(一財)食品分析開発センター SUNATEC
HOME > 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会にむけたGAPの普及とHACCPの義務化
2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会にむけた
GAPの普及とHACCPの義務化
国立医薬品食品衛生研究所
名誉所員 米谷 民雄

1.はじめに

2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、2020年東京五輪)がいよいよ来年にせまった。1964年に開催された東京オリンピックの際には、首都高速道路や青山通りの整備、東海道新幹線や東京モノレールの開通など、インフラの整備が急速に行われ、その後のわが国の高度経済成長が加速された。経済成長を成し遂げ、今では減速が懸念されている2020年東京五輪の時点では、リニア中央新幹線の開業は早くても2027年とずっと先であり、首都高日本橋の地下化工事も2020年東京五輪後に着工予定である。また、五輪での選手移動に使われる都道環状2号線が築地市場の移転が約2年遅れたために本来の計画通りに開通できず、選手の移動に影響がでることが懸念されている。もし周辺道路も大会車両優先となれば、国民生活や物流にも支障がでるであろう。

このような状況ではあるが、食品安全の分野においては、この2020年東京五輪を契機として、GAP(農業生産工程管理)の普及とHACCP(危害分析重要管理点)システムの義務化などの動きが進んでいる。東京、ひいては日本が、五輪を開催するにふさわしい国際標準をクリアしていることを示す目的もある。そこで本稿では、この2つの最近の動きを概観する。

2.五輪とSDGs

2016年1月の本メルマガ(2016年1月発行(vol.118))で紹介したように、国連は2015年9月に、2016~2030年の国際的目標であるSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を採択した。国際オリンピック委員会(IOC)もSDGsに対応した五輪の開催に力を入れている。2012年のロンドン大会はSDGs採択前であったが、SDGsを意識した最初のオリンピックかもしれない。ロンドン大会では大会中に提供する食材が品質、環境、持続可能性に配慮したものであることを示すために、食材の調達基準を設定し、GAPの認証取得を義務づけた。調達基準は次のリオデジャネイロ大会でも設定されている。

そこで、(公財)東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、組織委員会)は2017年3月に「持続可能性に配慮した調達コード」(第1版)を、2018年6月に第2版1)を公表したが、そこには別添として農産物等の調達基準が添付されていた。その詳しい内容については、昨年(2018年)1月の本メルマガ(2018年1月発行(vol.142))を参照されたい。

3.農産物の調達基準とGAP

組織委員会が公表した農産物の調達基準1)では、調達する農産物に要求される要件として、食材の安全性、環境保全・資源管理、労働安全の3つの観点からの要件が提示され、それらを満足する農産物として以下のGAP認証品を挙げている。最初に、①ASIAGAP((一財)日本GAP協会は2017年8月に従来のJGAP Advanceから改名)や国際的なGLOBAL G.A.P.の認証を受けて生産された農産物、それに加え、組織委員会が認める認証スキームによる認証を受けて生産された農産物を挙げている。ASIAGAPは国際的なGFSI(Global Food Safety Initiative:世界食品安全イニシアチブ)の認証基準にも対応できるようにしたものである。(一財)日本 GAP 協会は2017年11月にGFSIに対して、適合していることの承認申請を行っていたが、2018年10月31日に承認されている2)

次いで、②農林水産省が策定した「GAPの共通基盤に関するガイドライン」3)に準拠したGAPに基づき生産され、公的機関による第三者の確認を受けた農産物を挙げている。各自治体では2020年東京五輪で地元の農産物が調達されるようにするため、ガイドラインに準拠した独自のGAP制度を創設している。昨年(2018年)11月現在で、38のGAPシステムが農林水産省HP4)に掲載されている。その運営主体は、37都県と宇治茶GAP推進協議会である。あくまで2020年東京五輪での調達が目的のGAPであり、海外への輸出時には相手国から国際認証されたGAPを要求されることが多いと思われる。

このように2020年東京五輪においては、GAP認証を取得した国産の農産物が多く調達されるであろう。日本のASIAGAPが国際的に承認されたことにより、日本の輸出企業はASIAGAPを取得していれば新たな国際的GAPの認証を得る必要がなくなったのは喜ばしい。これをきっかけに、国際レベルのGAPの取得が進むことを期待したい。

