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食物アレルギーの現状(多様化と交差問題)と今後の対策
NPO食の安全と安心を科学する会理事
(京都大学名誉教授) 小川 正

1.はじめに

アレルギー疾患と診断される患者の増加、中でも生命維持の根幹である食品の摂取により発症する食物アレルギー患者の増加(顕在化)あるいは多様化は、先進国にとって大きな社会問題ともなっている。近年、食の安全・安心に国民の関心が集まっているが、食物アレルギーも日常の食生活にける安全・安心を考えるうえで重要である。特に、食物アレルギー患者が、アナフィラキシーなどの生死にかかわる重篤なアレルギー症状を惹起する食品やその成分を含む加工食品を、誤って摂取したために起こる事故が日本や欧米先進国で頻発するようになり、食品を取り扱う者には、食品の属性に関する情報をいかに正確かつ確実に消費者に伝えるかが義務として課せられている。このような状況を踏まえて、WHO/FAOの食品の国際基準を定める国際政府間組織機関であるCODEX委員会(Codex Alimentarius Commission (CAC))が加工食品におけるアレルギー食品の表示を勧告したことに対応し、日本が世界に先駆けて平成14年(2002年)に、日本人にとって重篤な臨床症状を惹起する特定原材料5品目を食品衛生法において表示を義務化した。以来、8年が経過した平成22年(2010年)からはさらに2品目の表示が義務化され、これらに準じる18品目の食品(成分)が表示推奨食品に指定されている(表1)。
 ちなみに、アレルギー食品の表示の義務化には、当然これら食品あるいは食品成分の存在を高感度、高特異性を維持して検出あるいは定量(定性)分析できる方法の確立されていることが必須となり、分析法の確立された食品が順次表示の対象として登場している。我が国における分析法は、食品中のたんぱく質に対して調製された特異性の高い抗体を用いたELISA法(Enzyme-linked immunosorbent assay:酵素標識免疫測定法)を基本にしている。10μg/g(ml)すなわち10ppmの濃度を基準とし、この値が測定されると「微量を超える特定原材料が混入している可能性があると」判断するとしている。表示義務特定原材料に関しては高感度・高特異性を満たすELISA測定キットが複数の企業より提供されている。先年、カナダで開催されたアレルゲン検出法に関するシンポジウムで国立医薬品食品衛生研究所(穐山氏)が紹介した我が国のアレルギー食品表示制度および検出法の確立に至る過去8年の経過報告(Akiyama H. et al.: Japan Food Allergen Labeling Regulation-History and Evaluation.  Advances in Food and Nutrition Research, 62, 139-171 (2011))は、世界各国の政府関係者・研究者らによって高く評価され、日本が採用している10μg/g(ml)すなわち10ppmの表示閾値が国際標準として各国をリードしていくことが期待されている。また、混入する微量のアレルゲン食品成分はウエスタンブロット法(免疫染色法)の応用により、0.1μg〜1μg/g(0.1〜1ppm)の極微量を定性的・半定量的に検出が可能である。この場合、ELISAと異なり、電気泳動法との組み合わせにより食品中の個別の原因アレルゲンたんぱく質を分別検知することも可能である。このように、現在、日本における食物アレルギーの研究、対策は世界をリードするレベルにあることは食品の安全・安心という点で心強いことである。

表1 加工食品中のアレルギー食品(物質)の表示義務(PDF:79.8KB)

 

2.日本における食物アレルギーの現状

食品衛生法における表示義務原材料(食品)の選定には、平成7年(1997年)当時から、厚労省の食物アレルギー対策委員会が実施していた継続調査(聞き取り調査)報告書の結果から、特に摂取により惹起された臨床症状が重篤な食品を取り上げたもので、必ずしもその食品に対する患者数が多いという意味ではない。しかも、日本人のアレルギー感作食品は、世代によって、おそらく日常の食生活の実態を反映して、時代と共に変化していくことが知られている(図1)。平成22年より新しく「えび・かに」類が表示義務食品に加わった背景として、当時から関西方面のJRの駅頭で見かける「カニ・かにエクスプレス」の広告に象徴される「えび・かに」嗜好ブームによる摂取頻度の増加が患者数の増加につながっていることは明白である。食物アレルギーの原因(感作)食品は生活の場(地域・環境)、国(人種)の違いや年齢差による食生活の内容(摂取食品、特に主要たんぱく質栄養源)と密接な関係がある。食生活の欧米化や生活環境の変化は、食物アレルギー患者の感作(あるいはアレルギー惹起)食品の多様化として示されている(表2)。

図1 世代別アレルギー発症食品の遷移(聞き取り調査)(PDF:30.9KB)
 表2 諸外国のアレルギー表示対象品目(2008年)(PDF:48.7KB)

感作食品の特定に用いられる血中特異IgE抗体の検査法(RAST:Radioallergosolvent test: 放射性アレルゲン吸着試験)による筆者らの独自の調査からは、惹起されるアレルギー症状の強弱とは関係なく、日本人の5大アレルギー食品とも呼ばれている卵・大豆・牛乳・小麦・米が上位を占めている(表3)。これらの食品のうち特に大豆は、日本人にとって米と共に日本型食生活を構築する上でなくてはならない食材である。この結果は、農水省発表の食糧需給表から読み取れるたんぱく質摂取量(g/日/人)の上位の食糧源が食物アレルギー発症食品と密接に関連していることを示している。特に米の摂取量が減少していることはよく指摘されることであるが、それでも一日の全たんぱく質摂取量(需給表では供給量)約80gに対して、植物性食材の大豆や小麦と共に米のたんぱく質が約10g弱を維持していることから(表4)、アレルギー患者、特に乳幼児を中心に米特異的IgE抗体保有者は上位を占めている。ただし、米や大豆によるアレルギー臨床症状は、理由は明らかでないが、非常に微弱(例えばアトピー性皮膚炎など)であり、アレルギー症状を訴える患者は少ない(自覚症状がないが、除去食によって臨床症状が寛解する)。この違いの理由には、臨床現場におけるアレルギー食品の検査法に起因する。直接的なスクラッチテストや経口チャレンジテストによる判定では、表5に示されるように食物アレルギー食品の内容がRAST とは異なり、RASTの判定には3〜4割の間違った判定(偽陽性)が出ることが指摘されている(この現象については後述する)。筆者らは、この20年来大豆アレルギーに関与するアレルゲンの同定を行ってきた。大豆アレルギー患者に関しては米と同様、表示義務食品に比べて、重篤な症状を呈する例がそれほど多くない。しかし、一般の臨床検査法(RAST)法で検出されるアレルギー患者中の大豆特異的IgE抗体保有者率はかなり高い。大豆たんぱく質の電気泳動と患者血清によるイムノブロット(免疫染色)法の組合わせで明らかにされた大豆アレルゲンは十数種類におよぶ(表6)。しかし問題はこれらの全てのアレルゲンが真の感作抗原を示しているとは限らないことにある。近年、花粉症患者の増加に伴って、食物アレルギー治療の臨床の現場において色々な問題が生じている。例えば、アレルギーの発症を経験したことのない食品を摂取して、突然アレルギー症状を惹起する現象が見つかると同時に、花粉症と食物アレルギーの中間のようなアレルギー症状を呈する事例が多発し、食物アレルギーの原因の特定や治療がより複雑になってきている。

表3 アトピー性皮膚炎患者の主要アレルギー食品            
   (RASTによるIgE抗体保有率:但し複合感作を含む)(PDF:49.1KB)

 表4 日本人のたんぱく質供給量(PDF:47.4KB)
 表5 食物アレルギー原因食物の割合(単位:%)(PDF:84.8KB)
 表6 主要な大豆アレルゲン(クラス分類に関しては一部仮説を含む)(PDF:47.8KB)

 

3.食物アレルギー発症原因の多様化

花粉のアレルゲンたんぱく質で感作を受けて花粉症になった患者が、アレルギーを起こしたことの無い(感作を受けたことがない)植物性食品素材(果物や野菜類)を摂取して、突然にアレルギー臨床症状を惹起する症例を「花粉―果物アレルギー症候群」あるいは「口腔アレルギー症候群(OAS:Oral allergy syndorome)」と呼んでいる。この現象は、食品に含まれる花粉のアレルゲンたんぱく質と相同性の高いたんぱく質(お互いのたんぱく質間のアミノ酸の配列に相同性が存在する)に対して交差反応(抗原抗体反応)を起こすことに起因していることが判明している。この結果を受けて、近年、食物アレルギーを発症原因から2通りのクラスに区別する考え方が提起されている。クラス1食物アレルギー(クラス1と略)はいわゆる古典的な概念の食物アレルギーである。この場合、感作抗原とアレルギー発症たんぱく質が基本的に同一であり、臨床症状としては蕁麻疹、下痢、嘔吐、ショック等が一般的で、全身症状をきたす場合が多い。またこの場合は乳幼児における未成熟な腸管膜の抗原透過性や免疫寛容の不完全性などが発症基盤となる。このクラス1では一部の抗原(ソバ、エビ、カニなど)を除いて成長とともに自然治癒(アウトグロー)する場合が多い。このクラスのアレルギー惹起食品としては、卵、乳、小麦、大豆などの主要たんぱく食源が多い。
 一方、クラス2食物アレルギー(クラス2と略)では、花粉抗原よる粘膜(気道)感作やラテックス(天然ゴム)抗原による皮膚を介したアレルゲン感作が先行し、その後、植物性食品中に広く存在する類似たんぱく質(同一ファミリーに属する相同たんぱく質)が「交差反応」を起こしてアレルギー臨床症状を惹起する。この場合は花粉症やラテックスアレルギーに罹った成人で発症し、アウトグローは少ない。臨床像としては口腔粘膜周辺でのイガイガ感、喉が痒くなるなどの異常(OAS)が中心であり、顔面浮腫や気道狭窄、呼吸困難などのアナフィラキシー様の重篤な症例を伴うこともある。

 

4.クラス2アレルゲンと植物性食品の交差反応

このクラス2のアレルギーを惹起する食品は、果実や野菜などが中心であるが、大豆やクルミなどの豆類・子実類でも発症する患者が多くいることが明らかになってきた。このクラス2抗原の特徴としては、植物性食品中のたんぱく質であり、一般に比較的低分子の水溶性のたんぱく質である。このことはOASの発症が、口腔内での粘膜を介したアレルゲンの吸収効率と関連していると考えられる。この場合はクラス1抗原と異なり、消化管内に移行するまでに口腔粘膜で発症するため、消化酵素による消化抵抗性には関係しない。また、このクラス2は、花粉症のみならず医療・食品業界において天然ゴム素材の手袋を使用する職業人に多発するラテックスー果物アレルギー症候群(ゴムの木由来のたんぱく質が抗原)の原因でもある。また、このクラス2アレルゲンたんぱく質 の多くは、興味深いことに、植物が病原菌からの感染、害虫による食害、物理的障害や干ばつ、塩害など環境ストレスに晒された際に発現が増強されるたんぱく質群(感染特異的たんぱく質:Pathogenesis-related proteins:PR-Psあるいはストレスたんぱく質と呼ばれている)に属することが明らかになっている。このクラス2は植物性食品素材に関しては新しい型の食物アレルギーであり、いまだ充分な解析が行われていないが、花粉症や環境アレルゲン原因のアレルギー患者の増加に伴って今後問題になる可能性がある。しかし、クラス2の原因抗原と食品との交差は、スギ花粉症では比較的低く、シラカバ・ハンノキ属の花粉症が最も高いと言われている。また、他にもヨモギ花粉症やカモガヤ花粉症なども新しいタイプ2アレルギーの原因となっている言われている。花粉症で感作が成立した真のアレルゲンを完全アレルゲン(complete allergen)、交差反応によってアレルギー臨床症状を惹起する食品中の相同たんぱく質を不完全(交差)アレルゲン(incomplete allergen)とも呼んでいる。これらのたんぱく質が植物界に広く分布することから汎アレルゲンとも呼ばれている。
 即時型アレルギーの基本的発症メカニズムによれば、アレルゲンたんぱく質は多価抗原(ペプチド鎖上に抗体が認識する複数のエピトープ部位が存在する)であり、感作を受けた患者はそれぞれのエピトープに対応する多様な抗体(ポリクローナル)を産生する。アレルゲンの再度の侵入により、肥満細胞上に結合した複数(2種以上)の特異的IgE抗体がアレルゲンと結合し、複数のIgE抗体が架橋されることにより肥満細胞内へ情報が伝達されて脱顆粒が生じ、化学伝達物質(例えばヒスタミンなど)が遊離するか、あるいは細胞膜リン脂質からイコサノイド系の生理活性物質、プロスタグランディンやロイコトリエンなどの起炎性の物質が生成され、ぜんそくなどアレルギー独特の臨床症状が惹起される(図2)。

図2 アレルギー臨床症状を惹起するメカニズム                    
   多価抗原による肥満細胞上の特異的IgE抗体の架橋と脱顆粒(PDF:22.4KB)

