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食品成分による感温性高分子材料の機能制御
神奈川工科大学 応用バイオ科学部
教授 清水 秀信

1.はじめに

感温性という言葉を温度に応答して性質が変化するものとして捉えれば、感温性は食品にとって大変身近な特性の1つである。例えば、寒天などの多糖類は、温度が高いときには水に溶解しているが、温度を下げると水溶液の流動性は失われる。すなわち、可逆的なゾル‐ゲル転移を示す。また、チョコレートの結晶多形は温度によって安定性が異なるため、口溶け感などの食感が、温度変化により徐々に変わる傾向を示す。
 近年注目されている感温性高分子材料とは、ある温度を境に高分子鎖の性質が大きく変わり、この分子レベルの変化がマクロな状態変化を引き起こす材料のことである(固体液体の状態変化に似ている)。このように、熱という刺激に応答する材料は、特にバイオマテリアルの分野でその材料開発が進められている。ここではまず、感温性高分子の一次構造の特徴、並びに、高分子鎖を橋かけした感温性ジェルとその応用例について取り上げる。さらに、感温性がどのような機構で発現するのか、また、感温性を示す温度がどのような要素で規定されているのかについて分子レベルで考察した後、その温度を食品添加物であるカテキンにより効果的に制御した研究について述べる。

2.感温性高分子の一次構造

水に対する固体の溶解度は、ほとんどの物質で温度が高くなるほど大きくなることはよく知られている(水酸化カルシウムCa(OH)2のように、温度が高くなるほど溶解度が小さくなる物質もある)。しかし、高分子化合物の中には、低温では水に溶解しているため透明な溶液であるが、温度を上げていくと突然水に溶けなくなり、系全体が白濁する性質を示すものがある(図1参照)。このように、温度に対して“不連続に”溶解性が変化する高分子のことを感温性高分子という1)~4)。溶解性が大きく変化する温度は相転移温度と呼ばれており、感温性高分子水溶液の透過率測定により簡便に評価することができる。図1は、温度を変えて、1.0 wt%の感温性高分子(ここではヒドロキシプロピルセルロース)水溶液の透過率を測定したときの結果である。温度が低いときは溶液が透明であるため、透過率は100 %に近い値となる。一方、高温になり溶液が白く濁ると、光が通らなくなるため透過率は急激に低下する。通常相転移温度は、透過率が50 %になるときの温度で定義されている。表1に代表的な感温性高分子の繰り返し単位の構造式とその相転移温度を示す5)

図1.ヒドロキシプロピルセルロースの透過率-温度曲線
 
表1.感温性高分子を構成しているモノマーの構造式と相転移温度

感温性高分子の鎖は、分子内に疎水部と親水部を有している。表1のポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAM)を例にとると、アミド部位が親水部に、イソプロピル部位が疎水部に相当する。相転移温度は、高分子鎖を構成している原子団の親疎水性バランスにより決まることが知られており、親水部の割合が増えると転移温度は上昇し、逆に疎水部の割合が増えると転移温度は低下する。親疎水性バランスは、ポリマー鎖の分子構造を適切に設計することにより容易に制御することができる。例えば、ポリ(N-アクリロイルピロリジン)の側鎖である5員環複素環アミンの炭素数を1つ増やし、6員環複素環アミンにすると(ポリ(N-アクリロイルピペリジン)になる)、疎水性の割合が増えるため、相転移温度は50 ℃から5 ℃に低下する。相転移温度は感温性高分子の重要な特性の1つであることから、相転移温度の制御方法を明らかにすることは、感温性高分子の応用展開を図る上で極めて大切なポイントとなる。

