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![]() 農産物の殺菌処理などへのアクアガス技術の応用展開
![]() 日本大学 生産工学部 マネジネント工学科
教授 五十部 誠一郎 1.はじめにアクアガス技術は、生物系特定産業技術研究支援センター(当時名称)の平成15年度新規課題として生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業に採択され、平成19年度まで5年間「アクアガスを用いた高品質汎用食材の新規調製技術の開発」での研究開発を実施した。この事業では、(独)食品総合研究所(当時)、(株)タイヨー製作所、女子栄養大学、(株)ローズコーポレーション、(有)梅田事務所の5機関でコンソーシアムを組織して実施し、事業終了後も、この5機関を核にしてアクアガス技術普及協議会を組織し、アクアガスの加熱システムの開発・改良、食品加工への用途開発を継続して推進してきた。その中で食品加工分野での認知度も上がり、新たな加熱媒体として技術面での評価((社)日本缶詰協会(当時)、(社)日本食品科学工学会、(財)飯島記念食品科学振興財団(当時)の各技術賞受賞など)も受け、装置の普及についても少しずつ進んできている。 2.過熱水蒸気とは水蒸気は間接加熱の熱媒体としてもまた湿熱雰囲気の直接加熱として最も一般的な加熱媒体として古くから利用されてきた。この水蒸気は飽和水蒸気と呼ばれるもので,蒸発または沸騰によって発生した蒸気のことで,大気圧の場合は100℃で発生する蒸気である。この飽和水蒸気を二次加熱することで得られるのが過熱水蒸気である。ボイラーで発生された飽和水蒸気を二次加熱する方法として、①オイル燃焼方式、②ガス燃焼方式、③電気加熱方式などがある。また飽和水蒸気を経ないで、水を直接、誘導加熱等で高温に熱した熱交換体を通じて水蒸気化する方法や深夜電力等を利用して蓄熱した熱交換層を通じることで過熱水蒸気を発生する装置などがある。簡単に使用目的を述べると乾燥、減容化、熱反応(食品の調理加工・殺菌、有害物質の分解や脱臭)、抽出、炭化などであり、それぞれの用途に応じて常圧においては120℃程度から800℃程度までの温度帯で利用されている。 (1)被加熱物の水分を乾燥させる熱媒体として利用が可能である。過熱水蒸気は全て再循環が可能で、熱効率が高く省エネルギーとなる。 (2)過熱水蒸気中の酸素濃度は微量(当方の測定値で0.2%以下)で酸化されることが少なく、爆発や火災の危険性が少ない。 (3)初期凝縮による表面への水層の形成とその後の加熱乾燥工程を経ることで、表面硬化が起こり難く、乾燥物がポーラスとなりやすい。また、殺菌や脱臭効果が期待される。 (4)初期凝縮による潜熱の伝達と水蒸気自体の熱容量により迅速な表面加熱が行われる。 3.過熱水蒸気の食品殺菌への利用香辛料などの殺菌は、過熱水蒸気の特徴を活かした殺菌方法と言える。香辛料などに多く含有される耐熱性胞子は殺菌に高い温度を必要とし、かつ、乾熱状態ではその耐性は湿熱状態よりも高いため、香辛料のような香りを保持することが不可欠な素材では効率的な殺菌が出来ない。また液中等の加熱処理では、その香り成分が溶出し、素材そのものの品質が劣化することで使用できないのが現状である。そこで、高い温度雰囲気を湿熱状態で発現させ、さらに水蒸気の対象物表面での凝縮による湿熱状態での迅速な温度上昇を生じさせるシステムは、短時間に効果的にこれらの耐熱性菌を減少させることに成功している1)。一例を挙げると1.5気圧、140℃、4秒処理でのパプリカ(粒)の耐熱性菌(初発菌数:7.6×103CFU/g)を検出限界未満に、また6気圧、184℃、10秒の処理で、黒こしょう(粒)の耐熱性菌(初発菌数:7.6×105CFU/g)を4×102CFU/gまで減少させている。これらの殺菌システムは香辛料をはじめ、穀類や乾燥農産物などの殺菌処理に用いられている。これらのシステムは、水蒸気密度を高くして、高温での短時間殺菌を行なうために加圧過熱水蒸気を用いている。 4.過熱水蒸気の加工前処理としての青果物の殺菌等への応用青果物の処理とは異なるが、非加熱加工食品である漬け物(浅漬け)製造において、製造および保存中の微生物を制御することを目的に、白菜を試料とした場合の過熱水蒸気での微生物制御について検討されている3)。この検討結果を要約する。 5.アクアガス(微細水滴含有過熱水蒸気システム)の基礎特性5-7)食材を過熱水蒸気雰囲気に投入してからの過程は、乾燥特性から見ると、伊與田らが報告している①凝縮過程、②蒸発復元過程、③蒸発乾燥過程からなる「凝縮から蒸発への反転過程」4)と見なされる。