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食品中カドミウムの規制の方向
静岡県立大学食品栄養科学部客員教授 米谷民雄(前薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食品規格部会委員)((社)日本食品衛生学会会長)
1.はじめに

 食品衛生法で古くから規制されている有害金属は、Cd、Hg、Pb、Asである。その中でCdはイタイイタイ病の主原因物質としてよく知られているが、イタイイタイ病は高濃度のCdを長期間摂取し、さらに妊娠や栄養不良など他の要因が重なって起きたもので、これから説明する低濃度Cdの長期摂取とは異なる状況で発症したものである。
 食品衛生法における食品中の有害金属に関する規格は多くはないが、その中で米中Cdの成分規格は、有害金属の規制に関する代表的なものである。今回、この成分規格が変更されることになったため、その内容を、これまでの経緯や他の食品に対する規制とあわせて説明する。

2.Cdの毒性
 規制との関連で、最初にCdの毒性についても簡単に記しておく。体内に吸収されたCdは特に腎臓に蓄積する。そこでメタロチオネイン(MT)という金属結合タンパク質に捕捉されるため、毒性が防御される。MTはそこで分解・再合成が絶えず行われるが、Cdが過剰に蓄積するとMT合成が間に合わなくなり、遊離のCdが多くなり、腎機能の障害を引き起こす。
 このためCdの慢性暴露による標的臓器(最も早期に毒性があらわれる臓器)は腎臓であり、特に近位尿細管での再吸収障害が特徴的である。この近位尿細管障害により、タンパク尿、アミノ酸尿などが認められる。そのため、特に低分子量タンパク(β2-ミクログロブリンなど)尿が、最も早期に認められる影響指標である。
3.Cdの耐容週刊摂取量
 JECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会議)は、CdのPTWI(暫定耐容週間摂取量)を7μg/kg体重/週と設定している。わが国の食品安全委員会も2008年にTWI(耐容週間摂取量)を同じ7μg/kg体重/週と評価した。なお、2009年3月にEFSA(欧州食品安全機関)が、2.5μg/kg体重/週のTWIを設定しているが、これは努力目標と位置づけられている。
 これらの評価結果は、ヒトの疫学調査での近位尿細管機能障害を指標として算出されたものであり、動物実験データからADIを算出する際に用いるような大きな安全係数は採用されていないことに留意しておく必要がある。
4.日本人のCd摂取量
 国立医薬品食品衛生研究所が地方衛生研究所と共同で、1977年から毎年、日本人の食品汚染物1日摂取量調査をトータルダイエット方式を用いて実施している。2007年の調査では、Cdの1日摂取量は21.1μgであり、摂取Cdの約40%を米から摂取している。Cdの消化管からの吸収率は5%程度である。
 その他の食品群では、雑穀・芋、野菜・海草、魚介類などからの摂取が多かったが、これは20年以上前と変わっていない。1970年代にくらべ米の摂取量が減少しているため、Cd摂取量は当時の40μg台からゆっくりとした減少傾向を示している。
 このCd摂取量をPTWIと比較すると、平均的な日本人はPTWIの約40%に相当するCdを摂取していることになる。PTWIの評価においては、大きな安全係数を用いていないことを考えると、気になる数字である。他の有害金属においても、週間摂取量/PTWIの比が同じように高い値を示すものがある。
 なお、食品や飲料水からの経口摂取のほかに、喫煙者はタバコ中のCdを経気道摂取している。経気道の吸収率は経口よりも1桁高いため、20本の喫煙で1〜2μgのCdを吸収するとされている。
5.これまでの食品中Cdに関する規制(成分規格)
 このように、Cd摂取における米の寄与が大きいため、米(玄米)中のCdの成分規格として、「1.0mg/kg (ppm)未満)という基準が1970年に設定されている(精白米では0.9ppm未満)。1.0ppm以上を含むCd汚染米は自治体が買い上げて焼却処分している。また、0.4ppm以上1.0ppm未満の米は準汚染米として、農林水産省により食用に出回らないように措置されており、その量は全体の0.3%を占めている。これらは工業用糊などの原料にされていると説明されてきたが、最近の事故米事件の報道の中での、工業用糊にはほとんど米は使わないとの業界の発言を記憶されている方もあるであろう。ただし、Cd汚染米は赤く着色されて工業用にまわされており、不正転売は起きていないとされている。このように、米中Cdの成分規格は1.0ppmであるが、実質的には0.4ppmとして措置されてきた。
 その他の食品に対するCdの成分規格としては、清涼飲料水(原水基準:0.01mg/L、成分規格(製品):不検出)や粉末清涼飲料(不検出)の規格がある。こちらの最近の動きについては、筆者の以前のe-Magazine(Sunatec e−Magazine vol.45 (2009/12/01)をお読みいただきたい。
6.食品中Cdに関するコーデックスの動き
 わが国の実質的な米中Cdの基準値は0.4ppmであったが、1998年3月にコーデックスのCCFAC(食品添加物・汚染物質部会)において、デンマークが食品中Cdの国際規格原案を提案し、そこでは精米の基準値が0.2ppmとなっていた。0.2ppmになれば日本の米の3%が不適となるため、わが国は精米0.4ppmの修正案を提出した。部会での採択と総会からの差し戻しなどの経緯を経て、やっと2006年に日本の修正案が最終的に採択された。わが国が精力的に活動した結果であった。このように、米中Cdの国際規格が日本の修正案で採択されたため、国内基準(成分規格)を改正する必要がでてきた。
 コーデックスでは精米以外に、小麦、穀類(米、小麦以外)、ばれいしょ、豆類(大豆を除く)、根菜・茎菜(ばれいしょ、セロリアックを除く)、葉菜、その他の野菜(食用キノコ、トマトを除く)、海産二枚貝(カキ、ホタテを除く)、頭足類(内臓は除去)などについても、基準値が設定されている。なお、カキやホタテなどCdを比較的高濃度に含む二枚貝は対象外とされ、また、頭足類においてはCd濃度が高い内臓を除去して試験することになっている。その他に、ナチュラルミネラルウォーターと食塩に、個別食品としての規格が設定されている。
7.今回の改正案
 昨年10月の厚生労働省薬食審食品規格部会において、米中Cdの成分規格を従来の「玄米で1.0ppm未満(精白米で0.9ppm未満)」から「精米、玄米とも0.4ppm以下」に改正することが了承された。玄米と精米ではCd濃度がほとんど変わらないという理由で、両者とも同一の基準が設定された。玄米を搗精(精白米化)してもCd濃度の減少がわずかであることは、たとえば守山らが食品衛生学雑誌44(3), 145-149 (2003) に発表している。(社)日本食品衛生学会のホームページ上で公開しているので、ご覧下さい(HP(http://www.
shokuhineisei.jp
)→学会誌→J-STAGE→著者名などを入力)。
 このように、単なる数値の変更(1.0→0.4)だけではなく、玄米と精米で区別するかしないか、未満と以下の違いがあるので、注意が必要である。なお、米の生産に要する期間と季節を考慮して、基準が改正されても施行までは1年ほどの猶予期間が設けられ、施行は来年1月頃と予定されている。
 コーデックスでは米以外の食品についてもCdの基準値が設定されているが、わが国においては他の食品からのCd摂取の寄与が少ないため、それらに基準値を設定してもCdの摂取減にはそれほど寄与しないとして、今回は基準値の設定が見送られた。
8.Cd汚染土壌対策との関連
 農用地土壌汚染防止法により、Cd汚染された農用地については客土などの対策が講じられている。このCd汚染農用地の指定要件は食品衛生法の成分規格と整合性をとっており、Cd汚染米(現在は1.0ppm以上)を産出する農用地がCd汚染農用地となっている。人の健康を損なう虞のある米を生産しないという目的から、米中Cd濃度をもとに農用地の対策を講じることになっている。そのため、食品衛生法との整合性をとったままだと、0.4ppm以上のCd汚染米を産出した農用地全部に、対策を講じなければならなくなる。指定要件を設定しなおすかについては、環境省で検討中である。また、指定地への対策において、客土ではなく、より低コストの方策を実施する割合が多くなることも考えられる。
9.米(玄米および精米)のCd試験法
 現行の試験法としては、原子吸光法と比色法のジチゾン・クロロホルム法が公定法として採用されている。後者では有害試薬であるクロロホルム等を使用することから、削除される予定である。一方、ICP-AES法やICP-MS法が普及しているため、これらも使用できるように、筆者が中心となり新試験法を作成した。内部標準を使用する方法を採用している(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/10/dl/s1006-4c.pdf)。今後、これらの試験法が別途通知される予定である。また、食品中の金属の通知試験法を一部変更する場合や独自の方法を導入する場合に、その方法の妥当性を評価するためのガイドラインも示される予定である。以前に部会に提出された古い案のURLを示しておく(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/dl/s0708-3m.pdf)。
著者略歴
 大阪で、西天満小学校から北野高等学校まで学ぶ。京都大学大学院薬学研究科博士課程修了。国立公害研究所を経て、国立医薬品食品衛生研究所に勤務。食品添加物部室長・部長及び食品部部長として、既存添加物制度や農薬等ポジティブリスト制度の確立に、研究者サイドの中心として対応。平成20年3月に定年退官し、静岡県立大学客員教授。現在、(社)日本食品衛生学会会長、日本食品化学学会理事・編集委員、日本微量元素学会評議員・毒性評価委員長、農林水産省農業資材審議会臨時委員なども務める。
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