3.感温性ジェル粒子

感温性高分子の鎖を橋かけして三次元網目構造にすると、感温性ハイドロジェルとなる。橋かけすることにより、低温にしても水に溶解しなくなるが、その代わり相転移温度を境に膨潤収縮する特性を示す。この特性を利用すれば、ジェル内に封入した物質の放出を制御することが可能となる。ただし、ゲルが膨潤収縮するのに要する時間がゲルの大きさの二乗に比例する6)ことに注意する必要がある。
 感温性ジェルの機能をさらに向上させるために、1 µm以下の大きさに微粒子化する試みがなされている。微粒子化するメリットとして、次のようなことがあげられる。
(1)大きさが小さいため応答速度が速い。
(2)比表面積が大きくなるため、粒子表面を吸着場や反応場として活用できる。
(3)粒子内部に機能性物質を内包させ、キャリア(運搬体)として利用できる。
 図2に、PNIPAMからなるジェル粒子の透過型電子顕微鏡(TEM)像を示す7)。TEM像は、水分が存在しない乾燥状態での形態を表している。この像から、PNIPAMジェル粒子の大きさは揃っており真球状であることが見てとれる。このような粒子は、水溶液中でN-イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)を沈殿重合させることにより得ることができる。沈殿重合は、モノマー分子は溶け、ポリマー鎖は溶けない溶媒を用いて粒子を作製する方法のことである。重合は、モノマー、開始剤、架橋剤など、重合に必要な全ての成分が溶媒に溶けている状態から始まる。モノマーの重合によりポリマー鎖が生成すると、重合溶媒に不溶なポリマー鎖が析出し、粒子核の生成、続いて、成長が起こり、溶媒に分散している状態で粒子が得られる。ただし、溶媒に分散させるためには少し工夫が必要で、適切な相互作用(静電気的相互作用や溶媒による立体的反発力など)を粒子表面に導入しなければならない。PNIPAMジェル粒子の場合、ポリマー鎖が相転移温度以上で水に不溶となるため、相転移温度以上の温度(通常65 ℃~75 ℃)で重合が行われる。分散安定成分は、開始剤断片から生じるイオン性基によりもたらされる8)

図2.PNIPAMジェル粒子のTEM像

水中における粒子の大きさは、動的光散乱法により評価することができる。図3に、温度を変えてPNIPAMジェル粒子の水中粒子径を測定した結果を示す。相転移温度である31 ℃付近を境に、粒子径が850 nmから400 nmに大きく変化している様子が観察できる。感温性ジェル粒子では、大きさ以外にも、電気泳動挙動、塩に対する分散安定挙動、タンパク質吸着性、細胞接着性などの特性が、相転移温度を境に大きく変化することが報告されている9)

図3.PNIPAMジェル粒子の水中粒子径に及ぼす温度の影響

4.感温性ジェル粒子の応用例

感温性ジェル粒子の応用例として、キャリアの例を紹介する10)。キャリアとしての研究開発は、ドラッグデリバリーシステム(DDS)の分野で主に行われている。DDSでは、必要なときに、必要な場所で、必要な量の薬物を放出するという究極の薬物治療を目指している。このとき、刺激応答性を有するキャリアを用いることは大変有用である。なぜならば、標的部位に熱などの物理的刺激を与えることで、必要なときに薬物を放出させること(時間的制御)や標的部位という限られた領域のみで薬物を放出させること(空間的制御)が可能となるからである。また、効果的な疾病の治療を実現するために、複数のターゲティングを巧みに組み合わせ、それぞれの効果を増幅させるマルチターゲティングも期待できる。
 これらの研究は決して薬物治療の分野だけにとどまらない。内包する物質を、ポリフェノールなどの機能性食品にすれば、食品の分野でも応用できるようになる。食品成分をナノサイズの粒子内にカプセル化できれば、以下のような効果が期待できる11)~13)

