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![]() かきとノロウイルスのその後
![]() 一般財団法人 かき研究所 常務理事・研究所長
東北大学大学院農学研究科 准教授 高橋 計介 はじめに少し変わった表題であるが、これは10年あまり前に筆者が「かきのノロウイルス汚染」と題する総説1)を書いたことに関係している。この総説を書いた理由は、大きく2つある。1つは、筆者がかき類を中心とした二枚貝の研究者でありながら、二枚貝(特にかき)の喫食による食中毒が問題とされていたノロウイルスに関する知識が乏しく勉強する必要があったことである。もう1つは、かきは重要な水産物であるにもかかわらず、それまでのかきとノロウイルスとの関係についての研究は、ほとんどが公衆衛生分野や感染防御分野の研究者によるものであり、水産分野の研究者によるものは少なかったことである。文献を網羅し、かつ整理することによって自分も含めた水産分野の研究者が取り組むべき課題が見えてくると考え、まとめることにした。その結果、当初思っていた以上にノロウイルスはかき養殖にとって厄介であると考えられた。また、思っていた以上に明らかとなっていないことが多く、取り組むべき問題も数多く見つかった。少しずつでも明らかにしていこうと研究をはじめた矢先、2006年のノロウイルス胃腸炎の大流行とそれに伴うかきの風評被害が起きてしまった。公衆衛生と水産双方のメンバーが加わった研究プロジェクトが組まれ、筆者も微力ながら参画し、研究を行った。結果をみると、新しい知見が得られたりしたものの、ノロウイルス問題の解決には至らなかった。特にかき養殖やかきの販売で問題となる点の解明、すなわち「かきがノロウイルスを取り込むしくみ」と「かき体内からのノロウイルスの除去」に関する研究は、なかなか進まなかった。本稿では、以前の総説の「その後の10年間」で報告された研究の中から、特に上記の2つの問題に関連した重要な事柄である「ノロウイルスは海水中にどんな形で存在し、かきによってどのように捉えられるか」と「ノロウイルスはかきの体内で、どのように保持されているか」について筆者なりの解説を試みる。なお、本稿で取り扱う「かき」であるが、日本では一般的に漢字では牡蠣と表し、標準和名をマガキ、学名をCrassostrea gigasという種を指すことが多い。しかし、国内にはイワガキをはじめ別の種がいるし、海外にも食用とされる別種がいくつもある。そこで、ここではノロウイルスとの関係が問題となる食用の牡蠣類全般を「かき」と呼ぶことにしたい。 1.ノロウイルスは型によって、かきとの関係が変わる1:海水中でのノロウイルスの動態および安定性はどうか? 大変よく知られていることなので詳しい説明は省略するが、ノロウイルスには多くの型がある。ヒトに感染するノロウイルスは、主に遺伝子グループIとII(GIとGII)の2つであり、それぞれのグループに遺伝子配列などが少し異なる型(遺伝子型)が存在する。現在では、34(以上)の遺伝子型があるとされている2)。すなわち、ノロウイルスはとても多様性に富んでいるわけで、環境中での振る舞いやかきとの関わり方が遺伝子グループによって、あるいは遺伝子型によって異なっている可能性は十分考えられる。
2.ノロウイルスは型によって、かきとの関係が変わる2:ノロウイルスは海水中でどのような形で存在するか? 従来、この問いに対する答えは比較的簡単だと考えられてきた。すなわち、多くのノロウイルスはかきの消化盲嚢(中腸腺とも呼ばれる、胃を取り囲む消化のための補助器官である)に局在しているから、餌料とともに取り込まれ、蓄積されるのであろうとする見解である。以前の総説でもそのようにまとめた1)。筆者は、基本的にはこれが最も理に適っていると現在でも考えている。しかし、ノロウイルスの多様性を考慮した時、海水中でのノロウイルスの存在様式は一様だと決めつけてよいのだろうか?また、季節や水温によって存在様式は変化しないのだろうか?餌料とともに取り込まれるのなら、ノロウイルスは餌料に付着しているのだろうか、そのしくみはどんなものだろうか?このように、様々な疑問が出てくることも確かである。いずれにせよ、10年前には明確な解答はなかった。
3.ノロウイルスは、かきの体のどこに、どのように保持されるのか?この課題を明らかにするためには、項目1で見たように、ノロウイルスはかきの体内にある程度長く留まることができると推測されることや、項目2で見たように、ノロウイルスを捉えるには物理的な捕捉だけではないしくみがあると考えられることに対する答えを得ることが鍵となる。
4.上記の諸問題に対し、かきを研究する者に課せられた課題(基礎研究)これまで国内外で行われた立派な研究を紹介する形で、はじめに挙げた2つのポイント、すなわち「ノロウイルスは海水中にどんな形で存在し、かきによってどのように捉えられるか」と「ノロウイルスはかきの体内で、どのように保持されているか」について解説してきた。筆者が特に2つのポイントを挙げたのは、これらを本当に明らかにできれば「かきがノロウイルスを捕捉しないような手段」を講じ、「たとえ取り込まれたとしても体内に留まらないよう」にして、かきとノロウイルスの問題を解決できるからである。「言うは易く行うは難し」であることはもちろん理解している。しかし現在のところ、筆者はいろいろな事柄を一生懸命に考えた上で、たとえ非常に困難であってもこの方向に進む以外はないとの結論に至っているのである。 おわりに「かきとノロウイルス」の関係について、ポイントを絞って解説した。10年よりも少し前に、ノロウイルスのことを調べるきっかけの1つとなった筆者にとって忘れられない事柄がある。