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乳酸菌による工場汚染と食品の変敗
愛知学泉短期大学食物栄養学科 教授 内藤 茂三
1.はじめに
 食品の変敗の原因の90%は食品製造工場の空中浮遊微生物であり、その空中浮遊微生物は食品工場の床や側溝などより分散されているから、床や側溝を殺菌することにより空中浮遊微生物は著しく減少することが経験的に知られている。現実にはこの床や側溝の殺菌に塩素系の薬剤が使用され、効果を上げてきたが、残留するために長年の使用により乳酸菌や大腸菌群の特定の微生物において耐性菌が出現してきた。特に1996年の夏期において大腸菌0−157による食中毒が多発し、その多くの汚染源が食品工場内であるとされた。
 多くの食品工場において長年の間、次亜塩素酸ナトリウム等の塩素化合物、エチルアルコール等のアルコール類、ヨードホール等のハロゲン化合物、酢酸等の有機酸類が殺菌に効果を上げている。しかし、次亜塩素酸ナトリウム等の塩素化合物は強力な殺菌剤でありますが、長年の100〜500ppmの使用により乳酸菌(Lactobacillus, Enterococcus, Lactococcus, Leuconostoc, Pedicococcus)や大腸菌群(Klebsiella,Erwina,Citrobacter)に耐性菌が生じている。またエチルアルコール等のアルコール類は製パン工場や和洋生菓子工場等の工場殺菌剤として用いられているが、エチルアルコールを資化するPichia anomala, Monieliella suaverollens等の真菌が出現して変敗の原因となっている。さらに酢酸等の有機酸類を工場殺菌剤として使用する食品工場は耐酸性カビと言われる、Moniliella acetoabutens等の増殖が問題となっている。今回は、最も食品の変敗原因として多い乳酸菌を取り上げ、食品変敗乳酸菌の種類、乳酸菌の性質、乳酸菌による工場汚染、乳酸菌による食品の変敗について解説した。
2. 食品変敗乳酸菌の種類
 食品の変敗に関与する乳酸菌は大きく分けるとLactobacillus, Enterococcus, Lactococcus, Leuconostoc, Pedicococcusの5つであり、これらの乳酸菌はそれぞれ独特の食品の変敗の様相を呈する。
 Lactococcusはガラクトースを発酵すると乳酸の外に蟻酸とエタノールを生産する。
 またLactococcus, Lactobacillus, Streptococcusをグルコース制限下もしくは好気的条件下で培養すると蟻酸や酢酸の生成が認められる。これはグルコース制限下では乳酸脱水素酵素の活性化因子であるフルクトース1、6リン酸が低下すること、または乳酸脱水素酵素の合成抑制が考えられる。ホモ型発酵乳酸菌であるLactobacillus plantarumの乳酸脱水素酵素はフルクトース1,6リン酸による制限を受けないが、好気条件下やグルコース制限下では乳酸を酢酸に変換し、ヘテロ型発酵乳酸菌の場合と全く同じ代謝産物を生産する。
 またホモ型乳酸発酵細菌であるLactobacilus lactisもヘミン存在下の好気条件下で培養すると、ピルビン酸及び乳酸をジアセチルやアセトイン等の化合物に変換する酵素の活性が著しく増大してグルコースの大部分をアセトインに変換する。表1に食品を変敗する乳酸菌の形態、大きさ及び一般的な生産物を示した。
表1 食品を変敗する乳酸菌の形態と大きさ
3. 乳酸菌による食品の変敗現象
 乳酸菌による食品の変敗現象はエタノール臭、容器膨張、変色、着色、異臭、酸敗、粘質化である。特に洋菓子や和菓子の主要な変敗原因菌である。Lactobacillusは桿菌であり、ホモ型発酵型とヘテロ型発酵型の両者があり、発酵によってできる乳酸の光学異性体はホモ型ではL(+)、D(−)、DLと菌種によって異なり、ヘテロ型はDLがほとんどである。
 運動性は通常みられない。Lactobacillusは発酵形式、生育温度、糖の利用に等により59種類に分類され、登録されている。これらの菌は食品、動物腸内、動物糞、土壌、食品工場等に生育し、二次汚染菌の原因となる。なお人間に対しては病原性はない。  
 現在、ヘテロ型のLactobacillusにより食品の変敗が多発している。その変敗現象は酸敗、膨張、アルコール生成、変色、異臭等種々にわたっている。本菌で圧倒的に多い変敗現象は膨張である。ストレートスープ、たくあん漬、福神漬、乾燥果実、タレ等が膨張してクレームとなっている。次に多いのがエタノール臭の生成で、これは膨張してエタノール臭が生成する現象である。従来膨張してエタノール臭が生成すれば酵母が変敗の主原因であると考えられてきたが、現在ではヘテロ型のLactobacillusによる場合が多い。乾燥果実(ドライフルーツ、輸入品が多い)、味噌、和菓子(饅頭、どら焼き等)、洋菓子(シュークリーム、ケーキ等)、惣菜、食肉加工品等で多発している。従来はいずれも酸敗現象だけであったが、最近では膨張、エタノール生成が多くなってきた。しかし、ホモ型及びヘテロ型発酵乳酸菌はそれぞれの菌種や菌株に固有のものではなく、酸素の存在、糖の種類とその濃度、pHなどの培養条件によって、通常はホモ型発酵の乳酸菌であっても代謝産物として乳酸以外のエタノール、酢酸、蟻酸、ジアセチル、アセトインを生成することがある。
 Lactobacillus plantarum等のホモ型発酵乳酸菌によってもゆで麺、玉子豆腐、蒸し菓子にエタノール臭が生じて膨張現象が起きているのは以上の理由による。ホモ発酵型乳酸菌の増殖によりpHが低下せずかえって上昇して容器膨張が生じる場合がある。
 これは食塩濃度が15%以下の低塩の醤油、つゆやタレに多く発生している。この膨張の原因は低塩醤油なそにホモ型発酵乳酸菌(例えばLactobacillus)が増殖して、アスパラギン酸がL-アスパラギン酸4-デカルボキシラーゼの作用により、α-アラニンに、グルタミン酸がL-グルタミン酸1-デカルボキシラーゼの作用によりγ-アミノ酪酸(ギャバ)に、マロラクチック反応によりリンゴ酸を乳酸にそれぞれ脱炭酸することによる。この現象はホモ型発酵乳酸菌の生育を伴わなくても大量の同菌が存在すれば菌体内に十分な菌体内脱炭酸酵素が存在するので脱炭酸され、短時間に膨張現象が生じる現象とよく一致する。具体的にはめんつゆ、スープ、味噌加工品、減塩醤油、味噌タレ、醤油添加調味料にになるようなホモ型発酵乳酸菌が混入した場合、短時間で菌が増殖しなくてもアミノ酸の脱炭酸が生じ製品のpHが上昇し、容器膨張や発泡する現象が生じている。
  食肉では鶏肉、豚肉、牛肉の全てにLactobacillus属乳酸菌が検出されている。乳酸桿菌はクックドハムの「緑変」の原因菌である。本菌は空気の存在下で発育するときは過酸化水素を生成し、この過酸化水素は加熱された塩漬肉の色素(ニトロソヘモクローム)のヘム部分に作用して、ポルフィリン環を酸化し、コールミオグロビン(緑色の化合物)を生成する。乳酸菌が多量に生育して過酸化水素が過剰の時は酸化により黄色の化合物が生成し、最終的には無色の化合物が生成する。従って、カタラーゼ陰性の乳酸桿菌であるLactobacillus等の乳酸菌はハムに生育した場合には過酸化水素を生成して緑変する。その代表的な菌種がWeissella viridescenceであり、耐熱性が著しく強く、加熱工程で生き残り、そのあとでハムに生育する。
 Enterococcus属乳酸菌は腸球菌であり従業員の手指に多く付着しているので消毒剤中に混入して増殖する場合が多く、実際に使用されている消毒剤から検出されている。また本菌は化学的殺菌剤に対する抵抗性が高いために消毒剤や防腐剤中で増殖し、工場へ分散され工場汚染の原因となっている。このため食品の変敗の原因となる可能性が極めて高い。 生クリーム、生あん、ゆでめん、ショートケーキ、饅頭、カステラ、サラダ、肉類、魚介類、煮豆などに異味、異臭が発生した場合は大部分が本菌が原因であると考えられる。最も多く発生する生クリームの異味、異臭の原因はEnterococcus feacalisであった。
 乳酸菌は通性嫌気性菌に属しチトクローム系の呼吸鎖やカタラーゼなどのヘムたんぱく質合成能を有さないことから、分子状酸素をエネルギー代謝に直接利用できなく、むしろ乳酸菌は酸素に接触すると過酸化水素、スーパーオキシドラジカル、ヒドロキシラジカルなどの活性酸素を生成して菌体に損傷を与えるので、乳酸菌にとって酸素は好ましいものではない。しかし食品が乳酸菌により変敗するのはほとんどが好気的条件下である。乳酸菌はその代謝活性が増殖性の外に乳酸、酢酸、蟻酸等の有機酸やアルコール、アセトアルデヒド、ジアセチル、アセトイン等の香気物質の生産と密接に関連している。
 食肉及びこれの加工製品がLeuconostoc属乳酸菌の発育により変敗することが古くから知られている。真空包装やガス置換包装と2〜4℃の冷蔵保存を併用するとLeuconostoc属乳酸菌が増殖して食肉及び食肉加工品のネト、膨張、エタノール臭等の変敗の原因となっている。発色剤を添加していないロースハムスライスの表面に発生した黄色斑点の原因はLeuconostoc pseudomesenteroidesが原因菌であった。Leuconostoc属乳酸菌は植物原材料の発酵物に生息して食品を変敗させる場合が多く、食品を変色させ、粘質化させる代表的な菌種である。食品工場の床や側溝で最も多く存在する代表的な菌種である。充填豆腐の黄色から橙色斑点生成より検出された微生物はグラム陽性の球菌であり、寒天平板で黄色のコロニーを形成し、グルコースからD-乳酸、エタノールを生産し、シュクロースからデキストランの生成が認められたところからLeuconostoc mesenteroidesが原因菌であった。また真空スライスハムの黄色斑点の原因も同菌であり、更に糸引き納豆の糸引き不良は製造工程で汚染されたLeuconostoc mesenteroidesが原因菌であった。本菌はヘテロ型であり生成する乳酸は全てD-乳酸である。細胞壁ペプチドグリカンが全てリジン型であり、アラニン、セリン、グリシンのモノ〜テトラペプチドである。本菌による典型的な食品の変敗は包装食品のエタノール臭を伴う膨張(生めん、チーズ、惣菜等)、黄色斑点生成(スライスハム、充填豆腐、食肉加工品等)及び異臭(アルコール臭が主体)(あん、いも、ケーキ等)である。精糖工場において搾汁液糖が高粘度化する現象が昔から知られており、この原因菌がLeuconostoc mesenteroidesであり、粘質物本体がデキストランである。このデキストランの生成は、この菌が菌体外に生産する酵素により行われるため、砂糖を多く使用する和洋菓子工場での汚染が多い。農産加工工場の床や側溝のネバネバはほとんど本菌が生産するデキストランである。また本菌は酸素などの電子受容体が存在する条件及び好気的条件で培養するとグルコースにたいする増殖収率が高くなる。
 Pediococcusは4連球菌であり、細胞は伸長することはなく発酵形式はホモ型であり、運動性、内生胞子を共にもたない。カタラーゼは持たないがシュードカタラーゼを持つものがある。通常醤油、味噌、ビールのような穀類の発酵物中によく見られるが、最近では加工食品の変敗の原因菌となっている。変敗現象は圧倒的に乳酸産生による酸敗で、饅頭、ケーキ、カステラ、漬物、加糖あん、スープ、タレ、岩海苔の佃煮、麺用調合味噌子袋に多く見られている。本菌は醤油加工品に多く検出される。これはアミノ酸が多く含まれるためで本菌がアミノ酸分解活性を有しているからである。本菌によるアルギニン分解はオルニチンと2モルのアンモニアを生じ、生成された乳酸の一部を中和してpHを上昇させて他の微生物の増殖を招き変敗させる。またアスパラギン酸はアスパラギン酸脱炭酸作用により分解されてアラニンと炭酸ガスとなり、pHが上昇し他の微生物の増殖を招き更に膨張の原因となる。チロシン、ヒスチジン、フェニールアラニンが本菌により分解されて生成物により変敗の原因となる。麦味噌の酸敗乳酸菌としてPediococcus acidilacticiが知られている。ワインが粘質物を生産するのはまずPediococcus acidilacticiに汚染されてpHが低下し、そこにPediococcus damnosusが増殖してグルコースを粘質多糖類に変換するためである。Pediococcus damnosusは低pH、エタノール耐性及び二酸化イオウに対する耐性が強く、グルコースからの粘質多糖類の生成をエタノールとリンゴ酸が促進するという特徴を持っているからである。その他アルコール飲料が冷蔵庫中に粘度が高くなる原因はほんど本菌に由来する。表2に代表的な乳酸菌による食品の変敗現象を示した。
表2 代表的な乳酸菌による食品の変敗現象
4. 乳酸菌による食品工場の汚染防止対策技術
 食品の乳酸菌による変敗は圧倒的に工場床、器具、装置等からの二次汚染菌が多い。
そこで食品工場をクリーン化できれば食品の乳酸菌による変敗は減少する。乳酸菌は薬剤耐性が極めて強いので殺菌及び消毒後の食品工場の床の主な微生物は乳酸菌である。
  長年にわたる多くの工場殺菌剤の使用により乳酸菌に対しては耐性菌が出現している。これまで乳酸菌の食品工場の汚染対策として使用されてきた殺菌剤を表3にまとめた。
表3 乳酸菌の食品工場の汚染と殺菌剤
ほとんどの食品工場では作業中あるいは作業後に工程や床の洗浄で多くの水を使用するが、工場の夜間の気温が高いと床の水が水蒸気となり、これにより揮散した乳酸菌が工場を汚染する。そこで床を洗浄・殺菌することは乳酸菌の対策としては有効である。
 乳酸菌は通性嫌気性菌に属しチトクローム系の呼吸鎖やカタラーゼなどのヘムたんぱく質合成能を有さないことから、分子状酸素をエネルギー代謝に直接利用できなく、むしろ乳酸菌はオゾンや酸素に接触すると過酸化水素、スーパーオキシドラジカル、ヒドロキシラジカルなどの活性酸素を生成して菌体に損傷を与えるので、乳酸菌にとってオゾンや酸素は好ましいものではない。このため従来の殺菌剤と異なるオゾンを単用あるいは併用して食品工場を殺菌することは有効である。現在食品業界では工場の乳酸菌による汚染が進行し、大きな問題となっているが、オゾンをうまく利用した技術が多くの工場で採用されている。
著者略歴
内藤 茂三(ないとう しげぞう)
現職: 愛知学泉短期大学食物栄養学科教授
最終学歴: 昭和47年3月 三重大学大学院農学研究科修士課程農芸化学専攻修了
職歴: 昭和47年4月愛知県産業技術研究所食品工業技術センター入所
平成20年3月愛知県産業技術研究所食品工業技術センター退職
平成20年4月愛知学泉短期大学食物栄養学科勤務
これまでの研究
1. 包装食品の微生物変敗防止に関する研究(報文38報、総説28報)
2. 天然抗酸化物質の開発に関する研究(報文13報、総説1報)
3. 食品保存へのオゾンの利用に関する研究(報文43報、総説110報)  
著書
 33冊(いずれも分担執筆)、招待講演68回
学会賞等
1. 日本防菌防黴学会研究奨励賞(日本防菌防黴学会)
2. 日本食品工業学会技術賞(日本食品工業学会)
3. 日本オゾン協会推進賞(日本オゾン協会)
4. 第62回農業技術功労者表彰(農業技術協会)
5. 第13回中経革新研究表彰(中部経済新聞社)
6. 中部公設試験研究機関研究者表彰産業技術総合研究所中部センター所長賞(中部科学技術センター)
所属学会等
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