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食品に含まれる有害元素の分析とその精度管理①
一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC
第一理化学検査室

1. はじめに

食品中の有害元素は、土壌、大気、水などの自然環境汚染に由来するか、農薬の使用や適切でない原材料の流用、目的外薬品を用いた加工などによって混入する。微量の摂取でも問題となる元素としてヒ素、カドミウム、水銀、鉛、スズなどがあり、国内では厚生労働省、農林水産省により基準が設けられている。国際的には各国の基準の他にCodex規格による基準値が設定されており、食の安全と健康の確保が図られている。そのような中で、基準値を検討するために食品の有害元素含有量の実態調査が行われ、信頼できる分析値が要求されるようになってきた。また、食品中のこれら有害元素の存在量は極微量であり、精確に分析を行うには困難が伴うため、適切な分析方法の選択が不可欠であると考える。本稿では、今月号で有害元素の分析における前処理から測定方法について解説し、来月号では測定時に起こる種々の問題についての対応策と精度管理の手法について紹介する。

2. 前処理方法

元素分析において、微量濃度の測定では前処理により試料を溶液化した後、原子吸光光度計やICP(誘導結合プラズマ)発光分析装置などの測定機器に導入し定量するのが一般的である。その前処理方法の一例を表1に示す1)。前処理方法は、有機物の分解方法により乾式灰化法と湿式灰化法の二つに分けられる。目的元素を損失させたり、または環境から汚染させたりすることなく、共存する有機物をいかにして取り除くかがポイントであり、目的元素と試料成分(マトリクス)の特性に合わせて最適な手法を選択することが重要である。

表1 元素分析における前処理方法

前処理方法 特徴 目的元素




無添加-電気炉法 操作が簡便で、多検体処理に適する。
元素によっては揮散する。
Cr、Ni、Cu、Zn、Cd、
Sn、Pbなど
灰化補助剤添加-電気炉法 灰化促進、元素の揮散防止のために試薬を添加。
試薬からの汚染の可能性。
As、Sbなど
低温灰化法 原子状酸素を発生させ、低温での灰化が可能。
低温灰化装置が必要。
Cr、Ni、Cu、Zn、Cd、
Sn、Pbなど
湿



硝酸-硫酸法 乾式灰化法に比べ、低温での処理が可能。
試薬からの汚染の可能性
Cr、Ni、Cu、Zn、As、
Cd、Sn、Sb、Pbなど
硝酸-過塩素酸法 Caなど硫酸塩を生成する元素を多く含む試料に有効。 Cr、Ni、Cu、Zn、Cd、
Pbなど
マイクロウェーブ分解法 密閉系の処理であるため、元素の揮散がない。
分解容器からの汚染の可能性。
Cr、Ni、Cu、Zn、As、
Cd、Sb、Hg、Pbなど

1) 乾式灰化法

試料を450~550℃の電気炉で強熱し、有機物を酸化して分解除去する方法である。操作が簡便で、同時に多数の試料を処理することができる。試薬を使わない、あるいは少量であるため、試薬からの汚染は少ない。しかし高温で処理するため、低沸点元素には適用できない。また、元素によっては共存元素の影響で、不溶化など処理の妨害を受けることがある。処理時間が長く、通常は開放系で処理するため、環境由来の汚染、電気炉中での交差汚染も起こる可能性があり、注意が必要である。

2) 湿式灰化法

硝酸、硫酸、過塩素酸などの酸化力のある無機酸を用い、比較的低温で試料中の有機物を酸化して分解除去する方法である。乾式灰化法に比べて処理温度が低く、ヒ素、鉛などの低沸点元素の前処理方法に適している。湿式灰化法では、試薬を多量使用するため、試薬からの汚染の可能性がある。そのため、使用する試薬は目的元素が不純物としてどの程度含まれるのかを事前に確認し、試薬の等級を選択する必要がある。 湿式灰化法の一つに、マイクロウェーブによる密閉系での分解方法がある。これは、PTFE製などの分解容器に試料と硝酸などの酸化剤を入れ、密閉後、マイクロウェーブを照射し加熱加圧して分解を行う方法である。密閉系であるため、元素の揮散や環境からの汚染が無く、装置によりマイクロウェーブの出力や照射時間が自動制御されているため、再現性の高い処理を短時間に行うことが可能である。微量元素分析の前処理方法として広く使われるようになったが、試料採取量に制限があるため、試料の均質化を十分に行う必要があり、繰り返し使用する分解容器の微量汚染でも深刻な問題となるため注意が必要である。

