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カンピロバクター食中毒とその予防対策
岩手大学・名誉教授/特認教授 岩手大学農学部附属動物医学食品安全教育研究センター・客員教授 品川邦汎
はじめに
 食中毒で最も多いのは細菌、ウイルスなどの微生物によるものであり、これらは発生機序から「感染型(infection)」と「毒素型 (intoxication)」に大別されます。「感染型食中毒」は、食品と共に摂取された菌が小腸(十二指腸)や大腸に定着・増殖して、下痢、腹痛、発熱などの症状を呈すもので、カンピロバクター、サルモネラ、腸炎ビブリオなどの多くの細菌、およびノロウイルスやA・E型肝炎ウイルスなどによるものが含まれます。他方,「毒素型食中毒」は細菌の産生する毒素によるもので、これには1)食品中に産生された毒素を摂取することによって起る「食品内毒素型」と、2)食品と共に摂取した菌が腸管内に定着し増殖(または芽胞形成)する時、産生する毒素(エンテロトキシン)によって起る「生体内毒素型」に別けられます。
 わが国では食中毒事件の中で、カンピロバクター食中毒が第一位の発生数を示しており、これらの原因食品の多くは食鳥肉などの食肉によるものであり、今日、本菌食中毒の予防対策を確立すると同時に、食肉の安全性を確保することが重要になっています。
 本稿では、食中毒・下痢症起因菌として最も多いカンピロバクター(Campylobacter jejuni/coli )の特徴、食中毒発生とその予防対策および食鳥肉の衛生管理について概説します。
1. カンピロバクターの特徴
 カンピロバクターの分類および食中毒予防のための特徴を表1示します。ヒトの食中毒・感染症起因菌としてC.jejuni,C.coli, C.lariなどが知られており、これらの菌は42℃でも発育可能な高温性カンピロバクター(thermophilic Campylobacter)と呼ばれています。一方、動物に対して病原性(動物に流産)を示す菌としてC.fetusなどが知られていますが、本菌は42℃では発育でしません。
 C.jejuni/coliはらせん(S字)状に湾曲したグラム陰性の桿菌で、一端または両端に一本の鞭毛(細菌の運動器官)を有し、コルク栓抜き様の運動を呈す。長時間の培養や環境変化によって、らせん状から球形に形態変化を示し、長期間生存する場合も見られます。
 本菌は、発育温度域30〜46℃(最も発育良好な至適発育温度は42℃付近)で、30℃以下では発育できません。また、pH 5.0以下、 pH 9.0以上では発育できない。大気中(酸素存在下)および乾燥状態では死滅しやすい。低温10℃以下では長期間生残するが、凍結保存の場合、凍結や解凍時に損傷を受けて死滅し易い。
 カンピロバクターは鶏、牛、豚、めん羊などの多くの動物腸管内に生息しており、鶏ではC. jejuniが多く、その保菌率・保菌菌数は養鶏場によって大きく異なり、60〜80%農場が陽性で、保有菌数も腸内容物(糞便)1g中に100万個〜1000万個(cfu)認められるものもあります。また、牛もC. jejuniを多く保菌しており、腸管内以外に肝臓にも高率(50〜70%)に認められます。これに対し、豚ではC.jejuniは少なく、C.coliが主体で70〜80%の豚が保菌しています。
表1. カンピロバクター(C.jejuni/coli)分類と性状
2.食中毒と感染症
 C. jejuni /coliによる食中毒とヒトの感染症について、その概要を表2に示します。本食中毒は、潜伏期2〜7日間後、急激な腹痛と下痢(水様性または粘液性下痢)で始まり、悪心・嘔吐、悪寒、発熱、倦怠感などを呈す。下痢は数回〜10回程度で、発熱は38〜39℃の者が多い。わが国ではカンピロバクター食中毒事件の90〜95%がC. jejuniによるものですが、諸外国ではC. jejuni 以外にC.coli下痢症も多く見られます。C. jejuniの発症最少菌量(食中毒を起こす最少の菌数)は、ヒトの投与実験で100〜1,000個(cfu)と報告されているが、小児・子供ではさらに少数菌で発症します。
