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ノロウイルスによる食中毒はなぜ無くならないのか
愛知医科大学 医学部 公衆衛生学講座
西尾 治

はじめに

厚生労働省に届けられた病因物質別における年次別の食中毒事件数で(図1)、2004年以降にノロウイルスが第1位であったのは2006年および2010年で、その他の年はカンピロバクターが第1位を占めた。近年の食中毒患者数ではノロウイルスが第1位で(図2)であり、2006年は食中毒患者数および事件数ともに過去最大で、全ての食中毒患者数の71%を占めた。次いで2010年が多く、全患者数の54%を占め、両年ともにノロウイルス感染症の大流行が見られた年であった。なお、近年はノロウイルスによる患者数が全体の約半数を占めている。すなわち、ノロウイルス食中毒が皆無となれば、食中毒患者は半数となる。ノロウイルスによる食中毒患者数は感染症の流行の規模にほぼ比例して増減している。近年、細菌性食中毒は著しく減少しているが、ノロウイルスによる食中毒がなぜ減少しないのか、その要因を考えてみたい。

図1(PDF:26KB)

図2(PDF:15KB)

 

1.ノロウイルスによる食中毒が起きる要因

ノロウイルスによる食中毒には、3つの様式が考えられ、ノロウイルス食中毒は突然起きるものでなく、ノロウイルス感染者が水環境、食品および環境等をノロウイルスで汚染することにより食中毒が起こる。

1)食中毒様式1: 二枚貝によるもの
 二枚貝は本来ノロウイルスを持っておらず、二枚貝の内部で増殖することもない。二枚貝がノロウイルスに汚染されるのは、ヒトが水環境をノロウイルスで汚染することによる。すなわち、ノロウイルス感染者から糞便とともに排出されたノロウイルスは便器を通り、下水、下水処理場へ行き、そこで大部分は除去され、極く一部が排水とともに河川水に流出し、河川から沿岸部、海に流れ込み、そこに生息している二枚貝の内臓にノロウイルスが蓄積される。二枚貝はプランクトンを食餌としているため、大量の海水を取り込む。例えば、カキの活動が活発な時には1時間に10リットル以上の海水を取り込こむ。河川水および海水で希釈されたノロウイルスは二枚貝の内臓で濃縮・蓄積される。なお、内臓に蓄積されたノロウイルスは二枚貝の身および表面を洗っても除去できない。ノロウイルスに汚染された二枚貝を生あるいは加熱不足で喫食すると健康被害を起こす。
 二枚貝の喫食によるノロウイルス食中毒を起こす要因は(1)長期間感染力を維持できる。ノロウイルスはヒトの体外に排出され、カキの内臓に濃縮・蓄積される間感染力を維持できる。ノロウイルスによる感染性胃腸炎の流行後、1〜2ヶ月後にカキがノロウイルス陽性となることから、1か月間以上は感染力を維持できると考えられる。(2)ノロウイルスは直径約40/1,000,000mmと微小のため、下水処理場の濾過機構を潜り抜けることができる。大きい構造であれば潜り抜けることができず、河川水、海水を汚染することはない。(3)ノロウイルスは真水、海水中で長期間生存可能である。なお、インフルエンザウイルスは湿度に弱く、短時間で感染力を消失する。

2)食中毒様式2: 食品取扱者を介する食中毒
 食品取扱者の手指等を介して、食品にノロウイルスを付着させることにより食中毒となる。この様式でノロウイルスが食中毒を起こすことができる要因は、(1)ノロウイルスに感染した患者の便は下痢便、嘔吐物ともに液状であり手に付きやすい。患者の糞便1g当たり1億個以上、嘔吐物では100万個以上のウイルスが一般的に存在する。感染力が強く100個以下で健康被害を起こすことができるので、極少量の糞便・嘔吐物で多数のヒトに感染することができる。(2)患者は、下痢・嘔吐の症状が1〜2日で通常消失するものの、大量のウイルス排出は10日間程度続くので感染する機会が長い。(3)無症状感染がある。感染しても、何ら症状が見られないが、患者と同量のウイルスを排出することがある。知らず知らずのうちに感染源となる。(4)ノロウイルスは極小のため、手の皺の奥に入り込む。理論的には手の皺の1mmの深さにノロウイルスは2万5千個並ぶことができ、少量の糞便でも、大量にウイルスが付着し、多数のヒトに健康被害を起こすことができる。(5)ノロウイルスは手の皺の奥にまで入り込むので、除去が容易ではなく、アルコール消毒では効果が少ないため、機械的に洗い流すことが必要である。ノロウイルス流行は冬季で、手洗い時に温水対応していないと、流水での除去時間が短くなり、手指にウイルスが残る可能性があり、食中毒となる。
 実際にこの様式の食中毒が最も多く、加熱後素手で触れた食材として、パン、まんじゅう、餅、ケーキ、和えもの等、生食するものとして、刺身、寿司、漬物、サラダ等が原因となっている。

3)食中毒様式3:乾燥して塵となり食品を汚染
 ヒトの糞便および嘔吐物とともに排出されたウイルスが乾燥して塵となり、空気中を漂い、食品等に付着し食中毒となる。この様式で食中毒を起こすことができる要因は(1)ノロウイルスは乾燥に強く、長期間感染力を維持できる。(2)ノロウイルスは非常に微小で、一旦空中に漂うと、容易に落下せず、広範囲に拡散し、食品、食器、調理器具等に付着する。

 

2.ウイルスの特徴

ノロウイルスに類似のネコおよびイヌカリシウイルスから推測すると物理化学的抵抗性は強く、70%アルコールおよび塩素イオン3〜6ppmでは短時間で不活されない。短時間での不活化には塩素イオン200ppm以上の濃度が必要である。酸、アルカリにも強く、酸(pH3)以上、アルカリ(pH10)以下の溶液でも短時間で不活化されない。熱にも強く、不活化には85℃ 1分間の加熱が必要と考えられている。このことから、ノロウイルスは物理化学的抵抗性が強く容易に不活化されないので、食中毒を起こしやすいといえる。
 ヒトのノロウイルスには多くの遺伝子型が存在し(図3)、それらの多くが国内にも存在している。ノロウイルスはヒトの腸管細胞に感染し続けなければ生存できない。それゆえ、ノロウイルスは常にヒトに感染し、ウイルスを排出しているので、ノロウイルス食中毒は冬季に限らず、常に起こりうる。

図3(PDF:19KB)

 

3. ヒトの要因

ノロウイルスの感染防御には腸管のIgA抗体が主要な役割を担っており、IgA抗体は持続期間が短く半年程度である。ノロウイルス感染により獲得するIgA抗体の感染防御期間が短いことから、繰り返し同じ遺伝子型のみならず、ほかの多くの遺伝子型にも感染することから、乳幼児から高齢者に至るまで何度でも感染し、食中毒も繰り返し起こる。

 

4.今後のノロウイルスと食中毒

ノロウイルスは糞便、嘔吐物とともに排出され、ほかのヒトの口に侵入できなければ、増殖できないので自然消滅する。近代社会は清潔となり、ノロウイルスの感染機会は減少してきている。ノロウイルスは生き残るために、糞便から排出されるウイルス量の多いノロウイルス遺伝子型が感染機会を得て残り、少ない遺伝子型のノロウイルスは感染できずに消滅する。今後はより排出量の多いノロウイルスが残る。ノロウイルスに汚染された糞便・嘔吐物が食品に付着すると、そこにはさらに大量のウイルスが存在し、患者が多く発生し、大規模な食中毒が起きることになる。実際に大規模なノロウイルス食中毒事件がしばしば起きている。
 もう一つの感染する手段は嘔吐物ともにノロウイルスを排出させることで、ほかのウイルスには見られない特徴である。このことが感染拡大の要因となっており、感染防止が難しくしている。糞便は便器で処理するが、嘔吐物はヒトが直接処理しなければならない。処理する際に、ノロウイルスが直接口に入り感染する。さらに手指に付き、手指が触れたところを汚染する。処理の際に用いる掃除道具、雑巾等を汚染し、それらが消毒不十分の場合に、それに触れたヒトの手指等に付き、手指を介して口に入り、感染する。このことから今後さらに嘔吐症状の強いノロウイルスが生き残ると考えられる。
 ノロウイルスは一本鎖RNAで、変異しやすく、新たな遺伝子型および遺伝子型の変異したノロウイルスは今後も継続して出現し続けると言える。病原性の強いあるいは増殖力の旺盛なノロウイルスが新たに出現することも予測される。
 ヒトノロウイルスと近縁なウシとネズミにノロウイルスが存在している。今後ヒトと動物のノロウイルスの組み合わせあるいは、動物のウイルスがヒトに感染できるレセプターを持った時には病原性および感染力が強いノロウイルスの出現も考えられ、監視を続ける必要がある。

 

5.まとめ

腸管感染症のうち、細菌性の赤痢、コレラ等はほぼ消滅しているがノロウイルスによる食中毒、感染症は依然と猛威を奮い、増加傾向にある。まさにノロウイルスは現代社会でも生き残る感染症・食中毒であると言える。
 乳幼児では毎年60万人程度がノロウイルスによる感染性胃腸炎に罹患しており、これに成人、高齢者を加えると数百万人が罹患していると推測され、さらに不顕性感染を含めると、膨大な感染者から想像を絶する大量のノロウイルスが環境中に排出され続けている。それらは容易に不活化されず、感染力を維持し、常に生き残るためにヒトの口腔内への侵入を狙っている。ノロウイルス食中毒はノロウイルス感染者によって起こされるので、常に発生している多数の感染者を皆無にすることは至難の業である。ノロウイルスによる食中毒防止は加熱と手洗いの徹底により可能であるが、少しでも隙を見せれば姿が見えない忍者の如く容赦なく襲いかかり、食中毒として現れる。

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