一般財団法人 食品分析開発センター SUNATEC
HOME >ヒスタミン プロブレム―アレルギー様食中毒の「原因物質」について―
ヒスタミン プロブレム
―アレルギー様食中毒の「原因物質」について―
藤井建夫(東京家政大学)

1.ヒスタミン生成菌の発見

このタイトルの「ヒスタミン プロブレム」は私の卒論時代の恩師である木俣正夫先生が書かれた総説のタイトルをお借りしたものである。木俣先生は、1947年(昭和22年)に舞鶴市に新設された京都大学農学部水産学科の初代教授である。今では学会の名称にも用いられている「保蔵」という言葉の創出者でもあり、『食品腐敗学』(1944年、河出書房)に次いで、1949年には『食品保蔵学』(朝倉書店)を刊行されている。
 先生が舞鶴で最初に行われた研究は、当時水産加工品中第1位の生産額で、腐敗、食中毒などの問題の多かった水産練り製品の腐敗についてであり、ついでアレルギー様食中毒に関してであった。
 アレルギー様食中毒の研究を始められたのは、1947年の創設間もないころ、京大の記者クラブの人たちが揃って見学に来られた際の昼食のサバでこの食中毒が起こったのがきっかけであったらしい。アレルギー様食中毒が鮮度の低下したカツオなどで起こることは江戸時代から知られていたが、長い間その「原因物質」は不明であった。国内各地で本中毒が多発した1950年代初頭には、この食中毒がヒスタミンによるらしいことはすでに分かっていたが、その生成が魚の内因酵素によるものか細菌によるものかについては不明であり、当時いくつかの研究グループがその解明を競っていたことが当時発表された論文から推察される。
 木俣らは1951年頃よりヒスタミン生成に関する研究結果を精力的に発表しており、その後1960年までに約25報の関連論文を発表している。ヒスタミン生成菌に関する研究はまた、相磯和嘉氏らにより1954年以降、河端俊治氏らにより1955年以降に発表されており、それぞれ7報と15報の関連論文がある。
 このうちヒスタミンが魚肉腐敗細菌によって生成されることを初めて見出したのは木俣・河合(1953年)である。木俣らが分離した原因菌は、後に本食中毒の主要原因菌として注目されるProteus morganii(現在Morganella morganii)と酷似であったが、低温増殖性などの点で当時のP. morganiiの記述とは一致しなかったためAchromobacter histamineumとして報告された。食中毒統計では、アレルギー様食中毒は現在も化学性食中毒として分類されているが、これは当初、この食中毒の原因物質がヒスタミンという化学物質であることは判明していたが、その生成原因については不明であったことの名残であろう。その点でこのヒスタミン生成菌の発見は意義が大きいと考えられる。
 アレルギー様食中毒に関して木俣らが行った研究の要旨は次の通りである。中毒原因物質の主体は魚肉エキス中のヒスチジンがP. morganiiによって脱炭酸されて生じるヒスタミンである。従来Proteus の至適温度は35℃付近であり、またヒスチジン脱炭酸作用があることが全く報告されていなかったことなどから新種と考えたが、その後詳細に検討した結果、P. morganiiと同定するのが最も妥当であることを明らかにした。この細菌は海産魚の生存中からすでに魚体表面の粘質物中に常在し(全菌数の1/1000程度)、魚の死後速やかに増殖してヒスタミンを生成させる。この細菌は中性付近で最も増殖率は大きいが、ヒスタミンの生産量は少なく、酸性域では増殖は緩慢であるが、ヒスタミンの生産量は多い。比較的低温で増殖した場合にはヒスタミンの生産量は多い。エキス中にヒスチジンをほとんど含まない魚肉の場合には、腐敗が相当程度にまで進んだ後でなければヒスタミンは生成されない。ヒスタミンが低温(6〜7℃)でも生成されることを見出した。そのほか、細菌のヒスチジン脱炭酸酵素につても明らかにし、魚の貯蔵条件を設定するうえで多大な貢献をされている。これらの研究を中心にした総説がFish as Food, Vol.1”(Academic Press, 1960)に上述の“The Histamine Problem”というタイトルでまとめられている。

 

2.海洋性ヒスタミン生成菌の発見

ヒスタミン生成菌については海洋性ヒスタミン生成菌の発見も重要であろう。これは私の東京水産大学での上司であった奥積昌世先生らによるものである。
 鮮魚やその加工品のヒスタミン生成菌としては、従来M.morganiiCitrobacter freundii, Enterobacter aerogenes, E. cloacae, Raoultella planticolaなどの腸内細菌科細菌が主であり、実際の食中毒事例からの分離株もM. morganii、Raoultella planticola, Hafnia alveiなどの腸内細菌科細菌であった。
 海洋由来のヒスタミン生成菌については、1981年以降、奥積らは魚の低温貯蔵に関する詳細な研究によって、海洋や魚の腸管、体表などにも低温性と中温性の2種の好塩性ヒスタミン生成菌、Photobacterium phosphoreumP. damselaeが存在することを明らかにされている。前者は増殖至適温度が20℃付近にあり、2.5℃で増殖するが35℃では増殖できない低温菌である。また食塩無添加の培地では増殖できず、至適食塩濃度が約2%の好塩菌である。また後者のP. damselaeは35℃で増殖するが4℃では増殖できない中温菌である。

 

