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食品分析と機器分析
三重大学 大学院工学研究科 分子素材工学専攻
環境低負荷プロセスリサーチセンター センター長
教授 金子 聡

1.はじめに

食品分析のための参考となる本に、日本分析化学会が編集した書籍がある。2011年に丸善出版から出版された「食品分析」と、2013年に共立出版から出版された「食品分析」である。丸善出版から出版された「食品分析」では、呈味成分、香気成分、食品添加物、農薬、機能性評価法などが概説してある。一方、共立出版から出版された「食品分析」では、試料採取と分析法の妥当性、食品成分、食品中の危害化学物質、食品添加物などが概説されている。
 食品中の元素分析に関して、既に2010年2月のメールマガジンでは、「食品中カドミウムの規制の方向」、2015年7月、8月のメールマガジンでは、「食品に含まれる有害元素の分析とその精度管理」等の記事が報告されている。したがって、本稿では、有害金属汚染や外国の例を挙げながら、有害元素分析について概説する。

食品中カドミウムの規制の方向
 
食品に含まれる有害元素の分析とその精度管理①
 
食品に含まれる有害元素の分析とその精度管理②

2.有害元素

食品により微量の摂取でも問題となる有害元素として、ヒ素、カドミウム、水銀、鉛、錫などがあり、国内では厚生労働省、農林水産省により規制が定められている。食品中の微量有害元素の測定には、一般的に、試料を溶液化した後、フレームや電気加熱(黒鉛炉)原子吸光分析法、誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICPOES)、誘導結合プラズマ質量分析法(ICPMS)などを利用する。感度(すなわち定量する濃度範囲)、装置の特徴、ランニングコストなどを考慮し、目的元素に合った測定手法を選択する。食品中に含まれる有害元素の分析方法については、2015年7月のメールマガジンや、共立出版から出版された「食品化学」に詳しく記載されているので、参考になる。
 メチル水銀による水俣病やカドミウムによるイタイイタイ病など戦後の高度経済成長のプロセスで人為的な環境汚染が深刻になった。これらは、海水もしくは、河川水の特定の重金属元素の汚染に基づくものである。いずれも、1)汚染、2)魚介類濃縮、3)経口摂取のプロセスを経て発病に至っている。魚介類の摂取量が欧米に比較して多い日本においては、海洋の重金属汚染はより深刻なものとなる。
 表1に、海水中の元素の含有量と人体中の標準的な元素含有量を示す。典型的な海水は、この程度の重金属元素等を含んでいる。ある海域に、これら以上の濃度の重金属が含まれていたら、それは汚染されていることになる。人体中の標準的な元素含有量の数値以上の元素が個体中に存在しているとしたら(その個人差は大きいが、係数としては10)、何らかの疾病状態もしくはその危険性が高い状態である。人体中の標準的な元素含有量と海水の中の元素量を比較すると、概して、その比率が大きい元素(水銀:465,カドミウム:8.50、鉛:570、錫:572)ほど、公害病になる可能性が高いと考えられる。
 環境省が定めている「人の健康の保護に関する環境基準」では、監視しなければならない金属元素もしくは無機化合物は、カドミウム、全シアン、鉛、六価クロム、ヒ素、総水銀、アルキル水銀、セレン、硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素、フッ素、ホウ素などがある。また、「一律排水基準」では、これらの項目以外に、アンモニアとその化合物、銅、亜鉛、鉄、マンガン、クロム、リンなどがある。かなり前に、内分泌攪乱化学物質(環境ホルモン物質)がマスコミで取り上げられ、その環境汚染とリスクが議論された。水銀、カドミウム、鉛は内分泌攪乱作用が疑われた化学物質の一種であり、環境中では急性毒性を起こさない程度の濃度であっても、内分泌障害を与えるのではないかと懸念されている。

3.製剤中カドミウムと鉛

1970年7月において、厚生省微量重金属調査研究会から「カドミウム濃度1.0 ppm未満の玄米は人体に有害であるとは判断できない」との見解が出された。それを受け、1970年10月、厚生省は、食品衛生法に基づく米のカドミウムの基準を「玄米で1.0 ppm未満」と定め、それから、カドミウム濃度1.0 ppm以上の玄米の流通、販売を禁止してきた。その後、2010年4月に厚生労働省は、同規格基準を「玄米及び精米で0.4 ppm以下」に改正し、2011年2月に本改正を施行した。その流れは、2010年2月のメールマガジン「食品中カドミウムの規制の方向」に詳しく記載されている。
 鉛に関しては、食品衛生法の食品・添加物等の規格基準で定められており、食品の種類によるが、1~5 ppm程度の基準値が定められている。
 また、経口医薬品に関しては、不純物ガイドラインが厚生労働省から各都道府県に2015年9月に通達されている。この中で、経口製剤中の元素不純物許容濃度として、カドミウムと鉛とも、0.5 ppmが示されている。
 我々の身近な経口摂取物として、保健機能食品(栄養機能食品)がある。カルシウムサプリメントもその一つで、骨粗鬆症などを防止するために、カルシウム製剤(補強剤)として世界的に市販されている。カルシウム製剤中の有害金属の存在量は、ほとんど報告されていないため、海外の4種類の市販のカルシウム製剤中のカドミウムと鉛の分析を行った。その結果を表2に示す。カドミウムに関しては、8.3~96 ppbであり、鉛に関しては、0.28~1.5 ppmであった。海外のサプリメントは、品質管理が不十分である可能性もあるため、注意が必要である。

