食中毒防止対策を要請したと報道している。厚生労働省食中毒統計資料(2009年食中毒発生事例(速報)1月19日現在)において、全国の12月中のノロウイルス食中毒は、23件で生カキが原因食品と明記されているものは4件である。厚労省から上記通知が出たことは、原因食品欄が空白になっていたり不明となっているがカキ関連の可能性が高く、また、公表されていないが2010年になってもカキ関連の食中毒が多く発生しているのであろう。
 東京都食中毒発生状況(速報)HPを見ると、ノロウイルス食中毒発生は、昨年12月中に17件(9件)、本年1月中に18件(7件:対前年同月比)と公表されている。原因食品についての記述はないが、例年の倍以上の発生件数となっている。
 三重県においても2月になってから、断定はされていないがカキ関連の食中毒が2件、みえのカキ安心情報によれば、1週間で5件の健康被害があったと公表されている。かつてのアウトブレイクの状況ではなく散発的な発生であるが、例年よりも水温が低い状態が続いているなど、今年はノロウイルスによる健康被害が多いシーズンの様相を呈している。
 報道発表資料によると、1件の食中毒は旅館ホテルの料理でセル牡蠣カクテルや生牡蠣が出されている。もう1件の食中毒は焼きがき店によるもので、カキ御飯、カキ味噌汁、焼きカキが提供されただけである。消費者が自分で焼くスタイルなので、加熱不十分があったかもしれない。いずれの食中毒もカキの関与が強く疑われるが、後者の食中毒は新しい問題を提起している。みえのカキ安心情報の提供に至る素晴らしい取組みが、まだまだ地元の食品事業者に浸透し理解されていないようだ。健康被害に遭われた消費者のことを考えると、無念さを感じるだけでなく誠に遺憾である。

ウイルス浄化の限界

 三重県が行った、ポリオウイルスを用いたかきの浄化試験で、後になってやっておけばよかったと気づいたことがある。それは、これまでかきの中腸腺を検体としてウイルス量を測定してきたが、かきの組織全体を検体としてウイルス量を測定しておけばよかったと後悔したことである。そのために、取り込ませたポリオウイルスは、かきの胃内容を含む中腸腺に限局して存在しているのか、それともかきの組織全体に存在しているのか、考察ができなかったのである。
 ポリオウイルスを一時的に取り込ませた場合は浄化により急激にウイルスは減少したが、2週間にわたってウイルスを取り込ませた場合はなかなか減少しなかった。中腸腺以外の組織のウイルス量を検査していれば、中腸腺にウイルスは蓄積するだけなのか、それとも組織全体にウイルスが存在しているのかが考察できたかもしれないと思ったからである。
 2006年の食品微生物学会雑誌及び三重県が開催した2006年「第4回かきの安心フォーラム」で発表された宮城県のネコカリシウイルスを用いた取込・浄化試験によって、中腸腺以外のかきの組織にも、ネコカリシウイルスを保有する細胞(貪食細胞)が存在することが明らかとなった。この試験は、ウイルスの取り込みは5日間で、様々な条件で浄化しても、72時間で1/100程度にウイルス量を減少させることができたという報告である。従って、現在の浄化システムでは、ウイルスの除去は不可能という結論である。同感である。
 これらのことは、メルマガ12月号で述べたように、雨水により養殖海域に塩分濃度躍層が形成され、1〜2週間の長期にわたり河川水(ノロウイルス)の汚染を受けた状況と同じではないかと小生は考えている。
 貪食細胞は、消化機構を担う細胞であるので、躍層形成という浮遊物の多い状態が続けば、中腸腺の消化機構に加え、貪食細胞が腸管粘膜上皮に出てきて餌を食べる機構も活発に働いているのではないかと思うのである。
 「カキの消化様式は三型に大別できる。すなわち、消化盲嚢の細管部の食作用による細胞内 消化、杆晶体の消化酵素による胃と腸における細胞外消化、および体組織内を自由に遊走で きる変形細胞による消化である。」(浅海完全養殖5.2消化と栄養より)

ノロウイルスは浄化できるか(宮城県水産研究開発センター・保健環境センター)スライド
貧食細胞(アメーバー状細胞、変形細胞)
 カキには、非自己(抗原)に対して抗体を産生するようなリンパ球系の免疫機構は存在しない。細菌などが組織に進入した場合は、全て貪食細胞が食べて(貪食)消化する免疫機構である。ちなみに、この貪食細胞は突起をいっぱいもったアメーバー状細胞、変形細胞とも呼ばれるが、組織切片ではまさに動物のマクロファージにそっくりであるので、小生は便宜上マクロファージと呼んでいる。