3.海洋性ヒスタミン生成菌の重要性

腸内細菌科のヒスタミン生成菌(Morganella morganiiなど)と2種の海洋性ヒスタミン生成菌の沿岸海域での出現状況を調べた結果(図1)では、低温好塩性のヒスタミン生成菌(P. phosphoreum)は冬から初夏にかけて存在し、夏には中温好塩性の菌(P. damselae)が多く出現する。一方M. morganiiは清浄海水(相模湾)からは検出されず、比較的汚れた海水(東京湾湾奥部)から夏季に検出される。したがって漁獲直後の鮮魚に主に付着しているのは好塩性ヒスタミン生成菌の方であり、M. morganiiは漁獲後水揚げ時の洗浄やその後の流通過程での汚染が主と考えられる。
 また、市販鮮魚について調べた例(図2)では、中温好塩性菌やM. morganiiは主に夏場に検出され、低温好塩性菌は周年高頻度に検出される。このうち、中温好塩性のヒスタミン生成菌は夏の鮮魚から多いときには103〜104/cm2検出されることがあり、しかもM. morganiiと同程度に強いヒスタミン生成能を持つので、過去の食中毒事例の中には本菌によるものも含まれていた可能性がある。一方、低温好塩性のP. phosphoreumは2.5℃貯蔵の魚肉中に多量(61〜144mg/100g)のヒスタミンを産生することが確認されているので、低温貯蔵時の鮮魚におけるヒスタミン生成には本菌が関与している可能性が高い。従来P. phosphoreumによる食中毒の報告例はなかったが、これは本菌が凍結に弱いことと、一般に用いられている検査条件(食塩無添加、35℃培養)では検出されないためと思われ、機会があれば食中毒事例を調べてみたいと考えていたが、大学では食中毒サンプルの入手が難しく実現できなかった。その後、本菌は2004年に神吉政史氏らにより丸干しいわしによる食中毒事例から分離されている。


図1.海水中のヒスタミン生成菌数の季節変化(与口ら、1990)

 


図2.鮮魚に付着しているヒスタミン生成菌数の季節変化(与口ら、1990)

 

4.魚肉中でのヒスタミン蓄積の様子

P. phosphoreumは魚の皮膚だけでなく、腸管内容物にも通年検出され、その菌数は中温性の生成菌と同じか10〜102倍ほど多く存在するので、筋肉中でのヒスタミン蓄積には腸管内の生成菌も重要である。マサバを25℃で貯蔵した際のヒスタミン生成菌の挙動を調べた結果(図3)では、腸管内の生成菌は8〜10時間で著しく増殖し、その後腸管の自己消化で腹腔内へ拡散し、さらに無菌であった筋肉内へ移行、増殖し、ヒスタミンを生成・蓄積する。腸管内には多いときには107〜108/gのヒスタミン生成菌が存在する場合もあり、そのような魚体で温度管理の不手際によって内臓の自己消化が早く進行した場合や、内臓除去が不十分な状態で放置したような場合には、腹部肉にかなりのヒスタミンが蓄積し、これが凍結・解凍を繰り返すことでさらに筋肉中へ移行する可能性がある。したがって漁獲後に内臓を除去することは、その後の貯蔵中のヒスタミン生成を防ぐ点で意味があろう。


図3.鮮魚の貯蔵中(25℃)におけるヒスタミン蓄積の機構(与口ら、1990)
図は魚の断面で、円は内側から順に腸管、腹腔膜、表皮を示す、
図中の時間は貯蔵開始時からの経過時間、○:P.phosphoreum,●:P.damselae,▲:モルガン菌  

 

5.ヒスタミン生成の内因酵素説について

魚肉中でのヒスタミン生成が、ヒスタミン生成菌ではなく、魚肉の内因酵素によっているかもしれないという根拠にいわゆる異常肉(abnormal meat)の問題がある。異常肉とは、一例として、ヒスタミンが543mg/100gと異常に蓄積している冷凍キハダマグロにおいて、ヒスタミン生成菌は10〜100/gしか存在せず、しかも異常魚肉中のヒスチジン脱炭酸酵素活性が正常魚肉に比べて有意に高い(ヒスタミン生成が筋肉由来酵素による可能性がある)というような事例である。しかし、このような事例は好塩性ヒスタミン生成菌が凍結に弱いため、凍結サンプルでは死滅してしまうと考えると説明がつく。
 図4は好塩性ヒスタミン生成菌に対する凍結の影響を調べた例であるが、P. damselaeの菌体懸濁液を−20℃で貯蔵した際の生菌数とヒスチジン脱炭酸酵素活性の変化を調べた結果である。この菌群は凍結に極めて弱く、菌数は凍結7日後には1/108以下に急減するが、菌液の酵素活性は7日後でも約50%が保持されている。異常肉における高い酵素活性はこの結果から説明できるのではなかろうか。


図4.−20℃貯蔵中のP. damselaeの生菌数(a)とヒスチジン脱炭酸活性(b)の変化(Fujiiら、1994)

  

 

参考文献

本稿で触れなかった事項や文献は次の拙稿を参照ください。なおヒスタミン食中毒については、本メルマガ2009年11月号にも掲載しているので併せてご覧ください。
(1)藤井建夫: ヒスタミン生成菌,『HACCPと水産食品』(藤井・山中編), p.59-74, 恒星社厚生閣 (2000).
(2)藤井建夫:アレルギー様食中毒, 日本食品微生物学会雑誌, 23, 61-71 (2006).
(3)藤井建夫:細菌性食中毒としてのアレルギー様食中毒, 食品衛生学雑誌, 47,J343-J348 (2006).

 

略歴

京都大学大学院農学研究科博士課程修了、水産庁東海区水産研究所微生物研究室長、東京水産大学・東京海洋大学教授などを経て.、現在東京家政大学特任教授・生活科学研究所長。農学博士.。
専門分野:食品微生物学。

 

他の記事を見る
ホームページを見る

サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。

 
Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved.