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![]() 機能性食品科学―さらなる発展を期待して
![]() 京都大学名誉教授、福井県立大学名誉教授
大東 肇 はじめに現今下、わが国をはじめとする先進高齢化諸国においては“健康長寿”が共通かつ重要な政策課題の一つとなっていよう。この課題を一歩でも成し遂げるために、動脈硬化や糖尿病、さらには一部のがんなど様々な生活慣習に起因する、いわゆる生活習慣病の予防が喚起されていることは周知のことであろう。このような背景下、筆者は、1980年代後半より“食によるがんの予防”の研究に着手してきた。元来、筆者は、“天然物化学”領域に身を置いてきた者であり、食を対象とする研究領域には後発部隊であったが、予防性素材の開発や食成分の特定などに端を発し、当時新しい展開として生まれつつあった“機能性食品”の後押しを受けて、本領域で幅広い研究が展開できた。本稿では、“食によるがん予防”を中心としたその展開を、まずは、紹介し、同時にこの展開のなかで学んだことや反省すべき点、さらには、“機能性食品(科学)”領域において今後期待したいところをまとみてみたい。 機能性食品(科学)の生い立ち本題に入る前に、僭越なところではあるが、機能性食品およびその科学の歴史を、筆者なりに、振り返ってみる。従前、食分野においては、①生体構築やエネルギー源としての機能、および②嗜好性追求源としての機能が研究対象となっていた。ところで、1980年代中盤、関連研究分野におけるわが国のリーダ達は、その鋭い解析力に基づき、食にはこれら以外にも注視すべき機能(役割)があることを提起した。すなわち、生体調節・保護機能である。彼らは、従前の2種の機能をそれぞれ一次および二次機能と整理・区分するとともに、この新たな生体調節・保護機能を三次機能と提案した。よくよく考えてみれば、「薬食同源」あるいは「医食同源」との考え方を背景に持つわが国において、それまで特段意識していなかった世界を私達の眼前に明瞭に示したことになる。この三次機能に関する科学は、当時の文部省科学研究費の“特定研究”など大型研究枠に数度に渡って採択され、食品学のみならず、医学、薬学など関連分野や産業界を巻き込んだいわゆる“機能性食品”と称される国家的研究プロジェクトへとして発展し、現在に至っている。1) 正に、先達の慧眼に敬意を表するところである。この間、1993年には ”Japan explores the boundary between food and medicine” のタイトルにて Nature 誌で紹介されるなど、本分野は欧米でも注視され2)、そこで提唱された機能性食品の英訳語 ”physiologically functional food” は種々の同義語である “designer food”、”pharmafood” 、”agromedical food” あるいは “neutraceuticals” などとともに、国際的に認知される英語句となるなど、国際的な拡がりをもたらしていることは周知のことであろう。 植物性食素材のがん予防に関する研究―簡便な in vitroアッセイ法の確立さて、話しを本題に戻すことにする。筆者が、“がん予防”研究に取り組むことになったきっかけは発がんプロモーションの阻害を一次的に判定できる簡便な試験管内試験(細胞レベル)を入手したことに始まる。それまで、いわゆる天然物化学領域での研究を実施していた筆者は、その主要テーマとして植物起源の有毒成分に関する研究の一つとして、トウダイグサ科植物中の毒成分・ホルボールエステル類の研究を行っていた。発がん剤とは区別される本エステル類は、DMBA など発がん剤により損傷を受けた潜在的腫瘍細胞を急速にがん化に導く、いわゆる発がんプロモーター(その代表が TPAである)として、医科学・腫瘍科学分野で注目されていた化合物群である。当時、Epstein-Barr ウイルス(EBV)を病因とするがん研究に従事されていた伊藤らは、TPA が発がんウイルスである EBVの活性化を誘起し、同時にこの活性化がn-酪酸の共存下で増大することを発見された。また、この活性化は、何もホルボールエステル類のみならず、インドールアルカロイド系発がんプロモーター類などによっても起こることが判明し、微量天然発がんプロモーション作用(成分)の検出に有用なアッセイ法であることを指摘された。3) 筆者らは、共同研究者として本アッセイ法の確立に少しは寄与したが、さらに、この in vitro アッセイ法を逆に利用すると、発がんプロモーターによる活性化を抑える成分が存在すること、そして活性化抑制物質の多くが動物実験レベルで発がんプロモーションを抑制すること、などを確認してきた。4) がん予防研究の流れ―予防性食素材・成分、動物実験、作用機序などこれまで筆者らは、主としてEBV 活性化阻害試験によりわが国をはじめアジア諸国の植物性食素材(野菜・果物)約700種について活性を広く検討してきた。このスクリーニング試験から得られた興味深い結果としては、理由はともかく、①熱帯・亜熱帯産の素材に強い活性をもつ種が多いこと、ならびに②ショウガ科、ミカン科、セリ科、シソ科など薬味や調味など非栄養的摂取に重きを置かれている植物科素材に頻度高く強い活性が認められること、であった。5) がん予防研究のまとめと展望、そして機能性食品科学の今後に求められることがんを克服するための一方策として“予防”が大きく喚起され始めたのは1980年代中盤からであろう。近年、一部のがんは日頃の生活慣習、特に、食生活に起因すると受け入れられている。16) このことを逆に考えれば、予防においても食事慣習が鍵を握っているように思える。原因の除去や早期発見・早期治療などそれまでの一次および二次予防に加え、三次予防(プラスとなる要素・要因を生活に積極的に取り入れる)として食生活への注目は当然のことではあったろうが、その裏には当時の疫学的調査結果が大きく寄与したはずである。もっとも、最近の疫学からは、食物繊維を除いて、広く植物性食成分が予防を支えているとの確たる証明例はないようである。いずれにしろ、“食によるがん予防”研究は、当然のごとく、広く世界的な拡がりをもってなされ、蓄積されてきた情報は豊富・多彩である。
おわりに現今下、活発に展開されている機能性食品科学は、未だ発展途上にあると考えられる。目指すところは、さらなる“健康・長寿”に近づくことであろう。折角のいい世界が拡がりつつある現在、この潮流を無駄にすることなく、より優れた成果に繋げ、また受益者としては、その恩恵に蒙りたいものである。 謝辞上に記したように、一連の研究ではそれぞれその分野においてご専門の先生方に種々ご教示をいただいた。すべての方々のお名前を記すべきではあるが、紙面の都合上、特にお世話になった先生方のお名前を挙げ、謝辞とさせていただく。なお、各先生方の所属(括弧内)は、当時のそれで記載している。 小清水弘一(京都大学・近畿大学)、森 秀樹(岐阜大学)、田中卓二(岐阜 大学、金沢医科大学)、故小西陽一、中江 大(奈良県立医科大学)、西野輔翼、 徳田春邦(京都府立医科大学)、若林敬二、大畠武二(国立がんセンター研 究所)、西川秋佳、広瀬雅雄(国立衛生研究所)、Suratwadee Jiwajinda (タイ・カセサート大学)、Ratu Safitri(インドネシア・パジャジャラン 大学)、Abdul Manaf Ali(マレーシア・プツラ大学)、村上 明、中村宜督 (京都大学) 最後になるが、執筆の機会を与えていただいた編集部に深謝いたします。 参考文献1) 大東 肇ら編:食による生活習慣病の予防. 「食と生活習慣病―予防医学に 略歴大東 肇(京都大学名誉教授、福井県立大学名誉教授)
なお、この間1977年10月~1978年12月に米国ウイスコンシン 大学博士研究員 専門 生物有機化学、食品科学 サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
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