 おもしろい実験がある。細菌とマクロファージとを同一容器内にメンブランフィルターを挟んで入れると、両者は別々に存在している。細菌はメンブランフィルターを通過できないが、マクロファージは通過することができる。様々な細菌を試してみると、貝の種類によってマクロファージの行動も異なるそうであるが、マクロファージはフィルターを通過して細菌を貪食しに行く場合としない場合があるそうだ。しかし、容器に貝の血漿成分を添加すると、マクロファージはフィルターを通過して細菌を食べに行く。つまり、血漿が存在する体の組織内に細菌が進入すれば、マクロファージはこれを非自己と認識して免疫細胞として働くのである。 他方、マクロファージは血漿成分がなくてもメンブランフィルターの穴をすり抜けて、細菌を食べに行くことがある。それは、組織(腸管粘膜上皮細胞)の外でも細菌を餌として食べているといえる。特に陸上由来の大腸菌などに対しては、海に生息する細菌よりその活性は高いという。この現象が、上記の消化機構の一つ、「体組織内を自由に遊走できる変形細胞による消化」に該当する。
 このおもしろい細胞は簡単に見ることができる。カキの貝柱に注射器を刺し、吸引して得られる組織液をスライドグラスに取って鏡検すれば多数観察できる。かつて、腸炎ビブリオ(食中毒患者由来毒素産生株、Vp)の汚染浄化試験をやっているときに、小生はこの細胞をペトリ皿に取り長時間観察した経験がある。
 対数増殖期の元気なVpを準備し、実験水槽で汚染貝を作り、むき身にして保存すると、すぐにVpは増殖せず、数時間が経ってから増殖するのである。ハマグリでもサザエでも同じであった。刺身であれば筋肉組織からドリップが出るまで時間がかかるので、Vpが増殖できないのは理解できるが、貝類はむき身にした状態でドリップはすぐに出てくる。カキの保存試験でも、2%の人工塩水で保存すればカキの鰓細胞は生きていて(TTC陽性)、細胞が死ぬ(TTC陰性)まで一般細菌の増殖は見られなかったが、これらの現象は、このマクロファージの存在と関係しているのではないか。これらの実験をやりたい衝動に駆られる、実におもしろい細胞である。
 ちなみにVp実験で感動したことがある。それは実験水槽に浄化済みのカキを入れ、増殖したヒト由来のVp培養液をカキに取り込ませるために水槽に投入した時である。カキはVpを餌と認識したのであろう、急に活性が上がり水槽に泡が立つほどとなった。もう15年前の実験であるが鮮明な記憶である。
中腸腺
 春から夏にかけて二枚貝による健康被害のリスクとして麻痺性貝毒(PSE)がある。原因物質は、有毒プランクトンが産生するサキシトキシン等の毒素で、そのプランクトンを二枚貝が餌として食べることによって毒化し、毒化した貝を人が食べ食中毒を起こす。そして、ホタテガイの場合、貝毒は中腸腺に偏在していることが広く知られている。小生の経験でも、ホタテによく似たヒオウギガイが毒化した際に、中腸腺とそれ以外の組織に分けて検査すると、貝毒はやはり中腸腺に偏在していた。しかし、なぜ貝毒は中腸腺にのみ蓄積するのか、蓄積された毒素は徐々に分解されるのか、それとも排泄されることによって無毒となるのか、まだ分かっていない。
 ノロウイルスの場合はどうであろうか。現状では困難であるが、浄化やその他の方法によってカキから取り除くことができるのか。財団法人かき研究所や東北大学の研究によって、中腸腺に関する研究が進められている。自治体のカキの衛生対策に関する調査研究も含め、今後も大いに期待したいところである。
コーヒーブレイク(的矢かき)
 佐藤忠勇さんがブランド化に成功したかきは、現在、三重ブランド:認定事業者「佐藤養殖場 清浄的矢かき」として、三重県から認定を受け、ホームページで次のように紹介されている。
 「佐藤養殖場では、プランクトンが豊富な漁場環境を生かして、他県では2〜3年間養殖するカキを1年で出荷するため、1年貝特有の渋みが少なく甘味が強いカキが生産されています。また、垂下しているカキを出荷の1ヶ月ほど前に一度海から引き上げ、一粒ずつ籠に入れて再び約1ヶ月養成するため、身入りがよく、むらのないカキが生産されています。」
 浄化すると、18時間も栄養のない海水にさらされるので、かきは身が痩せるである。そのためにいっそう身入りのいいかきを生産しなければならないために、上記の方法が取られている。それは簡単に理解できるのだが、しかし、1ヶ月も蓄養しないと身入りがよくならないのだろうか。実は、佐藤忠勇さんのレポートには、もうひとつ重要なことが書かれているのである。
 「筏より採取されたカキは作業場に運ばれ、附着器よりとりはずし、ブロックを砕き、一つカキ及び剥身用カキに選別される。次にとりはずされたカキはポンプを用い海水で殻を洗浄され附着物、浮泥等が除去される。洗浄したカキは破損した殻先端の再生及び身入り充実のため籠に収容し筏に吊るす。籠吊り後3週間乃至1ケ月を経たものは順次採り上げ、再び海水で洗浄し浄化槽に収容する。」(カキの衛生と浄化、12月号で紹介した参考文献
三重ブランド的矢かき
