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かきウイルス物語(かきを美味しく安全に食べるために)
財団法人食品分析開発センターSUNATEC理事長 庄司 正
シリーズ(2)〜かきによる健康被害〜
かきに当たる
 かきによる健康被害、いわゆるかきに当たった経験のある人は少なくない。小生の知人・友人にも結構いるものだ。かきがアレルギーの原因物質(アレルゲン)となる場合は、食後数時間以内に嘔吐下痢等のひどい症状が続くので、経験者は二度と食べないだろう。生かきを食べて2時間後に発症し、長時間トイレに通い詰めた小生の友人がいる。アレルギーの専門医からは、生命にかかわる危険があることを覚悟すべしと叱責された。アナフィラキシーショックの危険性を考えるべきだったのだ。かきアレルギーの人は絶対に食べてはいけない。
   しかし、アレルギーではないが、例えば生かきを食べて2日目や3日目に症状が出てくるような場合はどうか。まず吐き気、そしてまもなく腹痛と下痢が始まり、しかし長く症状は続かない現象を、小生はこれまで5回経験している。自分の下痢便を検査依頼したことはないので科学的根拠はないのだが、食中毒調査の経験からノロウイルスが原因であったと考えている。もっとも、こんなに美味しい生かきを食べるのだから、この程度の健康被害のリスクは自己責任の範囲内と割り切っているし、リスクを承知のうえでこれからも食べ続けるだろう。
   もちろんかきによる健康被害は、アレルギーやノロウイルスだけが原因物質ではなく、多くの病原微生物によって引き起こされる。三重県の古い記録にも、かきを推定原因食品とする病原大腸菌食中毒が報告されているし、夏季に生食するイワガキは腸炎ビブリオ食中毒のリスクが高い。マガキについても、主に冬季に食されるが、水温のまだ高い9月には、養殖海域に大量の雨水が流れ込んだ際(汽水状態)には腸炎ビブリオ食中毒の注意が必要である。また、かきの中腸腺に蓄積する麻痺性・下痢性貝毒のリスクもある。これについては、養殖海域の有毒プランクトンのモニタリングや貝毒検査によって、出荷規制が行われ、安全が担保されている。
輸入かきによる赤痢菌食中毒(H13)
 平成13年11月から12月にかけて、日本はBSE(牛海綿状脳症)騒動の真っ盛りであったが、全国30都府県にまたがり160名の赤痢患者の発生(diffused outbreak)があった。もちろん海外渡航歴によるものではなかった。この事例は、三重県健康危機管理対策室(当時)が他県にも積極的疫学調査を行い、赤痢患者に共通するものは、特定の2加工業者が出荷した生かきであることを突き止めたものである。かきの加工業者を所管する自治体に適切な措置を進言し、回収命令等の行政処分と原因究明が行われたが、関連のある施設やかきから赤痢菌は分離されなかった。しかし、2加工業者の共通事項が、韓国産かきを仕入れていたことであったことから、その関与が強く疑われた。
 そして年末仕事納めの12月28日、麻痺性貝毒検査用かきの残品(韓国産かき)から分離された赤痢菌の遺伝子型が患者由来株と同じであったことから、今回の散発的赤痢は、韓国産輸入かきを原因とする赤痢菌食中毒であったことが判明した。まだ記憶に新しいかきによる大きな健康被害事例である。この事件によって、輸入かきが国産として産地偽装されていたことが明るみとなり、三重県でも風評被害の発生を危惧する事態となった。「真面目にやっている我々も新聞報道されると同じような目で見られる。BSE対策のようにかきもトレーサビリティーの仕組みを作って、もっと厳しく取り締まってほしい!」。漁協組合長から強い憤懣の声が出た。三重県の場合、かきの養殖業者は、それぞれが顧客を持つ加工業者でもある。売っているかきは自分が養殖した、トレーサビリティーがしっかりしたプリプリのかきなのである。
※コーヒーブレイク:三重県の決断と量販店の英断
