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![]() かきウイルス物語総括編
(カキを美味しく安全に食べるために) ![]() 一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC
理事長 庄司 正 (東海食品衛生研究会会長) 【第7回食品衛生セミナーの概要等】2015年9月10日、鳥羽国際ホテルにて東海食品衛生研究会第7回食品衛生セミナーを開催した。伊勢志摩サミットを控え、志摩食品衛生協会の食品衛生指導員(食品営業者、ボランティアで各営業店舗を衛生指導する方々)の多くの参加のもと、行政、研究機関、カキ生産者などに参加していただいた。
【第7回食品衛生セミナーのまとめ】カキを原因食品とするノロウイルス食中毒は、全体の件数及び患者数においてごくわずかではあるが毎年発生している。その予防対策は、カキがノロウイルスに汚染される時期を特定し、適切な温度で加熱して食する、または、リスクの高い時期に生食を回避することしかないのが現状である。また、いったん汚染されたカキからノロウイルスを完全に排除することは現状では不可能で、浄化もそのリスクを下げることができるだけである。 【浄化かきのルーツ的矢を訪ねる】小生が初めてカキの筏垂下養殖、カキの浄化システムについて教わったのは、1979年3月、三重県志摩市的矢にある佐藤養殖場創業者の佐藤忠勇(故人)さんからである。今日まで永年カキとノロウイルスの関係を持ち続けてきたルーツが美しい景観の的矢である。この原稿の執筆にあたり、改めて本年1月末に的矢を訪ね、的矢湾養蠣研究所前の佐藤忠勇さんの胸像の前に立ち、当時を偲びながら感謝の意を表した。
ノロウイルスが食品衛生上問題となる以前は、佐藤養殖場の浄化かき(的矢カキ)は全国の有名ホテルで殺菌無菌カキ(紫外線殺菌海水による浄化で大腸菌陰性のカキ)として提供された。例えば今年の5月26・27日に開催される「伊勢志摩サミット」会場のホテルでも当時のT総料理長が素晴らしい地元食材、高品質で安全なカキとして提供していた。的矢カキは、現在も料理番組やカキ出荷開始時期の風物詩としてマスコミ報道が続いている。 【行政処分につながるリスク】しかし、的矢カキの出荷量は減少している。なぜなら、平成に入るとカキによる冬季原因不明食中毒(ウイルス)が問題となり始め、これらの流行を受けて平成9年5月30日、食品衛生法施行規則が改正され、小型球形ウイルス(ノロウイルス)が食中毒の病因物質に指定されたのである。 【コーヒーブレイク(1)生食用カキを食べる覚悟】佐藤養殖場を訪ねた後、生食用カキで食中毒を出してしまった的矢のM旅館を訪ね、生食用殻付きカキを食べながら店主とカキ談義に花を咲かせた。彼は大学の水産学科卒で、小生の20年来の知人である。食中毒発生から10年以上になるがそれ以降苦情等はないという。 「お願い・・的矢かきは生で安心してお召し上がり頂けますと言われておりましたが、すべての方に安全だとはいえません。体質に合わない方、体調の悪い方、以前、魚介類で異常のあった方は申し出てください。お気づきのことがありましたら当館までご連絡ください。」 そして水産学士らしく「THE KAZE(季風)」という配布資料を作成し、カキの栄養価値や養殖方法、そして的矢湾の地形など的矢カキの素晴らしさを消費者に紹介している。 【生食用カキのリスクは予見できる】1997年度から三重県で始まったカキとノロウイルスに関する本格的な調査研究によって、三重県産カキについては、約半年間のカキ出荷期間の中でも、健康被害につながる時期はほぼ特定できるようになっている。完全なシステムとは言えないが、養殖海域のカキのノロウイルス遺伝子の保有状況及び水温などのモニタリングによってリスクを予見することができる。このリスクは三重県伊勢保健所のHPでみえのカキ安心情報として毎週提供されているので是非ご覧いただきたい。
その後の食中毒発生自治体の詳細な原因究明調査によって本当にカキが原因であったのかどうか、情報公開の手続きを経ないとその真の原因は分からない。2015年7月号でカキを原因食品とするノロウイルス食中毒の特徴について紹介したが、多くの食品衛生監視員や関係者にその理解を深めていただきたいと願っている。
2016年は、みえのカキ安心情報提供システムを見ても、カキによる健康被害(ノロウイルス食中毒)の発生は全くないし、有症苦情もほとんどないという。カキの生食による健康被害のリスク要因である養殖海域の水温が、暖冬の影響で2月初めになっても10℃以下にならず高い状態が続いているからであろう。 【コーヒーブレイク(2)ノロウイルスフリーのカキ生産】三重県鳥羽市では、カキ生産者が道路沿いやカキ加工所近くに多くの焼カキ店を出し繁盛している。当初は未浄化のカキを焼きカキとして出した店もあるそうだが、加熱不十分による食中毒発生を踏まえ、焼カキといえども浄化した生食用殻付きカキをほとんどの店が使っている。生食用殻付カキの需要減を焼きカキやつくだ煮など、新しいビジネスが始まっている。若い漁業者は新しい技術でアサリ養殖に取り組み、アマモの植栽による漁場環境の改善も試行している。漁業者はたくましい!
