財団法人 食品分析開発センター SUNATEC
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かきウイルス物語(かきを美味しく安全に食べるために)
静岡県立大学食品栄養科学部客員教授 米谷民雄(前薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食品規格部会委員)((社)日本食品衛生学会会長)
シリーズ(3)〜かきにおけるノロウイルス汚染メカニズム調査〜
志摩保健所なくなる

 1997年3月31日、三重県志摩保健所は50余年の栄光の歴史の幕を閉じた。当時の管内人口は約9万人弱、全国有数のリゾート地で、ホテル・旅館・民宿・保養所などが約千軒、この数は県全体の旅館施設数の約50%を占める。正月等の繁忙期には、住民より宿泊者の数が上回る地域も出現した。列島改造ブームやリゾート法によって観光開発されたこの地域の最大の危機管理は、まさに食中毒の発生予防であった。夏季には腸炎ビブリオ食中毒が多く発生し、冬季にはかきによる食中毒が問題となってきた。志摩保健所は、これらの予防対策のために長年にわたって多くの実験や検査を行い、官民一体、地域一丸となって食品衛生対策に取り組んできた。
 かきの衛生対策についても、1980年に三重県内に食品衛生指定検査機関(現在の食品分析開発センターSUNATEC)ができるまで、志摩保健所はかきの収去検査を単独で実施し、その結果に基づいて浄化技術等の衛生対策を指導してきたのだ。志摩保健所に長年あこがれた小生は、皮肉にも最後の衛生指導課長を勤める運命となってしまった。客観的な数字や地理的な背景を示し、また上記危機管理対策も含めて志摩保健所の存続を強く要望したが、全国的な保健所統合という時代の流れに呑み込まれてしまった。4月1日からは伊勢保健所志摩支所となってしまったのである。さらに3年後には、支所も廃止となり、完全に伊勢保健所に統合されることになった。ただし、上記食品衛生対策の栄光の歴史(危機管理対策)の継続の必要性は理解され、伊勢保健所志摩衛生指導課として存続が認められた。志摩食品衛生協会と協働した食品衛生対策の拠点機能は、今も続いている。志摩保健所の魂は、永久に不滅である。

ウイルス対策・予算・成果
 支所となってしまったが、1997年度から三重県としてのかきのSRSVモニタリング検査が本格的にスタートした。また、ポリオウイルスを用いたかきの汚染・浄化試験は1998年から始められた。公表されている限りでは、汚染メカニズムを調査する本格的なモニタリング検査やウイルス浄化試験は、日本で初めての試みである。特に浄化試験は、志摩地域から衛生研究所(衛研)のある津市まで、大量のかき、浄化用海水などを何回も運搬する必要があり、大変な労力を伴った。浄化水槽の工夫や取り出したかきの検査などなど、浄化試験に取り組んだ多くの関係者の努力と養殖業者の支援があって初めて実現したのである。
 これらの調査研究に必要なまとまった予算もよくぞ認められたものだ。小生は1997年には四日市保健所に異動したが、なぜか本庁の食品衛生担当者から呼び出しを受け、かき関連予算要求の必要性とその根拠について厳しい視線で説明を求められた。そこでは「公衆衛生単独で莫大な調査研究費は前例がない、無理だ!」と聞かされたが、そんなことはこちらも長い本庁経験から承知のこと。だからこそ志摩保健所で水産事務所と事前調整し、かきの衛生対策はかきの振興対策でもあることから、養殖業者から水産部局に要望を出してもらった。予算要求の説明に当時の漁協組合長に笑われてしまったものだ。「なんや、たったそれだけかい!テトラポット三つ分やないか!あんな大きなものでも台風が来たら流されてしまう。安いもんや!」
 そして、思いは通じるものだ。健康福祉部が水産部局と調整し、総合行政として予算を獲得してくれたのである。関係者が一丸となれば、山は動くものだ。
 かくして1997年から5年間、かきの衛生対策の取組は進められた。また、その成果は、食品衛生Gメンのバイブル的存在である月刊誌「食品衛生研究」に全て掲載される機会を得た。養殖海域のモニタリング検査から浄化試験まで5年間の成果は溢れるばかりの量である。そして、詳細は頑張った後輩諸君の報告書等に譲ることとし、コーディネート役に過ぎなかった小生は、そのポイントや特記事項について本稿で触れることとしたい。
【食品衛生研究】日本食品衛生協会
Vol.50No8(2000):かきの養殖海域におけるSRSV汚染調査とウイルス浄化試験について
Vol.51No11(2001):カキ採捕海域でのSRSV汚染調査および浄化試験について(第2報)
Vol.53No10(2003):カキを原因とするSRSV食中毒予防対策について
Vol.55No5(2005):みえのカキ安心システムによる情報発信の新しい試み
Vol.55No10(2005):カキを原因とするノロウイルス食中毒発生予測要因と予防対策
【発表抄録】
西香南子他(2002):三重県内のNorwalk virus動向に関する研究.三重県保環研年報47.41-46
福田美和他(2003):養殖カキのウイルス浄化試験.感染症学雑誌7(2)95-102
【みえのカキ安心情報ホームページ(三重県伊勢保健福祉事務所)】
※コーヒーブレイク:お役所仕事
 「お役所仕事」とは、縦組織による非効率な仕事運営というのが一般的なイメージである。 志摩保健所管内は海の国立公園内にある。ホテル・旅館・民宿は新鮮な魚介類を使った料理をメインに観光産業を担ってきた。必然的に1960年代から腸炎ビブリオ食中毒が多発・問題化した。1975年の「みえ国体」の開催を契機に様々な腸炎ビブリオ食中毒予防対策がとられ、実験も活発に行われた。旅館など営業者、営業者団体である志摩食品衛生協会、そして志摩保健所が官民一体となって衛生対策に取り組み、食中毒ゼロを目指した。幸い国体開催年はゼロとなったし、その後1980年代後半には腸炎ビブリオ食中毒は次第に減少し大きな成果を収めた。
 しかし、衛生対策が大きく進んでも腸炎ビブリオ食中毒発生はゼロにはならなかった。衛生対策の非常に向上した施設でも発生を食い止めることができなかったのである。謎の多い腸炎ビブリオ食中毒の真の原因を見つけようと、小生が赴任した1995年から改めて腸炎ビブリオ食中毒予防研究に取り組むこととした。その時の手法は、志摩保健所において腸炎ビブリオ食中毒で苦労した経験のある者で、現在は他の保健所等に勤務する職員や研究者にも参加要請したこと。水産研究所や的矢湾養蠣研究所、そして漁業者など海の専門家に相談して実験等を行ったこと、衛生技術が活かされるよう旅館の料理長など現場におけるその道のプロに教えを請うたことである。
 2年間の調査研究活動によって、腸炎ビブリオの謎解きに多くの成果が出せたのはもちろん、その後の異動によっても「森海イシマキ研究会」という組織横断的なネットワークを形成し、志摩だけでなく異動先の保健所等で腸炎ビブリオ食中毒発生の謎の解明を継続できることとなった。そして、このネットワークの協働作業によって、かきのSRSV汚染メカニズムの解明や浄化実験の推進、さらにはかきによる健康被害防止のための様々な情報共有・発信システム構築につながっていった。もちろん人材育成にも大きな役割を果たし、ネットワーク参加者たちは現在、三重県の食品衛生行政の中核を担っている。組織の垣根を越えて取り組んできたかきの衛生対策も「お役所仕事」のひとつである。
3.食品衛生法による清涼飲料水の原水基準
 養殖・生長過程でどのようにかきがSRSVに汚染されていくのか。いつも汚染されているのか、健康被害の発生する冬季だけなのか。まず、年間を通じて汚染実態調査から始めることとし、養殖業者の支援を得て、浦村と的矢の養殖海域に定点筏を設けた。4月から9月までの非出荷時期においては、毎月1回かき玉のままサンプリングして衛研へ搬入した。衛研では付着するかきやムラサキイガイを採取し、10月以降は出荷かきを用いて検査することとした。検査方法は、5個のかきの中腸腺を材料として、SRSVの遺伝子を迅速効率に検出できるPCR法を用いることとした。かきの非出荷時期のモニタリングは1997年から2年間のみであったが、10月から翌年3月までの出荷時期の検査は5年間継続した。また、1999年度からは、5個のかきを個々にSRSV検査し、個体差や汚染率も観察してきた。このモニタリング検査は、行政検査として2006年度まで継続され、みえのカキ安心情報として毎週公表されている。このPCR検査については、2007年度から、みえのカキ安心協議会からの受託検査として当所食品分析開発センターSUNATECが担っている。
