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かきウイルス物語(かきを美味しく安全に食べるために)
財団法人食品分析開発センターSUNATEC理事長 庄司 正
「シリーズ(4)〜美味しいかきを食べる〜」
美味しいかき(ふるさと自慢)

 生食用かきは、食品衛生法の規格基準として成分規格と加工基準が規定され、安全性は鮮度ではなく、採捕海域の海水の衛生状況や浄化の有無によって規定されていることはシリーズ1(10月号)で述べたとおりである。また、上記の規定は細菌を前提としており、問題となっているノロウイルスには不完全であり、現状ではそのリスクを小さくする対策しかないことをシリーズ3(12月号)で詳しく説明した。
 では、安全を別にすると、「美味しいかき」とはどのようなものであろうか。そもそも「美味しい」とは、消費者一人ひとりの主観に依存しているので、シリーズ1で触れたようにふるさと自慢、いつも食べている身近なかきが一番美味しいと感じるものだ。他の産地のかきは、その比較において相対的に味の評価を行うことになる。小生の経験でも、松島湾の東に位置する宮城県東名(とうな)の加工場で食したかきの味は、的矢かきと似ているなと感じたものだ。但し、的矢かきもその種は宮城種なので当たり前といわれればそれまでだ。あくまで主観である。
 小生は、美味しいものは産地へ行って、現地で情報を仕入れ、また自分で探して舌で味わうものと思っている。特に地元の人が美味しいと感じている情報を重要視している。ただ、最近の観光客の行動を見ていると、ガイドブックに載っている店とメニューを選んで食べている。テレビ番組に出ていた、雑誌で紹介された・・・という情報を元に味わっている。美味しいものを食べる手っ取り早い方法かもしれないが、時には地元の人しか知らない美味しいものは外すことになってしまうから要注意だ。そして、かきの風味は、餌の植物性プランクトン、特にケイ素の殻をもつ珪藻が大きな要素であるといわれている。養殖海域には様々な種類のプランクトンがあり、かきの風味に影響しているので、慣れ親しんだ風味のかきが最も美味しく感じると考えるのが自然だ。
 そんな訳でかきの美味しさは、皆さんのふるさと自慢に委ねることとするが、その前提となるかきの鮮度は最も重要な共通の要素である。腸炎ビブリオの汚染・増殖試験で明らかとなったが、二枚貝は非常に鮮度低下が著しく、細菌が増殖しやすい食品であるからだ。養殖筏からあげたばかりのかき、食べる直前に開けたばかりの浄化かき、紫外線殺菌海水でぶくぶくと自動洗浄機で洗ったむき身かきを画像で紹介しよう。美味しいかきは、産地がどこであれ鮮度のいいもの、これに勝るものはない。殻付かきは、生きているので鮮度抜群、どんな状態が鮮度のいいかきなのか理屈抜きに知ることができる。注文すれば自宅でも食することができるので是非試していただきたい。

新鮮なかき画像(PDF:1,490KB)
かきの衛生上の問題
 かき鍋で、かきが小さくなってしまう苦情を消費者から受けることがある。かきの水分は全体の約80%であり、加熱調理すればたんぱく質が凝固し、保水性が失われるので収縮して小さくなるのは当然である。しかし、それ以上に小さくなって納得できないケースもあり、水ぶくれかきの存在が疑われることがある。また、消費地市場の流通業者によっては、むき身かきを一切洗浄しないことを条件に仕入れているという話を聞いたことがある。それはなぜなのか。かきの加工場では、むき落としたばかりのかきは見かけが決して良くないのに、販売される容器包装詰のかきはなぜ見かけが良いのか。保健所の収去検査でむき身かきの漬け水(容器内の水)の塩分濃度を調べると1%未満のものがあるが、どうすればこのようなかきができるのか。かきの鮮度と規格基準の関係はどうなのか。かきの鮮度を保つために、適正なかきの取扱いはどうあるべきなのか。
かきの取扱指導要領の作成に向けて
 三重県では1988年から3年間かけて、浄化試験や各加工場の調査によって、科学的根拠に基づいた確実な浄化を技術指導できるデータが揃い、かきの取扱指導要領制定の条件が整った。しかし、かきによる健康被害を防ぐためには、販売店や飲食店における衛生的取扱いは無視できない。かきをどのように取り扱い、保存すればいいのか。当時では、販売店においても生食用かきが売れ残ると「加熱調理用」として再包装したり、加熱調理用の鮮度のいいかきを勝手に生食できる旨の陳列をしたりなど、かきの適正な取扱いについて様々な問題があった。
