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SDGsと温暖化ガス削減を見据えた食料システムの変革
国立医薬品食品衛生研究所
名誉所員 米谷 民雄

1.はじめに

2022年が明けた。新年はどのような年になるであろうか。同じ数字が3つ並ぶめずらしい西暦であるが、百年に一度の災害が起こらず、2年間のコロナ禍から解放されるよい年になってほしいものである。

さて近年、地球温暖化問題では2030年や2050年を目処にした対策が世界的な課題となっており、それに関連して食料問題も議論されている。筆者は旧環境庁の研究所から厚労省研究所の食品部門に異動した経歴もあり、地球温暖化と食料問題の両方の動きに注目してきた。そこで本稿では、世界的な課題である地球温暖化とそれに関連して提言されている食料システム(フードシステム)の変革について、関係する事項とともに最近の動きをまとめてみた。

2.地球温暖化への国際的な対応-温暖化ガス排出削減

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2021年8月9日に、第6次評価報告書(AR6)第一作業部会報告書(自然科学的根拠)を公表した。世界の気温が産業革命前に比べ、2021~40年には1.5℃上昇するとしている。また、この温暖化が人の活動が原因であることは疑う余地がないと、IPCCの報告書では初めて断定した。パリ協定での目標は、2030年での平均気温の上昇が産業革命前より「2℃を十分下回る」であり、「1.5℃以下」が努力目標である。AR6では2011~2020年の平均気温が、産業革命前から既に1.09℃上昇しているとしている。1850~2019年の人為起源CO2排出量は累計2390±240ギガトンCO2に達しており、もし気温上昇を1.5℃に抑えるならば約500ギガトンCO2(50%の確率)しか残されていないとしている1)

3.CO2以外の温暖化ガス

国連気候変動枠組条約(UNFCCC)では、CO2、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)の他、オゾン層破壊物質でない代替フロン等4ガスのハイドロフルオロカーボン(HFC)、パーフルオロカーボン(PFC)、六フッ化硫黄(SF6)、三フッ化窒素(NF3)の7種ガスについて、先進国に1年間に自国で排出・吸収した量を提出するよう義務づけている。なお、HFCはオゾン層を破壊しないが温室効果が強いため、2016年のキガリ改正からオゾン層保護のためのモントリオール議定書でも規制されている。

CO2を基準にした他の温暖化ガスの温暖化能力は地球温暖化係数(GWP)と呼ばれる。各ガスの寿命が異なるため、一般的には100年の影響を考えた数値が用いられる。CH4のGWPは25(IPCC第4次報告書:AR4)や28(AR5)、N2Oは298(AR4)や265(AR5)の値である。CO2以外の温暖化ガス量をCO2換算値に変換する際のGWPとしては、京都議定書第二約束期間(2013~2020年)ではAR4値が用いられていたが、2020年運用開始のパリ協定ではAR5値が採用されたようである2)。産業革命後に人為的に排出された温暖化ガスの温暖化への寄与率は、CO2が約6割、CH4が2割、N2Oが6%ほどである。一方、現在の日本では、CO2が9割以上となっている。

3-1)CH4の発生源と国際的な対応

我が国での2019年度におけるCH4の人為的発生源は農業分野(稲作・家畜)が78%で、その他は廃棄物や燃料燃焼などである3)。自然発生源には湿原・湖沼などがある。近年では永久凍土の融解による発生も懸念されている。

CH4排出削減の国際的な動きとしては、グローバル・メタン・プレッジ(GMP)がある4)。2021年9月17日に米国主催の「エネルギーと気候に関する主要経済国フォーラム」で、バイデン大統領が公表した米国・EU主導の協定である。世界全体のCH4排出量を2030年までに20年比で30%削減することを目標にしている。各国に個別の目標設定を求めるのではなく、世界全体の削減目標として設定している。UNFCCC のCOP26で正式に発足したが、日本はそれ以前から加入を表明していた。

3-2)N2Oの発生源と国際的な対応

N2Oは地球温暖化の観点からは第3のガスであるが、加えて重要なのはオゾン層破壊物質でもあることである。オゾン層破壊物質は1987年採択のモントリオール議定書でフロン類が規制されて以降減少しており、その対象外であるN2Oが今後オゾン層破壊物質の主となるのではと懸念されている5)

我が国での2019年度におけるN2Oの排出量は農業分野(畜産を含む)からが全体の47%で、燃料燃焼や廃棄物関連も約50%を占めている3)。農業での窒素肥料の大量使用は野菜中の硝酸塩濃度を上昇させるだけでなく、脱窒細菌により硝酸イオンがN2に変わる過程で生成するN2Oが大気中へ放散される。

2NO3- ➝ 2NO2- ➝ 2NO ➝ N2O ➝ N2
また、硝化細菌がNH4+を硝酸イオンに変える過程でも、一部がN2Oとして排出される。

N2Oは実験室での金属分析で高温用N2O-アセチレン炎として使用されるが、筆者は笑気ガスの別名をもつN2Oの青色ガスボンベを開けるたびに、気分までブルーになったことを想い出す。

4.日本の削減目標と実行計画

2021年10月22日に第6次エネルギー基本計画が閣議決定された6)。2030年度の電源に占める再生可能エネルギーの比率を19年度の18%から36~38%に高めるとともに、原発は20~22%としている。また、温暖化ガスを発生しない水素やアンモニアで1%としている。一方で、化石燃料による火力発電を41%とし、その中でCO2排出量の特に多い石炭火力発電を19%と見込んでおり、廃止時期などは決めていない。COP26議長国の英国ジョンソン首相は石炭火力発電について、先進国には2030年までの廃止を求めていた。COP26では最終的に「石炭火力発電は段階的削減」という表現で合意されたが、日本の石炭火力発電の世界最高の発電効率など、我が国の実情をもう少し発信してほしかった。

政府の地球温暖化対策推進本部が2021 年10月22日に決定した温暖化ガス排出削減目標は、2030年度に排出量を13年度比で46%削減するというものである。その中でCH4については2030 年度までに13 年度比で11%削減することも掲げている7)。日本はこれまでにCH4排出削減で成果をあげ、排出量は米国の約 1/23、EU の約1/15であり、人口一人当たりでは米国の約1/9、EU の約1/4と低水準を達成している4)。そこでこれまでの実績からCH4の削減においては、米国・EU主導のGMPであっても、日本がリーダーシップを発揮することが期待される。

また、N2Oについては17%削減が目標である7)。CH4、N2Oとも農畜産業からの排出が多いため、削減に向けては我が国においても食料システムの変革が必要となる。

日本は2050年までにカーボンニュートラル(温暖化ガス排出量正味ゼロ)にすると公表している。CO2だけでなく、3.で述べた7種のガス全体で排出量が正味ゼロであり、厳しい目標である8)。しかしこれを制約ではなく成長の機会とする、政府の「グリーン成長戦略」に大いに期待したい。

5.畜産業による温暖化ガス排出

2013年にFAOは、人類による温暖化ガス排出の14.5%が畜産業に由来すると報告した9)。特に牛肉生産による環境負荷が大きく、米国農務省のデータを使った2014年の研究報告によると、牛肉は他の家畜カテゴリーよりも28倍広い土地と11倍の灌漑水を必要とし、温暖化ガス排出量も5倍多いため、最も資源効率が悪いとしている10)。また、牛は餌を胃中微生物で発酵させ消化を容易にしているが、その際発生するCH4をゲップとして大気中に排出するため、CH4の観点でも牛肉は問題視されている。

さて2021年3月8日付で、学術誌Natureの食品関連姉妹誌Nature Foodにおいて、2015年の世界の温暖化ガス(CO2, CH4, N2O,フロン類)排出量のうち、食料システムによるものが34%を占めており、そのうち71%が農業や土地利用などに起因すると報告された11)。論文では、世界中の国における食料の生産・梱包・流通・食品廃棄物処理までの全過程を網羅した試算であると述べている。

このNature Foodは2020年1月に、Nature CancerおよびNature Reviews Earth & Environmentと共に創刊された学術誌である。本稿のテーマに関連する2分野を含めた近年注目の3分野で、新しい学術誌が加わった。食品分野の研究者は、Natureの名を冠する学術誌が加わり喜んでいると思われる。さっそく第2号の2020年2月号には、日本からの論文が掲載されている。

同じNature Foodでは2021年9月13日付けで、動物由来食品生産による温暖化ガス排出量は植物由来の2倍であると報告された12)。2010年頃の食料生産による世界の温暖化ガス排出量のうち、57%が動物性食品、29%が植物性食品の生産によっているとしている。

6.食料システムの変革に関する最近の国際的動き

温暖化ガス削減や食料関連のSDGsを達成するためには、食料システムを持続可能なシステムに変革する必要があり、この観点に立つ国際的な動きがあった。

6-1)EAT-Lancet Commissionの提言

2019年1月のLancet誌でEAT-Lancet Commissionが、2050年までに誰もが栄養豊富な食事をとるためには、持続可能な食料システムを確立し、それによるhealthy dietsに移行することが必要だと提言した13)。EAT-Lancet Commissionは、EAT(オスロ拠点のNPO法人)が中心となりLancetと共同実施した事業で、多方面の研究者が参加しており、38名連名の論文である。食料システムは食料の生産、加工、輸送、消費、廃棄にまで広がる概念であり、数十億人の健康や地球の環境を守るためには、世界が持続可能な食料システムによるhealthy dietsに転換することが必要だとし、そのための戦略を解説している。食事内容としては肉や砂糖を半分以下にし、野菜、果実、豆類などを倍以上にするなどの内容である。

6-2)FAO・WHOの指導原則

同じ2019年にFAOとWHOが、食料システムの変革により持続可能で健康的な食事を提供するための指導原則を公表した14)。食料システム変革に取り組む各国を支援し、SDGs達成に寄与することを目的としている。

6-3)SOFI2021年報告書

2021年7月12日に「世界の食料安全保障と栄養の現状(SOFI)2021年報告書」が発表された15)。このSOFIは元々FAOの報告書であるが、現在では国連の5機関の共同制作となっている。新型コロナウイルスにより世界の飢餓人口は2020年に7億6800万人(推定の中間値)と前年より1億1800万人急激に増加し、SDGs最終年の2030年でも6億6000万人未満が飢餓に直面していると推定している。報告書では、飢餓増加や栄養不良への対応として、食料システム変革に向けた提言を行っている。

6-4)国連食料システムサミットの開催

2021年9月23日からオンラインで「国連食料システムサミット」が開催された。SDGs達成には持続可能な食料システムへ転換することが必要だとし、国連主催で開催された。24日には当時の菅首相が我が国の取組を述べると共に、12月に「東京栄養サミット2021」を主催し、世界の貧困と飢餓の撲滅、人々の栄養改善に向けて、国際的な取組をリードしていくことを表明した16)

6-5)東京栄養サミット2021

「栄養サミット」は2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックをきっかけに、英国が始めた栄養改善に向けた国際的な取組で、2013年にロンドンで開催され、2016年にリオでも開催された。そこで2017年12月の「UHCフォーラム2017」で、当時の安倍首相が2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会開催に合わせて、東京で栄養サミットを開催すると公表した。UHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)とは「全ての人が生涯を通じ適切な保健医療サービスを負担可能な費用で受けられる状態」を意味し、SDGsの目標3「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」(外務省仮訳)の中で、その達成が求められている。

東京栄養サミットはコロナの影響で東京五輪と共に1年延期され、2021年12月7-8日に開催される。そのテーマの中には、「健康的で持続可能な食料システムの構築」も含まれている。本稿提出後の開催であるが、実りあるサミットになることを期待している。