3. 測定方法

微量元素の測定では、試料を溶液化した後、原子吸光光度計などの測定機器に導入して定量を行う。一般的には、原子吸光光度計、ICP発光分析装置、ICP質量分析装置などが用いられ、感度、測定上の特性、ランニングコストなどを考慮し、目的にあった機器を選択する。それぞれの測定機器の特徴を表2に示す2) 3)

表2 各種測定機器の特徴

測定機器 原子吸光光度計 ICP発光分析装置 ICP質量分析装置
フレーム ファーネス 還元気化
測定元素数 HCLによる HCLによる Hg 70元素以上 70元素以上
同時測定 単元素ごと 単元素ごと Hgのみ 多元素同時 多元素同時
測定濃度*1 サブppm~ ppt~ ppb~ サブppm~ ppt~
使用ガス アセチレン-空気 アルゴン 不使用 多量のアルゴン 多量のアルゴン
ランニングコスト
*1 元素の種類による。

1) 原子吸光光度法

原子吸光光度法における主な測定の手法は次の通りである。測定には各元素専用のホロカソードランプ(HCL)が必要で、単元素ごとの測定となる。

① フレーム法

燃焼フレームを用いて測定する方法で、アセチレン-空気などの燃焼ガスによるフレーム中に試料溶液を噴霧し、原子化を行う。微量元素の測定では、試料溶液中の目的元素に対してキレート剤を添加し、有機溶媒で抽出する手法も取られる。

② ファーネス法

電気的加熱炭素炉を用いて測定する方法で、高感度測定が可能であるが、温度プログラムの調整やモディファイヤーの選択などの条件設定を最適化する必要がある。また、測定時間が長く、再現性を得るには装置設定を精密に行う必要がある。

③ 水素化物発生法

ヒ素などの測定に用いられる。原子吸光光度計に水素化物発生装置を取り付けることで測定可能となる。水素化物発生法では、ヒ素、セレンなどの元素が高感度で測定が可能である。試料溶液中に硝酸などの酸化剤が残留していると還元反応が阻害され、水素化物の発生に影響するため、酸化剤の除去を十分に行う必要がある。

④ 還元気化法

常温で蒸気圧が高い水銀の測定に用いられる。試料溶液をバブリングして発生する水銀蒸気を専用装置により測定するのが一般的である。

2) ICP 発光分析法

多元素同時測定が可能で、測定対象とする元素の数が多いときには効率的である。感度は原子吸光光度計と同程度であるが、超音波ネブライザーを用いることで測定感度を上げることができる。ICP発光分析法では、一つの元素が複数の発光線を有するため、近接線の重なりによる分光干渉を受ける可能性がある。また、試料溶液の酸や塩濃度の違いにより、プラズマへの導入量が変化する物理干渉を受ける場合がある。これらの干渉を除去または抑制する手法は来月号で紹介する。内標準元素による分析値の補正を行う際は、安定した発光強度が得られ、目的元素と同程度のイオン化エネルギーを有し、目的元素の測定波長と同じ線種で近い波長に発光線を持つ元素を選択するとよい。

3) ICP質量分析法

高感度測定が可能で、pptレベルでの測定が必要な場合には本法が有効である。ICP質量分析法では、目的元素と同じ質量数のイオンや分子イオンによってスペクトル干渉を受ける。特に質量数80以下の元素ではアルゴンや酸素、塩素の影響を受けやすいが、装置によってはコリジョン・リアクションセルによる分子イオン干渉を軽減させる機能を搭載した機種もある。また、共存する元素の影響により目的元素のイオン化率が変化し、増感または減感する現象が見られる場合がある。ヒ素などの元素の測定においては、試料溶液中に共存する炭素の影響により増感現象が見られるため、標準溶液と試料溶液に酢酸などを添加してそれぞれの炭素量を同程度に合わせるとよい。内標準元素は目的元素とイオン化化エネルギー及び質量数が近く、測定時に同じ挙動を示す元素を選択し、適切に補正されることを確認する。

来月号は無機分析における共存成分による妨害の抑制、除去の手法と分析の精度管理について紹介する。

参考文献

1) 日本薬学会編:衛生試験法・注解(2010)
2) 原口紘炁:ICP発光分析の基礎と応用(1986)
3 ) 川口広司、中原武利:プラズマイオン源質量分析(1994)

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