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厚労省公示試験法の今昔(告示・通知試験法の変遷)
明治薬科大学
特任教授 永山 敏廣

日本では、江戸時代から昭和初期にかけて、鯨油を水田に撒き、稲に付いている害虫を払い落とす方法が続けられていた。また、第二次世界大戦前には除虫菊、硫酸ニコチン(タバコ由来)、銅、石灰硫黄など天然物由来の農薬が使われていた。戦後、科学技術の進歩により化学合成農薬が登場し、昭和25~27年には、TEPP、パラチオンやメチルパラチオンなど、現在特定毒物に指定され取り扱いが厳しく規制されている農薬が登録(いずれも昭和44年12月31日に失効)され、急性毒性の高い農薬が多く使用されるようになった。不適切な農薬散布や取り扱いによる事故発生が散見されるようになり、昭和29年には、過量のパラチオンが付着したきゅうりの漬け物の喫食による死亡例が報告された。このような状況下、農作物中の残留農薬による健康危害の発生を防止する対策の一環として、昭和31年11月2日、厚生省公衆衛生局長から、衛発第769号「りんごに残留する農薬の取扱について(通知)」(昭和43年9月30日廃止)が発出された。砒素(As2O3として)、鉛(Pbとして)、銅(Cuとして)およびDDTの残留農薬許容量が設定され、許容量を超えて残留した場合は、「払拭、洗浄等の方法により除去させるとともに、生産者、農林担当部局に対して過量にわたる使用等のないよう厳重なる警告を行う」ことが示された。これら許容量への適合を判断するための試料の採取方法として、「市場および小売店より同一ロットのりんご箱より一箱を抽出し、これにより任意に農薬分の落ちぬようりんご約十個を採取する。」と規定され、ロットと個体間のバラツキに配慮された。各都道府県指定都市に10検体以上を検査し、昭和31年12月1日までに報告すること、また、報告検査成績表には、生産都道府県に対しては使用される農薬名及び使用量を付記することが求められた。試験方法も示されたとのことであるが、手元に関連資料がなく、その手法は把握できていない。
 その後、昭和39、40年度に全国的な残留農薬実態調査結果および諸外国における規制方法や許容量の設定状況などを踏まえて、昭和43年3月30日付け厚生省告示第109号が発出され(図1)、食品衛生法食品規格として、きゅうり、とまと、ぶどうおよびりんごの4食品にかかわるγ-BHC、DDT(p,p’-DDTのみ)、鉛およびその化合物(Pbとして)、パラチオンおよびヒ素およびその化合物(As2O3として)の基準値が規定された。本告示にかかわる試験法は、昭和45年6月26日厚生省告示第223号により、規格の一部改正と共に提示された。我が国最初の食品衛生法に規定された残留農薬“告示試験法”である。試料の採取は、「同一ロットより採取し、その量は3回程度の試験を行うに足る量とするよう努める」とされ、ヒ素試験法(グートツァイト法)、鉛試験法(ジチゾン法)、有機塩素剤試験法(γ-BHCおよびp,p’-DDTの試験法:GC法)および有機リン剤試験法(パラチオンの試験法:GC法)が提示された。有機リン剤試験法を図 2に示す。なお、GCで用いる分離カラムは、5%シリコンDC-11(条件1)、2%シリコンDCQF-1(条件2)である。有機塩素剤は、抽出方法は有機リン剤と同じであるが、精製にフロリジルを内径10 mmの吸着管に充填したカラムを用い、TLCによる確認で0.5%オルトトリジン・エタノール溶液を噴霧し、約5分間放置した後、紫外線(殺菌灯 15ワット)を約5分間照射して褐色~青色の斑点を標準品と比較する。
 昭和46年12月20日厚生省告示第404号では有機塩素剤、有機リン剤の残留許容量の改正と共に、新たにカルバリルの許容量が設定され、昭和47年5月31日厚生省告示第177号でカルバメイト剤試験法(カルバリル試験法)が提示された(図3)。本法は、昭和48年5月31日厚生省告示第151号で、カラム精製に用いる充填剤がアルミナからフロリジルに変更された。比色法が用いられているが、告示による提示(法としての規定)であったことから、試験法の大幅な改正はしばらく行われず、平成7年8月14日厚生省告示第161号でようやくアルジカルブ等試験法に組み込まれ、ポストカラム蛍光検出器付きHPLCを利用した分析法(現在の厚生労働省通知試験法)となった。
 これら試験法は、いずれも告示(法)による規定であったことから、基準適合の判断はこの告示に基づく方法を用いなければならなかった。一方、科学技術の進歩に伴い優れた方法が開発されても、変更にかかわる措置の負担が極めて大きく、発出後の手法そのものの変更はほとんど行われなかった。検査現場では旧態依然とした手法の実施を余儀なくされていたため、平成11年10月1日厚生省告示第179号で、「同等以上の性能を有すると認められる試験法」が規定され、告示法以外の方法も使用できるようになった。しかし、公示する試験手法の変更が困難なことに変わりがなかったことから、平成17年1月24日食安基発第0124001号で「食品に残留する農薬、飼料添加物又は動物用医薬品の成分である物質の試験法について」が発出され、不検出の基準を有する農薬以外は、試験法の提示が告示から通知に変更された。本通知法には、ポジティブリスト制度が平成18年5月29 日から施行されることに伴う分析者の過度な負担を和らげるため、これまでの個別試験法の他、一斉試験法も提示された。