(1)カプセルで保護されている食品成分は胃で分解されにくいため、食品成分の体内における安定性を向上できる。

(2)カプセルの表面を適切な状態にすることにより、腸からの吸収効率を向上させることができる。

(3)においや酸味がある食品成分では、カプセル内に封入することにより呈味性を改善できる。

(4)水に溶けにくいため、水中で凝集して分子サイズが大きくなってしまう食品成分であっても、カプセル化することにより可溶化できる。

 食品成分をカプセル化することは、疾病を予防したり、豊かで健康的な食生活を送ったりするために有意義であると考えられており、今後の発展が期待されている。そのためには、体内に取り入れても安全なカプセル剤を用いて、様々な食品成分を簡便にカプセル化できる技術を構築することが必要とされている。

5.相転移温度を制御する方法

感温性高分子の相転移現象を分子レベルで深く理解することは、感温性高分子の最も重要な特性である相転移温度を制御することにつながる。水に溶けている感温性高分子の鎖は、ある温度で突然、ランダムコイル状態からグロビュール状態へ構造転移する。ここで観察される転移現象は、タンパク質の鎖が変性状態から天然状態にフォールディングする協同的転移と類似している14)。感温性高分子鎖の構造転移が起こるのは、温度により高分子鎖の水和状態が劇的に変化するためである。温度が低いときに高分子鎖が水に溶解するのは、鎖を構成している親水部が水素結合、疎水部が疎水性水和により、水分子と相互作用しているためである。温度上昇にともない水分子の運動性が激しくなると、疎水性水和していた水分子が協同的に脱水和して、高分子鎖間に疎水性相互作用がはたらくようになるため、高分子鎖は水に不溶となる。このように、疎水性水和している水分子は、感温性の発現に重要な役割を果たしている15)
 先に述べたように、相転移温度は、高分子鎖を構成している原子団の親疎水性バランスにより決まる。この考えに基づき、感温性高分子の相転移温度を変化させた研究例をいくつか挙げる。伊藤は、N置換アクリルアミドあるいはN置換メタクリルアミドのアルキル基(疎水部)の構造や炭素数を変えると、転移温度を5 ℃から72 ℃の範囲で制御できることを報告している5)。また、感温性高分子の主鎖に別のコモノマーを組み込むと、コモノマーの性質と比率に応じて、自在に相転移温度を変化させることもできる16)~18)。例えば、NIPAMと親水性モノマーであるジメチルアクリルアミド(DMAAm)を共重合させた高分子の相転移温度は、DMAAm組成が増えるにつれ高温側にシフトする。一方、疎水性モノマーであるブチルメタクリレート(BMA)を共重合させると、BMA組成の増加にともない低温側への相転移温度のシフトが認められる18)。このように, 感温性高分子の親疎水性バランスを考慮して一次構造の分子設計を行うことにより、望みの相転移温度を有する感温性高分子を得ることができるのである。
 感温性高分子の骨格を変化させなくても、感温性高分子が溶解している水の中に、塩、界面活性剤、糖、疎水性化合物、アルコールなどの様々な物質を添加すると、相転移温度がシフトする現象が報告されている19)~27)。これらの添加物は、高分子鎖と水分子間にはたらく相互作用(水和構造)に影響を及ぼすことにより相転移温度を変化させていると考えられており、バルクの水分子と比べて水分子の構造形成を促進する物質を添加すると相転移温度が下がり、水和構造を破壊する物質を加えると相転移温度が上昇するという結果が得られている。しかし、相転移温度を10 ℃以上変化させるためには、通常0.2 mol/L以上という比較的高濃度の添加物を系内に加える必要がある。