 上記赤痢事件が全国的に問題となっている12月初旬、小生も保健所で赤痢患者の届出に直面した。迅速に対応し、かきとの関連を徹底的に調査した結果、健康危機管理対策室で把握していた特定の加工業者のかきを、1週間前に患者さんが食していたことが明らかとなった。家族で発症したのは生かきを食べた人だけであった。また、県内で数人の赤痢患者に共通する食品は、やはり特定の加工業者が出荷した生かきで、このかきを原因食品とする赤痢の流行であることが疫学的にはっきりしたのである。
 しかし、新たな問題が発生した。ロットも加工年月日も全く異なり、赤痢菌の存在の可能性も全く不明であるが、この特定の加工業者が出荷したかきを、その日から3日間にわたって特売する新聞の折り込み広告を、保健所職員が偶然見つけたのである。届出のあった日である。どうすべきなのか、まさに公衆衛生行政の根幹に係る事態の発生である。
 いつ加工されたかきが問題であるのか全く不明の段階である。加工業者を所管する自治体の回収命令や業者の自主回収もまだ出ていない。かきの残品はなく、かきから赤痢菌も検出できていない状況では、量販店に自主回収を指導すれば、今後の調査結果如何によっては損害賠償請求の対象となるリスクを覚悟しなければならない。風評被害につながるリスクも高く、発生すればその責任はどうするのか。科学行政である公衆衛生行政に携わる者は、いつもこのジレンマに悩むのである。
 結論は、当時取り組んでいた行政経営品質賞の仕組みから導いた。顧客本位の考え方である。新たな赤痢患者が出る可能性は少ないが、もし存在する場合は一刻も早く医療につなげ県民の生命を守るのが公衆衛生行政だ、早く事実を公表したほうがいい。また、リスクは低いがこの情報は当該量販店に報告し、量販店として顧客本位で自ら措置をどうするか考えてもらおう。
 前者の措置は、深夜であったが本庁健康危機管理対策室がプレスし、事実を公表した。しかし、その後の関係施設等の調査でも、赤痢菌は検出されなかったことから、本庁の担当者はさぞかし厳しい精神状態が続いたことであろう。そして年末12月28日、厚生労働省から「赤痢菌を原因とする食中毒に関する対応について」として、検査結果がプレスされた。三重県の調査結果および措置の正当性が明らかとなったのである。三重県健康危機管理対策室を設置して1年目、全国的にもその存在が高い評価につながった事例であった。もちろん担当者も損害賠償請求のリスクから解放され、安心して新年を迎えることができた。
 他方、保健所から事実を知らされた量販店は、どう行動したのか。翌日からの販売は中止するとともに、販売済のものについては各購入者に連絡し、リスクを知らせて自主回収した。もちろん、既に食してしまった消費者には、保健所の指導により加熱調理したかどうかを尋ね、生食した場合のリスク対応を知らせたのである。会員カードで購入する顧客が多く、購入者の多くは特定できるとはいえ、この地元量販店のとった適切な措置に爽やかなものを感じた。また、幸い新たな赤痢患者の発生の届出はなかった。あれから7年間、食品の安全安心について講演する機会が多かったが、安心(信頼)できる食品事業者としてこの量販店の対応をよく紹介したものだ。
かきによる健康被害のリスク
 上記のように、かきによる健康被害は、食中毒だけでなく集団感染症としても多くの実例が報告されている。また、河川河口部や内湾の潮間帯には多くの天然マガキが付着し、もちろん周囲に広がる干潟にはアサリなど多くの二枚貝も生息している。これらの二枚貝は、人の食料としての価値だけでなく、海の環境浄化の大きな役割も担っている。そして、宿命として様々な病原細菌やウイルスに汚染されるリスクももっている。実際、東京湾におけるウイルス保有状況の調査結果が報告され、汚染が現実であることが示されている。
 しかし、これらの事実が明らかになる以前から、人々は天然の二枚貝を加熱調理して食べてきた。小さな天然のマガキは、主に炊き込みご飯にするなど、いずれもリスクの高い二枚貝の中腸腺を加熱する調理を行い、まさに生活の知恵を働かせて利用してきたのである。
宮川河口部マガキ分布(PDF:888KB)
