スーパーやコンビニ、一般商店などの食料品には、原材料名や消費期限(または賞味期限)、殺菌方法、保存方法、メーカ名、栄養・アレルギー関係などの表示があるが、そのうち、消費者が最も気にする項目は消費期限であろう。とくに陳列時間の短い弁当や惣菜類では時間単位で表示されていて、消費者はできるだけ期限の先のものを選び、少しでも期限オーバーのものはクレームの対象となるので、取扱者も期限には敏感で、期限前に回収してしまうことも多い。しかしこの期限が確とした根拠を持って決められているかというと、どうも怪しい場合が少なくない。
例えば、惣菜類や生鮮食品のような要冷蔵食品の消費期限をどのようにして設定するかというと、ふつうは冷蔵庫温度で保存試験を行い、その際の菌数変化を調べて、自社基準値に達するまでの日数をもとに決めるのであろう。その際、貯蔵温度は冷蔵温度域の高めの値である10℃とし、生菌数測定は食品衛生法(公定法)に定められている一般生菌数測定法(標準寒天培地を用い、35℃,24〜48時間培養、表1)が無難と考える。その結果、15日目に自社基準値の105/gに達したとすると、安全性をみてこの8割程度の日数(12日目)を消費期限として設定するようなことが行われるのではなかろうか。
しかしこの方法は不適当である。なぜなら、微生物は増殖温度の面から、図1のように、低温微生物、中温微生物、高温微生物の3つに大別され、10℃保存中に腐敗を起こすのは主に低温細菌であるが、上記の35℃という培養温度は中温細菌が対象であり、低温細菌は測定できない(35℃では増殖しない)からである。低温腐敗品の生菌数測定に35℃培養は禁物である。
食品衛生法の生菌数測定法は、もともと規格基準の決められている食品について定められたものであるが、その当時はまだ常温貯蔵が一般的であったため、腐敗微生物の生菌数測定も中温細菌を相手にしていればよく、また当時知られていた食中毒菌も中温細菌が主であったため、低温微生物は考慮されていなかったのであろう。
したがって、この方法は常温下での食品の微生物汚染や中温腐敗菌の増殖程度を知るような場合には有用であり、また食中毒細菌も多くが中温菌であることからそれらによる汚染の可能性を示す目安ともなる。
しかしこの方法を鵜呑みにして、低温貯蔵の食品に用いると、とんでもないことになってしまう。事実、表2に示すように、低温で腐敗した刺身や明太子などの生菌数は、20℃培養では108〜109/gであるのに、35℃培養では104〜105/gにしかならず、実際には腐敗しているにもかかわらず、それを見落とすことになる。低温腐敗した食品に限らず、鮮魚のようにもともと低温菌が優勢な食品でも、35℃培養では20℃培養に比べて生菌数が著しく低いことになる。要冷蔵食品の生菌数は低温細菌の増殖できる20〜25℃以下の培養温度で求めないと、間違った結果を得ることになるのである。
この例からも分かるように、食品の生菌数測定に当たっては、その食品の性質(pH、水分活性、塩分など)や貯蔵条件(温度、気相など)を考慮して、想定される優勢微生物に適した培地や培養条件を用いることが重要である。優勢菌群の増殖し得ない培地・培養条件で得られた結果をもとにして消費期限設定をするのは不合理なことである。
さまざまな食品細菌のうちで非好塩性の好気性、中温菌を主なターゲットにしているのが公定法である。したがって、上のような例だけでなく、高温菌が主な変敗菌となる加温販売のコーヒー缶詰の検査には用いられないし、魚醤油の変敗菌も、高度好塩菌であるので食塩無添加のこの培地では増殖しない。真空包装やガス置換包装食品で問題となる嫌気性菌の検出にも不適当である。
最近はこれまでにない様々な加工や貯蔵形態の食品が出回るようになり、また海外からも様々な農水畜産物の輸入が増えており、それに伴って微生物検査の必要性も増すであろう。その際には食品の性状や検査の目的にあった方法を工夫することが重要であり、あまり考えずに検査をこなすだけでは、かえってトラブル発生の原因となるであろう。
食品検査の現場では、マニュアル通りに日常的作業をこなすことに追われがちであるが、用いている方法が適正であるかどうかにも留意することが重要であろう。
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