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食と健康-頭で食べて、さらに健康に-
東洋大学 食環境科学部 健康栄養学科
教授 林 清

明けましておめでとうございます。昔は誕生日の概念がうすく年が明けると皆いっせいに年をとりました。私は1952年生まれで、63才となりました。私が生まれた時の平均寿命は、すなわち0歳児の平均余命は61.90才でしたので、私は出生時に予測された寿命よりも既に1年長く生きていることになります。気になって、平成25年簡易生命表で現在63才の男性の平均余命を調べてみると20.67才であり、私は83.67才まで長生きできそうです。生まれた時に予測された寿命よりも20年間も長くなりました。
 寿命を伸ばすということは、エジプト王家のミイラ、中国王朝など古来からの人類の共通の願望であり、その願望は今後もかわらないでしょう。私の寿命が、何の努力もせずに20才も長くなったことに感謝しますが、その要因はどこにあるのでしょうか。一般には医療技術の進歩が寿命延伸の要因であるとされています。しかし、私はほとんどカゼをひかないし、大病で入院したことも無く、医療技術進歩の恩恵をさほど受けているという実感はありません。私の寿命が延びた要因をあれこれ考えてみると、「食」にあると思われます。

私たちのカラダを知る

「食」の効果を考える際、重要なポイントが2点ある。まず第1点目は、私たちの体は進化していないことである。進化していないどころか、現代社会のめまぐるしい変化にすら十分対応できかねている。犬などの動物では、徹底した交配管理を実施し品種を改良しているが、人間は倫理感の強い社会を形成しており、古来より誕生した個人個人の命を大切にしてきた。2000年ほど前の縄文時代から100世代ほどが経過しているが、その頃から私たちのカラダは全く変化していないのである。戦後は、身長が伸びたり、寿命が延びているが、これらは遺伝子レベルでの変化ではなく、環境要因の結果である。言い換えれば、私たちのカラダは2000年前と同じであり、近い将来でも同じである。パソコン、携帯電話が急速に普及し、社会構造が大きく変化したことから、私たちのカラダも進化したかのような錯覚を覚えるが、大きな間違いである(図1)。

道具の変化とカラダの変化

 また、生命にとっては、飢餓状態のほうが平常状態に近く、食があふれており、しかも、各企業が熱心に開発したおいしい食や、有用成分を抽出したサプリメントがあふれている現代社会は、私たちのカラダにとって未経験の環境である。
 第2点目は、私たちのカラダは動的であり、しかも未知な部分にあふれている点である。機械などの静的な装置では、各パーツの動作能力や限界値等、あらかじめ詳細な特性がわかっている。調子が悪くなれば、パーツを交換する等の対応策も明白である。しかし、私たちの体は未知因子で満ちあふれている。ヒトの遺伝子が解読されて10年が経過したが、カラダの仕組みがわかったというよりも、一層複雑なことがわかった段階であり、わからない点が非常に多く存在する。
 私たちのカラダは動的にできているため、何もしないで寝ているだけでエネルギーの6~7割を基礎代謝として消費しており、非常に効率が悪い。しかし、見方を変えるとこの動的なシステムによりカラダが維持されているメリットも大きい。静的な機械ではほっておいても不調部位は直らないが、カラダは動的であり修復機能があり、環境の変化にも順応できる。動的な一例として、食におけるたんぱく質摂取を見てみよう。たんぱく質の消化吸収を図2に示した。破線枠の中が体内であり、1日60gのたんぱく質を摂取する必要がある。60gのたんぱく質を消化、吸収するため、消化酵素や消化管壁の維持のため体内のたんぱく質の70gを使用している。摂取量よりも多いたんぱく質を使用し、吸収するという非常にダイナミックなシステムである。さらに驚くべきことに、筋肉などのたんぱく質は体内で代謝・合成が繰り返されており、毎日230gのたんぱく質が分解されては合成されている。私たちは60gのたんぱく質を食物として摂取するが、その4倍のたんぱく質が体内で分解され再利用されており、非常に動的にできている。食物はエネルギー源としてだけでなく、この動的な状態を維持するためにも必要である。たんぱく質は、カラダの動的システム維持のため、年齢にかかわらず60gを摂取することが推奨されている。

図2.タンパク質代謝の動的平衡(PDF:129KB)

食をささえる安全・安心

私たちのカラダを支えている「食」に視点を移すと、食の「安全・安心」に高い関心が寄せられている。行政や研究サイドでは食品の「安全」という表現を使い、「安心」は使ってこなかった。しかし、消費者が求めるのは食の「安心」であり、両者は同じではない。「安全」とは科学的評価で決まる客観的なものであるが、「安心」は消費者の心理的な判断で決まる主観的なものである。同じ食品でも一人一人の考え方によって判断が異なる。農薬、食品添加物などはその典型例であり、「安全」は十分に担保されているが「安心」できないと考える消費者は少なからずいる。より強い安心を求める人は無農薬でないと嫌だと判断するが、基準に従って農薬を使用していれば無農薬でなくても良いと判断する人もいる。この安全と安心の乖離が大きな問題であり、「安全」に「信頼」が付加されて「安心」につながる(図3)。「安全」と「安心」の距離を縮めるために、行政や食品事業者の誠実な姿勢や真剣な取り組み、分析値の信頼性の保証、消費者への十分な情報提供が必須であり、検査機関がはたす役割も大きい。
 また、個人レベルで食品のリスクを正しく認識することは容易ではない。「フードファディズム」として指摘されているように、「過大に悪いとされる食品」と「過大に良いとされる食品」が存在する。過大に悪いとされる食品の例としては、白っぽい食品で、白米や砂糖が良くないとされたり、アミノ酸として吸収されるため差はないが動物性たんぱく質が悪く植物性が良いとされている。過大に良いとされる食品の例として、全粒穀物や雑穀がある。通常どおり製造した小麦粉にふすまを混合し全粒粉を製造している場合もある。パンの中の酵母が栄養素になっているわけでもないのに、天然酵母は人気がある。ダイエット食品、コラーゲン、サプリメント、健康食品なども過大に良いとされる食品である。食品に対して、過大な評価をしないよう、適切な評価ができるよう、正確に理解することは容易ではない。

図3.食の「安全」と「安心」(PDF:37KB)

健康のため、なにをどう食べるか

厚生労働省が、健康な人を対象に、健康の維持・増進、エネルギー・栄養素欠乏症の予防、生活習慣病の予防、過剰摂取による健康障害の予防を目的として「日本人の食事摂取基準」を制定している。保健所や民間健康増進施設等が実施する「栄養指導」、「給食提供」のための基礎となる科学的データであり、5年ごとに改正されるが、今年からは、新しい2015年版が適用される。
 「食事摂取基準」は、重要度の高い順に記載されており、エネルギー、たんぱく質、脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラルと続く。食事摂取で最も重要な因子はエネルギーであり、BMIを指標にコントロールする。BMIが18.5未満ならエネルギー不足、25以上は過剰であり、18.5~25の間に維持することが重要である。毎食のエネルギー計算は大変なことから、BMIを指標に、体重が適正値の範囲内であることを定期的にチェックすればよい。
 エネルギーの次に重要なものがたんぱく質であり、12歳以上から70歳以上までの全ての区分で、1日60gで同じである。高齢者がたんぱく質不足に陥っている例が多く見受けられるが、高齢だから肉をあまり食べなくても良いのではなく、高齢であっても若い人と同じだけ肉(たんぱく質)をとらないといけない。前述のように人の体は非常にダイナミックにできており、体のメンテナンスにたんぱく質が必要であり、若い人と同じ量を摂取する必要がある。
 脂肪は重要な栄養素であり、脂肪を食べないのはカラダに良くない。全体エネルギーの20%以上は脂肪として摂取する必要があるが、その上限値は25~30%であるので、適正範囲は20~25%と極めて狭い。脂肪はエネルギー密度が炭水化物、たんぱく質の2.5倍であることから、過剰摂取は肥満につながりやすい。
 炭水化物については、差し引きで考える。必要エネルギーの総計は決まっているから、まずはたんぱく質を1日60gとる、脂ものも嫌わずに総エネルギーの20%ほどとる。あとはエネルギー量を適切にコントロールするために炭水化物の摂取量を調整し、BMIが適正値になるよう体重をチェックする。食物繊維は生活習慣病の発症に関連すると言われており、1日12g未満では心筋梗塞死亡率が増加し、24g以上で低下するとの報告があり、1日18gを目標量としている。
 人の体はキャパシティが大きく、摂取不足からの回復には数カ月、過剰摂取による健康障害からの回復でも数カ月を要する。さらに、生活習慣病の1次予防には数年~数十年を要し、長期間食べ続けないと効果が現れない。健康を左右するのは数カ月間の摂取量の平均値であり、毎回、毎皿、毎食、毎日を気にすることなく、月単位で把握する必要がある。さらに重要なことは、「注意して食べる」のではなく、「空気のように体になじんだ食習慣にすること」である。「頑張って減塩しています」は、「頑張って」が長続きしない(日や月の単位ではなく、年単位での継続が難しい)ことから、だめであり、塩辛いものは時々で十分、それ以上は受けつけない体となる必要がある。

おいしく食べてより健康に

食品にまず求められるのは栄養、健康の維持である第1次機能であり、それが満たされると、食に楽しみが期待されるようになった (第2次機能)。昨今では、ホルモン、神経、内分泌等生理機能の調節を食に求めるようになった(第3次機能)。しかし、これらの機能の大前提には、おいしさがある。
 おいしさの構成要素は、テクスチャー、風味、外観の比率が高い。カリカリしておいしいとか、ムチッとしておいしいというのはテクスチャーであり、磯の香りがしておいしいのは風味、色が鮮やでおいしいというのは外観である。人の脳における信号量のうち、味覚はわずか1%程度である。目を閉じ、83%を占めていた視覚情報を遮断すると、嗅覚や味覚などの感覚が敏感となる。目を閉じて、食べる前の香り、口に入れ、ゆっくりと噛み飲み込むまでの過程をじっくり味わうと、今まで気づかなかったおいしさが出現する。さらに、どのような点がおいしかったかの一言を添えれば、より一層おいしくなり、大いに食を楽しむことができる(図4)。
 食事は「健康」に大きな影響を及ぼしている。栄養バランスが多少偏っていても、私達のカラダはすぐに具合が悪くはならないが、日々の積み重ねが重要である。これさえ食べれば健康になるという食べ物はこの世には存在しないことから、豊かでバランスのとれた食生活を楽しく積み重ねることが、健康長寿につながる。
 お正月のごちそうを、ユネスコ無形文化遺産に登録された日本の伝統的な和食を、思う存分食べよう。健康を左右するのは数カ月間の摂取量平均値であり、毎皿、毎食、毎日を気にすることなく、月単位である。なお、お酒については、「アルコールは人にとって必須の栄養素ではない」と「食事摂取基準」に記載されている。

図4.目をとおして食を味わう(PDF:152KB)
略歴

1952年 愛知県刈谷市に生まれる。名古屋大学農学部農芸化学科卒業。農林省 食品総合研究所研究員、農林水産省首席研究開発企画官、(独)農業・食品産業技術総合研究機構 理事、食品総合研究所 所長をへて、2013年4月より現職。

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