7.代替食の可能性-植物肉・培養肉や昆虫食

畜産による環境負荷増大、SDGs推進、食生活の多様化などの理由から植物肉が普及し、さらに人口増加による食糧難に対しては昆虫食も注目されている。植物肉は大豆などの植物由来の肉であり、大豆が主流で大豆ミートとして流通している。動物の可食部細胞を培養する培養肉もできつつあるが、価格と食感がどうかであろう。

昆虫食については、イナゴの佃煮などは昔から国内で流通してきた。昆虫は栄養価が高く、粉末を食品に添加することも有用である。昆虫食が再認識されるようになったきっかけは、「昆虫は食料や飼料になり得る」とした2013年のFAOの報告書17)であろう。昆虫食は低生産コスト、高栄養価(タンパク質や鉄分が多い)、短飼育期間の利点を有している。

食用昆虫の安全性については、寄生虫や昆虫毒、アレルギーなどが問題になろう。具体的な安全性評価については、EFSAが2021年1月13日に報告したのが最初であろう18)。2018年1月に発効したEUの新規食品規制のもとでの、最初の昆虫由来食品の評価である。許可申請され評価された昆虫食は「乾燥したイエローミールワーム(Tenebrio molitor larva)であった。ミールワームはこれまでも餌として用いられており、FAOの報告書17)でも昆虫食の代表としてデータが示されている。今後EUでは、Acheta domesticus (ヨーロッパイエコオロギ)やLocusta migratoria(トノサマバッタ)なども市場に出てくると予想される。

8.真鍋博士がノーベル物理学賞を受賞

2021年のノーベル物理学賞受賞者に、米国プリンストン大学の真鍋淑郎博士が選ばれた。温暖化予測の礎を築いた研究をされ、これまでも海外の賞を受賞されていたが、国内では1992年に旭硝子財団の第1回ブループラネット賞19)を受賞されている。この賞は地球環境問題の解決に貢献のあった個人・組織に授与される賞で、多くが海外の受賞者である国際的な賞である。

本稿に関係する研究者も受賞されており、2015年(第24回)には国連事務総長特別顧問としてSDGsの策定に携わられたサックス教授(コロンビア大学地球研究所所長)が受賞されている。SDGsは翌2016年から2030年の目標であり、策定年に受賞された。国連大学のウ・タント国際会議場で「Meeting the challenge of the sustainable development goals」と題した受賞記念講演20)があり、筆者も聴講した。食品関係者もSDGsを熟知しておく必要があると考え、本メルマガ2016年1月号2017年1月号で、SDGsを紹介した次第である。

また2020年には、6-1)で述べたEAT-Lancet Commissionのメンバーであり、食-健康-環境について地球規模の問題として取り組んでこられたティルマン教授(ミネソタ大学)が受賞されたが、この2年間はコロナ禍のため公開の受賞記念講演がなかったのが残念である。

9.おわりに

入稿期限から、昨年12月の東京栄養サミット2021やその他の動きについては触れられなかった。またテーマとした食料システムの変革については、それが食品の生産・輸送・消費・廃棄までの広範な分野に及ぶため、全体の動きをカバーすることができず、最近の大きな動きの紹介のみになってしまった。今後、SDGsの達成や地球温暖化への対策から、食料システムの変革が世界的にますます重要になるであろう。本稿が食料システム変革についての関心をより高める契機にでもなれば幸いである。

参考文献
略歴

大阪で西天満小学校から北野高校まで、京都大学(薬学)で博士課程まで学ぶ。筑波研究学園都市の旧環境庁国立公害研究所及び米国カンザス大学メディカルセンターでの有害金属の生体影響に関する研究の後、世田谷の厚生労働省国立医薬品食品衛生研究所に勤務。食品添加物部室長・部長及び食品部部長として、既存添加物制度や農薬等ポジティブリスト制度の確立に研究サイドの中心として対応。2010-2013年静岡県立大学食品栄養科学部特任教授として、茶中残留農薬の研究を実施。2009-2010年度(公社)日本食品衛生学会会長。令和元年春に受勲。

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