 それは、販売店や飲食店におけるかきに関する適正な取扱知識が不足していたこと、また、保健所食品衛生監視員においても、三重県では主流が生食用殻付かきであったために、かきの適正な取扱いについてはあまり問題となってこなかったことが理由といえる。しかし、先進県では、科学的根拠に基づいて、早くからむき身かきの鮮度保持のための衛生指導が行われてきているし、本県でも的矢かきの創業者佐藤忠勇さんは、出荷先の料理店に対して、殻付かきの取扱い方法を直接伝授してきたのである。
 かきの養殖から加工段階までの衛生対策だけでなく、販売店や飲食店における適正な取扱い基準も定めた一貫したかきの衛生対策が必要であることはいうまでもない。現代版「農場から食卓へ(from farm to table)」である。それは、これまでも述べたように、浄化済みの生食用殻付かきが前浜や活魚水槽に蓄養される現実など、販売や飲食段階で不適正な取扱い実態があったからである。そこで三重県では1991年度に、薬務食品環境課中央市場検査室と志摩保健所が、かきの衛生的取扱いについて試験を行い興味ある知見を得ることができた。この結果を踏まえて生産から消費まで、科学的根拠に基づいたかきの衛生対策を規定した「かき取扱いに関する指導要領」をまとめることができたのである。この要領は、1992年度から施行することとしたが、保健所長への通知文書には、形式的な事業者の指導ではなく、かきの適正な取扱についてなぜそうしなければならないか、科学的根拠に基づく技術指導を行う必要性を明記した。これらの試験結果については、製造年月日表示から品質保持期限表示への制度改正を踏まえ、1992年度にさらに追加試験を行い、1993年度全国食品衛生監視員研修会で誌上発表した。
かきの養殖・加工ガイドライン→資料編(かき取扱いに関する指導要領)
かきの保存方法と生食の適正期間について(1993年三重県食品衛生監視員研修会資料)(PDF:388KB)
かきの適正な取扱い(鮮度保持)
 かきの鮮度を落とさないために、上記試験から言える重要なことは二つである。ひとつは温度管理、もうひとつはかきの洗浄方法、殺菌海水又は人工塩水で行うこと、水道水(真水)で洗うのは食べる直前まで絶対やらないことである。前者は、低温管理で細菌の増殖を抑えること、後者はかきを組織的(細胞レベル)に死滅させないことである。詳細は上記資料を参考にしていただきたいが、死滅させないことの重要性についてもう少し詳しく考察してみよう。  かきのえら(鰓)をTTC試薬で染めると、鮮度のいいかきは鰓細胞が産生するコハク酸脱水素酵素によって鰓が赤く変色するが、鮮度の落ちたかきの鰓は染まらない。この現象をTTC反応とよび、以前はかきの鮮度判定によく利用されてきたものだ。自治体によっては、生食用かきの指導基準としてTTC反応陽性を規定しているところもあった。
 殻付かきは生きているので当然TTC反応は陽性である。むき身にした後で、洗浄や保存条件を変えることで、どのようにすればTTC反応陽性の状態を長く維持できるか。かきの組織や細胞が死滅しないためにどうすれば良いか。結論を先に述べれば、上水道では決して洗浄しない、そして決して上水道に漬けたままにしないことである。
 殻付きかきは、貝柱を切られても組織的にはまだ生きている。添付画像のように、開殻したばかりのかきは、まさに組織が透き通っている。特に、貝柱やその隣の心臓周囲の心嚢液の透明感が特徴的である。むき身にした状態となっても、殺菌海水や人工塩水に漬けた状態では、低温を維持すればかきの鮮度は維持される。例えば、水道水でむき身かきを洗浄すると一時的にはTTC反応陰性となるが、塩水に漬けると再びかきの鰓反応(TTC)が陽性となるように、鰓の細胞は生きているのである。しかし、水道水で洗浄し、水道水に漬けたままのかきは、急速に鰓の活性が無くなっていく。やがてかきの細胞は死滅・膨張して、かきから滲み出した塩分により塩分濃度は上がってゆき、漬け水1%未満となることが試験で証明できたのである。また、かきが細胞レベルで死滅(TTC反応陰性)すると、細菌は急激に増殖を始めるので、温度管理は非常に重要となる。 上記漬け水の塩分濃度の1%未満のかきは、増体試験で2日後には21%、5日目には36%も重量が増加したのである。しかし、洗浄&漬け込みを2%の人工塩水で行ったかきは、ほとんど変化しなかったのだ。むき身かきは洗浄しない、むき落としのままで購入するという流通業者は、まさに水洗浄でかきが痛みそして膨張することを知っていたのであろう。
 生食用むき身かきは、消費期限(むき身にした日を含めて4日間)以内のかきであれば、現在の流通温度では細菌学的には問題は無いといえる。しかし、漬け水の塩分濃度が1%未満のかきは流通していないのだろうか。かきの調理前に漬け水の塩分濃度を確認し、もし1%未満であれば鮮度低下(細胞活性の低下)が起こっており、美味しく食べるという観点からは加工日の翌日(販売日)に消費することが賢明である。他方、加熱調理用かきは保存温度しか規制されていない。しかし、加熱調理用かきこそ、様々な調理に使われるかきだ。漬け水の塩分濃度をきっちりと守り、むき身かきの組織は生きている新鮮な状態で提供してほしいものだ。
殻付かきの理想的な保存方法
 殻付かきの保存方法は、発泡スチロール箱に氷を詰め、蓋殻(フタガラ、平べったい殻)を上、身殻(ミガラ、深い方の殻)を下にして、かき殻内の海水が漏れないように保存するのがベストである。この方法では2週間かきは生きていることを確認できた。クラッシュ氷を詰めた容器では、温度は5℃を保っていた。他方空冷式の冷蔵庫に保存すると、乾燥によりかきが弱くなることが経験的に知られているし、開口しやすく身が乾燥して商品価値が低下することを試験で観察できた。しかし、上記の保存方法では開口は全く見られなかった。もちろん凍結は厳禁である。
 「氷の冷蔵庫で保存すると殻付かきは痛まない」とは、的矢かきの創業者佐藤忠勇さんが見出した方法であり、この試験でもその通りの結果であった。そして、試験に提供してもらった的矢かきのブランドの意味をこの試験で小生は改めて認識することとなった。浄化を前提とした身入りの良いかき、2週間保存しても高品質な殻付かきをどのようにして佐藤忠勇さんは生産したのか。シリーズ(3)の参考文献にその方法が紹介されているが、次号で述べることとしよう。
TTC試験(PDF:215KB)
※コーヒーブレイク(美味しい牛肉:松阪牛)
 三重県にはブランドとして全国的に有名な松阪牛がある。2009年11月29日、第60回松阪肉牛共進会が開催され、優秀1席(チャンピオン)に選ばれた松阪牛は2009万円で落札された。単純計算しても精肉換算で100gあたりの平均単価(原価)は約1万円くらいになるだろう。(2002年度の共進会では、史上最高額の5千万円だった。)いったいどんな牛肉なのか。
 これだけ有名な松阪牛も、大半の消費者はその名前は知っていても、松阪牛とはどんな牛なのか正確には分からないし、食べる機会もほとんどない。定義があいまいだった時代は、全国のデパート等に松阪肉として販売されていたが、定義が厳格になった2002年8月からは品薄・価格高騰などで次々と販売店から松阪肉の看板が消えていくこととなった。そのはずだ、1頭の牛から、精肉が約300kg取れたとしても、一人100gとして1頭の松阪牛からたったの3000人の消費者にしか渡らない。関係者の努力によって、最近の肥育頭数は徐々に増えてはいるが、まだ年間出荷頭数は1万頭にも遠く及ばない。
 松阪牛は、素牛(もとうし、約6〜10カ月齢の子牛)を和牛メスに限定し、規定された松阪地方の区域内で、一定期間以上肉牛として肥育されたものである。偽物を排除するため登録制と独自のDNA個体識別管理システムも備えている。 子牛を産ますことは許されないので、肥育農家は全国の子牛市場に出かけ、優良血統の子牛を求めて競っている。しかし、上記共進会の出品牛の資格は、兵庫県産素牛(いわゆる但馬牛)に限定され、しかも肥育期間が900日(30ヶ月)以上とされている。通常の肥育期間より約1年間長いのである。共進会はなぜ兵庫県産の和牛メスにこだわるのか。なぜ美味しいのか。小生は、松阪食肉衛生検査所長時代に8回にわたってその美味しさの秘密を取材して、松阪牛物語8巻としてまとめホームページで公表した。結論は「幸せを感じる美味しさ」である。
 地元松阪に住むメリットは、高価な松阪牛も安い部位と内臓肉・ホルモンは食べることができることであろうか。小生とこのメリットを共有した県外の方々の中には「これまで食べてきた牛肉はいったい何だったのだろう!」と感激する人が多い。(蛇足であるが小生が食べる焼肉店は、ガイドブック等で紹介されていない。)
松阪牛物語
参考文献

持永泰輔(東京医科歯科大学医学部)(1977):お茶の水医学雑誌第25巻第1号
  カキの食品衛生学的考察(汚染度ならびに鮮度についての検査方法の検討)
腸炎ビブリオ物語:腸炎ビブリオ物語編纂委員会 志摩食品衛生協会(1997) 

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