【ノロウイルス対策産学官6機関連携】2016年1月26日、三重県では保健環境研究所を中心としたノロウイルス対策に関する独自の調査研究ネットワークの連携締結が行われ、SUNATECも加えていただいた。 【広島県カキ衛生対策ベンチマーキング】2015年8月3日、セミナーのコーディネーターとしてベンチマーキングのために広島県を訪ねた。8月6日の原爆記念日を目前にして、まず広島平和記念公園を訪ね、原爆死没者慰霊碑に手を合わせた。
そして広島県庁食品生活衛生課で広島県カキ衛生対策について詳細にご教示を受けた。全国のカキ生産の約70%を占める広島県だけに、その数量や養殖海域の広さ、養殖業者・加工業者(1類、2類)の区分と衛生対策などなどその内容には圧倒されるばかりである。 詳細は次の広島県ホームページで知ることができる。
【コーヒーブレイク(3)食品衛生監視員の絆】広島県庁のカキ衛生対策を担う食品衛生監視員にはこれまで何度も技術指導をしていただいた。小生が30代前半で本庁乳肉水産食品衛生担当の食品衛生監視員の時、予約なしに広島県庁を訪問した際にも、全く面識のないMさんとYさんからカキの衛生対策について実験結果など科学的データに基づく2時間にわたるご教示や資料の提供をいただいた。次々と浮かんでくるカキの取扱衛生の疑問点を質問して教えを乞うたが、Mさんは帰り際に小生の鞄に大事な資料を忍ばせてくれた。Mさんは故人となられたが、今も思い出すたびに目頭が熱くなる。 そして今回のベンチマーキングでは、Tさんのご配慮で民間の検査機関の職員にすぎない小生と担当検査員にも中身の濃いコミュニケーションの機会をいただいた。 【カキ養殖が瀬戸内海の環境浄化に貢献した】2015年7月、広島県のカキ衛生対策をベンチマーキングするに際し、様々な資料を探すうちに素晴らしい著書に出逢った。
“本書は、NHKスペシャル「里海」(SATOUMI 瀬戸内海)と中四国シリーズ番組「海と生きる」をもとに取材を進め書き下ろしたものです。“と記載されていたので、2014年の当該NHKスペシャル番組中のカキ養殖筏や垂下養殖中のカキの森の映像を食い入るように何度も見た。里海とは次のように紹介されている。 “「里海」は、すでに学術用語として確立している。「人手が加わることによって生物多様性と生産性が高くなった沿岸海域」と定義されている。「瀬戸内海生まれ日本発」であるこの考え方、実践法は今や英語表記の「SATOUMI」として海外にも急速に広がり、海洋資源枯渇や汚染の問題を抱える世界中の身近な海の解決策になっている。(一部抜粋)” この著書の中で取り上げられているのは、岡山県備前市日生(ひなせ)と広島湾のカキ養殖である。瀬戸内海の水質は、沿岸部の排出規制(瀬戸内海法)とカキ養殖によって改善されたとしている。日生ではアマモの植栽とカキ養殖の良好な関係が、また、広島湾ではまさにカキ養殖によってもたらされる豊かな里海の姿が紹介されている。 【カキの関連調査から見える広島湾の水質改善】上記保健環境センター業務年報から、カキ養殖海域の海水検査結果を遡って調べてみた。広島湾のカキ養殖海域の平成6~15年度10年間の衛生評価と平成16~25年度のそれとを比べてみると、明らかに広島市内を流れる太田川の河口沿岸海域の水質が改善されていることが分かる。 【広島湾に浮かぶ島々を巡る】ベンチマーキングの翌日、広島湾に浮かぶ倉橋島、能美島、江田島をレンタカーで巡った。上記「里海資本論」で紹介された、広島湾がきれいになったことを確認したい、そして日本一のカキ養殖の現場を見たかったからである。
広島駅から呉市を通り、まず倉橋島をめざした。広島県食品自主衛生管理認証制度に基づき、かき作業場(2類)としてHACCP認証を受けている倉橋島海産株式会社を訪ねるのが目的だった。残念ながらシーズンオフでカキの加工作業はなく見学は実現しなかったが、突然の訪問にも関わらず現場の作業者が2月頃にまたおいでと親切に応対してくれた。倉橋島海産の前浜付近もそうだが、白砂青松、倉橋島沿岸は海水浴でにぎわう美しい海である。
次に能美島へ移動し、種苗で有名な大黒神島と北側に広がる無数のカキ筏を眺めた。そして最終目的地である江田島湾では想像を絶するほどの光景を目にした。海の中に整然と続く白い縞模様が見えるのである。みかん畑の高台に登って眺めると、それは膨大な数の延々と続く採苗後の育成・抑制棚(カキ種付着後のホタテ殻コレクター)の列であった。年間むき身換算で約2万トンを生産する日本一のカキ生産王国の夏の光景であるとすぐに理解できた。すごい! 海もきれいだ!
【カキ養殖の総合的な価値に気づく】冬季原因不明食中毒から始まり今日まで、小生はカキとウイルスについて20年以上にわたり学術的関心を持ち続けてきた。そして食品衛生の立場から、カキの生理生態、養殖技術、養殖海域、ミクロの組織切片までその関心は広がっていった。 参考文献・ 日本薬学会編:“衛生試験法・注解2015” 金原出版 (2015) ・ 森が消えれば海も死ぬ 松永勝彦 講談社ブルーバックス ・ 森は海の恋人 畠山重篤 文春文庫 ・ NPO法人森は海の恋人 ・ 海洋深層水の利活用の現状と今後の展開について高橋正征(海洋深層水利用学会長) ・ 課題名:深層水を利用したカキ陸上養殖技術の開発 ・ SUNATECメールマガジンバックナンバー キーワード「カキ」 |
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