 近年、C. jejuniとギランバレー(Guillain-Barre)症候群との関連性が示唆されています。本感染症は、C. jejuni腸炎(下痢症など)感染、回復後、1〜4週間おいて四肢の筋力低下、顔面神経麻痺などの運動麻痺を主徴とする末梢神経系の炎症性疾患を呈します。本症候群は他の菌でも発生するが、少なくとも30%はC. jejuni感染後に発症していると報告されています。
表2. カンピロバクター感染症と食中毒
3. カンピロバクター食中毒
 わが国では、昭和58年カンピロバクター(C.jejuni /coli)による食品媒介の胃腸炎を食中毒として認定を行い、それ以後、厚生労働省の食中毒統計に掲載されるようになり、毎年14〜65件(平均30件/年)報告されていました。その後平成9年、患者1名の散発食中毒事件も届出が義務付けられ.本食中毒は急増し、毎年350〜650件(平均420〜510件/年)の発生が見られるようになりました。今日、食中毒事件の中ではカンピロバクター食中毒が第1位の発生数を示しています(図1)。
図1.わが国における微生物性食中毒発生数
1)食中毒発生件数・患者数
 近年、わが国ではC.jejuni散発事件は毎年400〜500件(散発食中毒の30〜40%)、またC.jejuni集団食中毒は63〜150件(集団食中毒の5〜17%)発生しており、この発生件数は増加傾向を示しています。特に、夏期に発生する散発下痢症(食中毒)の多くはC. jejuniによるものであると言われています。
 他方、諸外国でも本食中毒・下痢症は多く発生しており、米国疾病予防管理センター(US CDC)によれば、米国人の6人に1人(約4,800万人)が食品由来疾病に罹患しており、そのうち約128,000人が入院(死者約300人)しています。これらの患者のうち、カンピロバクターによる患者数は約845,024人(入院者:8,463人、死者76人)で、ノロウイルス、サルモネラ,ウエルシュ菌に次いで多いことが報告されています。また、英国では細菌性胃腸炎の中でカンピロバクターによるものが最も多く,それらの多くは家禽肉(家禽レバーのパテイなど)の加熱不十分によるものと言われています。
2)原因食品
 本食中毒は、潜伏期が比較的長く摂食状況などの調査が困難であり、保存食品(検食)や食べ残し食品(残品)の無い場合が多く、また食品が保存されていても菌の死滅が早いため、菌検出が困難で原因食品の特定が難しい。特にC.jejuni散発事例では、ほとんどが原因食品不明(95%以上)であり、集団事例でも60〜70%が不明です。原因食品の判明したものでは「肉類およびその加工品」が最も多く、特に食鳥肉関連食品(鳥肉・ササミ・鳥レバーの刺身、鳥たたき、鶏肉料理およびバーベキュー、串焼きなど)によるものが多い(本食中毒件数の約4〜8%を占める)。この他、牛レバー刺身、牛肉バーベキュー・ホルモンによる事例も多い。また、原因食品不明の事件でも、飲食店、旅館などの食事(多くは鶏肉を使用)によることが明らかにされた事例も多い(表3)。
表3.原因食品別のカンピロバクター食中毒事件
3)食中毒予防
 本食中毒の予防としては、他の微生物食中毒と同様に1)食品に菌を汚染させない(菌をつけるな)、2)食品中で菌を増殖させない(菌を増やすな)、3)食品中の菌を殺菌する(菌を殺す)の三原則を守ることが重要です。しかし、カンピロバクター食中毒では「菌をつけるな」と言っても、市販の食鳥肉や牛レバーなどはすでに高い汚染率・多い菌数を示すものがあり、加熱調理などを行うことが大切です。「菌を増やすな」については、市販食品や食肉中では本菌はほとんど増殖が見られず、一般に死滅も早い。「菌を殺す」については、本菌は加熱(75℃、1分間以上)により容易に死滅することから、生食(鳥刺し・たたき、牛レバー刺しなど)を避け、また食品(食材)を加熱処理することが重要です。加熱・調理段階(飲食店、家庭など)でのカンピロバクター食中毒の主な予防対策を表4に示す。