 なお、かきの出荷は、10月から翌年の3月まで続くので、この半年間をかきの出荷年度として使っている。1997年度とは、1997年10月から1998年の3月までを意味している。
養殖海域のSRSV遺伝子調査結果(1997〜2001年度)[PDF:774KB]
 5年間の調査で、かきがSRSVに汚染されていくプロセスがほぼ明らかとなった。今日では常識の感がしないでもないが、調査を始める前に謎とされてきたことが明らかとなった。いくつかを、順をおって考察していくこととしたい。また、これからは、SRSVはノロウイルスと表記することとしたい。
 それでは、まず結論から先に述べてゆこう。「一番美味しい生かきを当たらないように食べるにはどうするか」、小生がこれまでの調査結果を踏まえた生食用かきの摂食行動の紹介である。あくまでも三重県産かきが対象である。他県の海域に当てはまるかどうかは分からない。三重県においても、養殖海域によって海の状況は異なるからだ。水温や比重(塩分濃度)など共通項としては参考となるかも知れないが、消費行動はあくまでも自己責任でお願いしたい。
1番美味しい時間のかき(マガキ)
 小生は1月・2月のかきが、一番美味と思っている。水温が10℃前後まで下がる時期である。身入り状態が抜群、風味も良くプリプリとした食感と貝柱の甘さが口中に広がる。たくさん食べても塩辛さを感じることが少ない。河川水の流入がほとんどないのに、プランクトン量は8月についで多い時期で、大部分が珪藻類といわれることが影響しているのかも知れない。まさに佐藤養殖場創業者の佐藤忠勇さんから30年前に聞いた話「的矢湾では、この時期大腸菌もいなくなる!」という海の状態を調べると、興味深いことがいっぱいある海の状態。美味しいはずだ。
 また、グリコーゲンが多いのもこの時期だ。中腸腺の周囲はグリコーゲンの貯蔵組織である。あたりまえであるが、かきは人間に食べられるためにグリコーゲンを貯めるのでは決してない。春から夏に向けて生殖細胞の発達と生殖に備えるためである。3月下旬のかきでは、グリコーゲンを貯めている中腸腺の周囲の組織には、すでに生殖細胞が出現し始め、徐々に置き換わっていくのだ。したがって、春以降のマガキは、食品としての価値は次第に低下してしまうのだ。(イワガキの場合は、グリコーゲン量が減少しないので、夏に食することができる。)
もっとも当たりやすい、リスクの高い時期のかき(マガキ)
 もっとも当たりやすい、リスクの高い時期のかきは、実はもっとも美味しい時期のかきなのである。人を馬鹿にするのかと立腹される読者もおられることだろう。すでに述べているが、かきによるノロウイルス食中毒が発生するのは、水温が10℃以下になり、かきの身入りがもっとも良くなるまさにこの時期なのである。的矢湾では大腸菌すらいなくなる清浄な海になるというのに、何故この時期にノロウイルス食中毒が発生するのか。しかも、1997年度からのモニタリング調査結果から、かきがノロウイルス遺伝子を最も高率に保有する時期は、食中毒発生の時期と一致していたのである。動かぬ証拠が出てきたといえる。
 ノロウイルスは人の腸管のみで増殖し、下水や河川水からかきの養殖海域に流れ出してかきを汚染させる。しかし、河川水の流入がほとんどなく、その指標としての大腸菌もいないこの時期にノロウイルス食中毒は発生する。それは何故なのか。もっとも不思議な謎である。
 この謎を考察するには、まさに海がどうなっているかを知らなければならない。腸炎ビブリオの研究で多くの海の専門家に出会い、汽水など海洋環境について勉強したが、かきにおいても同じであった。かきの浄化システムを開発した佐藤忠勇さんは、的矢湾養蠣研究所でプランクトンや的矢湾の研究を行い、貴重な報告を残している。また、日々の海水の観測データは、今日も記録され続けている。これらの資料をもとに、不思議な謎について小生なりにスライドで若干の考察をすることとした。
 なお、ノロウイルスは、現在においても組織培養できる細胞が見つかっていない。したがって、PCR法でかきからノロウイルス遺伝子が見つかっても、それは感染力のある完全なウイルス粒子(ビリオン、virion)なのかどうかが分からない。ノロウイルスについて、まだまだ未知のことが多いのはこのためである。
