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農薬等ポジティブリスト制度の施行を迎えて〜検査はどうあるべきか
財団法人 食品分析開発センター SUNATEC 第二理化学検査室 菊川 浩史
はじめに
 平成14年春、輸入野菜からの基準値違反、平成14年秋、国内野菜での無登録農薬の使用に端を発した国民の食の安全・安心への関心の高まりはその後のBSE問題等とともに上昇の一途をたどってきている。そのような中、平成15年5月30日に食品衛生法の改正が行われ、3年以内のポジティブリスト制への移行が国会にて決議され、本年5月29日がその施行日となった。
 この3年間に厚生労働省からは暫定基準案が1次案、2次案、最終案と示され、平成17年11月29日(食安発第1129001号)において799項目の農薬等の基準設定と一律基準(0.01ppm)が告示された。一方で国立医薬品食品衛生研究所を中心にこれらの基準値への適合を検査する試験法が同時に検討され公表された。今回の改正にあたっては非常に多くの農薬等について迅速に検査を実施する目的より、通知の試験法も一斉分析法を中心としたものとなっている。また、平成18年3月31日には「平成18年度輸入食品等モニタリング計画」の実施について(食安輸発第0331006号)が発表され、農産食品及びその加工品に関しては447項目の検査を行うことが公表され、一斉分析法への期待は日を増すごとに高まってきた。
 しかしながら、現状の一斉分析法には課題も多く、受託する検査機関においてもその内容や体制はさまざまである。また、効率的・効果的に検査を行うにあたっては検査を依頼する立場にある方々にも検査を正しく理解する必要があると考えられる。
 今回は登録検査機関としてこの3年間に厚生労働省の確認試験等に一端ではあるが関わってきた立場として、私どもの取り組みの事例紹介と効率的・効果的検査のための一斉分析を中心とした提案をさせていただく。
効率的・効果的な検査を行うために
 ポジティブリスト制度は検査を義務付けた法律ではないが、残留の有無や規格基準の適合などの確認には化学的論拠として検査が必要なのも事実である。必要な情報を収集し、検査を有効に利用していくことが肝要であり、そのための方法を以下に提案する。
〜検査を依頼する立場として〜
検査の目的
 検査をどういった目的を達成するために行うのかをまず明確化し、それにあわせた検査を行うことが必要である。目的としては以下のような形が推測される。
→ リスク調査
使用履歴農薬などの情報トレースができない場合がこれにあたる。どこにそのリスクが潜んでいるかを洗い出すための検査。
→ モニタリング
使用履歴農薬などの情報をある程度は掴んでいるが、その管理レベルなどが疑わしく、使用履歴農薬以外のものが使われる可能性が高いような場合など、想定から外れたリスクがないかを確認するための検査。
→ 管理
使用履歴農薬は完全に掴んでおり他の農薬が使用される可能性は極めて低いが、その使用方法などに逸脱がないかを確認すための検査。
検査項目の選定
 検査目的に合わせ、優先順位を決めて検査項目を絞り込む必要がある。論拠を持って絞込みが出来れば検査コストを抑えることが可能であり、もしくは同じコストの中でより多くの試料に対しての検査が可能となる。(別紙1
→ 国産食品
・ その食品(作物)の使用履歴農薬
・ その食品(作物)の生産地(農地)や近隣で使用される農薬(ドリフト)
・ その食品(作物)に登録があり、収穫直前まで使用される農薬
・ その食品(作物)において検出事例・違反事例の多い農薬
・ その食品(作物)において数値基準を持つ農薬
→ 輸入食品
・ (その食品(作物)の使用履歴農薬)
・ その食品(作物)において検出事例・違反事例の多い農薬
・ その食品(作物)の産出国において検出事例・違反事例の多い農薬
・ その食品(作物)において数値基準を持つ農薬
検査機関の選定
 検査を受託する検査機関もその検査の内容、体制は様々である。検査機関を選択する目を養うことも重要である。以下のような事前質問を行うことにより、費用はかからず判断が容易に出来る。
→ 保有分析機器