6.カテキンによる感温性高分子の相転移温度制御

感温性高分子の工学的利用を考えた場合、できるだけ少ない添加物量で相転移温度を大きく変化させる系を見出すことができれば、感温性高分子の使用環境に及ぼす添加物の影響を抑えることができる可能性が高いため、利用価値の向上につながることが期待できる。そこで筆者らは、感温性高分子と定量的に、かつ、比較的弱く相互作用できる添加物が、高分子鎖の物理化学的性質を変化させるのに有効にはたらくのではないかと考え、該当する化合物の探索を進めている。ここでは、温水に可溶で冷水に不溶なカテキンが、感温性高分子ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)の相転移挙動に及ぼす影響について検討を行った研究を紹介する。
 図4に、HPC水溶液中にカテキンを添加し、温度を変えて透過率を測定した結果を示す。系内に存在するカテキンの濃度は0から0.27 wt%の間で変化させた。また図5に、図4の透過率-温度曲線から算出した相転移温度とカテキン添加濃度の関係を示す。相転移温度は、透過率が50 %となるときの温度としている。

図4.カテキン添加濃度がHPCの相転移挙動に及ぼす影響
 
図5.カテキン添加濃度を変化させたときのHPCの相転移温度

カテキンをわずか0.03 wt%となるように水溶液に加えただけで、透過率曲線は低温側に約3 ℃シフトする傾向を示した。このカテキン濃度は、HPC 1分子に対して約1分子のカテキンが水溶液中に存在している計算となり、わずか1分子のカテキンがHPC鎖1本の物理化学的性質を変化させていることになる。カテキンの添加濃度を上げていくと、透過率曲線はさらに低温側にシフトし、0.27 wt%の濃度でカテキンを添加したときには、相転移温度は約19 ℃となり、カテキンを添加していない系と比べて約24 ℃低下した。またカテキン濃度を上げていくと、転移温度以下に温度を下げても溶液は透明にならず少し濁っている状態のため、透過率は100 %まで達しないという現象が観察された。加えて、昇温させて完全に白濁した溶液を、相転移温度より10 ℃以上低い温度まで下げ、十分冷却してから再び昇温すると、透過率-温度曲線ははじめに昇温したときとほぼ同じ曲線となった。一方、昇温後徐々に冷却すると、転移温度以下において透過率曲線は昇温時と重ならず、もとの透過率より低くなるという結果が得られた。
 以上の結果から、相転移温度以上ではカテキンとHPCの間に何らかの相互作用がはたらいていること、また、この相互作用は温度を下げても完全に消失せず、相転移温度以下においてもカテキンとHPCはミクロな複合体を形成している可能性が示唆された。

7.おわりに

感温性高分子の相転移温度を制御する方法を中心として、感温性高分子が有する興味深い特性と代表的な応用例について紹介した。筆者らは、少量のカテキンが、一次構造が大きく異なる感温性高分子であるPNIPAMに対しても、HPCと同程度に相転移温度を低下させる添加効果を示すことを明らかにしている。しかし、どのような化合物を添加すると感温性高分子の相転移温度を効果的に変化させることができるのか、また、どのような機構で相転移温度が変化するのかについては、未だ明らかにできておらず、今後の研究を待たねばならない。
 感温性高分子のような様々な刺激に応答する材料は、マクロ物性が大きく変化するため、多くの研究者が注目している材料である。しかし、その研究は端緒についたばかりであり、実際に世の中で応用されている例はまだまだ少ないのが現状である。今後、感温性高分子の応用研究に加えて、分子レベルでの基礎研究がさらに進展すれば、材料開発が大きく発展していくことは間違いない。またこれらの研究は、新規材料開発にとどまらず、鎖の構造転移を引き起こす様々な生体高分子の研究とも相補的なつながりを見せ、進展していくことが期待できる。

文献

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略歴

清水 秀信(シミズ ヒデノブ)
神奈川工科大学 応用バイオ科学部 応用バイオ科学科 教授

2000年 慶應義塾大学理工学研究科博士後期課程物質科学専攻修了
2000年 三菱化学株式会社 横浜総合研究所 入社
2003年 神奈川工科大学工学部応用化学科 助手
2008年 神奈川工科大学応用バイオ科学部応用バイオ科学科 助教
2009年 神奈川工科大学応用バイオ科学部応用バイオ科学科 准教授
2015年より現職
博士(工学)

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