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牛レバー生食禁止措置を腸管出血性大腸菌感染症の
減少につなげるために
一般財団法人食品分析開発センターSUNATEC理事長 庄司正

【2011年、腸管出血性大腸菌(VT産生)感染者数は減少しなかった】

2011年4月下旬、富山・石川・福井・神奈川で発生したユッケを原因食品とする痛ましい腸管出血性大腸菌O111食中毒事件を契機とした世論の高まりを受け、焼肉店等関係営業者の厳しい行政指導が行われるとともに、10月1日から生食用牛肉の規格基準が施行された。しかし2011年の腸管出血性大腸菌感染者数(3類感染症)及び食中毒患者数はどうだったのだろうか。図1に示したように、上記食中毒を考慮しても食中毒患者数は例年の2倍以上、感染者数もほぼ例年並みであり、食中毒患者を含めた死亡者数も過去最高の16名に達した。
 牛肉の生食の危険性が食中毒報道を通じて叫ばれ、例年以上の政府広報や営業者への厳しい行政指導がなされた年であったにもかかわらず、非常に残念な結果となった。

図1:腸管出血性大腸菌(VT産生)による感染症報告数及び食中毒患者数の推移(H12-H23)(PDF:16KB)

【牛レバーの生食禁止措置】

そして、2012年7月1日からは、更に牛肝臓の生食禁止も規格基準化・施行された。予想されたように6月には牛レバーの駆け込み需要が起こり、腸管出血性大腸菌O157に感染して1名が死亡、またカンピロバクター食中毒も6件発生したと報道された。 厚生労働省の牛肝臓の規格基準の設定に関するパブリックコメントには、1532通の意見が寄せられ、規格基準は必要でないとの観点からの意見が944件、生食を禁止するのではなく、他の方法で規制すべきとの観点からの意見が532件なのに対し、規制すべきとの観点からの意見は13件しかなかったと報告されている。6月には生食規制に対する批判的なマスコミ報道が続いたが、このパブコメ結果が拠り所となったのかもしれない。

パブリックコメント結果概要

しかし、このような世論の中にあっても、規格基準化は実現した。多くの批判の中で、審議会の委員も厚生労働省も国民の健康を保護するための英断であったと評価したい。生レバーを求めて禁止前に駆け込んだ消費者には自己責任の覚悟はないし、厳しい行政指導があっても提供した営業者には責任感の欠如というしかない。腸管出血性大腸菌(O157等)感染は、HUS(溶血性尿毒症症候群)や脳症という重篤な健康被害を引き起こし、致死的なリスクもあることをなぜ彼らは理解しないのだろうか。 牛レバーの生食に関しては、これまでの審議内容も含めてなぜ生食禁止なのか、この結論に至ったプロセスが厚生労働省HPに丁寧に公開されている。しかし食品衛生法等に基づく各営業者における基準の周知及び遵守状況の監視指導は各自治体(保健所、食肉衛生検査所)の責務である。これまでよく聞かれた「基準がない」という言い訳はもはや通用しない。厳しい行政指導を願いたいものだ。

牛レバーを生食するのは、やめましょう(「レバ刺し等」)

【牛肝臓表面や内部のO157等の汚染実態】

乳肉水産食品部会の審議に提出された調査データ(牛レバー内部における腸管出血性大腸菌等の汚染実態調査)では、肝臓表面や内部から大腸菌やO157が分離された事例が多く見られるが、これがまさに全国的な牛肝臓の細菌汚染の実態といえる。
 詳細版データをよく見ると、16自治体(食肉衛生検査所)の所管する各と畜場の処理方式が小生には見えるようだ。と畜検査経験10年、特にBSE対策とO157対策を並行して4年間、食肉関係者と一緒に取り組んだ小生は次のとおり考察した。

牛レバー内部における腸管出血性大腸菌等の汚染実態調査(詳細版)

(1)できるだけ衛生的に採取した肝臓の汚染率は低い
 (1)〜(8)の衛生的採取データから、(5)の肝臓表面から1件のO157(VT+)検出事例を除き、生食用レバーとして※特別な衛生措置に基づけば、生レバーのリスクは非常に低いといえる。やはりよくできた基準であってもこれが遵守されなかった結果が生食禁止に繋がったといえる。
(編集部注:丸付き数字を、本文では括弧付き数字でしめしています。)

※平成10年厚生省生活衛生局長通知「生食用食肉等の安全確保について」、
   「生食用食肉の衛生基準」に規定されたとちく場における加工)

(2)通常処理工程中に採取した肝臓の汚染率は高い
 (9)〜(16)のデータからは、肝臓表面から4件、肝臓内部から3件のO157(VT+)が分離されている。大腸菌も調べた(9)及び(11)では、それぞれ胆汁で2/10(20%)・2/10(20%)、肝臓表面で10/10(100%)・10/10(100%)、肝臓内部で4/10(40%)・5/10(50%)の割合で陽性となっているが、まさにこれはと畜場における通常の肝臓の衛生状況を反映しているといえる。焼肉店に届く頃の牛レバーは汚染率も菌数も更に高くなっていることだろう。

(3)内臓業者から購入した肝臓
 特に(14)では、胆汁及び肝臓表面からO157は全く分離されなかったにもかかわらず、肝臓内部からO157(VT+)が2/10(20%)の割合で分離されている。これはサンプリング状況として次のとおり注釈されている。
 ・肝臓表面:と畜検査直後に懸吊された状態から採取
 ・肝臓内部:検査後に、一度内臓業者の手元に渡った後購入
 検査後の肝臓は、その後の処理工程や内臓として取り扱われた過程で汚染されたのか、それとも内部にもともと存在していたのか。いずれにしても肝臓内部までO157汚染が確認された衝撃的なデータである。

(4)大腸菌やO157は肝臓内部に存在するのか
 乳肉水産食品部会では、肝臓内部に、少なくとも胆のうや十二指腸に開口する総胆管には大腸菌がと畜前から存在しているのではないかとする議論がなされている。しかし、と畜検査に10年従事した小生の経験からは、少なくとも肝臓内部の大腸菌汚染は内臓処理における二次汚染の可能性が最も高いと考えている。その理由は次のとおりである。
 (1)牛の解体処理において、牛はと畜放血後に後肢で懸垂され(逆さ吊り)、剥皮工程を経て内臓摘出まで約30分間懸垂されたままである。従って肝臓及び胆のうは、少なくとも小腸・大腸の数十キロの圧力を受け続けているし、総胆管や膵管が開口する十二指腸も同様である。(※放血後左後肢吊りの場合では、両肢吊りになるまでの間は胃腸の総重量約200Kgもの圧力を受けることになるが、部会ではこの議論がなされていないのが残念だ。)
 (2)内臓摘出は、腸⇒胃⇒肝臓の順番で摘出するが、肝臓と膵臓の間にある十二指腸の部分がちぎれやすく、その際に十二指腸内容物の汚染を受けやすい。
 (3)と畜検査において寄生虫検査等のために最低限の肝臓切開を行うし、その際少しであるが肝臓実質まで刀は入ってしまうのはやむをえない。それゆえに検査後の肝臓は表面殺菌及び密封などの衛生的取扱いがなければ肝臓表面及び内部の大腸菌汚染は免れない。

【コーヒーブレイク(O157感染症から食中毒へ)】

今年の夏、三重県北勢地域で7月18日から23日にかけて、異なる医療機関から4件の腸管出血性大腸菌(O157)感染症発生通報が桑名保健所に寄せられ、それぞれ感染症予防の情報提供として公表された。O157の場合、このような単発的発生が通常であり、各感染者に共通する食品や施設を見出すことは難しい。発症までの潜伏時間が長く、しかも受診してから検便検査など医療機関の診断にも時間を要することから、共通食品の残品があることも稀である。従ってO157食中毒事件の調査においては、原因食品を特定することもO157を分離することも非常に難しいのが現実である。
 このような状況の中で、詳細な疫学調査と患者から分離されたO157の遺伝子解析によって、原因施設(焼肉店)と原因食品(提供された食事)を特定し、上記4件のO157感染症発生を食中毒と断定した桑名保健所の英知とトップのリーダーシップに敬意を表したい。
 なお、桑名保健所には素晴らしい業績がある。1990年代に多発していたサルモネラ食中毒の原因として鶏卵の関与を全国調査などによって科学的に証明し、今日の鶏卵の食品衛生対策に繋がった保健所らしい業績である。詳細はホームページで紹介されている。

桑名保健所ホームページ

【牛レバーの生食禁止措置を感染者数の減少につなげるために】

小生は、2011年7月発行の本誌メールマガジンで「牛生レバーを食べるには(食肉を生食する消費者の覚悟、提供する営業者の責任)」と題してそのリスクを現場サイドからの視点で報告した。
 そのポイントは、と畜場においてO157等の100%汚染が免れない牛内臓の白物(しろもん、胃及び腸、ホルモン)の衛生対策が最も重要で、本来無菌臓器である肝臓もその二次汚染によって生食のリスクが高くなること、そして食中毒患者数はその何倍も報告される感染者数のうち、原因施設や原因食品が特定された一部にすぎないことをハインリッヒの法則を例に説明した。
 焼肉店においては、白物によるサラダなど生食される食品への二次汚染が起き易いし、さらに食中毒防止の最大の武器である加熱殺菌行為を消費者に委ねてしまうのだ。従って、焼き方及び食べ方をきちんと消費者に情報提供・周知することが何よりも営業者には求められている。牛レバー生食禁止の規格基準も、まさにこのことを厳しく規定しているのだ。
 また、行政の監視指導においても、牛レバーの生食禁止状況の確認だけでなく、O157汚染が避けられない白物のリスクとその対策を営業者に繰り返し指導してほしいものだ。そうでなければガンマ線照射によってレバーの無菌化が実現したとしても、焼肉店における白物によるレバーの二次汚染問題は解決されないし、感染症として報告されるO157等感染者数を減少させることにつながっていかないだろう。
 牛レバーの生食禁止措置に関するリスクコミュニケーションを契機として、食中毒患者だけでなく分母としてのO157等感染者数も減少するように期待したいものだ。しかし、図2に毎週全国から報告されるO157等感染者数の過去5年間の推移をグラフに示した。7月以降の件数はしばらく例年より少ないようだが、8月14日に公表された札幌市における浅漬けによるO157食中毒事件発生もあり、例年通り8月にピークがやってきた。牛レバーの生食禁止措置も残念ながらO157等感染症者数の減少につながっていない。(第33週報現在)

牛生レバーを食べるには(食肉を生食する消費者の覚悟、提供する営業者の責任)

ハインリッヒの法則

図2:腸管出血性大腸菌(VT産生)による週別感染症届出数(H20-H24)(PDF:52KB)

O157等感染症は人から人に感染する3類感染症であり、感染者のうち約35%は健康保菌者である。ノロウイルスと同様に食品従事者の健康管理と食品汚染を防止するための手洗いの徹底や施設の洗浄殺菌は食品衛生の基本であり、特に感染症予防対策の有効な手段である。

【もう一度O157等の食品衛生対策を見つめ直そう】

奇しくもメルマガ草稿中に浅漬け(白菜きりづけ)を原因食品とする腸管出血性大腸菌O157食中毒事件(札幌市)が公表された。汚染原因は調査中とのことであるが、8月20日の報道では、発症者約104名、死者7名と報告されている。浅漬けを原因とするO157食中毒は過去に2例の発生があるが、施設内に限定されていた。札幌市の事例では、白菜きりづけは漬物工場で製造され、特定の施設だけでなく食品スーパー等にも流通、亡くなった4歳の女児が食べたのはスーパーで販売されていたものだった。いずれにしても重大なO157食中毒事件の発生である。
 漬物の衛生管理については、既に「漬物の衛生規範(1981年)」が定められ、浅漬けについては大腸菌と腸炎ビブリオ陰性の製品基準が規定されている。原因施設では基準をクリアーするためにどのような取扱がなされてきたのか。汚染原因を徹底的に調査し、事件の再発に向けた行政の取組みと情報共有のための調査報告書の公表を望みたいものだ。

1996年、日本で世界に例を見ない規模のO157集団食中毒事件が発生し、従来の食品衛生対策が根本的に見直されるとともに、あらゆるO157の感染・食中毒の可能性及び予防対策が真剣に議論された。そして学校給食など大量調理施設におけるHACCP方式が導入されたが、その後も1998年のイクラO157食中毒事件や浅漬け事件など様々なO157食中毒が発生し続けている。今回の牛レバーの生食禁止措置を契機に、1996年の時のようにO157等の食品衛生対策について改めて見つめ直す機会になることを期待したい。

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