 さらに食中毒の予防として、事件発生の最も多い食鳥肉について本菌の制御法を以下に示します。
表4.加熱・調理段階におけるカンピロバクター食中毒の予防
4.食鳥肉のカンピロバクター制御
1)市販食鳥の汚染
 市販食鳥肉(もも肉、むね肉、手羽先など)のC.jejuni汚染は極めて高く(60〜80%が汚染)、汚染菌数も102〜103個(cfu)/100gのものが50〜60%見られます。しかし、鶏肉の部位別による汚染にはあまり差がなく、手羽先やむね肉で菌数の多少多い(104個(cfu)/100g以上)ものが存在します。一方、冷凍鶏肉は冷蔵品に比べ汚染率、汚染菌数は少なく、また国内産鶏肉に比べ輸入鶏肉(ブラジル、米国産など)の汚染は低い(数%〜20%)。これらの輸入鶏肉は冷凍品であり、凍結・融解により、本菌は凍結障害や死滅などを受け、汚染率や菌数の低下を示したと考えられています。
 食鳥肉のC.jejuniを制御するためには、食鳥生産農場から食鳥処理場、部分肉処理場(カット工場)、食鳥肉加工場(焼き鳥、鳥ミンチ肉製造など)流通、販売、消費(旅館・ホテル、給食場、飲食店、家庭など)まで、食鳥肉生産のフードチェーン(図2)全段階において、衛生管理システム(GAP:適正農業規範、HACCP:危害分析重要管理点方式など)を確立することが必要です。
図2.食鳥肉の生産から消費までの工程
2)ブロイラー生産農場での飼養衛生管理
 ブロイラー生産農場では、オールイン(鶏舍に一度に入雛)・オールアウト(鶏舍の全鳥を一度に出荷)方式を行い、疾病予防を行っているが、C.jejuni汚染については農場間で大きな差(保菌率0〜100%の農場)が見られます。農場での本菌の拡散は給水器の水および食糞(糞をついばむ)などによることが知られています。
 食鳥生産現場では適正農業規範(GAP)および、食鳥飼育のための衛生的標準作業手順書(SSOP)を作成し、衛生的な飼養・環境管理を行い、カンピロバクターを保菌しない、また保菌菌数の少ない食鳥を生産することが重要です。
3)食鳥処理工程の衛生管理
 食鳥肉生産を行う食鳥処理場としては、大規模食鳥処理場(年間30万羽以上処理を行う施設)と認定小規模処理場(30万羽以下の処理)があり、また殺処理方法は、生産農場から搬入後、懸鳥,と殺・放血,湯漬け,脱羽,中抜き、内蔵摘出、冷却および水切りの順に行う「中抜き処理法」と、と殺・脱羽後に部分肉を採取し、最後に内臓処理を行う「外剥ぎ処理法」の二つの方法があります。わが国では「中抜き処理法」が多く行われており、処理されたと体は部分肉加工場(カット工場)で、ササミ、もも肉、むね肉および手羽先などの部分肉製品にされ、包装後出荷されています。
 と殺・解体処理でのC.jejuni汚染防止としては、脱羽、中抜きおよび冷却工程の衛生管理が重要であり、特に、中抜き(内臓出し)工程での自動中抜き機の調整不適による腸管の損傷・破損の発生と、と体への腸内容物汚染です。また、と体の冷却工程である冷却槽での汚染拡散を防止のため、冷却水に次亜塩素酸ナトリユウム(20〜50ppm濃度)を添加し、と体表面の殺菌を行っています。
 厚生労働省(監視安全課)は、各処理場において自主的に微生物汚染防止のための衛生管理を行うことを勧めており、そのための「一般的な食鳥処理場における衛生管理総括表」の見本を作成し、各施設ごとにおいてHACCPプラン作成のために活用するように通達しています。
5.おわりに
