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食品企業の品質管理担当者が誤解しているかもしれない
食品微生物の基礎知識
東京家政大学大学院
客員教授 藤井建夫

1.はじめに

私たちが日ごろ正しいと思っている常識にも案外間違っていることがある。教科書に書かれていることは正しいと信じてしまいがちである。確かに高校までの教科書には検定制度があることもあって、大きなミスには出会わなかったかもしれないが、大学生向けの教科書となると、自由度が増す分、必ずしもそうとはいかない。
 例えば、以下の①~⑩は、大学向けの教科書、参考書によくみられ、食品企業の品質管理担当の方たちも多くが常識的に理解している事柄である。

① 微生物の作用によってタンパク質が分解される場合を腐敗、炭水化物が分解される場合を発酵という。

② 腐ったものを食べると食中毒になる。

③ 生菌数測定は公定法の35℃培養で行うのが正しい。

④ 魚のK値が60%以上(または60~80%)になると初期腐敗とみなされる。

⑤ 食品中のヒスタミン含有量は腐敗指標として用いられる。

⑥ さば味噌煮は十分加熱をするからヒスタミン食中毒にはなりにくい。

⑦ 120℃4分の加熱をすればすべての微生物が死滅する?

⑧ かつお節は優良カビの増殖によって水分量が減少する(保存性が高まる)。

⑨ 塩辛の熟成(旨味成分の増加)は魚介肉の自己消化酵素によるが、微生物の酵素作用も大きい。

⑩ ふぐ卵巣糠漬け工程では、乳酸菌の働きでフグ毒が分解される。

これらを正しいと思っている方が多いのではなかろうか。食品学や栄養学関係の教科書、参考書ではこのように書かれているものが多いのでやむを得ない。国家試験問題の解説書などでも、そのように説明しているものが多いが、実はすべて間違いである。しかも、過去の国家試験(薬剤師、管理栄養士など)やセンター試験などでも、これらの間違いをベースとして出題されたこともあるので、影響は大きいと言わざるを得ない。
 上記①~⑩のうち、①、②、③についてはすでに本メルマガVol. 50(2010年5月号)およびVol.52(同7月号)でも解説したので、ここでは④、⑤を取り上げたい。

2.K値が60%になると初期腐敗?

魚は鮮度低下が早いため、品質評価の上でとくに鮮度が重要視される。しかし、一口に鮮度といっても、刺身の鮮度とアジの一夜干しの鮮度ではまったく意味がちがう。刺身で問題となる鮮度はいわゆる活きの良さで、生鮮度ともいわれる。一方、アジの一夜干しの場合には食べられるかどうか(腐敗の程度)という意味での鮮度で、鼻で臭いを嗅いで見分けることができる。
 魚の死後の変化は、硬直、解硬、軟化、腐敗という順に進行するが、そのうち、硬直、解硬、軟化までの比較的初期の変化は魚介類自身が元々持っている筋肉や内臓の酵素によって起こり、細菌は関係しない。腐敗は細菌によって起こるが、それはふつう大分後で起こる変化である(図1)。
 したがって鮮度低下の物差しも両者で異なり、生鮮度(活きの良さ)の目安としてはATPの分解の程度を指標にしたK値が最もよく用いられている。
 魚肉のATPは魚肉自身の酵素作用で、ATP→ADP→AMP(アデニル酸)→IMP(イノシン酸)→HxR(イノシン)→Hx(ヒポキサンチン)という順に変化していく。この分解の経路はすべての魚に共通であり、一連の反応はIMPの分解速度で律速される。したがってATPからIMPまでが魚肉中の主成分である間は生鮮度が良好であるが、時間経過とともにHxR、Hxが増加すると生鮮度は低下したことになる。これらのATP関連化合物の総量はほぼ一定であることから、次式のようにこの総量に占めるHxR+Hxの百分率(モル%)を求め、これをK値と呼んでいる。
   K値=(HxR+Hx) x 100/(ATP+ADP+AMP+IMP+HxR+Hx)
 K値は低いほど生鮮度の良いことを意味し、即殺魚では10%以下、刺身用には20%以下が適当であり、20~60%は調理加工向けの鮮度とされている。
 K値が極めて初期の鮮度低下を示しうることから、鮮度指標としてアンモニアやトリメチルアミンよりも優れているかというと、そうとは言えない。なぜなら、それらは活きの良さと腐敗という全く要因の異なる鮮度の指標だからである。K値は活きの良さを表すことはできるが、腐敗の指標にはならず(たとえK値が100%であっても腐敗しているとは限らない)、逆に、アンモニアやトリメチルアミンは細菌の腐敗産物であり、生鮮度を表すものではないからである。
 しかし、食品関係の教科書では、K値が60%以上(または60~80%)を初期腐敗としている場合が多いのである。これが間違いであることは図2の結果からも明らかである。この結果ではK値が60%を超えた時点でも、トリメチルアミンの増加は見られないからである。
 K値と微生物的鮮度(腐敗)との混乱は、鮮度研究者自身の論文にもみられる。3種のすし種のVBN、トリメチルアミン、K値を比較した結果では、図3のように、VBN、トリメチルアミンでは3種のすし種に大きな差は出ないが、K値では明確に差が出る。このことから鮮度指標はK値に限るという主張である。しかしこれは上述の通り合理的ではない。生鮮度と微生物的鮮度は別々の鮮度だという理解が欠けている。
 両者の違いを区別して、混乱のないようにして鮮度管理をしたい。

3.ヒスタミンは優れた鮮度指標である?

栄養系や薬学系の国家試験受験参考書で、ヒスタミンを鮮度指標として用いることができると書いてあるものを見かけるが、これは間違いである。
 ヒスタミンはアレルギー様食中毒の原因物質として食品衛生の上で重要であり、このヒスタミンはヒスチジン脱炭酸酵素をもった細菌(ヒスタミン生成菌)によって生成される。しかしこれが腐敗の指標になるには、腐敗細菌数とヒスタミン生成菌(ヒスタミン量)の間にある程度相関があることが必要であるが、実際には、魚の貯蔵中のヒスタミン量の変化を調べた例では、図4のように一定の傾向はみられない。この図からは次のようなことがいえる。

① 魚種(試料)ごとに蓄積量や傾向が異なる。

② 35℃がもっとも著しい場合と、20℃の方が35℃よりも著しい場合がある。

③ いったん蓄積したヒスタミンが減少する場合がある。

④ 35℃でもまったく蓄積しないことがある。

⑤ 5℃においても5日以内に100mg/100g程度認めうることがある。

このようにヒスタミン蓄積がまちまちな傾向は、図5に示すように、同じ魚種(マサバ)、同じ貯蔵温度(5℃)でもみられる。まずヒスタミン蓄積の傾向が試料によって異なる理由は、魚に付着しているヒスタミン生成菌には増殖温度域の違う菌群(低温菌、中温菌)が存在し、その種類や数が試料によって大きく異なるためである。たとえば中温菌が優勢な試料では5℃でのヒスタミン生成は起こらないが、低温菌が優勢な場合には35℃での蓄積はなく、逆に5℃でも蓄積が見られることになる。

また、魚にはヒスタミン生成菌だけでなく、ヒスタミン分解菌も存在するので、ヒスタミンの蓄積量は分解細菌によっても影響を受ける(さらにヒスタミンの生成、分解活性は魚肉のpHによっても異なる)。その結果、魚の貯蔵中のヒスタミン量変化は試料によって大きく異なることになる。これらのことからヒスタミンは魚の鮮度指標とはならない。
 しかし、第87回薬剤師国家試験(平成14年)には次のような問題が出題されたことがある。
 問75 食品の腐敗に関する記述のうち,正しいものの組合せはどれか。

a 腐敗により生じるカダベリンは、アルギニンに由来する。

b 腐敗により、トリプトファンから発がん性のTrp-P-1が生じる。

c 魚類に含まれるトリメチルアミンオキシドは、還元されて腐敗臭の原因物質を生成する。

d 食品中のヒスタミン含有量は、腐敗の指標として用いられる。

1(a,b) 2(a,c) 3(a,d) 4(b,c) 5(b,d) 6(c,d)

記述のうちaとbは間違いであるので、出題者はcとdを正しいと考えていることになり、この問題は解答不能である。しかも全く同じ問題が平成20年の第93回国家試験(問65)にも出されている。
 なお、ヒスタミンのほか、カダベリンやアグマチンのようなポリアミン類も魚介類の腐敗指標となるとしている場合もあるが、同じような理由で腐敗の指標にはならない。
 ヒスタミン生成菌の一般的な知識や食中毒予防などについては、本メルマガのVol. 44(2009年11月号、「ヒスタミン食中毒の現状と対策」)Vol. 90 (2013年9月号,「ヒスタミン・プロブレム」)で述べたので併せてご覧ください。

略歴

藤井建夫(フジイ タテオ)

東京家政大学大学院客員教授、東京海洋大学名誉教授、農学博士。
略歴―京都市生まれ。京都大学大学院農学研究科博士課程修了、水産庁東海区水産研究所微生物研究室長, 東京水産大学・東京海洋大学教授、山脇学園短期大学教授、東京家政大学特任教授(生活科学研究所長)などを経て、2014年4月から現職。
日本食品微生物学会、日本食品衛生学会、日本水産学会の各名誉会員。
専門分野―食品微生物学(腐敗、発酵、食中毒、微生物制御)。
主な著書―「魚の発酵食品」(成山堂書店, 2000)、「塩辛・くさや・かつお節(増補版)」(恒星社厚生閣, 2001)、「加工食品と微生物-現場における食品衛生」(中央法規出版, 2007),「よくわかる食品有害微生物問題集」(幸書房, 2010),「食品衛生学第三版」(恒星社厚生閣, 2012)、「食品の腐敗と微生物」(幸書房,2012)、「食品微生物学の基礎」(講談社,2013)など。

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