財団法人 食品分析開発センター SUNATEC
HOME >ノロウイルスによる食中毒の防止について
食品表示の課題と方向
愛知医科大学 西尾 治
はじめに
 食品取扱者を介する食中毒事件はノロウイルスに感染したヒトが食品、調理器具を汚染することにより発生している。食中毒の防止にはノロウイルスに感染しないことが基本である。
 手に付いたノロウイルスは衛生的な手洗いを実施し、物理的に除去することにより、食中毒を防止できる。
 二枚貝では内臓にノロウイルスが蓄積していることがあるので、表面を洗ってもノロウイルスは除去できないため、加熱しなければならい。加熱を行えば食中毒にはならない。上記について食中毒の防止の観点から記すこととした。
T 感染の防止
 ノロウイルス感染はノロウイルス感染者のふん便・嘔吐物から直接あるいは間接的に感染者の衣類や感染者が身の周りを汚染した場所に触れることにより、経口的にノロウイルスが体内に入ることに起因する。ノロウイルス感染者のふん便には1g当たり1億個以上のウイルスが存在していることが多く、ウイルスの排出は10日間程度続く。ノロウイルスに感染したときに起きる嘔吐は、強烈でしばしば嘔吐物中にウイルスが混入し、そのウイルス量は1g当たり100万個以上の時が多い。感染源は感染者から排出されるふん便・嘔吐物であり、可及的速やかな消毒が必要である。対応が遅れると、それらに含まれていたノロウイルスが乾燥して塵となり、ノロウイルスが空中に漂い、それが口に入り感染(塵埃感染)を起こす。ふん便・嘔吐物は乾燥させないことが重要である。また、消毒を行わずにふん便、嘔吐物を処理すると、処理したヒトの手、衣類、雑巾、バケツ、手洗い場等を汚染する。汚染した場所に他のヒトが触れることにより感染する危険性がある。感染源・感染経路の遮断はノロウイルス感染者から排出されたふん便、嘔吐物と感染者が汚染した身の周りの環境を消毒することである。
1.感染源の処理
 嘔吐物およびトイレ内等に飛び散ったふん便の処理に際して、使い捨ての帽子、エプロン、手袋2組、ナイロン製の靴カバー、マスク、次亜塩素酸ナトリウム液、バケツ、ペーパータオルまたは新聞紙、回収用の袋2枚、ビニール袋が必要であり、あらかじめ備えておく。
 はじめに窓を開け、空中に浮遊しているウイルスを外に出す。帽子、マスク、エプロン、靴カバーを着用する。手袋は2枚重ねて着用する(写真1-@)。
 次いでバケツに次亜塩素酸ナトリウム液(1,000ppm)を作り(写真1-A)、よく攪拌する。市販の塩素系漂白液には次亜塩素酸ナトリウムが5〜6%含まれており、50倍希釈するとおよそ1,000ppmとなる。バケツにウイルスが付着しないようにビニール袋をかぶせる。次亜塩素酸ナトリウム液は刺激臭があるので窓は開けておく。次いで、ペーパータオル(新聞紙等)で嘔吐物の上を広い範囲で覆い、その上から次亜塩素酸ナトリウム液をしっかりかける(写真1-B)。そのまま10分間おいた後、ペ−パータオルを外側から中央部に集め(写真1-C)、一次回収袋に入れる(写真2-@)。さらに、次亜塩素酸ナトリウム液で床全体を拭く(写真2-A)。手や内側の手袋を汚染しないよう注意深く外側の手袋を外し、一次回収袋に入れる。靴カバーに付いたノロウイルスを消毒するために新しいペーパータオルに次亜塩素酸ナトリウム液(1,000ppm)を注ぎ、その上で、4〜5回足踏みをする。その後、靴カバー、ペーパータオル、バケツのカバーを一次回収袋に入れ、残りの次亜塩素酸ナトリウム液(1,000ppm)を一次回収袋の中身全体が浸るように入れ、口をしっかり結び、二次回収袋に入れる。内側にはめていた手袋を外し、二次回収袋へ入れる。次いで、帽子、エプロンとマスクも入れ、口をしっかり結び廃棄する。作業後、手洗いとうがいをする。
