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今後の輸入食品の増加と食の安全・安心
国立医薬品食品衛生研究所
名誉所員 米谷 民雄

1.はじめに

21世紀も15年が経過し、昨年には次のスパンにおける世界変動の予測や、食料を含む国際的な行動計画が示された。新年を迎えるにあたり、その内容を振り返ると共に、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)正式発効後に予想されている輸入食品の増加と食の安全・安心について私見を述べさせていただく。

2.2050年の人口と食料問題

21世紀の今後の食料問題については、国連による予測が報告されている。昨年(2015年)5月の発表では、世界の飢餓人口(栄養不足人口)は途上国の経済発展により、7億9500万人(人口の10.9%)と、この25年間で最低になったという。一方で、21世紀半ばの2050年には、世界の人口は現在の73億人から97億人に増加するという。出生率の上昇によるよりも、寿命の伸びによる寄与が大きいらしい。WHOによると、2050年には1人当たりの肉の消費量が25%増加すると予想されている。この人口増加と生活水準の向上により、2050年には単純計算でも、世界の食料生産を5割近く増加させる必要がある。

3.これからの国際的行動計画(持続可能な開発目標)

昨年(2015年)9月の国連総会の開幕サミットで、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択された。2030アジェンダの中では、2016年から2030年までの開発と環境保持に関するグローバルな「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals、SDGs)が、17分野で提示されている(表1)。その中の2番目の目標にFoodと関連した「End hunger, achieve food security and improved nutrition and promote sustainable agriculture」(飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する(仮訳))があげられている。
 日本は食料を大きく海外に依存しており、グローバルな協定には積極的に関わらねばならない。産学官民すべてが、課題解決に向けて積極的に行動することが求められている。
 なお、研究分野を主とする国際活動としては、国際研究プログラム「フューチャー・アース」が2013年から始まっている。2025年までに達成すべき8つのチャレンジの中には、「すべての人に水、エネルギー、食料の提供」もある。昨年11月にフューチャー・アースの会議が日本で開催されたが、詳細については省略する。

表1.2015年に国連で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」
(持続可能な開発のための 2030アジェンダより)

目標1. あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる

目標2. 飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する

目標3. あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する

目標4. すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する

目標5. ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児の能力強化を行う

目標6. すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する

目標7. すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する

目標8. 包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する

目標9. 強靱(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る

目標10.各国内及び各国間の不平等を是正する

目標11.包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する

目標12.持続可能な生産消費形態を確保する

目標13.気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる*

目標14.持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する

目標15.陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処、ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する

目標16.持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する

目標17.持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する

*国連気候変動枠組条約(UNFCCC)が、気候変動への世界的対応について交渉を行う基本的な国際的、政府間対話の場であると認識している。

外務省ホームページより
(公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)作成による仮訳をベースに外務省が編集)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000101402.pdf

4.TPPにより今後は輸入食品が増加?

昨年(2015年)10月にTPPが大筋合意された。いつ正式発効するかは、皮肉にもTPP交渉を牽引してきた米国における議会の対応や大統領選の結果次第のところがある。しかし、わが国では正式発効を前提に、すでに大きく動き出している。わが国ではコメ、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖の重要5項目以外の交渉状況についてはあまり関心がもたれなかったこともあり、大筋合意後に多くの農産物の関税が即時撤廃や段階的に撤廃されることがわかり、関係者に不安が広がった。
 TPPによる関税の撤廃で、輸入食品の価格は若干下がりそうで、輸入量は若干増加すると予測されている。しかし、長期的には人口減少により、このままでは国内市場は縮んでいってしまう。
 このTPPの交渉過程で米国のルールが押しつけられ、わが国の食の安全がゆらぐのではと懸念する声も出ていたが、わが国の「食の安全」に関する基準や制度はTPP正式発効後も維持されると、政府は説明している。参加各国は、農薬、食品添加物、遺伝子組換え食品、食品表示等の基準を、SPS協定(衛生植物検疫措置の適用に関する協定)に則って、自国で決めることができるという。世界的なSPS協定に従うのは当然のことである。GATTウルグアイ・ラウンドの交渉で、わが国は「コメは一粒たりとも輸入させない」と意気込んでいたが、その裏ではこのSPS協定の交渉も進んでいた。今回のTPP交渉での重要5項目死守の陰で、驚くような合意がなされていなければよいのだが。

5.輸入食品の増加と食の安全・安心

1)輸入食品検査

輸入食品の増加で消費者がまず懸念するのが、残留農薬、食品添加物、遺伝子組換え食品である。実際の食品安全の観点からは、細菌、カビ毒、貝毒などの方が心配であるが。
 食の安心の観点からは、輸入食品の件数・量が増えても、輸入食品がきちんと検査されていると納得できることが望ましい。厚生労働省の輸入食品監視統計によると、輸入届出件数に対する検査された件数の割合は、平成21年度の12.7%から12.3%(H22)、11.1%(H23)、10.2%(H24)、9.2%(H25)、8.8%(H26)と、連続して下降が続いている。届出件数の増加による部分も多いと思われるが、今後さらに輸入件数・量が増加した時の検査比率の低下が懸念される。全届出件数が急激に増えるとは考えられないため、急に比率が低くなる可能性は少ないが、食の安心のためには現状維持か上昇を期待したい。加えて、今のモニタリング検査を基本とするシステムにより、輸入食品の安全が確保されていることを、消費者に十分納得してもらう必要がある。
 遺伝子組換え食品については、今後もさらにリスクコミュニケーションが必要である。遺伝子組換え食品に関しては、わが国で安全性審査が終了した品種のみが流通を許可されている。検査をしているのは安全性に懸念があるからではなく、安全性審査が終了していない遺伝子組換え食品がないか、食品表示が正しいかを調べるためであることを、消費者に十分理解してもらう必要がある。
 以上のほかに、知識の豊富な消費者から質問を受けるのが、輸入牛肉中の合成ホルモン剤である。BSE問題からの続きで、米国産牛肉が特に注目されているが、豪州産も例外ではない。また、米国産製品では遺伝子組換え操作で得られた牛成長ホルモン(rBGH)についても、特に乳製品で不安視されている。TPP合意により輸入食品が増加すれば、注目度が増すかもしれない。
 欧米人に比べると日本人はセロトニン受容体の数が少なく、さらにセロトニントランスポーター遺伝子がS型、特にSS型の人が多いという。そのため、日本人には心配症の人が多いといわれるが、逆に、良く考えて行動する方向に向かえば利点になる。食の安心のためには、リスクコミュニケーションにより正しい情報を脳に送り、適切に判断する習慣をつけていくことが重要であろう。

2)食品表示の拡充

輸入食品の増加が予想されるなか、食品表示を所管する消費者庁が農林水産省と共同で、産地表示を義務付ける加工食品の対象を拡大する方針であるという。消費者にとっては商品選択のための情報が増えるが、事業者側の実務負担は確実に増える。加工食品の区分わけの難しさなどから、規制内容が複雑になりそうで、またまた食品表示法(内閣府令の内容)が話題になりそうである。

6.食品安全とミラノ市

昨年(2015年)、ミラノ市と関わる食品関連のニュースがいくつかあったので、まとめておく。

1)ミラノ国際博覧会

昨年(2015年)5月1日~10月31日に開催されたミラノ国際博覧会(EXPO Milano 2015)の全体テーマは「Feeding the Planet, Energy for Life」(地球に食料を、生命にエネルギーを(仮訳))であり、サブテーマの1は「Science and technology for food safety, security and quality」(食料の安全、保全、品質のための科学技術(仮訳))であった。「Harmonious Diversity」(共存する多様性)をテーマに出展した日本館は人気No.1だったらしい。

2)EFSA科学会議

このミラノ国際博覧会の会期終盤にあたる10月14~16日に、ミラノでEFSAの第2回科学会議が「Shaping the Future of Food Safety, Together」(一緒に、食品安全の将来を作ろう(仮訳))のスローガンで開催された。