養殖海域の海洋環境と食中毒発生[PDF:343KB]
もっとも当たりやすい時期に、リスクを避けて食べる(マガキ)
 話を戻そう。リスクの高い時期にどのように食するのか。小生は、次のように食している。みえのカキ安心情報で確認は必見である。水温、ノロウイルス遺伝子の検査結果など、健康被害の要因が養殖海域別にホームページで確認できる。
みえのカキ安心情報ホームページ→最新の情報
生カキを安心して食べていただくためには(SUNATECメルマガHP)
※まず賢い選択(12月までに食する)
12月には水温が低下し、かきの身入りも良くなってくる。しかし、水温は10℃以下にまではならない。未浄化かきのノロウイルス遺伝子の検査結果が陽性であっても、浄化かきのウイルス量はポリオウイルスを用いた実験で、千分の1以下になっているはずだ。経験的に水温が高い時期、かきの生理活性が高い時期には、ノロウイルス遺伝子が検出されていても健康被害につながる確率は低い。みえのカキ安心情報で、海水温が12℃以上であれば、未浄化かきのノロウイルス遺伝子が陽性であっても、小生は健康被害を全く心配していない。これはノロウイルスの活性が原因なのかもしれないが、培養できないウイルスなので真相は分からない。
☆大雨が降ったら、その後2週間はノロウイルス遺伝子検査結果を確認して食べる。
 この10年間の調査で、かきによるノロウイルス食中毒が多く発生したのは4回、1998年1月、2000年1月・2月、2002年1月・2月、2003年1月・2月である。不思議にも、これらは水温が10℃以下になっている状態の時に、季節はずれの大雨に見舞われた後の2週間以内に発生した。安心情報が公開された2003年度以降、このような低水温と大雨が重なったリスクの高い海の状況は幸いにも巡ってきていない。2006年度のノロウイルス大流行の際にも、このような海の状況にはならず、かきによるノロウイルス健康被害も全く報告されなかった。なお、三重県産かきによる食中毒は、カキ安心情報が公表されて以降では、2005年1月にA海域から出荷されたかきが原因で1件の食中毒が報告されたのみである。
 したがって、カキ安心情報において、6要因のうち、(3)の水温10度以下、(4)の未浄化のかきのノロウイルス遺伝子検査が陽性の状況において、(5)の50mm以上の降雨が重なったときは2週間だけ、小生は生食用の楽しみを控えることにしている。1997年度にこの現象に気づき、翌年度の三重県公衆衛生学会で報告して以降、小生はこの海の状況を重視して美味しいかきを堪能している。まだ裏切られていないが、これは偶然が続いているのかも知れない。
ノロウイルス食中毒とノロウイルス感染症
 上記の選択によってかきを食しても、人によっては健康被害につながる場合もあるだろう。浄化によってリスクを小さくすることはできるが、完全にノロウイルスを排除する技術はまだ確立されていないし、現状では不可能と考えるべきだろう。しかし、三重県では、ノロウイルス対策でこれまでの調査研究結果を踏まえ、養殖業者も行政もかきによる健康被害のリスクをできるだけ小さくする努力を重ねてきた。HACCP方式による確実な浄化によるリスクの低減、海域情報(みえのカキ安心情報)の提供によるリスクの回避である。
 これらの取り組みにより、三重県産かきが食中毒の原因とされた事例は激減した。リスクが高い状況になると、志摩食品衛生協会指導員組織による各ホテル・旅館等に情報が流れるシステムができているし、また、地元の旅館や民宿の料理長の中には、かき料理の提供にはホームページでそのリスクを常時確認している人も少なからずいる。また、ノロウイルス感染の研究が進み、人→人、人→食品汚染→人の感染が重要であることが理解され、かきはいつも容疑者扱いを受けてきたことが明らかとなってきた。特に2006年度の大流行で、施設における空気感染等の実態が明らかになった。風評被害によってかきの流通量が大きく落ち込み、生食する消費者が大幅に減少したとはいえ、翌年の1月・2月であっても保健所に全く苦情すらよせられなかったのである。厚生労働省の食中毒速報をみても、ノロウイルスを原因とするものは、人→食品汚染→人の感染を疑う事例が大半で、かきを原因とするものはほんの数例しか見つけることができない現状である。営業者にとってノロウイルス対策で最も重要なことは、むしろ食品従事者の健康管理と手指による食品汚染防止対策(まさに感染症対策)であることを認識することだ。