 食鳥肉の安全性を確保するためには、食鳥肉などの食鳥関連食品による危害発生の最も多いカンピロバクター食中毒について、その発生頻度、原因物質、発生要因などを十分に解析して予防対策を確立することが必要です。さらに、カンピロバクター汚染の少ない安全で衛生的な食鳥肉の生産を行うことです。このためには食鳥生産段階での衛生管理(GAP、SSOPなどの作成)および食鳥処理場での本菌の汚染防止と拡散防止、さらに汚染の低減などを行う高度衛生管理(HACCP方式)を確立することが重要です。今後、「農場から食卓」までのフードチェーンシステムにおいてカンピロバクター対策を確立し、食中毒の発生防止を行い、安全で衛生的な食鳥肉生産が行われることを期待しています。
参考文献
1. 渡辺治雄、米谷民雄、山本茂樹、熊谷 進、品川邦汎、細川 修編:食中毒予防必携 第2版、(社)日本食品衛生協会出版、2007.
2. 品川邦汎:わが国の食中毒発生動向とその予防. Animusu(最新医療情報誌)、No.52,45-49.2008.
3. 坂崎利一編:新訂 食水系感染症と細菌性食中毒、中央法規出版、2000.
4. 桜井 純、本田武司、小熊恵二編:細菌毒素ハンドブック、(株)サイエンスフォーラム出版、2002.
5. Hui Y.H., Marle D.P., Richard J. G.(eds): Foodborne Disease Handbook, Second Edition, Marcel Dekker, Inc.(New York), 2001.
6. Shabbir S.(ed.): Foodborne Diseases. Humana press Inc.(Totowa New Jersey),
 2007.
7. 厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課;全国食中毒事件録(平成8年〜16年)
著者略歴
著者
品 川 邦 汎 (しながわくにひろ)
■審議会及び学会等
1967(昭和42)年3月 大阪府立大学農学部獣医学科卒(農学学士)
1981(昭和56)年9月 大阪府立大学農学博士
2002(平成14)年4月 日本獣医公衆衛生学会会長(平成18年3月まで)
■職歴
1967(昭和42)年7月 大阪府立公衆衛生研究所 研究員
1980(昭和55)年9月 岩手大学農学部(獣医公衆衛生学)講師
1982(昭和57)年4月 同 上 助教授
1994(平成6) 年3月 同 上(獣医微生物学)教授
2003(平成15)年4月 岩手大学農学部獣医学科長(平成19年3月まで)
2004(平成16)年4月 同 上(食品安全学) 教授
2007(平成19)年4月 岩手大学動物医科学系長(平成21年3月まで)
2007(平成19)年4月 岩手大学農学部附属動物医学食品安全教育研究センター(FAMS)長(平成21年3月まで)
2009(平成21)年4月 岩手大学特認教授、岩手大学農学部附FAMS客員教授
2009(平成21)年6月 岩手大学名誉教授
非常勤講師(2011年3月現在)
 岩手医科大学(医学部)、北里大学獣医畜産学部、東京海洋大学大学院(食品流通安全管理専攻)
■審議会及び学会等
2003(平成15)年1月 厚生労働省薬事・食品衛生審議会委員(平成21年1月まで)
2003(平成15)年1月 厚生労働省薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食中毒部会長(平成21年1月まで)
2002(平成14)年4月 日本獣医公衆衛生学会会長(平成18年3月まで)
2003(平成15)年3月 岩手県食の安全安心委員会委員長 (現在に至る)
2009(平成21)年6月 日本食品衛生学会副会長 (現在に至る)
2009(平成21)年9月 内閣府安全委員会 ウイルス・細菌委員(副座長)
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