 それは、かき殻の先端、縁(へり)の再生である。
 かきは、ホタテの板で生長する。縁を延ばし競争してより多くの海水を濾過してプランクトンを餌とするのである。個々にばらして、かごで養殖すればかきは縁を延ばして競争する必要がなくなり、また、かごに入っているので大きく開殻しても魚に食べられることもない。恵まれた環境でかきは多くの餌をとることができ身入りが良くなるのである。しかし、養殖筏からあげたばかりのかきを画像で紹介するが、縁が薄く繊細に延びている状況を観察することができる。その後、1個1個にばらしていく過程で縁は欠け、時には大きく破損することとなり、殻付きかきとしての価値がなくなってしまうことが少なくない。
 佐藤忠勇さんは、かきをばらすときに形のいいものを選別し、養殖筏で再蓄養することで、縁が再生され、殻がしっかりと閉まる(保水性が良好、横にしても身殻の海水がもれ出てこない)かきを生産したのである。保存試験の際に、佐藤養殖場のかきは、殻を開けるのも普通の殻付きかきより強い力が要ったこと、身殻を上に保存しても海水が殻から漏れず商品価値の低下が見られなかったことに気がついた時、的矢カキのブランドの意味、佐藤忠勇さんの偉大さを実感したものだ。縁の再生こそが、高品質な殻付きかきの生産に欠かせない条件となっていたのだ。
 小生も、このことに気づいたのは、保存試験の3年後、志摩保健所勤務となって何度も佐藤養殖場に通うようになってからである。
再蓄養(PDF:122KB)
かきに当たらない地元の人々
 鳥羽浦村地区には、志摩保健所時代はもちろん、その後も毎年通っている。養殖業者を前にして衛生の講師を務めたこともあるし、漁業者の協力により調査研究は成り立っているので、その進捗状況の説明に訪問することもあった。宮城種から垂下連を作る作業の取材や再蓄養に筏までついて行き、筏の下のチヌやフグの魚群に感動したこともある。
 いつかの講師の時、地元の人々はかきに当たらないのかと質問した。誰もがないという。漁師のプライドにかけて、かきに当たったとは言えないのが本心かもしれないが、小生にはそれが本当の様に思えることがある。
 専門家の説明では、ノロウイルスは腸管感染なのでその中和抗体はIgA産生で長くは持続しない、血中に入りウイルス血症を引き起こしIgG抗体を産生するような重篤なウイルス感染ではないという。このことは、ノロウイルスが変異し人の強固な免疫によってウイルス選別が起こり、ヒトの抗体に対抗する新しい遺伝子タイプのウイルスが優勢になる可能性が低いことを意味している。つまり、昔からいるノロウイルスが、地元の人々の腸管でそれほど影響なく増えて河川・海辺に流れ、二枚貝など海産物を通じて再び陸上で感染する循環が成り立っているのではないか。
 海辺の人々は、食べ物からいつもノロウイルスの感作を受けて抗体価が高くて感染しないのかもしれないが、それでは、ふるさとを長期間離れた人はIgA抗体価が下がってしまい感染することになってしまう。ノロウイルスは地元の人々にとっては赤子の時代から付き合ってきたウイルスであり、免疫関係ではなくむしろ共生関係が成り立っているのではないか。まだ、調査中であるが的矢湾と鳥羽の海では、毎週実施しているノロウイルスの遺伝子検査でも異なるパターンが多いことから、ノロウイルスは、地域で陸と海を循環し固有の遺伝子型を持っているのではないか。小生はそんな感じを受けている。
 いずれにせよ、多くの研究者・行政マン等にかきによる健康被害に関心を持っていただき、これらの疑問への回答を見つけてもらいたいと願っている。フィールドワークは実におもしろいものだ。
謝辞
 かきウイルス物語を終えるにあたり、つたない文書を最終稿まで読んでいただいた方々には改めてお礼申し上げます。また、三重県庁の後輩諸氏には、これまでのデータを改めて整理するなど資料提供にご協力をいただきました。ありがとうございました。そして、フィールドの取材に快く応諾していただいた、磯部町的矢の佐藤文彦さん、鳥羽市浦村町の吉川正澄さん、紀北町相賀の畦地(あぜち)宏哉さんには心から感謝いたします。おかげさまで素晴らしい画像を撮ることができました。今シーズンは台風18号で大きな被害がありましたが、来シーズンがよき年であるよう祈りたいと思います。ありがとうございました。
参考文献
山木紀彦他:in situ Hybridization法によるカキ消化盲嚢部の組織化学的ウイルス分布.日本食品微生物学会雑誌.23(1),21-26,2006
マガキ体内のSRSVの蓄積と排出に関する基礎研究(かき研究所)日本財団図書館 平成15年度報告書
無脊椎動物の生体防御:名取俊二他編 学会出版センター(1992)
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