 リスクコミュニケーションによって、多くの営業者・消費者にかきに関する正確な情報を知っていただきたいと願っている。ノロウイルス汚染は、かきも被害者なのだ。
みえのカキ安心情報6年間のまとめ[PDF:215KB]
敬遠される生食用かき、負けない養殖業者・専門店
 三重県のかき衛生対策が上記のように進んでも、現状では、生食用殻付きかきの出荷量はかつてのように回復していない。飲食店にとっては、健康被害が起こればその対応が必要であり、集団発生になると食品衛生法6条3号違反(食中毒)で行政処分を受けることとなるからだ。「当たりますが食べますか、当たったら自己責任でお願いします。お店は責任を持ちません!」と客に向かって言える営業者はいないだろう。したがって、ノロウイルス対策としてかき料理を敬遠する店が増えた。さらには、かきだけでなく、すべての二枚貝を使わない店もあると聞くが、こんな店では、はるかにリスクの高い食品従事者の健康管理と手指によるノロウイルス対策もきちんとなされているのだろうか。マスコミ報道も影響していることだろうが、かきの愛好者にとっては寂しいことだ。
 そんな状況下でも、一条の光は漁業者が元気でへこたれていないことだ。養殖業者の中には、焼きかき・かき御飯を出す店を開いたり、佃煮に加工したりしてその販路拡大に努力している人も増えてきた。また、かきの産地としてかき祭りなどのイベントを開催し、地元かきの美味しさを多くの消費者に直接楽しんでもらう新しい活動が広がっている。この催しは盛況で、年によってはかきの数量確保が課題となってきているほどだ。また、生産者が直接消費者の意見や消費行動を知ることができるので、ビジネスを学ぶいい機会となっている。さらに、美味しいかきには、豊かな森ときれいな河川水、干潟や白砂青松の砂浜など渚の環境も重要であることを知ってもらい、環境教育につながっていく可能性を秘めている。宮城県気仙沼市唐桑町のかき漁師の畠山重篤さんは、もう20年前から「森は海の恋人」運動を展開している。
 他方、地元かき料理専門店ではリスクコミュニケーションを重視し、生食用かきのリスクを事前に説明し、初めての人や体調のすぐれない人、また説明で心配する人には、焼きかきなどに代替え料理を出すようにしている。ノロウイルス食中毒を出して営業禁止を経験した民宿では、「当たりますよ!」と客に念を押して提供しているそうだ。また、これまではレモンで食べる生食用殻付きかきが三重の代表的なかき料理であったが、今日では団体客に一律に出すようなことはしていない。しかし、通といわれるリピーターには、思う存分殻付きかきや酢がきを楽しんでもらっているそうだ。健康被害等の苦情もほとんどないという。リスクコミュニケーションの成果であろうか。
 本来、ウイルスは、そのウイルス固有のリセプター(受容体)を持つ宿主の細胞にしか感染できない。したがって、ノロウイルスのリセプターを持たない人は、ノロウイルスには感染しないのである。これはウイルス学の常識である。小生には前号で述べたように5回の経験があるので、ノロウイルスのリセプターを持っているはずだ。自己責任のもとで上記のリスクを避ける方法を取っている。もちろん、「食品に100%の安全はない!生かきはリスクの非常に高い食品!」であることも常識として忘れてはいない。
参考文献
佐藤忠勇(1966):カキの衛生と浄化.養殖.緑書房.1966(8)
佐藤忠勇(1969):的矢湾養蠣研究所 その歴史及び現在、並に的矢湾の海洋学的特性について.日本プランクトン学会報15(2)220-37
今井直(三重大学生物資源学部)他(2000):河川水の流入が的矢湾の植物プランクトン現存量に及ぼす影響.水産海洋研究 64(4)215-223
「森が消えれば海も死ぬ」松永勝彦 講談社(1996)
「日本の渚(失われゆく海辺の自然」」加藤真 岩波新書(1999)
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