4.畜産物の調達基準とGAP

一方、疑問視されるのが畜産物のGAPである。畜産物の調達基準1)の要件としては農産物での要件に加えて、アニマルウェルフェアが追加されている。このアニマルウェルフェアについての考え方が、後で記すように国際水準では大変厳しい。

組織委員会から示された調達基準では、要件を満たすものとして、まず①日本のJGAP(家畜・畜産物)、GLOBAL G.A.P.(畜産版)、組織委員会が認める認証スキームによる認証を受けて生産された畜産物を挙げている。次いで、②「GAP取得チャレンジシステム」((公社)中央畜産会が運用主体)5)に則って生産され、第三者による確認を受けた畜産物を挙げている。このJGAP(家畜・畜産物)とGAP取得チャレンジシステムは2017年にスタートしたものであり、2020年東京五輪までに要件を満たす国産畜産物を急いで増やすために導入されたものと思われる。

さて、要件として追加されたアニマルウェルフェアの具体的なレベルについてであるが、これまでの五輪大会のものと比較してみたい。採卵鶏の飼養方式には、ケージ方式、平飼い方式、放牧方式などがある。2012年ロンドン大会ではケージ飼育鶏卵は使用禁止で、さらに屋外に出られない平飼い方式の卵も使えず、放牧卵のみ使用されたという。2016年リオデジャネイロ大会でも鶏卵はケージフリーとされ、放牧か平飼いに限定されたそうである。海外先進国ではケージ飼育はもはやアニマルウェルフェアに配慮したものではないとされているようである。また豚肉に関しては、ロンドン大会時には、子供を産ませる豚を1頭1頭檻の中に閉じ込め飼育する妊娠ストール飼育は法的にも禁止されていた。

一方、わが国では、「アニマルウェルフェアの考え方に対応した採卵鶏の飼養管理指針」((公社)畜産技術協会)6)が示されており、農林水産省HPの「アニマルウェルフェアについて」7)の中でも参照するよう紹介されている。その指針では、わが国ではケージ方式が主であることから、ケージ方式を基本に記述がなされている。2020年東京五輪での畜産物の調達基準には、飼育方式に関する基準はないし、妊娠ストールフリーも明示されていない。

日本の鶏卵は衛生管理が厳しく、生食できる期間を賞味期限として1つ1つの卵にシールを貼って示しているものもあるくらいである。しかし、鶏卵を食する人間への安全性と鶏のアニマルウェルフェアは全く別の範疇であると再認識すべきかもしれない。世界動物保護協会(World Animal Protection)による国別のランク付け8)で、日本は評価の低いランクDの国とされている。2020年東京五輪でのアニマルウェルフェアへの対応を、諸外国がどのように評価するか、注意しておく必要があろう。

5.HACCPの義務化

HACCPの義務化については、すでに読者の方々はよくご存じと思われるので、2020年東京五輪に関連する話題の1つとして、簡単な記載にとどめる。

昨年(2018年)6月に改正食品衛生法が成立し、HACCPが義務化され、HACCPに基づく衛生管理について計画を定めなければならないことになった。対象となる事業者は、食品を扱う飲食店、スーパー、小売店など、全ての食品等事業者である。

近年、EUや米国など先進国においてはHACCPが義務化されており、国際標準になりつつある。厚生労働省は1995年5月の食品衛生法改正で、HACCPに基づく総合衛生管理製造過程(マル総)の承認制度を創設したが、製造業種が限られ、かつ内容が一般衛生管理なども含む総合的なもので大変煩雑であり、さらに認証を受けた企業が事件を起こすなどしたため、なかなか普及しなかった。一方、HACCP認証としては、各種業界団体や地方自治体のものもあった。

食品製造業全体のHACCP導入を促進するために1998年5月にHACCP支援法(食品の製造過程の管理の高度化に関する臨時措置法)が5年間の時限立法で制定され、その後5年ごとに延長され、さらに中小事業者への導入や輸出環境整備を目的として2013年には10年間延長されている。

今回、2020年東京五輪開催を好機ととらえ、食品の輸出拡大や訪日客の増加にむけて、国際レベルの食品衛生管理体制を整備するため、全食品等事業者を対象にHACCPを義務化することになった。全食品事業種が対象となるため、マル総は廃止される。HACCPの原則に基づき自ら実施する基準A(HACCPに基づく衛生管理)が本来の基本であるが、基準Aでの実施が難しいと思われる小規模事業者等には、業界団体が作る手引書に従って実施する基準B(HACCPの考え方を取り入れた衛生管理)なるものも認めている。HACCPを全食品等事業者で義務化するには、このような形をとらざるをえなかったのであろう。

改正食品衛生法が昨年(2018年)6月13日公布で、公布日から2年を超えない範囲内で施行されることになっているため、2020年東京五輪時には法的にはHACCPは義務化されていることになる。しかし、1年間の経過措置期間が設けられているため、一応体裁だけは整えられた状態ともいえる。

6.SDGsに配慮した五輪開催都市として東京に望まれる他の要件

2020年東京五輪がSDGsに配慮した五輪として評価されるかどうかの大きな項目の一つが、受動喫煙防止対策である。SDGsの目標3に「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」が掲げられ、具体的なターゲット3.aに「すべての国々において、たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約の実施を適宜強化する。」ことが示されている9)

国会では昨年(2018年)7月に、受動喫煙防止対策を強化するために健康増進法が改正され、多くの人が使う施設は原則屋内禁煙などになり、2020年東京五輪開催直前の2020年4月から施行される。しかし、小規模飲食店は条件付きで例外とされている。一方、昨年(2018年)6月に成立した東京都の受動喫煙防止条例では国よりも厳しく、飲食店では面積による区分をなくし、従業員を雇っている店では一律原則禁煙としている。IOCは「たばこのない五輪・パラリンピック」を目指しているが、東京都は何とか面目を保てた感じである。ただし、東京以外でも競技が開催されるため、IOCの反応が気になるところである。

他の要件としては、フェアトレードタウン認証が挙げられる。フェアトレードとは途上国の原料や製品を適正価格で購入し、生産者の労働環境や生活水準を守る持続可能な取引を意味するものである。認証されたフェアトレード認証品の購入を通じて社会に貢献することは、SDGs達成にむけた有効な手段となる。

このフェアトレード認証品の利用を地域ぐるみで促進していることを認証されたのが、フェアトレードタウンである。近年の五輪開催都市ではこの認証を得ることが続いており、ロンドンとリオデジャネイロは認証を得ていたし、2024年のパリもすでに認証を取得している。東京都も認証を取得し、会場でフェアトレード認証品の使用を推奨すれば、2020年東京五輪がフェアトレード、ひいてはSDGs達成を目指した大会であることを世界にアピールできるであろう。

7.おわりに

2020年東京五輪に向けて、GAPの普及とHACCPの義務化が進められている。大会の時点では、五輪開催都市(国)として、体裁は整っていることであろう。しかし、GAPとHACCPの内容については、上で述べたように疑問が多い。政府は日本の農畜産物・食品の輸出促進を掲げているが、国際取引のためには国際的に認められたGAPやHACCPが必要である。昨年(2018年)10月末に、農産物に対する日本のASIAGAPがGFSIの規格を満たしているとして国際的に承認された。東京五輪開催を契機として、国際認証取得に対する一層の意識改革が必要と思われる。

引用文献・参考文献
著者略歴

京都大学大学院薬学研究科博士課程修了。環境庁国立公害研究所(当時)と米国カンザス大学メディカルセンターでの研究を経て、国立医薬品食品衛生研究所に勤務。食品添加物部室長・部長および食品部部長として、既存添加物制度や農薬等ポジティブリスト制度の確立に研究者サイドの中心として対応。2010-2013年静岡県立大学食品栄養科学部特任教授として、茶中農薬の研究を実施。2009-2010年度(公社)日本食品衛生学会会長。

他の記事を見る
ホームページを見る

サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。

Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved.