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かきを美味しく安全に食べるために
(カキとノロウイルス食中毒―現状と課題)
一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC
理事長 庄司 正

かきウイルス物語最終稿から5年を経て

三重県庁退職後SUANTEC理事長に選任されて1年目、2009年度のSUNATECメールマガジンにおいて、「かきウイルス物語(かきを美味しく安全に食べるために)」を5シリーズ投稿し、カキとノロウイルスの関係についてフィールドワークから見えてきたことを紹介した。そして、まだまだ分からない課題について、最終稿(2010年3月号~かきを安全に食する課題~)では次の様に結んだ。
 「いずれにせよ、多くの研究者・行政マン等にかきによる健康被害に関心を持っていただき、これらの疑問への回答を見つけてもらいたいと願っている。フィールドワークは実におもしろいものだ。」

かきウイルス物語(かきを美味しく安全に食べるために)シリーズ5
http://www.mac.or.jp/mail/100301/06.shtml

その最終稿からから早くも5年が過ぎた。その後カキとノロウイルス食中毒との関係は現状どうなったのだろう。特に2015年の年明けから、カキによるノロウイルス食中毒が多く発生していると聞いてきた。

カキによるノロウイルス食中毒(全国)

まず、全国でカキを原因食品とするノロウイルス食中毒の発生状況はどうなっているのだろうか?
 厚生労働省HPノロウイルスQ&Aから、ノロウイルス食中毒の原因食品として、魚介類及び二枚貝の件数をピックアップし、また2015年は食中毒事例原因食品欄に「カキ」の記載のあるノロウイルス食中毒をカウントし、その状況を表1にまとめた。やはり2015年はカキによる食中毒発生数が多いことが分かった。(平成27年は6月1日までに届出のあった速報値)
 ノロウイルスは食中毒の原因物質として、2名以上の食中毒事例で発生件数及び患者数において毎年トップを占めている。その中で、二枚貝(ほとんどがカキ)を原因とするノロウイルス食中毒件数の占める割合は、過去10年間で2%~17%で推移している。
 そこで、2015年食中毒発生事例の1月~3月及び前年12月に、原因食品欄に「カキ」の記載がある事例数をカウントし、また過去10年間で最も二枚貝によるノロウイルス食中毒の多かった2010年と比較しながら表2にまとめてみた。
 表2から、両年とも1月から3月までの発生は同じ傾向を示しているが、2010年は前年12月から発生が多いのに対して、2015年は1月から急に多く発生していることが分かる。カキの流通量は12月から2月が多いはずなのに、両年とも1月、2月に最も多く食中毒が発生している。何故なのだろうか。

ノロウイルス食中毒発生件数


月別カキ関連ノロウイルス食中毒発生件数

カキによるノロウイルス食中毒(三重県)

それでは、生食用殻付カキ(浄化カキ)の産地である三重県産カキによるノロウイルス食中毒発生状況はどうだったのだろうか。
 平成9年度から平成26年度まで、養殖海域ごとに、月別にカキを原因食品とするノロウイルス食中毒の発生状況の推移を表3にまとめた。ただし、平成26年度については、「みえのカキ安心情報」で公表された「健康被害」件数を示し、あくまで速報値(未確定値)である。
 ※なお、三重県では、平成9年度から5年間にわたり、カキ養殖海域のノロウイルス汚染メカニズムと食中毒発生との関連調査、またポリオウイルスを用いたウイルス浄化試験等の研究を本格的に行ったことは、本シリーズ3で紹介した。

シリーズ(3)カキにおけるノロウイルス汚染メカニズム調査
http://www.mac.or.jp/mail/091201/03.shtml

また、この調査研究結果に基づき、カキの養殖海域を所管する三重県伊勢保健所が平成15年9月から「みえのカキ安心情報」(安心情報)提供システムを稼働し、かき養殖海域等の情報公開により食中毒リスク回避のための取組みを始め今日に至っている。

みえのカキ安心情報
http://www.pref.mie.lg.jp/NHOKEN/HP/kaki/1-index/index.htm

それから12年が経過した。

三重県産カキによるノロウイルス食中毒の原因カキ養殖海域別月別発生件数

表3を見ると、安心情報提供システム稼働後8年間は散発的発生であったが、平成23年度から発生件数が多くなり、平成26年度(2015年1月、2月)は、安心情報構築の原因となった平成14年度(2003年1月、2月)の発生と同様、多発の状況を示している。B海域でも13年ぶりに食中毒が発生している。
 注意しなければならないのは、平成21年度から平成26年度までに24件発生しているが、三重県内の発生は6件(25%)で、18件(75%)は県外に出荷された生食用殻付カキによって発生していることである。また、三重県の発生6件のうち3件は消費者が自らカキを焼いて食べる(加熱不十分が多い)新しい業態で起こった食中毒である。
 全国に出荷された生食用殻付カキ(浄化済み)はどのように取り扱われたのだろうか。むき身作業の従事者はノロウイルスのキャリアーではなかったのか。食中毒患者の検便結果と従事者のそれとの関連はどうだったのかなど、食中毒が発生するとまずカキが疑われた時代を知る者には、様々なことが頭をかすめる。
 なぜならば、食中毒の原因食品としてカキが疑われ、三重県に対して出荷状況や食中毒発生の有無などが該当自治体から照会される事例が多くある。しかし、カキの浄化日や出荷日から類推して、厚労省食中毒発生事例や当該自治体のホームページで確認作業を行っているが、全く見当たらないケースもあるからである。

カキ・ノロウイルス食中毒事例の特徴

そこで三重県産カキを原因食品として、三重県で発生したノロウイルス食中毒事例について、情報公開システムにより5件の食中毒発生詳報を入手した。その一覧を表4にまとめたが、その特徴は次のとおりである。

三重県産カキを原因食品とする(推定を含む)ノロウイルス食中毒の患者等の遺伝子型一覧

(1)生食用殻付カキが原因食品の場合は、原則食べた人しか発症しない。
 No.1の場合が典型で、消費者はかきコースを選択したグループのみで、しかも生食用殻付カキメニューである生牡蠣、セル牡蠣カクテルを食べた人から発症している。もちろん食べても発症しない人も多いので、カキのノロウイルス汚染に個体差があり、また食べた人の体調や免疫の違いも大きいと考えられる。
 No.1の食中毒事例の疫学調査結果の一部を次のに示した。

No.1 食中毒事例疫学調査

(2)患者さんの検便からは、GⅠ、GⅡ、GⅠ/GⅡという複数の遺伝子群のノロウイルスが検出されている。
 5事例のうち、No5を除く4事例の患者検便結果は、複数の遺伝子群が検出されている。後述するが、カキによるノロウイルス食中毒が発生する時期の海域モニタリング検査では、カキから複数の遺伝子群が検出されやすいのである。カキは、陸水から様々な遺伝子群のノロウイルスに汚染されており、どの遺伝子群のノロウイルスに感染するかは、宿主(食べた人)の免疫や感受性の結果にすぎないといえる。
 例えば、陸上で流行するノロウイルスの遺伝子群は通常GⅡである。この流行期に感染した人は、カキにGⅠとGⅡの両方のウイルスが存在すれば、GⅡの抗体を保有しているのでGⅠに感染する可能性が高いと考えられる。

(3)調理従事者の検便結果は、患者の検便結果と遺伝子群が合致していない。
 食品従事者が保有するノロウイルスに調理器具や食品が汚染された場合の食中毒では、患者と食品従事者との検便結果の遺伝子群が一致するはずである。
 但し、カキをいつも取り扱う飲食店においては、従事者がカキを日常的に食していることも考えられるので、この場合は上記No.1に示した疫学調査結果及びGⅠ、GⅡの遺伝子型検査結果が重要である。
 また、詳細な調査は行われていないが、食品従事者の糞便や吐物に汚染された食品と、カキが保有するノロウイルスでは、その量や感染力が全く異なるはずである。潜伏時間や症状の重篤度などの疫学調査にも注力を期待したいものである。

※コーヒーブレイク (食中毒調査支援システム(NESFD)の公表を)
 食品衛生研究2015年4月号に全国食品衛生関係主管課長会議資料が掲載されている。資料中、4水産食品の安全確保対策 (2)生かきの衛生管理、従前の経緯として次のように食中毒調査支援システムが記述されている。

(抜粋)
 また昨年、「生食用かきを原因とするノロウイルス食中毒防止対策について」(平成25年2月13日付け食安監発0213第1号)を通知し、食中毒調査支援システム(NESFD)に生食用かきを原因(推定を含む。)とするノロウイルス食中毒の概要を掲載することとし、自治体間における情報共有が図れる体制とした。
○生かきを原因とする食中毒事案が発生した場合には、関係の都道府県等相互間で連携しつつ、かきを採取した海域に関する追跡調査を実施し、当該海域における生食用としてのかきの出荷の自粛を指導する等の措置を講じている。

カキを原因とするノロウイルス食中毒事例に関して、NESFDにその概要が入力されていれば、患者及び食品従事者のノロウイルス遺伝子群や遺伝子型、潜伏時間や症状など疫学情報、採捕海域の共通性など様々なことが見えているのではないか。
 さらに関連調査でカキからノロウイルス遺伝子群が検出されていれば、患者との関連調査のためにさらに詳しい遺伝子型の検査が可能である。ノロウイルスの流行株の遺伝子解析研究はずいぶんと進められているが、カキから検出されるノロウイルスとの関係についての研究はどのように進められているのだろうか。NESFDの疫学情報及びカキ由来株と人由来流行株の関連調査によって、どうしてカキが食中毒の原因食品となるのかを解明してほしいものだ。

カキによるノロウイルス食中毒発生と養殖海域の汚染状況

上記表4、平成22年2月に発生したN0.1及びNo.2の2件の食中毒は1週間に発生している。その時のカキ養殖海域の状況やカキの遺伝子群検査結果はどうであったのか。
 やはり海水温が10℃以下になり、カキからもGⅠ、GⅡの複数の遺伝子群が検出されたり、RT-PCR法で用いる二つのプライマーの両方で陽性となるなど、通常よりも検出頻度が高くなる様相を呈していたことが分かった。
 詳細な調査研究内容は、SUNATEC微生物検査室の稲垣暢哉が2012年3月号メルマガに投稿しているのでお読みいただきたい。

三重県のカキ養殖海域におけるノロウイルス遺伝子の分離状況
http://www.mac.or.jp/mail/120301/03.shtml

平成9年からカキのノロウイルス遺伝子群の検査は全て三重県保健環境研究所で実施してきた。しかし、平成17年度からは、カキ出荷漁協から自主検査として養殖海域のモニタリング検査をSUNATECが受託し、そのデータは伊勢保健所HPで「みえのカキ安心情報」として公表されている。

SUNATEC独自の取組み

SUNATECでは、食中毒発生詳報やモニタリング検査結果に基づく調査研究に加え、平成9年~平成14年度の海域状況と食中毒発生の関係を遡及調査し、平成25年度から毎週の各海域の検査成績を送付する際に、過去の経験知を踏まえた独自の食中毒予防のためのリスクメッセージを検査依頼者(漁協)に送信している。
 例えば、平成26年度に関して言えば、12月20日に72mmの雨が降り、12月22日の海水温が10℃以下(9.8℃)、カキのノロウイルス遺伝子群も陽性となったことから警報メッセージ「過去に何度も食中毒が発生した非常に危険な状況です」を送信した。
 その2週間後からは、ノロウイルス遺伝子群の検出パターン等の基準より、1月5日から7週間連続して準警報メッセージ「過去に食中毒が発生した状況です」を送信した。
 皮肉にも表3の10件のノロウイルス食中毒は全て準警報期間中に発生したのである。検出感度など課題の多いノロウイルス検査法であるが、現状の検査法でも食中毒回避策につなげることができるのではないか。  SUNATEC微生物検査室では、三重県保健環境研究所と共同研究しながら、カキ由来株と人由来株のノロウイルス遺伝子型の関連を分析し、またカキ由来株を三重大学との共同研究で独自に遺伝子解析を始めている。さらに、検出感度の良い検査法を地元漁協の協力の下に取り組んでいる。
 陸上のノロウイルスの流行とカキのノロウイルス汚染の関係を明らかにして、カキを美味しく安全に食べることに貢献したいと思うからである。
 これらの取組みや上記経験知に基づくリスクメッセージの基準等については、後述の食品衛生セミナーでご報告できればと考えている。

カキのノロウイルス対策:食品衛生セミナーの開催

上記「みえのカキ安心情報」の公表は、毎週養殖海域ごとにカキのノロウイルス遺伝子群保有状況を検査し、他の要因とも合わせてカキによる食中毒リスク回避のための情報提供システムである。システムが稼働して5年間は、カキフォーラム等の開催により全国へ熱心に情報発信を行い食中毒予防に役立ったと思われるが、平成20年度からは全く行われてこなかった。
 最近の食中毒発生件数を見ていると、地元も含めて徐々に安心情報提供システムの認知度が低下していると考えざるを得ないだろう。ここ数年間は特に飲食店等の食品事業者のカキのノロウイルス対策への関心が薄くなっているのではないか。
 他方、東北大学ではカキの中腸腺など細胞レベルでのノロウイルス汚染やカキからノロウイルスを除去する方法などが研究されている。一般財団法人かき研究所の高橋計介所長(東北大学大学院農学研究科准教授)が、かき研究所ニュースNo.29で「カキとノロウイルスその後」として最近の情報を分かりやすく解説されている。

かき研究所ニュースNo.29:カキとノロウイルスその後
http://www.kakiken.or.jp/html-2/kakinews_pdf/news29_nv.pdf

SUNATECでは公益目的事業として、このシステムの見直しや現状認識のための食品衛生セミナーを本年9月10日、カキの産地である鳥羽市で開催し、改めて全国への情報発信に寄与したいと考えている。
 上記高橋計介先生にご講演をお願いし、また、全国最大のカキ生産県である広島県の歴史あるカキ衛生対策についてご報告をお願いした。
 全国から多くの自治体の食品衛生監視員やカキを美味しく安全に提供したいと努力されている食品事業者の積極的なご参加を期待したい。

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