一般財団法人 食品分析開発センター SUNATEC
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かきウイルス物語総括編
(カキを美味しく安全に食べるために)
一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC
理事長 庄司 正
(東海食品衛生研究会会長)

【第7回食品衛生セミナーの概要等】

2015年9月10日、鳥羽国際ホテルにて東海食品衛生研究会第7回食品衛生セミナーを開催した。伊勢志摩サミットを控え、志摩食品衛生協会の食品衛生指導員(食品営業者、ボランティアで各営業店舗を衛生指導する方々)の多くの参加のもと、行政、研究機関、カキ生産者などに参加していただいた。
 セミナープログラムは別紙のとおりで、基調講演講師の東北大学高橋計介先生の内容については、すでに本メルマガ2015年12月号に掲載されている。

第7回食品衛生セミナープログラム
 
高橋計介先生メルマガ(かきとノロウイルスのその後)

【第7回食品衛生セミナーのまとめ】

カキを原因食品とするノロウイルス食中毒は、全体の件数及び患者数においてごくわずかではあるが毎年発生している。その予防対策は、カキがノロウイルスに汚染される時期を特定し、適切な温度で加熱して食する、または、リスクの高い時期に生食を回避することしかないのが現状である。また、いったん汚染されたカキからノロウイルスを完全に排除することは現状では不可能で、浄化もそのリスクを下げることができるだけである。
 そして、ノロウイルスは組織培養できないことから、感染ウイルス粒子に関する基本的知識につながる研究には限界がある。そのために、現状では、遺伝子検査及び分析技術を開発して、陸上でのノロウイルス流行疫学と関連させながら、精度の高いカキのノロウイルス汚染状況把握、生食回避につなげるしかない。
 なお、三重県産カキについては、食中毒の原因となるのは例年1月・2月が中心で、10月から12月中旬までは発生がない。またカキの養殖海域をモニタリングし、カキの遺伝子検査の結果や健康被害状況等のリスク情報を「みえのカキ安心情報」として伊勢保健所のHPで提供している。遺伝子検査はSUNATECが担当しているが、リスクの高い時期は概ね特定できるようになっている。

【浄化かきのルーツ的矢を訪ねる】

小生が初めてカキの筏垂下養殖、カキの浄化システムについて教わったのは、1979年3月、三重県志摩市的矢にある佐藤養殖場創業者の佐藤忠勇(故人)さんからである。今日まで永年カキとノロウイルスの関係を持ち続けてきたルーツが美しい景観の的矢である。この原稿の執筆にあたり、改めて本年1月末に的矢を訪ね、的矢湾養蠣研究所前の佐藤忠勇さんの胸像の前に立ち、当時を偲びながら感謝の意を表した。

志摩市歴史民俗資料館伊勢志摩きらり千選「佐藤忠勇と佐藤(牡蠣)養殖場」

ノロウイルスが食品衛生上問題となる以前は、佐藤養殖場の浄化かき(的矢カキ)は全国の有名ホテルで殺菌無菌カキ(紫外線殺菌海水による浄化で大腸菌陰性のカキ)として提供された。例えば今年の5月26・27日に開催される「伊勢志摩サミット」会場のホテルでも当時のT総料理長が素晴らしい地元食材、高品質で安全なカキとして提供していた。的矢カキは、現在も料理番組やカキ出荷開始時期の風物詩としてマスコミ報道が続いている。

【行政処分につながるリスク】

しかし、的矢カキの出荷量は減少している。なぜなら、平成に入るとカキによる冬季原因不明食中毒(ウイルス)が問題となり始め、これらの流行を受けて平成9年5月30日、食品衛生法施行規則が改正され、小型球形ウイルス(ノロウイルス)が食中毒の病因物質に指定されたのである。
 すなわち、食品を原因とする集団健康被害が発生した場合、その病因物質がノロウイルスと判明すればこれまではノロウイルス集団感染症と処理されていたものが、今度は食中毒事件として扱い、提供した飲食店は営業禁止等の行政処分を受けることとなったからである。当時は生カキによる冬季原因不明食中毒が最も調査が進んでいたために、カキがリスクの高い食品としてクローズアップされてしまったのである。
 この改正によって、的矢カキに代表される三重県の特産である「生食用殻付カキ」は、大きな逆風にさらされることとなった。それ以来今日まで「生食用殻付カキ」受難の時代が続いている。
 もちろん、今日では、毎年数百万人のノロウイルス感染者が発生し、その約1%弱の感染者を食中毒患者が占めているにすぎないこと、しかも食中毒件数は、感染者の糞便や嘔吐物中のノロウイルスが食品や調理器具を従事者の手指で汚染したことが原因である場合が90%以上であり、カキの生食や加熱不十分によって食中毒が発生するのは全体の数%、患者数では約1%にすぎないことが食中毒統計上明確となっている。
 にもかかわらず、「ノロウイルス食中毒=カキを食べた!」の固定観念が蔓延しているのは、カキの生産者だけでなくカキとノロウイルス食中毒に係わってきた調査・研究者には何とも無念な現実である。2006年から2007年にかけて発生したノロウイルス感染症の大流行の際に起こったカキの風評被害は、まだまだ記憶に新しい。

【コーヒーブレイク(1)生食用カキを食べる覚悟】

佐藤養殖場を訪ねた後、生食用カキで食中毒を出してしまった的矢のM旅館を訪ね、生食用殻付きカキを食べながら店主とカキ談義に花を咲かせた。彼は大学の水産学科卒で、小生の20年来の知人である。食中毒発生から10年以上になるがそれ以降苦情等はないという。
 メニュー表には、次のように記載して、必ず消費者に確認し、カキに当たるリスクを説明するそうだ。小生ももちろん注文する前に女将から確認されたのである。

「お願い・・的矢かきは生で安心してお召し上がり頂けますと言われておりましたが、すべての方に安全だとはいえません。体質に合わない方、体調の悪い方、以前、魚介類で異常のあった方は申し出てください。お気づきのことがありましたら当館までご連絡ください。」

そして水産学士らしく「THE KAZE(季風)」という配布資料を作成し、カキの栄養価値や養殖方法、そして的矢湾の地形など的矢カキの素晴らしさを消費者に紹介している。

【生食用カキのリスクは予見できる】

1997年度から三重県で始まったカキとノロウイルスに関する本格的な調査研究によって、三重県産カキについては、約半年間のカキ出荷期間の中でも、健康被害につながる時期はほぼ特定できるようになっている。完全なシステムとは言えないが、養殖海域のカキのノロウイルス遺伝子の保有状況及び水温などのモニタリングによってリスクを予見することができる。このリスクは三重県伊勢保健所のHPでみえのカキ安心情報として毎週提供されているので是非ご覧いただきたい。
 昨年(2015年)の1月・2月には三重県産カキで10件のノロウイルス食中毒(推定を含む)が発生したと情報提供された。提供された情報では1月5日~2月2日の間に出荷されたカキが原因とされた。この時期は過去の経験則から非常にリスクの高い時期と予見できたが、せっかくの自主検査による情報提供も飲食店や消費者の利用につながらなかった。残念でならない。

みえのカキ安心情報平成26年度の海域情報(全26回提供)

その後の食中毒発生自治体の詳細な原因究明調査によって本当にカキが原因であったのかどうか、情報公開の手続きを経ないとその真の原因は分からない。2015年7月号でカキを原因食品とするノロウイルス食中毒の特徴について紹介したが、多くの食品衛生監視員や関係者にその理解を深めていただきたいと願っている。