4.バングラディシュの淡水魚試料

バングラディシュ等の後進国では、先進国のように機器分析が十分に整備されていないため、食品中の有害金属元素濃度を把握していない場合が多い。そこで、バングラディシュで一般的に食べている淡水魚を複数選択し、サンプリング時期や場所が異なる10種類の試料を作製した。周辺の工業を考慮し、その試料中の鉄、亜鉛、マンガン、銅、鉛、ニッケルの分析を行った。その結果を表3に示す。比較のために、日本の淡水魚の分析結果を併せて示した。全ての元素で、1~2桁高い値であった。周辺工業の排水処理状況を鑑みると、妥当な分析値であると思われる。すぐに問題となるレベルではないが、今後も注視していく必要があろう。

5.食品中有害金属元素と寿命

1980年頃におけるバングラディシュの平均寿命は約55歳であったが、医療技術の発達と共に寿命は延びてきており、2013年では約71歳に長くなっている。しかしながら、日本の平均寿命である約83歳と比較すると、まだ10年間以上の差がある。食品中の有害金属元素の恒常的摂取による慢性毒性と寿命との因果関係は、まだ明らかにされていない部分が多い。食品中の重金属元素、農薬、添加物等の含有量が、どのように我々の生体に影響を及ぼすかに関しては、さらなる研究が必要であろう。今後の発展には、より低濃度領域における食品中の不純物分析がますます重要になると思われる。

 

表1 海水中の元素の含有量と人体中の標準的な元素含有量

元素 人体(μg/g)1) 海水(μg/L)2) 人体/海水
酸素 650,000 2,400 271
炭素 180,000 26,000 6.92
水素 100,000    
窒素 30,000 8,300 3.61
カルシウム 15,000 412,400 0.0364
リン 10,000 60 167
硫黄 2,500 2,710,000 0.000923
カリウム 2,000 399,200 0.00501
ナトリウム 1,500 10,780,000 0.000139
塩素 1,500 19,350,000 7.75×10-5
マグネシウム 1,500 1,280,000 0.00117
85.7 0.03 2860
フッ素 42.8 1,300 0.0329
ケイ素 28.5 3,100 0.00919
亜鉛 28.5 0.4 71.3
ストロンチウム 4.57 7,800 0.000586
ルビジウム 4.57 124 0.0369
1.71 0.003 570
マンガン 1.43 0.02 71.5
1.14 0.1 11.4
アルミニウム 0.857 0.03 28.6
カドミウム 0.714 0.084 8.50
0.286 0.0005 572
バリウム 0.243 16 0.0152
水銀 0.186 0.0004 465
セレン 0.171 0.16 1.07
ヨウ素 0.157 0.004 39.3
モリブデン 0.143 1.1 0.130
ニッケル 0.143 0.5 0.286
クロム 0.0285 0.3 0.0950
ヒ素 0.0285 1.7 0.0168
コバルト 0.0214 0.001 21.4
バナジウム 0.0214 2 0.0107
参考文献

1) 微量金属の生体作用: 日本化学会編学会出版センター.
2) 地球環境と計測化学: 日本化学会編学会出版センター.

 

表2 カルシウム製剤中のカドミウムと鉛の含有量

試料 カドミウム(μg/g) 鉛(μg/g)
A 0.0510±0.0050 1.21±0.08
B 0.00831±0.00140 0.48±0.04
C 0.0960±0.0140 0.28±0.03
D 0.0400±0.0020 1.53±0.20

 

表3 バングラディシュと日本産の淡水魚中金属元素量(μg/g)の比較

元素 バングラディシュ産 日本産
71~186 3.43
亜鉛 47.2~73.4 5.44
マンガン 8.8~23.5 0.24
3.55~6.12 0.29
0.75~2.78 0.03
ニッケル 0.93~2.77 0.04

数値は、乾燥試料1 g中に含有する元素量(μg)

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