 他方、養殖かきによる健康被害のリスクはどう考えるべきなのであろうか。生食用かきは、食品衛生法でも食中毒や感染症リスクの非常に高い食品として、前号で紹介したように規格基準が設定されている。養殖海域の水質規制があり、浜に原料かきを水揚げした直後から養殖業者・加工業者・販売者には厳しい衛生管理が要求されている。
 したがって、表示が「生食用」とされているかきは、清浄海域で養殖されたもの又は三重県のように殺菌海水で浄化されたかきである。このように各基準を遵守したかきについては、これまで述べたかきによる健康被害は、ノロウイルスを除きほとんど問題となっていない。佐藤忠勇さんが開発した浄化システムによって、赤痢等の病原細菌による健康被害のリスクについては、ほぼ安全が確保できていると考えることができる。
2009かき養殖(PDF:632KB)
みえのカキ安心情報:カキ養殖の作業工程フロー
 それでは、問題であるかきが保有するノロウイルスによる健康被害はどうであろうか。
 かきを食中毒発生の推定原因食品とするには、「かきを食した人の発症率が高いのは当然であるが、かきを食しなかった人の発症率が非常に低い」という疫学調査結果が特に重要である。メニューに生かきが含まれていても、ノロウイルスは人を介した汚染食品によっても食中毒が引き起こされるし、その確率の方がむしろ高いからである。そして、かきを原因とする食中毒はもう一つ特徴がある。小生は、1997年から2001年の5年間において、三重県産のかきが原因食品(推定を含む)となって、所管保健所が集団食中毒と判断したこと、しかも患者便のノロウイルス遺伝子検査で陽性となっている事例を養殖海域別にピックアップしたことがある。三重県の場合、かきの出荷・消費量はもちろん12月にピークを迎えるのだが、それに反し食中毒発生は、1月2月の厳冬期にほとんどが集中していたのである。
SRSV食中毒の原因カキ(三重県産)の養殖海域別月別一覧(PDF:35KB)
2006/2007〜2008/2009、全国週別SRSV検出報告数(PDF:88KB)
風評被害(H18年度)
 2006年11月〜12月にノロウイルス感染症の大流行が起きた。かきは風評被害に見舞われ、全国的にかきの関係事業者は経済的にも大きな痛手を受けたことは記憶に新しいことである。東京都築地中央卸売市場におけるかきの取扱実績を調べると、例年殻付きかき(生食用)の取扱量は12月がピークで、むき身かき(加熱調理用)は1月がピークである。しかし2006年の取扱量は、対前年比で12月以降に大きな減少が見られ、特に生食用殻付きかきにおいて顕著であった。風評被害は取扱実績数字の上でも見られたのである。
東京都築地中央卸売市場におけるかき取扱実績(PDF:106KB)
 この時期、三重県でもノロウイルス食中毒は2件発生した。しかし、かきに関連するものは、食中毒はおろか有症苦情すらほとんど報告されなかったのである。三重県の養殖かきは、浄化され生食用殻付きかきとして出荷されるのが主流であるだけに、聞こえてきたのは、風評被害の影響を受けてかきが売れないという厳しい現実を前にして、養殖業者の悲鳴ばかりであった。
 年末、現地に走って様子を聞くと、養殖業者は風評被害にジーと耐えているのが痛いほど分かった。また少しでも消費に協力をと、小生も生食用殻付きかきをどっさり買い求め、3日間で50個を食べた。当然であるが、美味しい味がして栄養がついただけで、何の健康被害も起こらなかったことはいうまでもない。
かきによる冬季原因不明食中毒
 前号で紹介したようにかきは1時間に約18リットルの海水を濾過するので、海水中に上記病原微生物が存在すれば、短時間に汚染されることとなる。生活排水の影響を受けやすい前浜に蓄養したかきを生食した場合は健康被害のリスクが非常に高いのは当然であるが、全く大腸菌がいない浄化かきでも、冬季になると当たったと保健所に届け出る人がいる。三重県志摩保健所管内では、秋から年末には苦情はほとんどなく、厳冬期の1月から2月にかけて最も多くなる。もちろん毎年ではない。このような苦情が多い年もあれば全くない年もある。また有症者が多く出るなど医師の届出等により集団食中毒の発生を疑う場合には、保健所は食中毒の原因調査を行うとともに、必要な場合は食品衛生法に基づき営業禁止などの行政処分を行ってきた。しかし、多くの場合、食中毒の原因細菌は分離できず、かきを推定原因食品とする「冬季原因不明食中毒」として扱われてきた。
 志摩保健所管内の旅館等で、地元のかきを推定原因として発生したこのような食中毒事例は、1971年以降の食中毒において、最初に報告されているのは1979年1月である。そして小生が志摩保健所に異動となった1995年までに上記を含めて6件の報告があり、1月と2月に3件ずつ発生していた。提供された生食用のかきは、1例が生食用、5例が未浄化のかき(加熱調理用)が使われていた。
冬季原因不明食中毒の犯人を捕まえる
 志摩保健所に勤務した1995年から2年間で、小生はこのような食中毒に2回遭遇した。各年2月に1件ずつ発生したのである。この食中毒の特徴は潜伏時間が24時間から48時間と長いことから、観光地である志摩保健所管内では、患者さんは県外で発症することが多く、患者調査は県外の自治体に委ねることとなる。しかし、1997年の事例では、患者さんが地元の人々であったので、何人かの患者さんに下痢便だけでなく発症時と回復時(2週間後)の血液採取を特別にお願いした。そして下痢便から精製したウイルス粒子と患者血清による免疫電顕法による検査を衛生研究所に依頼したところ、結果は陽性であった。免疫電顕法とは、ウイルス粒子と免疫抗体の凝集反応を電子顕微鏡で観察して感染を判定する方法である。原則として感染時の血清抗体価は低く凝集しないが、回復時には抗体価が上昇し、感染者の下痢便から精製したウイルスと抗原抗体反応を起こすことで感染を確認するのである。この検査で、上記事例は、原因は複数の患者さんに共通するウイルス様粒子(当時)によって引き起こされた食中毒であると判定できたのである。
 ここまで詳細に調査したのは、かきの衛生対策にこれまで熱意をもって取り組んできたかきの養殖・浄化業者や保健所にとって、このような健康被害の原因を一日も早く究明し予防対策に繋げたいと思ってきたからであった。すでに三重県衛生研究所は、県内で発生した原因不明の集団嘔吐下痢症を調査し、その原因の多くは、夏季がアデノウイルスや既知のエンテロウイルス、冬季ではロタウイルスや小型粒子(SRSV)であることを1981年に報告していた。そしてその研究成果を1984年日本獣医師会公衆衛生学会年次大会で小生が代理発表したことがあって、機会があればウイルスによることを実証したいものと常々考えていたからである。
急性胃腸炎の原因ウイルスについて(PDF:572KB)
かきのSRSV汚染メカニズムの調査研究
 この事例を機会に、かきによるウイルス性食中毒の発生原因を究明し、その予防対策をどうするのか。どのようにしてかきはウイルス汚染されるのか、浄化によってウイルスフリーのかきを作ることができるのか。まず最初に、東京都衛生研究所のウイルスの専門家に依頼して三重のかき生産と浄化システムについて、図々しくも手弁当で調査に来ていただき、これから取り組もうとする調査研究の指導をいただくことでその可能性をまず検討した。次に、健康福祉部の予算や三重県衛生研究所における調査研究の協働体制を協議した。さらに、研究機関や養殖業者だけでなく水産行政部局の理解も得て4月からいよいよかきのSRSV汚染メカニズムに関する調査研究が始まることとなった。かきのSRSV汚染メカニズムの解明と浄化実験への道筋をつけることが、残念であるが志摩保健所として最後の仕事となった。1997年4月からは伊勢保健所志摩支所となったのである。
参考文献
「食品衛生研究」2002年9月号
東京衛研年報 Ann. Rep. Tokyo Metr. Res. Lab. P.H., 53, 20-24, 2002
ノロウイルス食中毒対策について(提言)平成19年10月12日
薬事・食品衛生審議会 食品衛生分科会食中毒部会
厚生労働省HP食中毒統計資料
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