SUNATECメールマガジン2015年7月号

2016年は、みえのカキ安心情報提供システムを見ても、カキによる健康被害(ノロウイルス食中毒)の発生は全くないし、有症苦情もほとんどないという。カキの生食による健康被害のリスク要因である養殖海域の水温が、暖冬の影響で2月初めになっても10℃以下にならず高い状態が続いているからであろう。
 他方、毎年流行する2015年末の感染性胃腸炎の流行も通常時の半分以下であったし、心配されたノロウイルス遺伝子型GⅡ.17の流行も起こらなかった。
 現在の検査法では、カキの中腸腺のノロウイルス遺伝子保有状況を検査しているが、ウイルス粒子のみのRNA検査ができれば、またその感度を上げ、迅速な検査が可能となれば、健康リスクを大幅に減少させることにつながる。SUNATECの目指す方向である。

【コーヒーブレイク(2)ノロウイルスフリーのカキ生産】

三重県鳥羽市では、カキ生産者が道路沿いやカキ加工所近くに多くの焼カキ店を出し繁盛している。当初は未浄化のカキを焼きカキとして出した店もあるそうだが、加熱不十分による食中毒発生を踏まえ、焼カキといえども浄化した生食用殻付きカキをほとんどの店が使っている。生食用殻付カキの需要減を焼きカキやつくだ煮など、新しいビジネスが始まっている。若い漁業者は新しい技術でアサリ養殖に取り組み、アマモの植栽による漁場環境の改善も試行している。漁業者はたくましい!
 そしてもう一つ新しい取り組みがある。
 カキは食品衛生上の非常にリスクの高い食品である。それにもかかわらずオイスターバーを全国に事業展開している会社がある。ノロウイルス食中毒で行政処分の苦い経験もあるそうだが素晴らしい店を出し続けている。
 この会社がノロウイルスフリーのカキ生産にチャレンジしていることがTVで報道された。ミネラル豊富な海洋深層水を利用して微細藻類を培養し、その餌によって陸上でカキ養殖する取組みである。海洋深層水は高知県が有名であるが、深層水について調べるとその利用研究でもっとも進んでいるのは海洋大国日本であるそうだ。
 カキの陸上養殖のチャレンジは沖縄県の久米島で行われている。久米島には、沖縄県海洋深層水研究所があり、すでに車エビや海藻類の陸上養殖に成功しビジネス化されている。TV報道ではすでにカキの稚貝が放映され、本格的なカキの陸上養殖も視野に入っているそうだ。この先頭に立って行動している女性が、第7回食品衛生セミナーにも来ていただいたWさんである。
 小生もかつて三重県の海洋深層水でプランクトンを培養し、ノロウイルスフリーの餌を食べさせながら浄化することができないかと思ったことがあるが、この会社は稚貝からノロウイルスフリーのカキを陸上で生産しようとしている。成功を期待したい。

沖縄県海洋深層水研究所
 
ヒューマンウェブ完全ウイルスフリーの牡蠣

【ノロウイルス対策産学官6機関連携】

2016年1月26日、三重県では保健環境研究所を中心としたノロウイルス対策に関する独自の調査研究ネットワークの連携締結が行われ、SUNATECも加えていただいた。
 ・三重県医師会:小児・成人におけるノロウイルスの実態調査
 ・国立病院機構三重病院:小児の感染性胃腸炎疫学調査
 ・SUNATEC:海域(カキ)由来ノロウイルスの調査と検査法の開発
 ・鈴鹿医療科学大学:ノロウイルスワクチンの開発
 ・北里大学:ノロウイルス動物感染モデルの確立
 ・保健環境研究所:感染症発生動向調査及び食中毒等集団発生事例対応
 SUNATECはすでに保健環境研究所と共同研究を行っているが、この連携によって小児だけでなく成人の発生動向が把握できること、陸上で流行するノロウイルスとカキのモニタリング検査で検出されるノロウイルスについて、遺伝子レベルで比較研究できることとなる。今後のデータの蓄積によってネットワークにおいて貴重な情報が共有されることが期待されている。将来ノロウイルスの流行とカキの汚染との関係がさらに明確となり、カキによる健康被害の予防につながっていくだろう。

【広島県カキ衛生対策ベンチマーキング】

2015年8月3日、セミナーのコーディネーターとしてベンチマーキングのために広島県を訪ねた。8月6日の原爆記念日を目前にして、まず広島平和記念公園を訪ね、原爆死没者慰霊碑に手を合わせた。
 最初の訪問地は、広島県立総合技術研究所保健環境センター。カキの衛生対策のキャリア豊富な研究者に親切に対応していただき、分析技術等について有意義な意見交換ができた。また、海域ごとのカキ検査の最中であったことから試験室もご案内いただいた。
 カキに関しては、次の検査、調査、研究が実施されている。
 ・重金属検査、有機塩素系物質の残留検査、貝毒検査
 ・一般かき衛生対策として
  養殖海域調査
   ・細菌学的水質調査、海水およびカキの衛生実態調査、夏期カキ養殖海域調査
   ・食中毒起因菌等検査
   ・腸管出血性大腸菌検査、夏期のカキ食中毒起因検査、腸炎ビブリオ最確数検査
    ノロウイルス対策検査
 広島県では、食品衛生法の規格基準の規定により、広島湾の養殖海域を碁盤の目に区分した海域別に海水及びカキの検査を定期的に実施している。生食用カキ出荷要件である海水中の大腸菌群最確数が70/100ml以下の海域であるかどうかや、カキの成分規格を確認し、「指定海域」、「条件付き指定海域」、「指定外海域」に区分している。
 これらの検査には、保健環境センターの研究者も行政職員と一緒になって、猛暑・厳寒の時期も船上からサンプリングしていることだ。フィールドを熟知している者が検査研究に従事する強みは小生も十分知っているが、この対応を知って胸に熱いものを感じた。

広島県立総合技術研究所保健環境センター

そして広島県庁食品生活衛生課で広島県カキ衛生対策について詳細にご教示を受けた。全国のカキ生産の約70%を占める広島県だけに、その数量や養殖海域の広さ、養殖業者・加工業者(1類、2類)の区分と衛生対策などなどその内容には圧倒されるばかりである。
 しかも、毎年広島県では、生産、流通、加工及び市場関係者によって毎年度「広島かき生産出荷指針」を定め、官民で生産から流通まで一貫した品質管理強化を自主的に行う仕組みが構築されていることである。セミナーでもこのことを土井講師は強調されていた。
 生産出荷指針の内容項目は次のとおりである。
 Ⅰ.生産出荷対策 1.その年度の重点、2.生産出荷指導方針、3.衛生指導方針
 Ⅱ.昨年度の出荷状況
 Ⅲ.統計・参考資料
 指針の中には、総合的な自主管理事項が全て網羅されている。統計参考資料も充実し、世界のカキ生産量も知ることができる貴重なものである。
 また、これらの衛生指導方針の監視指導を行う食品生活衛生課の衛生対策については、食品衛生法及び広島県独自の条例に基づき指導要領が体系的にきちんと整備されている。

詳細は次の広島県ホームページで知ることができる。

広島かき生産出荷指針
 
広島かきの衛生対策
 
広島県かき監視指導体系(食品生活衛生課)
 
食品衛生セミナー基調講演資料(広島県におけるカキの衛生対策について)

【コーヒーブレイク(3)食品衛生監視員の絆】

広島県庁のカキ衛生対策を担う食品衛生監視員にはこれまで何度も技術指導をしていただいた。小生が30代前半で本庁乳肉水産食品衛生担当の食品衛生監視員の時、予約なしに広島県庁を訪問した際にも、全く面識のないMさんとYさんからカキの衛生対策について実験結果など科学的データに基づく2時間にわたるご教示や資料の提供をいただいた。次々と浮かんでくるカキの取扱衛生の疑問点を質問して教えを乞うたが、Mさんは帰り際に小生の鞄に大事な資料を忍ばせてくれた。Mさんは故人となられたが、今も思い出すたびに目頭が熱くなる。
 Yさんとはその後電話で何度もご教示の機会を持ち、お互い県庁OBとなった今もコミュニケーションが持てる関係は続いている。
 また1996年、腸管出血性大腸菌O157食中毒の発生によって日本中が震撼した時やカキの採捕海域表示検討の時に開催された厚生労働省の会議では素晴らしい広島県庁の食品衛生監視員Tさんに出会った。Tさんには、三重県で開催されたカキフォーラムに来ていただき、ノロウイルス対策を一緒に考えていただいたことがある。
 そして全国的に生菓子の偽装表示が問題となった2007年には、小生が講師として広島県に招かれ、YさんTさんと旧知を温めることができた。

そして今回のベンチマーキングでは、Tさんのご配慮で民間の検査機関の職員にすぎない小生と担当検査員にも中身の濃いコミュニケーションの機会をいただいた。
 カキの生産地を所管し、漁業者等と関係してフィールドから勉強してきた食品衛生監視員はまさに公衆衛生という科学行政を担う模範的な存在で、広島県にはこのような技術職員が多い。しかし、全国的に見るとむしろマイナーな存在で、カキの生産まで熟知している職員になると非常に少ないのが現状である。また、自治体予算減少の影響で、カキの産地に勉強に来る消費地の食品衛生監視員の出張も近年非常に少なくなっている。
 勉強する機会のなかった消費地の保健所食品衛生監視員にもカキのことを学んでほしいと、東海食品衛生研究会でセミナーを開催し、また「かきウイルス物語」シリーズなどをSUNATECメールマガジンに投稿してカキについて理解を深める機会を提供してきた。
 三重県産カキを原因とした食中毒発生の詳細について消費地自治体に電話照会することがあるが、まだまだ情報発信が足りないことを痛感している。

【カキ養殖が瀬戸内海の環境浄化に貢献した】

2015年7月、広島県のカキ衛生対策をベンチマーキングするに際し、様々な資料を探すうちに素晴らしい著書に出逢った。
「里海資本論」日本社会は「共生の原理」で動く 著者井上恭介NHK里海取材班である。

里海資本論表紙

“本書は、NHKスペシャル「里海」(SATOUMI 瀬戸内海)と中四国シリーズ番組「海と生きる」をもとに取材を進め書き下ろしたものです。“と記載されていたので、2014年の当該NHKスペシャル番組中のカキ養殖筏や垂下養殖中のカキの森の映像を食い入るように何度も見た。里海とは次のように紹介されている。

“「里海」は、すでに学術用語として確立している。「人手が加わることによって生物多様性と生産性が高くなった沿岸海域」と定義されている。「瀬戸内海生まれ日本発」であるこの考え方、実践法は今や英語表記の「SATOUMI」として海外にも急速に広がり、海洋資源枯渇や汚染の問題を抱える世界中の身近な海の解決策になっている。(一部抜粋)”

この著書の中で取り上げられているのは、岡山県備前市日生(ひなせ)と広島湾のカキ養殖である。瀬戸内海の水質は、沿岸部の排出規制(瀬戸内海法)とカキ養殖によって改善されたとしている。日生ではアマモの植栽とカキ養殖の良好な関係が、また、広島湾ではまさにカキ養殖によってもたらされる豊かな里海の姿が紹介されている。

【カキの関連調査から見える広島湾の水質改善】

上記保健環境センター業務年報から、カキ養殖海域の海水検査結果を遡って調べてみた。広島湾のカキ養殖海域の平成6~15年度10年間の衛生評価と平成16~25年度のそれとを比べてみると、明らかに広島市内を流れる太田川の河口沿岸海域の水質が改善されていることが分かる。
 その結果、平成17年度以前の広島湾太田川河口沿岸海域は「指定外海域」(加熱調理用カキのみ出荷できる生産海域)に指定されていたが、現在では「条件付き指定海域」(浄化又は指定海域へ移動し5日以上養殖すれば生食用でも出荷できる生産海域)に改善された。指定外海域は広島湾東部、太田川支流の猿猴川と瀬野川が合流する河口沿岸海域のみとなっている。
 広島県の歴史あるカキの衛生対策の記録(保健環境センターの業務年報)から、広島湾は確実に水質改善が進んでいることが読み取れた。

【広島湾に浮かぶ島々を巡る】

ベンチマーキングの翌日、広島湾に浮かぶ倉橋島、能美島、江田島をレンタカーで巡った。上記「里海資本論」で紹介された、広島湾がきれいになったことを確認したい、そして日本一のカキ養殖の現場を見たかったからである。

広島湾カキ養殖海域

広島駅から呉市を通り、まず倉橋島をめざした。広島県食品自主衛生管理認証制度に基づき、かき作業場(2類)としてHACCP認証を受けている倉橋島海産株式会社を訪ねるのが目的だった。残念ながらシーズンオフでカキの加工作業はなく見学は実現しなかったが、突然の訪問にも関わらず現場の作業者が2月頃にまたおいでと親切に応対してくれた。倉橋島海産の前浜付近もそうだが、白砂青松、倉橋島沿岸は海水浴でにぎわう美しい海である。

倉橋島海産ホームページ

次に能美島へ移動し、種苗で有名な大黒神島と北側に広がる無数のカキ筏を眺めた。そして最終目的地である江田島湾では想像を絶するほどの光景を目にした。海の中に整然と続く白い縞模様が見えるのである。みかん畑の高台に登って眺めると、それは膨大な数の延々と続く採苗後の育成・抑制棚(カキ種付着後のホタテ殻コレクター)の列であった。年間むき身換算で約2万トンを生産する日本一のカキ生産王国の夏の光景であるとすぐに理解できた。すごい! 海もきれいだ!

育成・抑制棚の光景

【カキ養殖の総合的な価値に気づく】

冬季原因不明食中毒から始まり今日まで、小生はカキとウイルスについて20年以上にわたり学術的関心を持ち続けてきた。そして食品衛生の立場から、カキの生理生態、養殖技術、養殖海域、ミクロの組織切片までその関心は広がっていった。
 カキ養殖には良質な植物プランクトンが不可欠で、それには豊かな森からもたらされるフルボ酸鉄が必要であることを「森が消えれば海も死ぬ」(松永勝彦著、ブルーバックス)から知った。その実践がカキ漁師である宮城県唐桑町の畠山重篤さんの「森は海の恋人」運動につながっていることをご本人の講演から教えられた。
 さらに今回は上記で紹介したように、カキ養殖は海の水質改善に貢献し、アマモなど海中の森づくりに役立つとともに、生物多様性を育み豊かな漁業資源をもたらす「里海」としての大きな価値があることを新たに学んだ。
 カキ養殖のもつ上記総合的な価値に気づくことで、この20年間小生もまたカキから豊かな感性を育まれ、公衆衛生の現場で楽しい仕事に恵まれてきたと実感している。カキを通じて本当に多くの素晴らしい人々に出会い、多くの教えを受けてきたことに感謝したい。(「かきウイルス物語」完)

参考文献

・ 日本薬学会編:“衛生試験法・注解2015” 金原出版 (2015)

・ 森が消えれば海も死ぬ 松永勝彦 講談社ブルーバックス

・ 森は海の恋人 畠山重篤 文春文庫

・ NPO法人森は海の恋人
http://www.mori-umi.org/about/message.html

・ 海洋深層水の利活用の現状と今後の展開について高橋正征(海洋深層水利用学会長)
海と港 No.31 2013(一社)寒地港湾技術研究センター
http://www.kanchi.or.jp/umi/no/pdf/umi31_05.pdf

・ 課題名:深層水を利用したカキ陸上養殖技術の開発
http://www.maff.go.jp/j/shokusan/kankyo/seisaku/s_midorimizu/pdf/26_s_10.pdf

・ SUNATECメールマガジンバックナンバー キーワード「カキ」
http://www.mac.or.jp/mailmagazine/backnumber/index.htm

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