精度を確保した一斉分析を行うには現在ではGC/MS(/MS)、LC/MS(/MS)は最低限必要。さらに各種検出器のGC(HPLC)があることが望ましい。
→ 試験操作
バリデーションの有無とその行い方、内部精度管理の方法など。
→ 確認試験方法
単一測定条件のみでの結果では誤認の可能性がある。検出の報告をするまでの確認手段とその方法。
→ 成績書記載事項
検出限界、代謝物と規格基準の関連などが判断できるか
→ 客観的評価
FAPAS、財)食品薬品安全センター等の外部精度管理への参加と結果の状況
ISO 9001、17025の取得有無、登録検査機関(命令検査の受託実績)
検査試料の取り扱い
→ 全体を代表する試料の採取
農作物の場合、散布状況やドリフトなどの影響を考慮し、多地点からの採取がされているか。輸入食品などの場合、膨大なロットの1部分から採取していないかなど検査を行いたい全体を代表する試料を採取する必要がある。
→ 移送・保管時のコンタミネーション
検査試料ごとに隔離されているか、検体を入れている袋、箱などに汚染はないかの確認が必要である。非意図的に汚染が起こると食品そのものは不適ではなかったのに検査結果は不適となってしまう。
検査機関との情報交換
 使用履歴農薬や加工食品における原材料などを検査機関と情報交換を行うことにより、検査結果の迅速な判断と評価が可能となる。
〜検査依頼を受ける立場として〜
検査手段の選択
 一斉分析法と個別分析法を相互に組み合わせ、精度面とコスト面でのパフォーマンスの高い検査の提案が必要
精度の高い検査供給
→ 一斉分析法
多成分を検査する方法、物性は様々な物質を同時に測定する検査法であるため、試料の特性によっては精度を高く測定するには個別分析法以上に難しさが伴う。よって、精度確保のための種々の取り組みが必要。
→ 個別分析法
ターゲットを絞っての検査法であるため一般的には試料の種類によらず一斉分析法よりも精度の高い検査が容易である。また、規格基準との比較には測定対象化合物が複数有る場合もあり、個別分析が必要な場合もある。(別紙2
→ 管理
使用履歴農薬は完全に掴んでおり他の農薬が使用される可能性は極めて低いが、その使用方法などに逸脱がないかを確認すための検査。
検査試料の取り扱い
→ 検査対象部位の採取
食品衛生法において定められた試験部位での検査(茶の取扱い:別紙3)。
確実な均一化。
→ 検査試料の保管
依頼時点での状態での保管(測定対象物質の固定)、検査室コンタミネーションの排除。
検査結果に対する知見及び依頼者への報告
 検査結果からの情報、使用履歴の情報、過去の検出事例等と規格基準とを総合的に判断した知見の報告が必要。
一斉分析法について
 ポジティブリスト制度に対応した検査を低コストで実施するには一斉分析法が必要不可欠であるが、先に述べたように精度の良い一斉分析法の構築は個別の農薬にターゲットを絞った精製法を用いる個別分析法に比べ非常に難しいのが実際である。その一斉分析という文字、語感からくる容易なイメージとは相反すると言っても過言ではない。通り一遍の一斉分析法では判断が出来ないときにはターゲットを絞りなおした再精製や個別分析を用いなくてはならないケースも多々出てくる。また、一斉分析法では個別通知試験法での測定対象化合物の全てを網羅できないケースや測定機器の変更に伴う不整合をもたらすケースもある。よって、一斉分析法はその技術的精度確保とともに用いる分析法において、農薬項目ごとの適切、不適切を正しく理解しておくことが重要である。
厚生労働省通知 一斉試験法について
 平成17年11月29日食安発第1129002号において厚生労働省からGC/MSもしくはLC/MSによる「一斉試験法」が通知された。H15年に国立医薬品食品衛生研究所が一斉試験法案を提示、その後3年にわたり都道府県等衛生研究所、登録検査機関の確認試験等を経て通知に至ったわけであるが799品目の基準値制定とその試験法の構築のため厚生労働省もしくは国立医薬品食品衛生研究所も多忙を極めたと想像され、今回の一斉試験法にはかなりの留意点もあり(別紙4)、実際の使用には注意が必要である。また、検討に用いられたものは7作物に限定され、これ以外の作物や加工食品への適応の可否は検討されていない。実際に使用に耐える試験法とするにはこれを基幹フローとし、別途対象検体の特性別の追加精製等が必要と考えられる。
通知試験法について
 厚生労働省の一斉試験法は通知試験法である。全食品に対して「不検出基準」を持つ項目の場合と一部の食品に「不検出基準」を持ち、該当食品を検査する場合の「告示試験法(他の試験法の使用は認められない)」と違い、通知試験法は「通知する試験法以外の方法によって試験を実施しようとする場合には、通知試験法と比較して、真度、精度及び定量限界において、同等又はそれ以上の性能を有するとともに、特異性を有すると認められる方法によって実施するものとする。」とされ、変更可能とされている。先にも述べたように今回の厚生労働省通知の一斉試験法においては特に独自の追加精製が必須となると考えられる。しかしながら実際に同等以上の評価方法については明記されておらず、各検査機関によってその解釈は様々である。「分析法の評価ガイドライン」の策定が必要である。
分析法の評価
 前記の「分析法の評価ガイドライン」は現在、厚生労働省で策定中とのことである。現在は過去に厚生労働省の以下のガイドライン及びEU、IUPACなどのガイドラインを参考に行っている。
・ 平成9年4月1日衛食第117号「食品衛生検査施設等における検査等の業務の管理の実施について」別添「精度管理の一般ガイドライン」
・ 緊急時における蓄水産食品中の新たな残留物質に関する検査法迅速作成ガイドライン(別紙5
・ Harmonized guidelines for single-laboratory validation of method of analysis (IUPAC technical report:Pure Appl.Chem.74(5)、835-855(2002)
・ Quality control procedures for pesticide residue analysis (Document No.SANCO10476/2006)
当検査室での一斉分析の実際
 多種多様な物性を持つ化学物質を1つの試験法での評価は無理が大きい。よって、当検査室では一斉分析法で検出の疑いのないものを早期に見つけ、検出の疑いがあるものへの検査精度集中が重要だと考えている。
前処理について
 厚生労働省一斉試験法を基本とする。分析法の事前バリデーションは厚生労働省の一斉試験法評価もしくは緊急時における蓄水産食品中の新たな残留物質に関する検査法迅速作成ガイドラインに準じた手順でおこなう。ただし、添加回収試験で得られた評価は以下のように取り扱い、事前確認としている。
回収率(%) 分析法の使用基準
〜50 使用禁止
50〜70 スクリーニング結果として使用可能
70〜120 定量結果として使用可能
120〜 スクリーニング結果として使用可能
 また、原則は事前に全ての食品においてのバリデーションが必要であるが、現実的には不可能なため事前バリデーションを行っていない食品に関しては、検査時に試料への添加回収試験を行い、特異性、回収率を確認している。
 なお、添加回収試験が70〜120%に入らなかった場合でも50%以上の回収率が得られ、検出の疑いがない場合は採用する。定量が必要な場合は必要な処置(追加精製、希釈、個別分析)を取り、定量結果の採用可能な回収率70〜120%での測定をおこなう。
追加精製
 一斉分析においてはターゲットを絞った精製が出来ないこともあり、試料成分が定量値に大きく影響を及ぼすことがある(いわゆるマトリクス効果)または測定上の妨害物質となることがあるため、検出の可能性がない物質を測定した後は検出が疑わしい物質にターゲットを絞っての追加精製が必要となる。この中でもある程度の汎用的な精製としてGPC(分子量分離)、SAX、PSA(イオン交換)、ヘキサン/アセトニトリル分配などを組み合わせる必要がある。実際にはこれらの測定対象成分の溶出試験等を事前に行い、ターゲット物質に効果的な精製工程を選び出す必要がある。
一次測定
 GC/MS、LC/MS/MSに注入し、一次測定結果を得る。ここで検出の疑いのない物質の選別を行う。各測定での留意点は以下のようである。
→ GC/MS測定
試料溶液と添加回収試験溶液のクロマトグラムと比較しながら主要フラグメントイオン(もしくはスペクトル)を評価する。検出の際は確認試験を行う(必要があれば追加精製)。