図1 昭和43年3月30日付け厚生省告示第109号
 
図2 昭和45年6月26日厚生省告示第223号で提示された有機リン剤試験法
 
図3 昭和47年5月31日厚生省告示第177号で提示されたカルバメイト剤試験法

初期に発出された旧来の告示法は、現在の告示、通知試験法と比較すると、試料の採取量が多く、使用溶媒、濃縮用および分析用機器の違いや確認を要する残留量のレベル、手法の違いなど、多くの点で異なっている。旧来法と最近の方法の違いの概要を図4に示した。
抽出溶媒が、ベンゼンからアセトンやアセトニトリルに替わっている。ベンゼンは、振とう抽出であったこともあり、測定を妨害する夾雑物の抽出が少ない有用な溶媒だったが、その吸入により骨髄が冒され、再生不良性貧血から急性骨髄性白血病に移行することが危惧され、現在は全く使用されない。
 精製はカラムクロマトグラフィーが基本であるが、使用カラムがオープンカラムから既製のミニカラムに替わってきた。オープンカラムは、分析担当者がその都度作製する煩わしさはあったが、保持容量が大きく、夾雑物の除去や再現性などの頑健性に優れている。ミニカラムは、充填剤がフロリジルやシリカゲルなど以外に、イオン交換能など多種多様な性質を有するものがあり、適切な選択により高い精製効果を得ることができるものの、使いこなすには多くの知識・経験が求められる。また、順相吸着型の充填剤を含水させ、吸着力を調整することは困難であり、カラムからの流下速度の違いで溶出位置が変動しやすいなどの留意点を有する。
 GC用の分離カラムは、パックドカラムといわれ、分析担当者が自ら充填して使用した。得られるクロマトグラムの半値幅が広く、キャピラリーカラムに比較して、分離能は劣る。一方、保持容量が大きく、いわゆるマトリックス効果はほとんど出現しない。しかし、作製者の技術による分離能の差が生じやすく、また吸着性が高く、性質が異なる数十種類を超える農薬の一斉分析には適さない。現在では、キャピラリーカラムの液相、膜厚や内径、長さも様々なカラムが市販され、多様な要件に合ったカラムが広く利用されている。近年、パックドカラムを装着できるGCはほとんど見かけなくなった。
 GC検出器に関しては、当初、有機塩素系のみならず有機リン系農薬にも、高感度なECD(電子捕獲型検出器)が用いられていた。しかし、放射線源を用いるため、設置に際して管理者の選定や管理区域の設定、使用、保管や汚染時の洗浄に書類を交わす必要があるなど、厳しい規制の下での取り扱いが求められる。また、汚染の度合いにより感度が大きく変動し、測定結果の算出に注意が必要とされる。当時、現在の妥当性評価ほどの確認は求められてはいなかったが、内部標準法や内部標準物質の注入による測定精度の検定を行うことで、定量性を確保していた。測定時の検出器としては、GC用として、ECD以外にFPD(炎光光度型検出器)、NPD(高感度窒素・リン検出器)、FTD(ATD;アルカリ熱イオン化検出器)などが、LCではUV(紫外分光光度型検出器)の他FL(蛍光光度型検出器)などの選択性検出器が用いられた。測定時における妨害成分の影響を極力少なくするための方策の一つであった。近年では、GCではMS(質量分析計)が、LCではMS/MS(タンデム型質量分析計)が多用されるようになっている。
 その他、濃縮に用いられる機器にも変化が見られる。昭和時代には、クデルナダニッシュ型濃縮器(図5)による濃縮が常用されており、常圧下での溶媒留去で、乾固することもなく、濃縮時の損失はほとんど考慮する必要はなかった。しかし、受器以外に複雑な形のガラス器具が9つ組み合わされており、洗浄に多くの手間を要することや使用の度にキャピラリーを作製しなければならないことなど手数がかかり、現在ではほとんど使われなくなった。近年は、ロータリーエバポレーターが多用され、減圧下での濃縮が行われるため、乾固による農薬の揮散減少が起こりやすく、十分に注意を払う必要がある。

図4 旧来法と最近の方法の比較
 
図5 クデルナダニッシュ型濃縮器

旧来の告示試験法は、その後一部改正され、ベンゼンや含塩素有機溶媒、発がん性を有する試薬などの健康に多大な危害を及ぼす可能性のある溶媒、試薬類の排除、溶媒使用量を減らす採取試料量の少量化やミニカラムの導入、GCの検出器にECDの他、FPDやNPD(FTD)の使用、確認手法としてのMSの導入などが進められてきた。分析者の安全を確保しながらより効率的で精度の高い分析法に代えられてきた。現在では、QuEChERS法(Quick(迅速)、Easy(簡単)、Cheap(安価)、Effective(効果的)、Rugged(堅牢)、Safe(安全)の頭文字を合わせたもの。ガラス器具を使用しない、有機溶媒使用量が少ない、濃縮を要しない前処理方法で、AOAC法やEN法(ヨーロッパ標準法)に採用されている。)に工夫を加え、簡易な抽出、精製で、GC-MS(/MS)とLC-MS/MSを併用して400~500種類の農薬を一度に測定することもできるようになった。分析手法の改良は、少量化、短小化、省力化、迅速化に向けて進んでいる。また、食品衛生法・栄養改善法の改正(平成7年5月)等により、食品衛生検査施設に食品衛生法に基づくGLPが導入されており、平成19年11月15日には 食安発第1115001号で「食品中に残留する農薬等に関する試験法の妥当性評価ガイドライン」(平成22年12月24日 食安発1224第1号により一部改正)が、平成20年7月9日 食安監発第0709001号および第0709004号で「登録検査機関における製品検査の業務管理について」および「食品衛生検査施設における検査等の業務管理について」が通知されている。

食品中残留農薬の分析は、多種多様な食品に含まれる膨大な種類と量の夾雑成分の中から、ごくわずかな量の農薬成分を正しく測定しなければならない。農薬は、水溶性~脂溶性、酸性物質~塩基性物質とその性質は千差万別で、分析途中で分解する不安定な化合物もある。市販食品の分析では、不特定の農薬を対象としている。また、同じ農産物であっても、購入時期や生産地が違えば、含有成分の違いから夾雑成分の影響を受けることもある。用いた分析法は目的成分を正しく捉えているか、定量・検出限界は適切に確保されているか、操作中にロスやコンタミネーションはないか、検出ピークの同定や算出した定量値に間違いはないか、そして、試験に関する情報は記録・保管されているか(データの正当性を証明するため)を十分に確認して結果を導きたい。残留農薬の分析には、適切な分析機器の準備とともに、分析担当者の技術力と経験が求められる。実績の積み重ねとともに、各工程における操作の意味、背景などを理解し、深い知見で裏打ちされた高い応用力を培っていくことが大切と考える。

略歴

永山 敏廣(ながやま としひろ)

1978年3月
東京薬科大学大学院薬学研究科修士課程 修了
1978年4月
東京都立衛生研究所 生活科学部食品研究科 研究員
2003年4月
東京都健康安全研究センターに名称変
2013年4月
明治薬科大学 薬学教育研究センター/健康科学 教授
2018年4月
明治薬科大学 特任教授
現在に至る
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