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東京2020オリンピック・パラリンピックはSDGsを見据えて
食品安全と食品認証に寄与
国立医薬品食品衛生研究所
名誉所員 米谷 民雄

Ⅰ. はじめに

 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(2020東京五輪)はCOVID-19のため1年延期された。本稿執筆時(2020年11月中旬)では2021年に開催できるかも不明である。しかし、国や食品関連団体では当初の2020年7月22日開催に間に合うように、食品安全の向上や食品認証システムの普及に向けた取組を実施してきた。それらは2020東京五輪が掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)1)」への貢献にもつながっている。そこで本稿では、今一度2020東京五輪のコンセプトを振り返るとともに、この1年あまりの間に食品認証等に関連して起きた出来事について記載させていただく。

Ⅱ. 2020東京五輪とSDGs・持続可能性

 TOKYO 2020ホームページ内の「持続可能性」のセクションには、「東京2020大会の持続可能性コンセプト」2)について、「東京2020 大会は、「Be better, together /より良い未来へ、ともに進もう」をコンセプトとし、持続可能な社会の実現に向け、課題解決のモデルを国内外に示していきます。また、国連のSDGsに貢献するとともに、将来の大会や国内外に広く継承されるよう取り組んでいきます」と明記されている。このように2020東京五輪では、SDGsへの貢献と持続可能性の追求を謳っている。なおSDGsは2016年から2030年の開発目標であるが、筆者は既に2016年1月(http://www.mac.or.jp/mail/160101/02.shtml)と2017年1月(http://www.mac.or.jp/mail/170101/02.shtml)発行の本メールマガジンで、SDGsと食品安全について書かせていただいている。ご参照いただければ幸いである。

Ⅲ. 大会組織委員会が持続可能性マネジメントの国際認証を取得

2020東京五輪のコンセプトを実行にうつすため、(公財)東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は2019年11月に、イベント運営での持続可能性に関する要求事項をまとめた国際規格ISO20121の認証を取得した3)。当初の開催日前に取得できたので、大手を振って持続可能性を掲げて大会運営ができるであろう。2012年のロンドン大会で適用されたが、今後のオリンピック大会でも持続可能性が掲げられ、ISO20121や同等の認証を取得することになるであろう。

Ⅳ. 2020東京五輪の食品安全向上への寄与

 厚生労働省は2020東京五輪開催に間に合うように、HACCPの義務化4)と受動喫煙防止5)のために、食品衛生法と健康増進法を改正した。HACCPは多くの先進国ですでに義務化されており、食品安全システムを国際標準にするために、国内でも義務化されたものである。HACCP導入はSDGs1)の観点からは、目標3「人々の健康的な生活を確保」と目標12「持続可能な生産消費形態を確保」(その中でも食品提供者側の行動)に関連する。HACCPの義務化は認証を取得するものではなく、事業者がHACCPに沿った衛生管理を実践することが求められている。令和2年6月1日施行であるが1年間の経過措置があるため、令和3年6月1日から完全に義務化される。2020東京五輪が1年延期されたため、完全義務化された状態でオリンピックの開催日を迎えることになる。

 一方の受動喫煙防止はSDGsの目標3・ターゲット3a「たばこの規制強化」に直接つながるものである。改正法はすでに2020年4月1日から全面施行されている。WHOとIOCは2010 年に「たばこのないオリンピック」を共同で推進することに合意している6)。2020東京五輪では、会場建物内はもとより、敷地内でも全面禁煙になるようである。

両施策の詳しい内容については厚生労働省のホームページ4,5)を参照されたい。

Ⅴ. 2020東京五輪での持続可能性に配慮した食品調達基準-食品認証に寄与

組織委員会は持続可能性追求の一環として、調達する全ての物品に持続可能性への配慮を求める「調達コード」7)を定めている。そのなかで、食材の調達に関しては「持続可能性に配慮した調達基準」を定めている。その基準をクリアするためには、国際的な認証システムで認証された食品が最適であるが、国内ではこれまで国際的認証システムの認証品が少なく、かつ国内の認証システムは国際的には未承認の状態であった。そこで、2020東京五輪の当初の開催日までに、国際認証品を増やすと共に、国内認証システムの国際的承認を得ることが急務であった。ここでは、農産物、畜産物、水産物について、直近の動きを記させていただく。

1)農産物の調達基準とGAPの認証

選手村で提供される農産物は「持続可能性に配慮した農産物の調達基準」7)に示されているように、すべてGAP(Good Agricultural Practice:農業生産工程管理)の認証を取得する必要がある。GAPの義務づけは2012年のロンドン大会において、食材に英国の認証システムAssured Food Standards(そのロゴからRed Tractorと呼ばれている)の認証品を義務づけた時から続いており、五輪標準となっている。農産物のGAP認証は、食の安全、労働環境、環境保全に取り組む農場に与えられる。2020東京五輪の農産物の調達基準には、国際的なGLOBAL G.A.P.、(一財)日本GAP協会のASIAGAP、組織委員会が認めた認証スキームで認められた製品の他に、農林水産省の「GAPの共通基盤に関するガイドライン8)」に準拠して都道府県等が独自に設けたGAPも入っている。これにより、選手村に提供したい日本全国の農産物が供給可能となっている。なお、日本のASIAGAPは2018年10月に国際的なGFSI(Global Food Safety Initiative:世界食品安全イニシアチブ)の認証基準に適合していると承認9)されたため、国際的に通用するGAPシステムといえる。選手村ではメインダイニングの他に、日本の食文化を世界に発信するためカジュアルダイニングも設けられるが、農産物に関しては日本全国からの国産品でほぼ需要をみたせるものと思われる。

 

2)畜産品の調達基準とOIEコードの改正作業

近年の畜産では、アニマルウェルフェア(AW)に配慮することが求められている。そのため過去のロンドン大会やリオデジャネイロ大会では、食材の鶏卵として平飼いや放牧で飼育された鶏の卵が使われたようである。我が国の採卵鶏はケージ飼育が大部分であるが、海外ではケージ飼育をAWの観点から禁止している国もある。

このような状況のため、東京五輪組織委員会が示した畜産物の調達基準7)にも、要求される要件に農産物での要件に加えてAWが追加されてはいるが、その内容が問題となる。また、要件を満たすものとしてGLOBALG.A.P.(畜産版)、日本GAP協会のJGAP(家畜・畜産物)、組織委員会が認める認証スキームによるものの他に、「GAP取得チャレンジシステム10)」((公社)日本畜産会が運用)に則って生産され、第三者による確認をうけたものも挙げられている。

JGAP(家畜・畜産物)は2017年3月に基準書が策定され、審査項目には当然AWの項目も入っている。「GAP取得チャレンジシステム10)」は畜産のGAP認証を取得するための準備段階として、チェックシートにある管理項目について生産者自らが管理状況を点検し、その内容を日本畜産会が確認するというシステムのようである。水準に達しているとして確認済みの農場になれば、次に正式なJGAP(家畜・畜産物)等の認証取得に進むことになるが、その準備段階の製品でも調達基準では認めるとしている。

このように調達基準にはAWの語は入ってはいるが、飼育方法についての記載はなく、「AWの考え方に対応した飼養管理指針に照らして適切な措置が講じられていること」とされているのみである。そして2020年3月に改訂された「アニマルウェルフェアの考え方に対応した採卵鶏の飼養管理指針(第5版)11)」((公社)畜産技術協会)でも、記載はケージ飼育が主である。五輪開催のためといえども、国内の飼養実態を大幅に変更して対応することは無理なようである。国内でも一部は平飼い鶏卵も流通しているので、これまでの大会のように平飼い鶏卵に限定するのか注目されるところである。

ところで、政府間機関である国際獣疫事務局(OIE:フランス語の頭文字からの略称。英語ではWorld Organization for Animal Healthの通称がよく使用される)は、動物衛生やAW、畜産物生産での安全確保に関する国際基準OIEコードを作成している。このOIEコードは国内での畜産業に深く関係するため、農林水産省はOIEコード改正に適切に対応できるよう「国際獣疫事務局(OIE)連絡協議会」を設け協議してきている。そして改正作業中のOIEコードにおける「AWと採卵鶏生産システム」については、改正二次案から三次案への変更の過程で、「採卵鶏の良好なAWの成果は、さまざまな舎飼システムによって達成されうる」の旨が明記されたということである12)。各国の様々な飼養形態を考慮し、国際基準として各国が柔軟に対応できるような文言になっている。我が国ではケージ飼育でもAWが担保されうるとしているようである。

また、2020年3月17日に、JAS規格「持続可能性に配慮した鶏卵・鶏肉」が制定されている13)。これは海外依存による不測の事態を回避するために制定されたJAS規格であり、国産鶏種での鶏卵・鶏肉の生産、国産飼料米の利用(鶏卵では産卵前10日間、重量割合で5%以上の国産飼料米を給与)、鶏ふんの肥料や土壌改良資材あるいはエネルギーとしての利用を推進、などの内容となっている。しかし、飼養段階でのAWへの配慮としては、5.4.1の項で、「AWの考えに基づき,卵用鶏・肉用鶏の飼養環境の改善に取り組まなければならない」と記されているのみで、ケージ飼育には触れられていない。

 

3)水産物の調達基準と漁業法の抜本的改正

近年、水産資源の持続的利用や環境保全が重要になってきており、これはまさにSDGsの目標14「持続可能な開発のために、海洋・海洋資源を保全」1)そのものへの対応である。特にターゲット14.4では「2020年までに科学的な管理計画を実施する」とされており、これについては後で述べる。

さて組織委員会の水産物の調達基準7)では、はじめにMEL、MSC、AEL、ASC による認証、および組織委員会が認める水産エコラベル認証スキームによる認証を受けた水産物が挙げられている。MSC(Marine Stewardship Council:海洋管理協議会)は漁業に関する、ASC(Aquaculture Stewardship Council:水産養殖管理協議会)は養殖に関する、それぞれ国際的に承認された認証システムである。MEL(マリン・エコラベル・ジャパン)(漁業)とAEL(養殖エコラベル)(養殖)は国内の認証システムであるが、MELにも養殖版ができたため、2018年にAELはMEL(養殖)と将来的に統合することに合意している。

そして2019年12月にMELの漁業規格Ver2.0、流通加工規格Ver2.0、養殖規格Ver1.0が国際的に水産エコラベルの承認を行うGSSI(Global Sustainable Seafood Initiative:世界水産物持続可能性イニシアチブ)からの承認を受けた14)。GSSIから承認された水産エコラベルは、国際的な調達基準として採用されていることから、今後の輸出に寄与することが期待される。MSCとASCだけでは国内で認証を受けた漁業が少ないため、MELが何とか2020年に間に合うように国際的な承認を受けたことは大変喜ばしい。

このようにMELも国際承認されたため調達基準に入っても当然であるが、調達基準にはその他に、国・都道府県で策定された「資源管理指針」に沿って、関係漁業者が取りまとめた「資源管理計画」に基づいて漁獲された水産物なども認められている。我が国の水産資源管理15)は、これまで公的に年間採捕量の上限を定めた漁獲可能量(TAC:Total Allowable Catch)制度や漁獲努力量の総量規制(TAE: Total Allowable Effort)制度と、上述した関係漁業者による資源管理計画に基づく自主的な資源管理の両方で行われてきており、これにより漁業の持続可能性が保たれてきた。このように管理が絡み合っているため、個々に認証を取得するのは困難と考えられてか、国・都道府県・漁協・漁業者の連携により持続可能な漁業が実施されている場合も、調達基準に加えられているのであろう。この措置により、国産水産物の調達が大幅に増えるであろう。

さて、この項の最初の段落でSDGsのターゲット14.4について触れた。わが国ではそれを達成するために、漁業に関する基本的な法律である漁業法が70年ぶりに抜本改正され、2020年12月1日から施行されることになっている。今回の改正では持続可能な漁業の観点から、資源管理は上記TACによる管理を基本原則とすること(第8条)や、資源調査への都道府県(知事)の協力責務等(第10条)が、明文化されている。今後、国と都道府県が更に緊密に連携をとり、水産資源の保護を進めていくことが示されている。現在TAC管理されている魚種はサンマやスケトウダラなど8魚種のみであるが、2023年度までに2段階に分けてカタクチイワシ、ブリ、イカナゴなど15魚種が追加される予定であり、これにより漁獲量ベースで8割がTAC管理されることになるという16)。また、資源評価のための調査対象魚種も2022年度までに200種程度に拡大する予定とされている。このように、TACによる本格的な水産資源管理が2020年12月から始まることになる。わが国はターゲット14.4の「2020年までに科学的な管理計画を実施する」を、何とか期限内に達成することができたとするのであろうか。

Ⅵ. おわりに

2020東京五輪は2021年7月に1年延期されても、現段階では開催できるか不明である。一方で、2020年の五輪が東京で開催されることが決定したことで、国内では先進国の世界標準に近づけるためHACCPが義務化され食品安全レベルが向上し、受動喫煙防止の対策が進められた。また、食品の調達基準に各種認証が規定されたことから、食品認証の普及にもつながった。これらはSDGsの達成につながる取組でもあるが、行政サイドが2020東京五輪開催を好機としてとらえ施策を遂行したものである。SDGsを見据えた取組が東京五輪に間に合うように実施されたため、2020東京五輪のレガシーとしても残ることになろう。

文献
略歴

 

京都大学大学院薬学研究科博士課程修了。環境庁国立公害研究所(当時)および米国カンザス大学メディカルセンターでの研究を経て、厚生労働省国立医薬品食品衛生研究所に勤務。食品添加物部室長・部長および食品部部長として、既存添加物制度や農薬等ポジティブリスト制度の確立に研究者サイドの中心として対応。2010-2013年静岡県立大学特任教授として、茶中残留農薬の研究を実施。2009-2010年度(公社)日本食品衛生学会会長。

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