→ LC/MS/MS測定
試料溶液、添加回収試験溶液及び試料溶液への標準溶液添加を行ったもの(以下スパイク溶液とする)をそれぞれ評価する。LC/MSではイオン化抑制といった現象が顕著に見られるため、スパイク溶液においてイオン化抑制の有無をまず確認する。イオン化抑制での評価を確認し合わせ添加回収試験の結果と試料溶液を評価する。MS/MS測定での主要フラグメントイオン(もしくはスペクトル)を評価する。検出の際は確認試験を行う(必要があれば追加精製)。
確認試験
 GC/MS測定では別液相カラム(極性、液相種を変更)の測定を持って確認試験とする。ただし測定対象物質と食品の組み合わせによっては測定対象の官能基にあわせた測定の方がその存在の有無の判断には有効である場合がある。スパイス、ハーブ等の芳香性の高い食品、油分の多い食品などの中の有機塩素系農薬、合成ピレスロイド系農薬等はGC(ECD)、有機リン系農薬はGC(FPD)、含窒素系農薬GC(NPD)の測定はMS測定よりも有効な場合も多い。
 LC/MS/MSでの測定では、逆にHPLCでの確認作業では不都合な点が多い、選択性の低いUVでの測定に頼ることになり、またHPLCのカラムでの分離能はGCのそれに及ばない。よって、LC/MS/MSの確認試験は基本的にはMS測定での確認になるため慎重に取り扱われるべきである。MS/MS測定でのフラグメントイオン(スペクトル)での評価、移動相を変更する、ポジティブ及びネガティブでの測定結果をイオン化抑制等がないことを常に確認しながらの確認作業となる。
総合評価
 以上で得た測定結果から総合的な評価を行う。測定結果からの評価は3条件以上での測定結果の一致を持って数値結果とする。これを各種の情報(該当食品の規格基準、適用農薬、使用履歴農薬、産地(輸入国)、検出事例)との比較を行い評価する。また、違反事例になる場合で個別通知試験法がある場合は積極的にこれを用いる。
精度管理
【内部精度管理】
→ それぞれの試料個々への添加回収試験
全ての食品においてバリデーションが不可能であるため、個々への添加回収試験は不可欠である。個々の評価とともにデータの蓄積による次回以降への判断の情報の一つとして利用
→ 物性に特徴のある(揮発性、脂溶性、水溶性など)数種のサロゲート物質添加による工程管理
前処理工程で人的なミスが無かったかの確認のために使用。
→ ブラインドテスト
定性的、定量的な日々の技能を評価するため、検査室の責任者が一斉分析項目の中から数項目を選び添加した試料を検査する。添加数、添加量は検査員に伏せた形で実施する。
【外部精度管理】
 外部精度管理の参加により総合的な外的評価を得、ルーチン作業に問題が無いことを確認する。
→ FAPAS(3〜4回/年)
→ 食品衛生外部精度管理調査 財団法人 食品薬品安全センター 秦野研究所
標準品標準品管理・標準溶液管理
 標準品及び標準溶液の管理は非常に手間がかかる作業であるが正しい検査結果を提出するための根幹であり、試験操作が正しく行われても測定結果が正しくはならない。また、混合標準溶液では溶解物質の相互影響、溶媒相性などがあり注意が必要である。
→ 新旧調製標準溶液での検定
調製時の人的ミス(ピペット、フラスコの選択違い)の確認、相互影響、溶媒相性の確認。
→ 自検査室で調製を行った標準溶液とメーカー保証の標準溶液との検定
メーカーで調製された濃度保証の標準溶液と自検査室での調製標準溶液の濃度検定を確認する。
→ FAPAS結果からのフィードバック
FAPASでのzスコア結果とその時の回収率等を勘案し、標準溶液の不具合の可能性を確認する。
終わりに
 ポジティブリスト制度の施行を迎え、今最も必要なのは検査依頼を出す側と受ける側の双方の「リスクコミュニケーション」ともいえる情報交換だと考えられるが、現在までその機会はほとんどなかったといえる。検査はリスク管理の一つの道具という考えから、お互いの情報を持ち寄り、お互いのことを良く理解し、効率的・効果的な検査を行うことにより、ポジティブリスト制度への対策を考えることが、この荒波を超える一番の近道ではないだろうか。
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