それは、宮城県保健環境センターの秋山和夫部長(当時)をはじめとする方々が筆者の研究室に来訪された時のことである。目的は、投稿予定の原稿の中で記したネコカリシウイルス(ノロウイルスの代替ウイルス)を取り込ませたかきの組織に関連して、細胞の見方や名称に誤りなどがないかを確認するためであった。この時の原稿は後に論文として発表されている12)。消化盲嚢を中心とした組織の写真を見ながら少し説明を加えさせていただいたのだが、その中にあったin situ hybridizationの写真がとても気になった。それは、消化盲嚢から少し離れた結合組織に存在する血球が陽性反応を示しているものであり、筆者はそうした像を初めて見たのである。過去に報告されていたPCRの結果から考えて、消化盲嚢を構成する細胞に陽性が認められることは尤もだと思ったが、結合組織の奥深くにある血球もノロウイルスを取り込んでいることを初めて知ったのである。これでは簡単に除去はできないのではないか、とても厄介なものではないかと思ったことを今でもはっきり記憶している。そして約1年後に、ノロウイルスVLPを用いた研究で、盲嚢細管の消化細胞がノロウイルスと特異的に結合していることと消化盲嚢周囲の血球が取り込んでいることを示す論文が発表された7)。現在では、血球がノロウイルスの取り込みに関与することは間違いないと考えられている。かきでは、組織常在型の血球、特に消化管周囲の血球は栄養成分の輸送の一端を担うと考えられる。おそらくノロウイルスは栄養成分と一緒に取り込まれているのであろう。このような、かきにとっての自然な生理機能が、結果としてノロウイルスの取り込みにつながり、そして排除を難しくしている可能性は否めない。すなわち、ノロウイルスを排除するためにはかきの生理現象、つまり自然の流れに逆らわねばならないことが必ず出てくる。もちろん、希望は持っているが、ノロウイルスフリーのかきを生産するための戦いは厳しいものだと言わざるを得ない。 参考文献1) 室賀清邦・高橋計介:かきのノロウイルス汚染.日本水産学会誌、71、535-541、2006. 2) Vinje J: Advances in laboratory methods for detection and typing of norovirus. J. Clin.Microbiol., 53, 373-381, 2015. 3) Nordgren J et al.: Prevalence of norovirus and factors influencing virus concentrations during one year in a full-scale wastewater treatment plant. Water Res., 43, 1117-1125, 2009. 4) Kishida N et al.: One –year weekly survey of norovirus and enteric adenoviruses in the Tone River water in Tokyo metropolitan area, Japan. Water Res., 46, 2905-2910, 2012. 5) Gentry J et al.: Norovirus distribution within an estuarine environment. Appl. Environ. Microbiol., 75, 5474-5480, 2009. 6) Tan M and Jiang X: Norovirus–host interaction: multi-selections by human histo-blood group antigens. Trends Microbiol.,19, 382-388, 2011. 7) Le Guyader FS et al.: Norwalk virus-specific binding to oyster digestive tissues. Emerg. Infect. Dis., 12, 931-936, 2006. 8) Tian P et al.: Norovirus binds to blood group A-like antigens in oyster gastrointestinal cells. Lett. Appl. Microbiol., 43, 645-651, 2006. 9) Maalouf H et al.: Strain-dependent norovirus bioaccumulation in oysters. Appl. Environ. Microbiol., 77, 3189-3196, 2011. 10) Maalouf H et al.: Distribution in tissue and seasonal variation of norovirus genogroup I and II ligands in oysters. Appl. Environ. Microbiol., 76, 5621-5630, 2010. 11) Le Guyader FS et al.: Transmission of viruses through shellfish: when specific ligands come into play. Curr. Opin. Virol., 2, 103-110, 2012. 12) 山木紀彦ら:in situ hybridization法によるカキ消化盲嚢部の組織化学的ウイルス分布.日食微誌、23、21-26、2006. 略歴1991年 東北大学農学部助手
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