 調理室内で従事者が嘔吐したときには調理作業を中止し、窓を開け、嘔吐物、調理所内の嘔吐した場所および器具を含め広範囲の消毒を完全に行うこと。調理場内の食品は廃棄し、当日の料理提供は控えることが望ましい。
写真1 嘔吐物の消毒方法−1
写真2 嘔吐物の処理方法ー2
2.環境の消毒
身の周り(環境)で最もノロウイルスに汚染されているのはトイレである。写真3は排便する際に、手に蛍光色素を塗布したものである。蛍光を発しているところがヒトの手が触れたところと手から水が落ちたところで、そのようなところは念入りに消毒する必要がある。
 表1には食中毒事件を起こした施設の拭き取り成績であるが、トイレが汚染されていることが多い。また、ノロウイルス集団発生を起こした施設の拭き取りでもトイレが最も汚染量が多いことが示されている(表2)。このことから、ノロウイルス流行時には身の周りにノロウイルスが付着しているといえる。
特に、事業所、飲食店等の多くのヒトが利用するトイレには個室内に手洗い設備を設けることが望ましい。すなわち、排便後、身を整える前に手洗いと手の消毒を行い(写真4)、衣類、トイレの蓋、トイレのレバー、ドアノブ等にノロウイルスを付けないことである。
 多くのヒトが触れる場所である冷蔵庫の取っ手、調理施設内のトイレ等のドアノブ、手すり、エレベータのボタン、電話器等の消毒を徹底する。
 環境の消毒法は窓を開けて次亜塩素酸ナトリウムの刺激臭を外に出す。消毒に際してはプラスッチク手袋とマスクをして、次亜塩素酸ナトリウム液(200ppm)をーパータオル等にしっかり湿らせて拭き、10分後に水拭きをする(金属部分は次亜塩素酸ナトリウムで腐食するのでしっかり拭き取る)。なお、噴霧は全面を消毒できず、ウイルスを舞い上がらせる危険性があるので行わない。
写真3 排便時に手が触れた場所と手からの水分が落ちたところ
表1拭き取り検査結果
事例No 陽性/検査数 検出ヵ所
事例2 1/11 従事者トイレ
事例62 1/4  手指拭き取り
事例34 1/12 トイレドアノブ
事例87 1/3 トイレ
事例93 1/3 トイレドアノブ
検査14事例:検査数:95
表2 施設の拭き取り検査成績
場  所  コピー数(cm2
トイレの便座 520〜15,000
手 す り 110〜5,900
ドアーノブ 120〜270
写真4 トイレ内の手洗い設備と手洗い
写真5 標準的な手洗いマニュアル
U 食中毒の防止
 一般的に、食中毒の防止は (1)付けない、(2)増やさない、(3)うつさないである。しかし、ウイルスは生きた細胞でのみ増殖し、ノロウイルスはヒトの小腸上皮細胞でのみ増殖し、環境・食品中では増殖できない。したがって、ノロウイルスの食中毒の防止には(2)の増やさないは当てはまらない。
1.付けない
 食中毒防止では手にノロウイルスを付けないことがキーポイントである。手は様々なところに触れるので、ノロウイルスを初めとする病原微生物の運び屋である。したがって、帰宅時、食事の前にも手洗いが必要である。
 実際に、食中毒事件はノロウイルスに感染している調理従事者が手洗い不足で食品、調理器具等にノロウイルスを付着させることにより多発している。すなわち、手洗い不足でノロウイルスが付着した手で、非加熱食品(刺身、寿司、漬物等)、加熱後の食品(和え物等)、調理器具、配膳の食器等に素手で触れることにより食中毒が起きている。
 調理従事者を介するノロウイルスによる食中毒事件は突然起きるものではない。ノロウイルス感染者の排便時、感染者のオムツ替えや嘔吐物の処理の際に手についたノロウイルスを食材や調理器具に付けることにより食中毒となる。また、下痢便、嘔吐物共に液状で手に付き易い。しかもノロウイルスは大きさが細菌に比べ、1/30から1/100と小さく、手の皺の奥に入り込み、除去は容易ではない。例えば排便時に手に付いたノロウイルスはその後に触れたところの70ヶ所程度を汚染する。汚染されたところではノロウイルスが3週間程度、感染力を維持するので、他のヒトがそこに触れると感染する危険性が高い。