この経過での食材の重量変化を図1に示す。加熱初期では表面を水蒸気の凝縮による水層が存在し湿った状態で潜熱の形で熱が伝達されることであり、これが食材などの表面の短時間殺菌に利用できる。さらに、その後の処理工程で農産物を長期間貯蔵するのに不可欠な農産物中の自己酵素の失活などに必要な加熱処理を進める際にも、食材表面に形成された水層が蒸発している過程においては、食材重量の減耗を生じることなく、効率的な調理工程が設定できる。このような過熱水蒸気の特徴を食品加工に効率的に利用するシステムとして開発したのが、アクアガスの加熱システムである。その発生機構は、図2に示すように、常圧で、115℃前後に温度保持した加熱空間(チャンバー)中に、配管内で加圧・加熱した水を高速で噴霧し、115℃前後の微細水滴を含んだ過熱水蒸気雰囲気を発生させるものである。この微細水滴を含んだ過熱水蒸気雰囲気をアクアガス®と呼称している。 微細水滴の存在が同じ温度の過熱水蒸気より熱伝達の効率が良い理由として、図3に示すように微細水滴による食材表面の凝縮水層の攪乱効果があると考えている。この115℃の過熱水蒸気(気体状態)と約100℃前後の微細水滴(液体状態)の2相混合状態を安定的に調整することがアクアガスでの最も重要な制御機構である。
6.アクアガスを用いた食品加工処理8)-19)1)生野菜の短時間表面殺菌処理アクアガスおよび過熱水蒸気にてキュウリの加熱を行い殺菌効果について検討した結果を図5に示す。処理条件は温度115℃、処理時間30秒、60秒とした。アクアガスおよび過熱水蒸気ともに30秒間の加熱で一般生菌数を2logCFU/g以下に減少させることができ、また60秒間加熱された試料からは一般生菌は検出されなかった。加熱中の試料表面温度を測定したところ、アクアガスでは過熱水蒸気と比較して速やかな温度上昇が見られ、このためアクアガスは更に高い殺菌効果を示したものと考えられた。加熱処理後の試料の物性や色彩を測定した結果、図6に示すように物性の指標として破断応力を破断歪率で除した数値は、生のキュウリに近い値であり、30秒間加熱した試料についてはほぼ生野菜としての品質が保たれていると判断された。この結果は、図7に示すように野菜表面を迅速に湿った状態で殺菌温度まで上昇させ、さらに凝縮水層で微生物を洗い流すことで高い殺菌効果を与え、さらに直ちに冷却することで、内部まで品温が上がらずに、物性が保持されると考えている。 2)ブランチング処理(酵素失活効果)ジャガイモは流通量の季節変動が大きく長期保存技術の開発が求められている。ジャガイモの品質低下に関わり耐熱性の高い酵素、ペルオキシダーゼに対する加熱失活効果について検討した。その結果、加熱の進行とともにジャガイモの表層部から温度が上昇しペルオキシダーゼの失活が進行し、25~30分間の加熱処理によりジャガイモ中のペルオキシダーゼがほぼ失活した。内部酵素の失活時間については差が認められなかったが、必要であった加熱処理時間でのジャガイモの表面の構造や処理後の重量変化(歩留まり)については、熱水処理、さらに過熱水蒸気処理よりも高い品質を認めた。葉菜類やカット処理した食材など、内部まで伝熱速度の速い形態であれば、より品質の劣化を抑えて、酵素失活が可能と考える。
7.アクアガス加熱システムの改良・開発これまでに試験研究型から厨房型、大型バッチ装置、さらに大量生産用連続処理装置の開発を進めている。ここでは、いつくかの装置(システム)について紹介する。試験研究型の特徴の一つとしては、給水量と加熱制御の組合せにより、飽和水蒸気、アクアガス、過熱水蒸気の各加熱媒体を連続的に変換することが可能である。厨房型装置は短時間加熱殺菌仕様としてスライドシャッター方式のトビラを採用していて、スライドトビラを引き出し、食材をセットする際、加熱室はシャッターにて外部と遮断され定常状態が保たれる。消費電力も10kW(3相200V)と省エネルギー化を実現している。また一般的なスチームコンベクションオーブンなどの厨房用加熱装置に比べて高価であることが課題であったが、スチームコンベクションオーブン等を製造販売している厨房機器メーカーが汎用性の高い厨房用の装置を製造販売している。また大型装置への対応としては、ボイラー蒸気を利用した熱交換機を開発し、大型化による消費熱量の省エネルギー化を実現している。 8.おわりに過熱水蒸気の特長を生かし、農産物の殺菌や調理加工中の加熱効率の向上と加熱処理中の目減り防止、品質保持の効果を改善したアクアガスについて紹介した。調理加工での活用については今後高齢者食や病院食などの安全性が高い食材や食品のニーズが高まる状況で、厨房機器のコスト低減化などの検討が進むことで今後さらに利用が進むことを期待している。 引用文献1. 食品工業に於ける加圧水蒸気と過熱水蒸気の利用、塚田 直、日本食品工業学会誌、Vol.31、1984、p.536-545 2. 阿部茂、宮下和夫、過熱水蒸気および高温空気による水産乾製品の表面殺菌、日本食品科学工学会誌、53、7,373-379(2006) 3. 小野和広ら、白菜付着微生物に対する過熱水蒸気の殺菌効果、日本食品科学工学会誌、53、3,172-178(2006) 4. 伊輿田浩志,西村伸也,野邑奉弘,過熱水蒸気乾燥における凝縮から蒸発への反転過程,日本機械学会誌論文集,Vol.63,No.8,p.170-176(1997) 5. 五月女格、坂本普子、竹中真紀子、小笠原幸雄、名達義剛、五十部誠一郎、微細水滴を含む過熱水蒸気の伝熱・乾燥特性、日本食品工業会誌、6(4)、229-236(2005) 6. 特許第4336244号、被加熱材料の加熱方法およびその装置、梅田圭司、名達義剛、宍戸弘、丸山量、小笠原幸雄、山本巧、五十部誠一郎、平成21年9月30日(2009) 7. 商標登録第4789539号、アクアガス、梅田事務所、平成16年8月24日(2004) 8. 五月女格、小関茂樹、鈴木啓太郎、五十部誠一郎、山中俊介、小笠原幸雄、名達義剛、微細水滴を含む過熱水蒸気処理による野菜の高品質殺菌処理、防菌防黴、33(10)、523-530 (2005) 9. 殿塚婦美子、長田早苗、谷 武子、根岸由紀子、奥崎政美、香川芳子、アクアガス加熱食材の基礎的調理加工特性に関する研究(第1報)ブロッコリーについて、日本食生活学会誌、16(3)、242-248(2005) 10. 五月女格、鈴木啓太郎、小関茂樹、坂本普子、竹中真紀子、小笠原幸雄、名達義剛、五十部誠一郎、微細水滴を含む過熱水蒸気によるジャガイモの一次加工処理、日本食品科学工学会誌、53(9)、451-458(2006) 11. 山中俊介、五月女格、津田升子、竹中真紀子、小笠原幸雄、名達義剛、五十部誠一郎、微細水滴を含んだ過熱水蒸気の殺菌効果の評価と食品調理加工への応用、防菌防黴、35(6)、 341-349(2007) 12. 殿塚婦美子、長田早苗、谷 武子、根岸由紀子、奥崎政美、香川芳子、アクアガス加熱食材の基礎的調理加工特性に関する研究(第2報)枝豆の加熱法・加熱時間による物性および色調について、日本食生活学会誌、18(3)、254-264(2007) 13. 長田早苗、殿塚婦美子、谷 武子、根岸由紀子、奥崎政美、香川芳子、アクアガス加熱食材の基礎的調理加工特性に関する研究(第3報)だいこんについて、日本食生活学会誌、18(3)、223-230(2007) 14. 殿塚婦美子、長田早苗、谷 武子、根岸由紀子、奥崎政美、香川芳子、アクアガス加熱食材の基礎的調理加工特性に関する研究(第4報)さといもについて、日本食生活学会誌、19(3)、214-223(2008) 15. 長田早苗、殿塚婦美子、谷 武子、根岸由紀子、奥崎政美、香川芳子、アクアガス加熱食材の基礎的調理加工特性に関する研究(第5報)にんじんについて、日本食生活学会誌、19(3)、239-246(2008) 16. Sotome,I., Takenaka,M., Koseki,S., Ogasawara,Y., Nadachi,Y., Okadome.H. and Isobe,S., Blanching of potato with superheated steam and hot water spray, LWT-Food Science and Technology, 42, 1035-1040(2009) 17. Sotome,I. and Isobe,S., Food processing and cooking with new heating system combining superheated steam and hot water spray, JARQ, 45(1), 69-76(2011) 18. 五十部誠一郎、小笠原幸雄、根岸由紀子、殿塚婦美子、アクアガス(微細水滴含有過熱水蒸気)システムの開発と農産加工への応用、日本食品科学工学会誌、58(8)、351-358(2011) 19. 特許第4900779号、アクアガスを用いた農産物のフード供給システム、五十部誠一郎、小笠原幸雄、根岸由紀子、山中俊介、名達義剛、平成24年3月21日(2012) 略歴五十部 誠一郎(イソベ セイイチロウ) サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
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