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どうして防げないのか、ノロウイルス食中毒。発生事例から考える
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理事長 庄司 正

毎年冬季に多発するノロウイルス食中毒が食品衛生の大きな問題となっている。平成24年にはノロウイルスを原因とする感染性胃腸炎が大流行したが、食中毒も発生件数の増加だけでなく患者数が1000人を超える大規模食中毒が2件も発生した。この事態を踏まえ厚生労働省においても、平成25年10月にはその流行期を迎える前に、都道府県衛生部局長あてに食中毒予防のための通知を発している。(平成24年は都道府県等にノロウイルス食中毒予防の啓発に関する事務連絡だった。)
 しかも発生原因の多くが調理従事者を介した発生であることを明記し、大量調理施設等に対して調理従事者の衛生管理について周知指導を具体的に通知(25年通知)している。どうして防げないのかについて、ここにヒントを得て、感染症予防に視点をおいてノロウイルス食中毒予防について考察してみたい。

厚生労働省ノロウイルスによる食中毒予防について

【ノロウイルス感染症と食中毒】

25年通知には、「ノロウイルス食中毒予防のポイント(調理する人の健康管理、作業前の手洗い、調理器具の消毒)」と「ノロウイルスの感染を広げないために」の啓発資料が添付されている。どうして「感染を広げないために」なのか?
ノロウイルスは感染性胃腸炎を引き起こす病原微生物の1つであるが、冬季にはノロウイルスがその大部分を占めている。感染者数は毎年数百万人と推測され、小児の間では毎年流行を繰り返している。集団生活施設等でノロウイルスが人から人へ直接又は間接的に感染拡大するのである。しかし飲食物を媒介して感染発症する人(食中毒患者)は毎年1万人前後にすぎない。しかもかつて風評被害の犠牲となった二枚貝を原因とするノロウイルス食中毒は、発生件数でその10%前後、患者数では1%前後に過ぎない。
 現在問題となっているノロウイルス食中毒のほとんどは、調理従事者を介した食品へのノロウイルス汚染が原因なのである。感染源も人であるならそれを媒介し感染を広げているのも、まさに人なのである。
 大量調理施設では、ノロウイルス感染者(患者及び無症状保菌者)の健康管理、手洗い、調理器具の消毒が不適切であれば社会的影響の大きい大規模食中毒事故につながる。平成24年12月に発生した仕出し弁当による上記2件の食中毒がそれである。
 厚生労働省薬事食品衛生審議会食品衛生分科会食中毒部会の資料として、上記2件の食中毒事例(大規模食中毒事例)報告書が公表されている。詳細は議事録も含めて資料をお読みいただきたい。

薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食中毒部会(2013年3月18日)資料

【ノロウイルス感染症の特徴】

ノロウイルス感染症が流行する要因として主に次の事項が挙げられている。ノロウイルスがここまで感染拡大してきたことが見えるようだ。
・発症者の糞便、嘔吐物に大量のウイルス(感染源)
・症状回復後も、また無症状保菌者の糞便にも大量のウイルス(感染源)
・ウイルスの排出は長期間持続
・感染力が強く10〜100個程度で感染し発病
・物理化学的抵抗性が強い、長期間感染力を維持
・変異ウイルスの出現
・感染しても獲得免疫は弱く繰り返し感染
 これらのことから、調理従事者がノロウイルス感染者となれば、トイレを介して他の調理従事者に感染が広がり、また同時に食品が長期間ノロウイルスに二次汚染され大規模食中毒の発生につながっていく。
 また、感染者から排出されたノロウイルスは、下水や河川を通じカキの養殖海域に流れ込むが、物理化学的抵抗力が強いことから長期間にわたって感染力を保持することとなり、1月2月の海水温の低下時には、ウイルスも安定でありカキによるノロウイルス食中毒の発生につながっていると考えられる。

【どうしたらノロウイルス食中毒は防げたのか(感染源対策)】

表1)は平成24年に発生した食中毒で患者数の多い順に並べたワースト10位一覧表である。上位2件が大規模食中毒である。二つの事件の事例報告を要約すれば、調理従事者にノロウイルス感染発症者又は回復者がいて、他の従事者や施設・器具への感染や汚染が拡大し、食品への直接又は間接的汚染により食中毒につながったとされている。(1件の事例では、発症者が数回トイレで下痢をしているにもかかわらず調理業務を継続していた。)
 また、大量のウイルスが排出され感染源となるトイレの管理、清掃・消毒が不十分で、用便後や調理場での手洗いも徹底されていなかったとされている。
 このことから、営業者や食品衛生責任者(営業者等)が、食品衛生法第50条第2項に規定される管理運営基準に従い、ノロウイルス感染者を調理業務に従事させなければ食中毒は発生しなかったといえる。従事者にとって症状があっても休みにくい雰囲気であったと報告されているが、それは営業者等の管理責任が問われるべきであり、食品衛生法でも管理運営基準違反となるのは従事者ではなく営業者等なのである。

表1 H24大規模食中毒ワースト10(PDF:297KB)

【どうしたらノロウイルス食中毒は防げたのか(感染経路対策)】

ノロウイルスは感染発症中だけでなく、下痢等の症状が治まっても、また症状の出ない感染者(無症状保菌者)でも大量のウイルスが長期間にわたり糞便から排出される。従って、発症者が調理業務に従事するのは言語道断であるが、その疑いのある者を調理業務からはずしても問題は解決されない。だからこそ、用便後及び調理開始前の手洗いの徹底、加熱調理以降の手洗いの徹底による食品及び調理器具への手指汚染の完全防止が求められているのだ。
 (表1)の3番目の食中毒事例は学校給食で出された餅菓子(あんころ餅)を原因としたものである。“1軒の従業員が医師により「風邪」と診断されたため調理業務に従事したが、実際はノロウイルスによる感染性胃腸炎だったため、その方の手に付いたウイルスが食品を汚染し、集団食中毒が発生した。”(※引用:上越市学校給食運営委員会議事録)とされている。
 ここでも、用便後の適切な手洗い(2度洗いとペーパータオル拭取り)、そして製造開始前の手洗いが徹底されていれば防げたのではないかと思われる。
“食品衛生は手洗いに始まり手洗いに終わる“という大原則が徹底されていたら食中毒は予防できたはずである。

【感染症と食中毒の関係】

図1)は感染症と食中毒の予防三原則について、(図2)はノロウイルス感染症と食中毒について、小生なりにまとめたものである。感染症も食中毒も予防三原則のうち一つでも完全に対処できれば予防することができる。例えば、ノロウイルスを保有する人が食品従事者に全くいなければ(感染源の除去)、食品にウイルスを付けることはないし、いたとしても手洗い等の徹底によりウイルスを付けなければ(感染経路の遮断)食中毒を予防することは可能である。(感染症予防の2原則が食中毒予防3原則の1つ「付けない」に該当する。)
 また環境で汚染された二枚貝や感染者により汚染された食品も、最終段階で確実な加熱(感染源の除去)を行えばノロウイルスをやっつけることができる。
このように感染症も食中毒も予防の構図は難しいものではない。しかし、ノロウイルス感染症及び食中毒の場合は、感染源も感染経路も人である。調理従事者だけでなく食品事業関係者全てが、予防原則に基づき絶対にやらなければならないこと、絶対にやってはいけないことを厳守しなければ感染や汚染は免れず、食中毒につながってしまう。

図1 感染症と食中毒の予防三原則(PDF:424KB)
図2 ノロウイルス感染症と食中毒(PDF:425KB)

【これだけは徹底しよう!】

図3)はノロウイルス感染症予防三原則に基づいて、食中毒予防を意識して小生なりにまとめたものである。この観点から見ると、25年通知のパンフレット(図4)はまさに重要なポイントを射ている。これを踏まえたうえで、ノロウイルス食中毒予防について考察したい。

         
図3 感染症の予防三原則(ノロウイルスの場合)(PDF:249KB)
図4 ノロウイルスによる食中毒予防のポイント(PDF:138KB)

(1)トイレの清掃・消毒の徹底(感染源対策)

 トイレは毎日、そして下痢や嘔吐が発生した場合は、その都度清掃・消毒を行うことが肝要だ。なぜならノロウイルスが大量に排出されるのはトイレである。下痢便や嘔吐物がトイレを濃厚汚染し従事者に感染拡大や調理施設を汚染していくまさに元凶といえる。
 従ってトイレの清掃・消毒こそがノロウイルスの感染源対策としてまず最初に取り組まなければならない重要な事項の一つである。特に下痢便は和式トイレの場合、便器の周囲を汚染しやすく、用便者の手指及び衣服を汚染することで調理施設等への感染拡大のリスクが視覚的に検証されている。
※長野県北信保健事務所の素晴らしい調査研究が公表されている。

トイレを起点とするノロウイルス汚染拡大の検証(PDF:601KB)

 小生はこの衝撃的な画像によって、従事者が下痢症状で作業中数回トイレに通っていた大規模食中毒事例の発生にいたるプロセスを自分の脳裏に描くことができた。

(2)感染者の就業禁止(健康管理、感染源対策)
・調理従事者が体調不良(特に下痢や嘔吐)の場合は絶対に作業を行わせない。
(家族に上記体調不良の者がいた場合は、調理従事者の感染リスクを考慮する。)
・症状が治まっても、ノロウイルスは排出され続けるので検便で確認する。
・調理業務従事者には、ノロウイルスに感染するリスクの高い食品(二枚貝等)
の生食を禁止する。

(3)手洗いの徹底(感染経路対策)
大量調理施設衛生管理マニュアルでは次の場合の手洗いが規定されている。
@ 作業開始前及び用便後
A 汚染作業区域から非汚染作業区域に移動する場合
B 食品に直接触れる作業にあたる直前
C 生の食肉類、魚介類、卵殻等微生物の汚染源となるおそれのある食品等に触れた後、他の食品や器具等に触れる場合
D 配膳の前
※大規模食中毒事例では、トイレと調理場入室前の手洗いが近くにあり、用便後に手洗いをしなかった従事者がいたこと、手袋着用前の手洗いが不十分でまた、手袋の電解水消毒を過信していたことが報告されている。
 最もリスクの高い用便後の手洗いは徹底しなければならないし、加熱調理後の食品に直接触れる直前の手洗い不十分は重大な事故につながる。ならぬことはならぬのである。

【あとがき】

カキを原因とするノロウイルス食中毒の調査研究に長年かかわってきた者にとって、人を介したノロウイルス食中毒の原因は予期していたとおりであった。食品や施設のふき取り検査でノロウイルスの検出が難しい状況では、保健所も原因食品は不明とし、汚染原因も食品衛生法の調査では明確にできないのが現状である。しかし、今回公表された大規模食中毒事例報告や数少ない貴重な報告事例(岐阜県食中毒事件録など)、そして25年通知から、調理従事者の避けられないノロウイルス感染とそれを前提とした従事者の就業禁止などの感染源の除去対策、そしてそうであっても食品衛生管理(感染経路対策)の徹底によってノロウイルス食中毒は予防できると確信することができた。
 食品事業関係者が、ノロウイルス食中毒を飲食物媒介感染症としてとらえ、これまでの食中毒対策を補完する知識ワクチンとなれば幸いである。

参考文献

・2013.11.10ノロウイルス食中毒・感染症からまもる!(野田衛著)
公益社団法人日本食品衛生協会発行
厚生労働省ホームページ
・ノロウイルス食中毒に注意しましょう!
・薬事食品衛生審議会食品衛生分科会食中毒部会
国立感染症研究所ホームページ(感染症疫学センター)
国立医薬品食品衛生研究所ホームページ(ノロウイルス関連情報)
○岐阜県庁ホームページ(食中毒に注意しましょう→食中毒事件録)
○長野県北信保健福祉事務所ホームページ
三重県感染症情報センターホームページ
○SUNATECメールマガジンバックナンバー
2013.09長期流行を繰り返すノロウイルス遺伝子型GU4の特徴と変遷(福田伸治)
2012.10ノロウイルス食中毒はなぜなくならないのか(西尾治)
・2010.10ノロウイルス食中毒の防止について(西尾治)

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