 ノロウイルスは感染力が非常に強く10個〜100個で感染・発病するので、簡単な手洗いでは付着したノロウイルスを完全に除くことは困難であり、食中毒を防止できない。ノロウイルスによる食中毒の防止には洗い残しのない、衛生的な手洗いが基本となる1)(写真5)。一般的に手洗いの残す場所としては指先、指の間、親指であり、これらの部分について忘れずに実施する。衛生的な手洗いとは手に付着した微生物を物理的にほぼ完全に洗い流すことである。衛生的な手洗い方法は写真5に示した様に、手を洗う前に時計、指輪を取り除き、各部分を写真の手洗い方法に従って行う。各部分をこするのは5回以上行うこと。ノロウイルスの流行時期は冬期であり、冷水では十分に行えないことがあるので、温水が望ましく15秒以上すすぐ。その後、ペーパータオルでしっかり拭き取ることにより、洗い残した細菌の数を1/10量に低下する。さらにノロウイルスも除くことができる。次いで実施するアルコール消毒により(手の水分は完全にペーパータオルで取り除いておく)、手の清潔度をより高める。消毒用アルコールは手を単に濡らすのではなく、指先〜手首の全面にすり込むことにより効果を発揮する。
 水道の開閉栓は、足踏み式、自動センサー式がよいが、開閉栓を自分で閉める場合は、再汚染を防ぐため、開閉栓をよく洗った後に閉めるか、開閉栓を洗えない場合は、開閉栓にペーパータオルをあて、直接手が触れないように閉める。
 さらに調理済みおよび生食する食品はプラスチック手袋を着用して、食品を汚染させないことである。
 なお、衛生的な手洗い方法は文部科学省のホームページからダウンロード1)できるので、調理施設では手洗い場にこの写真を貼り、常に確認しながら手洗いを行うと良い。
 生食する野菜、果物等は流通過程でノロウイルスに汚染されていることがあるので、3回流水で洗浄する。ノロウイルス汚染が疑われる時には次亜塩素酸ナトリウム液(200ppm)に浸し、10分後に、3回洗浄する。
 調理従事者等では下痢又は嘔吐等の症状がる時には直ちに医療機関を受診し、感染性疾患の有無を確認する。下痢又は嘔吐等の症状が消失した後も、ウイルスの排出が10日間程度続くので、この間は食品に直接触れる調理作業を控えるなど適切な処置をとることが望ましい。
 感染した調理従事者が職場に復帰する際に受けるノロウイルス検査法は、検出感度の高い検査を受ける。
2.うつさない(殺す)
 ノロウイルスの場合,うつさない最も効果的な手段はノロウイルスを殺すことである。ノロウイルスは85℃、1分間の加熱で殺滅させることできる。この加熱を行えばノロウイルスに汚染されていた食品を食べても食中毒にならない。
 二枚貝は海水を大量に吸引することから、海水がノロウイルスに汚染されていると、内臓にノロウイルスが蓄積されていることがあり、それらを生あるいは加熱不足で食すると食中毒となる。二枚貝の内臓に蓄積されているノロウイルスは表面を洗っても除去できない。二枚貝は加熱することで安心して食べることができる。また、二枚貝の排出した液、表面にもノロウイルスが付着している可能性があり、ノロウイルスが汚染されているものとして扱う。二枚貝の調理は最後に行い、使用したシンク、調理器具等は次亜塩素酸ナトリウム液(200ppm)で消毒を行う。なお、調理後は手洗いとうがいを忘れずに実施する。
 加熱できないもの(加熱で変形するプラスッチク製品等)で、汚れが認められるものでは次亜塩素酸ナトリウム液(1,000ppm)、汚れが認められない時は次亜塩素酸ナトリウム液(200ppm)に浸し、10分後に水洗する。但し、次亜塩素酸ナトリウム液で変色あるいは変質するものは酸素系の消毒剤を用いる(泡が出ている間は消毒効果がある)。
