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三重県で発生したO157食中毒事件の原因究明(事例報告)
東海食品衛生研究会  庄司 正
(一般財団法人食品分析開発センターSUNATEC理事長)

東海食品衛生研究会では、現場視点で事業者と一緒になって考える食品衛生セミナーをモットーとしている。第2回食品衛生セミナーのテーマは「腸管出血性大腸菌O157等食中毒予防技術セミナー(食中毒事例に学ぶ発生原因と予防対策)」とし、別紙要領のとおり給食事業者を中心にリスクコミュニケーションを行った。

第2回食品衛生セミナー実施要領(PDF:294KB)

 

【原因究明の資料】

食中毒の発生は行政から公表され、マスコミ報道につながっている。しかし、その事実及び行政処分は報道されるが、原因は調査中とされ社会的に問題となった食中毒事件を除けば、報道も一過性で終わってしまうのが通例である。詳細な調査内容など食品事業者がもっとも知りたい、“どうして発生したのか、どうしたら防げたのか”が行政から公表されることもまれである。(保健所の調査結果が公表されないのは誠に残念である。)
 小生は、実際に三重県で発生した5件の腸管出血性大腸菌O157食中毒の発生詳報を情報公開請求によって入手し、その概要を今回のセミナーで報告した。食中毒発生詳報とは、食品衛生法第58条の規定により、保健所長が調査して作成した食中毒調査結果報告書のことである。

事例報告スライド(三重県で発生した腸管出血性大腸菌O157食中毒事件の原因究明)(PDF:1,854KB)

 

【やはりそうだったのか!】

 

小生は三重県庁で食品衛生行政に36年間従事した。とりわけ食中毒や感染症の予防には熱心であったし、特に腸炎ビブリオ及びノロウイルス食中毒についてはその取組みを本メルマガでも情報提供してきた。また、O157食中毒対策についても松阪食肉衛生検査所で牛肉及び内臓の衛生的取扱いについて関係者と一緒になって取り組んだ。この内容についても本メルマガでO157対策として紹介し、内臓の危険性を指摘してきた。

牛生レバーを食べるには(食肉を生食する消費者の覚悟、提供する営業者の責任)
牛生レバー生食禁止措置を腸管出血性大腸菌感染症の減少につなげるために

現役時代は経験しなかったO157食中毒、しかし退職1年後の平成22年に4件(集団給食施設3件、焼肉店1件)も発生し、24年にも焼肉店で2件のO157食中毒が発生したのである。これまでその原因究明には高い関心はあったが、今回のセミナー開催を機会に後輩諸氏の作成した食中毒発生詳報を拝見する幸運に恵まれた。そして、発生詳報を読んで思ったことは、“やはりそうだったのか!”である。その内容について、まず2件の焼肉店で発生したO157食中毒の特徴を紹介しよう。

 

【まず3類感染症患者発生で始まる】

スライドに示したように腸管出血性大腸菌は二つの顔をもっている。一つは感染症予防法で3類感染症(コレラ、細菌性赤痢、腸管出血性大腸菌感染症、腸チフス、パラチフス)として規定されている。検便結果で陽性(保菌)の感染者(患者及び無症状保菌者)には、家族や周囲に感染を広げないための就業制限等の人に関する措置が保健所から指導される。この感染者数は毎年4千人前後報告されている。本年も6月末(第26週)から連続して毎週100名を超える感染者数が報告されている。(第32週8/11現在、全国)
 もう一つは、食品衛生法で食中毒の原因物質としての規定だ。再発防止のための施設の使用禁止や汚染食品の廃棄などの行政処分が行われる。
 この二つの法律に基づいて保健所は調査及び措置を行うが、スライドに示したようにまず腸管出血性大腸菌感染症発生が公表される。患者が焼肉店で生肉や生レバーを食していても、患者が一人の場合は通常食中毒と判断されない。遡及調査等の結果、複数の患者、複数のグループ、共通食品、共通施設の存在等の科学的根拠に基づき保健所は食中毒と判断することとなるからである。
 三重県の場合、腸管出血性大腸菌感染症発生は、三重県感染症情報センターのホームページで全てが公表されている。平成24年に四日市市で発生したO157食中毒、本年6月に鈴鹿市で発生したO157食中毒を含めて4件の焼肉店での食中毒が発生しているが、全てに共通するのはその前に複数のO157感染症発生が集中していることである。その後に出された食中毒発生の報道資料は、直後にはホームページで公表されるが間もなく削除されている。

三重県感染症情報センター(腸管出血性大腸菌感染症三重県報道発表資料)

 

【やはりそうだったのか、焼肉店におけるO157食中毒の発生原因】

公開請求した2件の焼肉店におけるO157食中毒の共通項は次のとおりであった。

(1) 汚染食材の認識不足、安易な生食提供
⇒ 日常的に生の状態で牛の内臓を提供していた。禁止直前まで生レバーを提供していた。内臓のリスク認識がない。
(2) 相互汚染
⇒ 調理器具の取扱区分がなく、内臓とその他の食品用を共用。サラダなど生食食品への二次汚染があった。
(3) 従事者による食品汚染
⇒ 調理従事者が内臓の生食や加熱不十分な摂食を繰り返しO157の無症状保菌者となって、調理過程で食品や施設を汚染した可能性があった。
(4) 原因食品は不明
⇒焼肉店での食事から発症するまでの潜伏時間が数日、さらに発症者の検便検査
に数日を要することから、保健所がO157感染者の届出を受理した時点では原因食
材が残っていることもまれであり、原因施設や食品残品からO157が分離されていない。

 

【焼肉店における取扱衛生とリスク】

2件の焼肉店での保健所の調査結果を、「汚染経路」と「施設等の不良個所」に分けてスライドに紹介した。焼肉店が取り扱う食材(食肉及び内臓)は腸管出血性大腸菌の汚染率が非常に高く菌量も多い。にも拘らず内臓を生で提供したり、他の食材を汚染させないための衛生管理が杜撰であったといえる。
 平成23年のユッケを原因食品とする腸管出血性大腸菌食中毒事件を契機に、生食用牛肉の規格基準化、牛生レバーの提供禁止が続いて出されたにも関わらず、焼肉店での意識の低さを保健所も懸念しているのが気がかりだ。
 ※今から10年ほど前まで、日本の食中毒発生件数はずーと腸炎ビブリオ食中毒がトップの座を占めてきた。旅館や料理店では、腸炎ビブリオは海に生息し、魚介類は必ず汚染されているとの認識で、下処理から刺身調理まで魚介類とその他の食品とを区別し、二次汚染を防止する努力が常識的に続けられている。その観点からすると、生肉の調理器具を他の食品の調理と共用していた事実は、全く想定できないことではないだろうか。

 

【生肉、生レバー規制強化の影響】

国立感染症研究所のホームページでは、「腸管出血性大腸菌O157の発生動向の変化−2011年以降の生肉、生レバー規制強化の影響についてー」が公表されている。
 2012年7月1日から牛レバーの生食提供が禁止され、6月末の駆け込みでカンピロバクター食中毒が6件発生したことは報道された。しかし食中毒だけでなく、O157感染症も多く発生していた。この規制によって、感染者数が半減したこと、弱齢者の感染が大幅に減少したことに繋がった。やはり規制効果が大きかったといえる。ここでも“やはりそうだったのか”といえる。
他方、生肉や生レバー以外の、焼肉等を推定感染源とする事例数は減少していない現実は、上記保健所の懸念がまさに的を射ているといえる。

腸管出血性大腸菌O157の発生動向の変化
(2011年以降の生肉、生レバー規制強化の影響について)

 

【コーヒーブレイク、トング トング ハシ!】

愛知県岡崎市保健所の取組が全国食品衛生監視員研修会優秀演題として食品衛生研究2013年8月号に掲載されている。そのタイトルは、「焼肉を安全に食べるための食肉の取扱い方法の検証」である。大腸菌を使って、トングと箸をどのように使えば安全に食肉が食べられるかを科学的に検証し、その啓発ソングまで作った素晴らしい取組みである。
 「トング トング 箸」
 肉を焼く工程において、次の方法がもっとも安全であるとしている。

  1. 肉をのせる:トング
  2. 肉を裏返す:トング
  3. 肉を取り上げる:箸

これらを分かりやすく図示した啓発用リーフレット、また広めるための啓発ソングの歌詞カードも紹介されている。
 O157食中毒を防ぐには、肉を焼き、食べる消費者にも大きな責任の一端がある。食中毒予防の最大の武器である病原菌を殺す(焼く)行為は、それを消費者が行うからだ。その適切な方法を保健所が科学的根拠に基づいて指導する取組み、そして焼肉店の理解も得ながら消費者に直接呼びかける取組みに大きな拍手をおくりたい。また、多くの保健所や食品衛生指導員活動で有効利用されることを期待したいものだ。
※岡崎市保健所様にお願いして、抄録及びリーフレットの提供とメルマガでの紹介をお願いしましたところご快諾いただきました。ここに添付・紹介させていただきます。 

発表抄録(PDF:964KB)
啓発リーフレット(PDF:858KB)

 

【集団給食におけるO157食中毒】

2010年(H22)に三重県では集団給食におけるO157食中毒が3件発生した。5月末に発生した学校給食の2件は、学校の所在地及び調理施設は異なるが系列校で、給食事業者が同一、メニュー・食材の納入業者も同一であるので一つの食中毒事件とみなすこともできる。もう1件は、8月末に福祉施設で発生した。
 集団給食施設での感染を疑う場合は、医療機関から保健所への通報も速やかで、焼肉店における場合と異なり、保健所の迅速な検査対応が可能である。また、保存検食なども2週間にわたって保管され、食材等からのO157分離や汚染経路の追跡など保健所の原因究明も膨大な量の検査が並行して行われている。
 また、集団給食施設では調理従事者の検便が定期的に実施され、人を介した感染の可能性も今回の事例では否定的に考察されている。
 このように、集団給食においては、比較的高い衛生レベルが維持され、しかも集団感染又は食中毒の疑いが分かった時点で営業が自粛されている。これらの姿勢は、禁止されるまで生レバーを出し続け、しかも杜撰な衛生管理の結果食中毒を発生させた焼肉店とは対照的である。
 しかしO157食中毒は発生した。原因はどうであったのか。

 

【学校給食における発生事例】

学校給食で発生した食中毒では、スライドに紹介したようにサラダに使用された刻みハムからO157が唯一分離され、患者由来菌と遺伝子型が一致した。ハムは食品衛生法で厳しい規格基準が設定され安全性の非常に高い食品である。したがってO157が分離された刻みハムは、その加工過程でO157に汚染されたことは疑いがない。しかも再加熱せずそのままサラダにトッピングされていたが、保健所の調査報告書では原因食品は不明とされている。
 刻みハムを加工したのは、食肉販売店である。スライドに紹介したように、精肉やレバーを処理する包丁がハムの刻みに共用されていたなど取扱衛生に大きな問題があったことが指摘されている。さらに、給食事業者においても、大量調理衛生管理マニュアルが遵守されていなかったとし、刻みハム以外の精肉等の加熱不十分又は調理器具や手指を介した二次汚染があったと考察されている。

 

【福祉施設における発生事例】

この事例では、スライドに紹介したようにラーメンのトッピングに使われたチャーシュー及びゆでたモヤシからO157が検出され、患者由来株と遺伝子型が一致した。しかしチャーシューを製造・加工した食肉販売店におけるO157汚染及び調理場内汚染の可能性については、断定できなかったとされている。
 前記学校給食の食中毒と共通するのは、安全性の高い食肉製品の加工を食肉販売店に委ねていたこと、しかも、再加熱の必要性についての危害分析が不十分であったといえる。
 ※私事だがセミナー終了後2週間にわたり病院給食のお世話になった。刻みハムがトッピングされた野菜サラダを何食も経験しそのたびに苦笑してしまった。ちなみに野菜も刻みハムも全て加熱調理済みのものであった。

 

【リスクコミュニケーション】

セミナーのリスクコミュニケーションでは、やはり野菜の消毒や加工食品の再加熱をどうすればいいのかが議論の中心となった。免疫的に弱い立場の学校給食や病院給食では全て加熱が原則かもしれないが、健康な大人を対象とする事業所給食ではどうすればいいのか。昨年発生した浅漬O157食中毒を受けて、各社はどのように取り扱っているのか。どのような考え方でやればいいのか、活発な質疑が続いた。
 それぞれ異なる給食の現場から、弊社ではこうしているという建設的な意見が多く出された。ベストプラクティスはそれぞれの現場で考え改良していくしかないが、リスクコミュニケーションの機会には多くの参加者から高い評価をいただいた。
 東海食品衛生研究会では、アンケート結果をも踏まえながら、リスクコミュニケーションを含む食品衛生セミナーを今後も企画・開催していきたいと考えている。

 

参考文献

食品衛生研究 Vol.63,No.8(2013) 全国食品衛生監視員研修会優秀演題「焼肉を安全に食べるための食肉の取扱い方法の検証」(岡崎市保健所 春日井昭豊他)

 

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