しかしながら、全ての花粉症患者が食品中の相同たんぱく質と交差反応を起こしOASを発症するわけではない。臨床症状を発症するに至る確率は、交差するアレルゲンたんぱく質間の一次構造(アミノ酸配列)の相同率と患者によって産生された複数(認識部位が異なる)の抗体の種類の組み合わせに依存する。この仕組みをシラカバ花粉症患者がリンゴを食べてOASを発症する場合を仮説として示した(図3)。シラカバ花粉主要アレルゲン(Bet v 1)感作によって体内に産生されるIgE抗体は、Bet v 1上の複数のエピトープ(e-1〜e-n)に対するいわゆるポリクローナルIgE抗体(Ye-1〜Ye-n)である。産生される各抗体のエピトープ部は定まっていて、どの部位に対応する抗体(e-n)が産生されるかは花粉症患者によってまちまちである。この例に挙げた患者の抗体が認識するBet v 1のエピトープ部のアミノ酸配列(少なくともアミノ酸残基として5〜6残基程度)とリンゴの相同たんぱく質(Mal d 1)の対応する部位のアミノ酸配列が完全に一致する場合に抗体は結合し、交差反応が成立する。一アミノ酸でも異なれば結合は起こらない。しかし、産生された抗体のBet v 1認識部位アミノ酸配列がMal d 1上の相同部位のアミノ酸配列がすべて完全に一致することは希であり、また、一種類のみの抗体が結合しても、架橋が成立せずアレルギー反応は惹起されない。従って、花粉症の患者がOASを発症するケースは、患者の産生する抗体の結合する花粉アレルゲン側のアミノ酸配列と、その部位に対応する食品側の相同部位のアミノ酸配列が完全に相同であるかどうかなどの組み合わせで決まり、それほど確立として高くはないと予想され、すべての花粉症患者がOASを発症するに至るとは限らないのは不幸中の幸いであると言える。ちなみに、相同アレルゲンたんぱく質間のアミノ酸配列相同率は、植物分類学上の近縁関係にもよるが、Bet v 1とリンゴのMal d 1間で約85%、Mal d 1と大豆のGly m 4間で約70%である。この事実は、平均して10残基に1−2個の割合で変異が存在する(但し、進化の過程で、生存に必須な部位のアミノ酸配列はすべての種において保存されているのでこの部位にエピトープがある場合は交差が成立する確立は高くなる)。図3の例では、患者はBet v 1に対してe-1からe-5の5種類の抗体を産生したが、Mal d 1側のエピトープ対応部位で相同(アミノ酸配列が完全に一致)なのは2ヶ所、e-2とe-4であり、これに対応する抗体Ye-2とYe-4がMal d 1側に結合した結果、架橋が成立し交差反応が成立して発症に至ることになる。筆者らが経験した大豆製品(豆乳)を摂取後にOASを呈したシラカバ花粉症患者の例では、豆乳を摂取後、20分以内に顔面・咽喉頭浮腫・全身アナフィラキシー症状など典型的I型アレルギーを発症し、また、リンゴなどに対してもOASを発症した経験を有する。20人中15人の患者血清中のIgE抗体が大豆17kDaタンパク質(大豆に含まれるシラカバ花粉症アレルゲンBet v 1と相同な大豆たんぱく質:Gly m 4)に反応し、この結合反応は組換え体シラカバ花粉アレルゲンたんぱく質(rBet v 1:別名rSAM22)の存在で拮抗的に阻害される。シラカバ・ハンノキ花粉症においては、リンゴやモモなどバラ科の果物が、ブタクサ花粉症の場合、主としてウリ科の果物に反応することが知られている。

図3 交差反応が生じるための条件(仮説)(PDF:37.6KB)

こういった事象に対して、現在は「花粉症を発症した患者にあっては交差反応による果物やある種の植物性食品素材がアレルギー反応が惹起する可能性があるので注意が必要であり、念のため果汁を少し唇などに塗って反応を確かめる事も必要」との医師の忠告も出されている。今後の食物アレルギー対策としては、花粉症(感作花粉のアレルゲンたんぱく質の一次構造(アミノ酸配列)と対応する食品素材―果物・野菜の種類、交差反応を起こす相同たんぱく質のアミノ酸配列、エピトープ部位の配列比較、アレルゲンの存在量、その他主要な感染防御たんぱく質、汎アレルゲンの種類と存在量などに関する情報提供が、アレルギー患者にとって安全かつ安心な食生活を保障するうえで重要になってくるであろう。
一方、食品たんぱく質のアレルゲン性の強弱を、そのたんぱく質のIgE産生誘導能として捉える時、野菜や果実のクラス2アレルギーに特徴的なアレルゲンとしては、感染特異的タンパク質(表7)や、進化の過程で生物界に広く保存されてきたたんぱく質、例えば相同性の高いプロフィリン(アクチン調節タンパク質の一種)、イソフラボン還元酵素や、糖たんぱく質の共通糖鎖(アスパラギンーN結合高マンノース型糖鎖で、フコースまたはキシロースの分枝をもつ)などが凡アレルゲンとして知られ、これらの多くのアレルゲンは花粉や野菜、果物に共通して存在し、それゆえ交差反応によるアレルギー性を示しやすい。感染特異的タンパク質(PR-P)は、農作物栽培過程の微生物感染、病害虫被害、物理的ストレス負荷(露地栽培における環境の影響)の大小によって変動し、作物のアレルゲン性は大きく変動する。

表7 感染特異的たんぱく質*とアレルゲンとの関連(PDF:65.4KB)

 

5.食品素材中のクラス2アレルゲンの変動と低アレルギー食品の創出

大豆を無防除で栽培し、虫害を受けたものと受けていないものに分け(図4-a)、大豆Gly m 4アレルゲンの変動をウエスタンブロッティング法で解析した例を図4-bに示した。通常の農薬散布で無被害の枝豆に比べて、無農薬栽培で虫害被害を受けた枝豆とでは、Gly m 4は約2倍に増大している。同様の現象は、露地栽培と温室栽培の野菜・果物の間でも観察され(森山、今月の農業、2008; 9;46-52)、栄養強化や無農薬化の意図とアレルゲン性の低減化かというアレルギー患者の要望の間には相反する問題も提起されている。

図4-a 大豆(枝豆)の虫害によるアレルゲン変動の解析(PDF:42.8KB)
 図4-b 食害被害によって原因抗原Glym4レベルが増加した例(PDF:26KB)

 

6.糖鎖抗原とRAST法における偽陽性判定の問題

最近、アレルギー食品の臨床検査法の一つであるRAST法において、大豆アレルギー患者血清中のIgE抗体が種々の植物性食品素材抽出たんぱく質を認識する、いわゆるたんぱく質非特異的交差性が広く認められるようになった。必ずしもその結果(陽性判定)が患者のアレルギー臨床症状を惹起する食品と一致しない(擬陽性)ケースが問題となっている。その原因は、患者が産生する植物性糖たんぱく質のアスパラギンーN結合型高マンノース型糖鎖を認識部位とする特異的IgE抗体の存在に由来する。 IgE抗体の産生誘導能を有する糖鎖はフコース又はキシロース(あるいは両方)の分枝を持つ糖鎖であることが特徴である(図5)。本抗体はこの糖たんぱく質の糖鎖部分を抗糖鎖IgG抗体でマスクする事で反応しなくなることからアレルゲンたんぱく質のペプチド鎖部位認識抗体と区別できる。この現象は同一糖鎖を持つ多種類のたんぱく質が共通抗原として反応し、いわゆるRAST法による大豆特異的アレルギー患者をスクリーニングするのに誤った判定(擬陽性)を与える原因となっている。その詳細はまだ明らかになっていないが、この糖鎖特異的IgE抗体が関与する免疫反応ではアナフラキシーやアトピー性皮膚炎などの臨床症状が現れないか、極弱い反応である。IgE抗体との結合定数がペプチド部位に対する場合より小さく、シグナルが伝達されにくいのではないかと推測されている。しかしながら、本アスパラギンーN結合型糖鎖はほとんどの植物由来の糖タンパク質の糖鎖に共通する構造であり、植物(食品素材)の分類学上の近縁関係に関わらず広範な素材間の無差別の交差反応は避けられない。大豆アレルギー患者に限っては本糖鎖は特異抗体の存在にもかかわらず臨床症状の惹起には関与しない。血清を用いるアレルギー食品特定のための臨床検査試験(RAST 法)において擬陽性患者を選択してしまう主要な原因の一つとなっている。アスパラギンーN結合高マンノース型糖鎖特異的マウスIgG抗体を用いて本糖鎖をブロックする改良RAST法を実施することによって、アレルゲンたんぱく質部位(糖鎖以外ペプチド部位)をエピトープとするIgE抗体のみを検出して真のアレルギー患者を疑陽性患者から分別して、正確な診断が可能となることを示唆している。図6-aに示される患者(P2003)は全てのRAST 値が糖鎖マスクで阻害されたが、図6-bの患者(P2102)の場合は、大豆以外は阻害されるが、大豆のRAST阻害比率が小さく、大半は大豆アレルゲンたんぱく質のたんぱく質ペプチド鎖部分を認識するIgE抗体であることを示し、この患者が真の大豆アレルギー患者であることを証明している。臨床の場において真のアレルギー食品を識別し、正確な情報を患者に提供することも今後の重要な課題である。

図5 アスパラギンーN 結合型高マンノースタイプ糖鎖(PDF:28.9KB)
 図6-a 真性大豆アレルギー患者の選択(1)(PDF:13.8KB)
 図6-b 真性大豆アレルギー患者の選択(2)(PDF:14.1KB)

 

おわりに

食物アレルギー患者の増加は先進国の悩みであるが、その原因究明において今までアレルギーの感作を成立させる食品(IgE抗体産生誘導能を示すたんぱく質)を研究の対象にしていては理解できない多くの課題が存在する。個々に取り上げた花粉症やラテックスアレルギー原因たんぱく質との交差反応は、我々が生活する環境条件に起因して発症する一般アレルギー疾患と食物アレルギーの密接な関連性を示すものである。シラカバ・ハンノキ花粉症患者においては、リンゴやモモなどバラ科の果物が、ブタクサ花粉症の患者では、主としてウリ科の果物が、また、医療あるいは食品関連業務でラテックス製手袋を使用する人達にあってはバナナなどのトロピカルフルーツ類が突然OASを発症させる原因になると患者の間で話題になっているが、正確な情報ではなく、果物以外の多くの食材が反応の対象となっているのは事実である。臨床の現場では、「花粉症を発症した患者にあっては交差反応による果物やある種の植物性食品素材がアレルギー反応が惹起する可能性があるので注意が必要であり、念のため果汁を少し唇などに塗って反応を確かめる事も必要」との医師の忠告が出されているのが現状である。
 今後の食物アレルギー対策としては、交差反応の成立原因を考慮すれば、諸々の研究機関の提供するアレルゲンたんぱく質に関するデータベースを基にバイオインフォマテクスの技術を駆使して、花粉症(感作花粉のアレルゲンたんぱく質の一次構造(アミノ酸配列)と対応する食品素材(果物・野菜類)の種類、交差反応を起こす相同たんぱく質のアミノ酸配列、即ち連続する5〜6アミノ酸残基のペプチド鎖が完全に一致する部位がどの程度(何ヶ処)存在するか、また、アレルゲンの存在量、その他主要な感染防御たんぱく質、汎アレルゲンの種類と存在量などに関する情報を提供することにより、近い将来、臨床検査技術の発展により、患者ごとにどの食品(果物)は要注意などの情報を提供することも不可能ではなくなるであろう。また、臨床の現場での原因食品の検査においても、非侵襲性でかつ簡便性に優れたRAST法の信憑性を確立する意味でも、偽陽性反応の原因となっているたんぱく質糖鎖の問題など、今後追求すべき問題は多い。

 

略歴

小 川   正(おがわ ただし)      
昭和44年9月 京都大学大学院農学研究科博士課程終了(農学博士)
昭和44年9月 京都大学・食糧科学研究所助手
昭和49年4月 文部省在外博士研究員(米国ペンシルバニア大学歯学部生化学)
昭和50年1月 徳島大学医学部助教授
平成 4年5月 徳島大学医学部教授
平成10年4月 京都大学・食糧科学研究所教授
平成12年4月 京都大学・大学院農学研究科教授・
平成16年3月 京都大学定年退官(京都大学名誉教授)
平成16年4月 関西福祉科学大学教授(平成23年3月まで)
平成23年4月 低アレルギー食品開発研究所・代表社員

(NPO・食の安全・安心を科学する会理事、京都市食育推進協議会会長)

 

著書

健康のための免疫学入門(共著)建帛社、大豆のすべて(共著)サイエンスフォーラム、アレルギーと食品(食品開発のためのアレルギー制御・検査技術)光琳、抗アレルギー食品開発ハンドブック(編集)サイエンスフォーラム 、肥満と脂肪エネルギー代謝―メタボリックシンドロームへの戦略―(編集)建白社、栄養学研究の最前線(編集)建白社、わが国における食用マメ類の研究(共著)中央農業総合研究センターなど

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