3)都市食糧政策協定

このような折、2015年10月19日の日経新聞に、「グローバルオピニオン」として、ミラノ市長ジュリアーノ・ピサピア氏が提唱している「都市食糧政策協定」のインタビュー記事が掲載された。国家の限界を超えて都市同士が、食糧の安全保障や環境問題等で協力するというプロジェクトで、日本からも大阪市、京都市、富山市が参加する見通しとのことであった。ミラノはイタリア第二の都市であるが、世界に提案できるだけのネームバリューがあるようである。

7.おわりに-今後の食料確保と食品ロスの減少-

最後に、少し話がそれるが、今後の食料安定確保に関連し、食品ロスの減少についても述べさせていただく。
 2.で述べたように、今後さらに世界の人口が増加するため、食料の安定供給が地球全体として切実な課題となる。一方、わが国では総人口の減少が続き、国全体のGDPも減少していく恐れがある。その時のわが国の経済力によっては、これまでのような食料の輸入が困難な場面もあろう。最近ではこれまでの反省もこめ、食品廃棄物(食品ロス)を減らす動きが官民で活発になっている。
 平成24年度の推計1)では、わが国の食品仕向量(粗食料+加工用)は8,464万トンで、可食と考えられる廃棄物が事業系(規格外品、返品、売れ残り、食べ残し)で331万トン、家庭系(食べ残し、過剰除去、直接廃棄)で312万トンあったという。このように、いわゆる食品ロスは642万トンと推定されている。平成26年産水陸稲の収穫量(主食用)が788万トンであるので、その多さがわかる。これは、約400万トンとされる世界の食料援助量の1.5倍以上に相当している。カロリーベースでの食料自給率39%を考えると、大変もったいないことである。
 この食品ロスは世界的にも課題になっている。表1のSDGsにおいても目標12「Ensure sustainable consumption and production patterns」(持続可能な生産消費形態を確保する(仮訳))の中で、2030年までに世界全体で1人あたりの食品廃棄を半減させることが掲げられている。EUの執行機関である欧州委員会も、2025年までに食品廃棄物を30%削減する目標を打ち出している。
 ご存じの方も多いと思われるが、昨年(2015年)9月27日の国連本部で驚くべきパフォーマンスが行われた。この日は2015年11月30日からパリで開催される国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第21回締約国会議(COP21)に向けての会合を行っていたが、昼食担当の料理人達は、現代の食生活における多大な無駄が世界的な気候変動に影響を与えていることを再確認してもらうため、食べられるが普通は廃棄処分される食材料(野菜類の絞りかす等)のみを使った料理を昼食会合で提供したという。
 京都議定書(2012年に終了し、現在は空白期間)に続く新しい枠組み作りは、6年前のCOP15(コペンハーゲン会合)で交渉が決裂しており、今回のCOP21で2020年以降の温暖化対策の枠組みが話し合われる。わが国からは安倍首相も出席する。SDGs(表1)の目標13に「気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策(仮訳)」が掲げられているが、この目標に数値目標はなく、強制力もない。一方、表1の注で優位性が強調されているように、UNFCCCでの合意は各国で批准されると法的拘束力を持つ。この文章を書いている11月末には「パリ合意」として採択されるかは不明であるが、食品ロスが気候変動につながるという料理人達の訴えかけが受け入れられ、今後、食品ロス減少と気候変動(温暖化)抑制の両方が達成されることを、新年を迎えるにあたり願っている。
 (追記:昨年(2015年)12月12日、COP21は「パリ協定」を採択した。すべての国が温室効果ガス削減に取り組むという画期的な内容である。各国に自主目標の提出などを義務付けたが、目標の達成は義務化されていない。)

引用文献・参考文献

略歴

京都大学(薬学)で学部からオーバードクターまで10年間学ぶ。環境庁国立公害研究所と米国カンザス大学メディカルセンターでの研究を経て、国立医薬品食品衛生研究所に勤務。食品添加物部室長・同部長および食品部長として、既存添加物制度や農薬等ポジティブリスト制度の確立に研究者サイドの中心として対応。2008年4月同研究所名誉所員。2010-2013年静岡県立大学食品栄養科学部特任教授。

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