V.健康管理
 常に健康管理に努め規則正しい生活を行い、ノロウイルスをはじめとする病原微生物に負けない免疫力を高めておくことである。
 ノロウイルスの流行の兆しが見られた時期から流行の終息までの期間、非加熱食品の摂取を可能な限り控え、手洗いを励行するなどして、ノロウイルス感染を防止する。
W.まとめ
 ノロウイルスの食中毒、感染症の予防の基本は健康管理であり、古くから言われている手洗いと加熱である。
X.文献
1.文部科学省手洗いマニュアル:http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/syokuiku/08040316/003.pdf
プロフィール
西尾 治
愛知医科大学客員教授
国立感染症研究所感染症情報センター客員研究員(前室長)
昭和45年3月 鳥取大学農学研究科獣医学専攻修士課程終了
昭和45年4月 愛知県衛生研究所微生物部
平成2年 4月 愛知県衛生研究所ウイルス部科長
平成6年4月 国立公衆衛生院衛生微生物学部ウイルス室長
平成14年4月 国立感染症研究所感染症情報センター室長
平成18年4月から現在 国立感染症研究所客員研究員
平成19年4月から現在 愛知医科大学客員教授
平成7年10月から18年3月 東京大学医学部非常勤講師
平成14年4月から18年3月 独立行政法人国立環境研究所客員研究員併任
平成14年4月から18年3月 国立保健医療科学院研修企画部併任
平成14年1月から現在 厚生労働省 薬事・食品衛生審議会臨時委員
平成15年9月から現在 内閣府食品安全委員会ウイルス専門調査会専門委員
平成18年5月から現在 文部科学省食の安全に関する実態調査委員会委員
書籍

西尾 治: “アデノウイルス” 、牛島廣治編、ウイルス性下痢症とその関連疾患P57-67、新興医学出版社、1995
西尾 治:櫻林郁之助、熊坂一成監修、臨床検査項辞典、“SRSV抗原検出・同定”、P11074、医歯薬出版KK、東京、2003年7月13日
西尾 治:小型球形ウイルス(ノロウイルス、サポウイルス、アストロウイルス)、厚生労働省監修、食品衛生検査指針、450-474、日本食品衛生協会、2004年6月30日
西尾 治:アデノウイルス、厚生労働省監修、食品衛生検査指針、500-512、日本食品衛生協会、2004年6月30日
西尾 治:丸山務編、改定ノロウイルス現場対策、幸書房、2008年7月20日
西尾 治、古田太郎:現代社会の脅威!ノロウイルス、幸書房、2008年2月15日
西尾 治:ノロウイルス、日本食品衛生学会編集、食品安全の辞典、167-170、朝倉書店、2009年5月20日」
西尾治:“1 Norovirus(ノロウイルス)” 仲西寿男,丸山務監修.食品由来感染症と食品微生物.p.515-539,中央法規出版、2009
西尾治:“3 Hepatitis A virus,HAV(A型肝炎ウイルス)” 仲西寿男,丸山務監修.食品由来感染症と食品微生物.p.546-556,中央法規出版、2009
西尾治、藤本嗣人:“6 Astrovirus(アストロウイルス)” 仲西寿男,丸山務監修.食品由来感染症と食品微生物.p.577-582,中央法規出版、2009
西尾治、藤本嗣人:“7 Enteric Adenovirus(腸管アデノウイルス)” 仲西寿男,丸山務監修.食品由来感染症と食品微生物.p.583-588,中央法規出版、2009 

他の記事を見る
ホームページを見る

サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。

Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved.