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子どものいのちを守るために〜食物アレルギーの理解と対応〜
三重県立看護大学客員教授
山中胃腸科病院小児科 医学博士 西口 裕

はじめに

感染症、子どもの事故、子ども虐待、その他子どもが命の危険に遭遇し、大人の配慮が必要な事柄は多いものですが、その1つに食物アレルギーがあります。昨年12月には東京の小学校で、乳製品にアレルギーのある女児が給食を食べたあと、アナフィラキシー・ショックで亡くなる事故がありました。そのこともあり、この問題に関する関心が広まっています。
 ここでは、改定された『食物アレルギー診療ハンドブック(2012)』に基づき、食物アレルギーに基本的な事柄をまとめてみます。

 

1.食物アレルギーの危険性

私たちの体には、細菌やウイルスなどの病原体の侵入から体を守る「免疫」という働きがあります。ところが、この免疫が有害な病原体を相手にではなく、本来無害なはずの食物や花粉などに敏感に反応して、私たち自身を傷つけることがあり、それを「アレルギー反応」と呼びます。
食物アレルギーとは、食物を食べたり、触ったり、吸い込んだりした時に起きる体に有害な反応のうち“免疫システムが働いているもの”と定義されています。
 6年ぶりに改定された『食物アレルギー診療ガイドライン2012』では、この食物アレルギーの定義が、 「食物によって引き起こされる抗原特異的な免疫学的機序を介して生体に不利益な症状が惹起される現象」 とされ、これまで、経口摂取によって症状が引き起こされる場合を食物アレルギーとしていたのに対して、今回は食物が体内に侵入する経路を明確にしておらず、経口摂取、皮膚接触、吸入、注射など、どの経路から進入したアレルゲンに対して症状があらわれても食物アレルギーである、と定義しているのです。
 食物アレルギーでは多彩な症状が起こります。症状については下記の「食物アレルギーの症状一覧」をご参考にしていただきたいと思います。
 図1は、アレルギー症状で病院を受診した即時型食物アレルギー患者(食後2時間以内に、じんま疹、咳、呼吸困難を起こしてくるタイプ)の、症状の出現頻度を示したもの。最も頻度が高い症状は皮膚疾患ですが、重症のショック症状が10%強存在します。
 この即時型のアレルギー反応のなかでも、じんましんや嘔吐(おうと)、息苦しさ、めまいなど短時間で激しい症状が現れるアレルギー反応を「アナフィラキシー」と呼びます。特に血圧の低下や意識障害を引き起こす場合はアナフィラキシー・ショックと呼ばれ、生命に危険が及ぶ恐れもあるのですが、これは食物以外にも、薬物やハチ毒などが原因で起こります。
そして日本では毎年3人程度が、このアナフィラキシー・ショックが原因で亡くなっています。
 さて、食物アレルギーの頻度は、診断や基準によって変わってきますが、乳児では5〜10%であり、年齢とともに減少します。詳しくは、幼児で約10%、学童期以降が1.5%〜3%と推定されています(図2食物アレルギーの有病率〈年齢別〉)。
 即時型食物アレルギーで食後60分以内に症状が現れ病院を受診した患者調査(厚生労働科学研究全国調査)によると、0歳が32.7%と最も多く、1歳までに50.7%と受診例の半数以上を占め、以降は年齢とともに受診例は減少していきますが、一方で20歳以上が9.4%みられ、成人の食物アレルギー患者も相当数存在すると考えられます。したがって、食物アレルギーは全年齢層を対象に考えなくてはならない課題だといえるでしょう。

食物アレルギーの症状一覧(PDF:16KB)
図1即時型食物アレルギー患者の症状の出現頻度(PDF:12KB)
図2食物アレルギーの有病率(年齢別)(PDF:12KB)

 

2.食物アレルギーを起こしやすい食品(原因物質)

以前には3大アレルゲンと言われた鶏卵、乳製品、大豆のうち、最近は大豆が減少して小麦がこれに代わりました。「図3 アレルギーを起こしやすい食品」に示すように、鶏卵、乳製品、大豆、小麦以外にも食品に対するアレルギーはさまざまに増加しており、特に乳幼児期のピーナッツと魚卵(イクラ)に注意が促されています。
 食物アレルギーは、食物を食べたときに、主に食物に含まれるタンパク質がアレルゲンとなって発症します。一度アレルギー症状が起こると感作が成立し、そのタンパク質に対するIgE抗体が作られています(「クラス1食物アレルギー」)。
 これに対して、感作が花粉などにより鼻や気管・気管支の粘膜で成立したにもかかわらず、作られたIgEが花粉だけでなく果物や野菜とも反応するため(交差反応といいます)、果物や野菜を食べた時にまで発症するタイプの食物アレルギーもあり、それは「クラス2食物アレルギー」と呼ばれます。
 クラス1食物アレルギーを起こす食物タンパクは、熱処理や消化酵素に対して強いといった特徴があり、胃を通過してもアレルギー症状を起こします。一方、クラス2食物アレルギーを起こす食物タンパクは、調理や熱に弱いので、生で食べた時にのみ口腔内の症状を起こすことが多いでしょう。
 表1には、食物中の主なアレルゲンを示します。
 最近、低アレルゲン化という言葉をよく耳にしますね。食物中のタンパク質の一部が主要アレルゲンになるので、これを処理したり除去したりすれば、食べられる可能性があります。これを低アレルゲン化というわけですが、そのうち最も簡単な低アレルゲン化の方法は、加熱です。たとえば、マグロはだめでも高圧加熱によりタンパクが分解されている「ツナ缶」なら食べられる、というようなことがあるのです。
 発酵でも低アレルゲン化されることがあり、大豆アレルギーであっても、しょうゆ、みそ、納豆は食べられる場合があります。今後は主要アレルゲンを減少あるいは除去する新しい技術が開発されることが期待されます。
 また、2009年頃から、小麦を食べたあとや小麦を食べたあとの運動中に、まぶたを中心に顔が赤く腫れあがる・アナフィラキシーを起こすなど、成人女性の小麦アレルギー患者が急増し、社会問題になったことを覚えておられる方も多いと思います。これらの患者は全て、加水分解小麦が含まれている石鹸を使っていたことがわかりました。その石鹸を使って洗顔することによって顔の皮膚や粘膜で小麦に感作され、その後小麦製品を食べることで発症する。そんな新しいタイプの食物アレルギーであることが明らかになりました(2011年5月20日に、問題となった石鹸は自主回収されました)。
 このように思いがけないところに潜んでいる食物アレルゲンもあるわけです。 加工食品中に含まれるアレルギー物質の表示が義務づけられ、アレルゲンの誤食防止に役立っていますが、まだまだ思いがけないところに食物アレルゲンが潜んでいるので注意が必要です。
 表2は食物アレルゲンを含む薬剤(ワクチンを除く)を示しています。日頃、臨床現場でよく使用する薬剤ですので、患者の食物アレルギー歴を十分問診し、慎重に処方されることが望まれます。

図3アレルギーを起こしやすい食品(PDF:16KB)
食物がアレルゲンとなるための条件(PDF:13KB)
表1食物中の主なアレルゲン(PDF:18KB)
表2食物アレルゲンを含む薬剤(ワクチンを除く)(PDF:25KB)

 

3.食物アレルギーの診断と検査の方法

食物アレルギーを正しく診断することが、治療の大前提です。図4に食物アレルギーの診断手順を示します。
 食物アレルギーの診断、特に原因アレルゲンの推定には保護者がもっている情報が役立ちます。また、食べたものを記録することでアレルギーとの関係が見えてくる「食物日誌」(受診時に医師に伝えたい情報)をつけて持参するのも、大いに役立ちます。

(診断に役立つ問診項目)
1. 何を食べたのか? ― 食べたものを全て疑う。
2. どれだけ食べたのか? ― アレルギー症状は食べた量に比例する。
3. 食べてから発症までの時間は?  ― 即時型アレルギーでは多くは数分から2時間以内に発症する。
4. 症状の持続時間は? ― 即時型アレルギーでは症状が出てから30分から60分でピークに達し、重症でなければ半日以内に消失する。
5. 症状の特徴は? ― 即時型食物アレルギーの代表的症状は、じんま疹、かゆみ、嘔吐、腹痛、咳、ぐずったりグッタリしたりなどの症状である。
6. 症状の再現性はあるか? ― 同じような食物を食べた時に同じような症状を経験すること(再現性)も重要な情報である。

≪即時型食物アレルギーと診断するためには≫
 ・原因と推定された食物に対する特異的IgE抗体を証明する必要がある。
 ・診断を確定するために食物経口負荷試験が有効。
 ・食物経口負荷試験はアナフィラキシーのリスクを伴うため、検査に熟練した医師のもとで行う。

≪非即時型食物アレルギーと診断するためには≫
 ・症状も発症のメカニズムも多様なため、診断は容易ではない。
 ・診断を確定するためには、保護者の思い込みや自己判断を排除する必要があり、食物除去試験や
  経口負荷試験も必要になる。

図4食物アレルギーの診断手順(PDF:15KB)

 

4.食事療法の基本

食物アレルギーの治療は、原因となるアレルゲンを正しく診断することから始まります。
 治療は大きく分けると
 @ 症状を起こさないための原因食品の摂取回避(アレルゲン除去食)
 A 一旦生じた症状に対する薬物療法を含めた対症療法
 からなります。
 特に重篤なアナフィラキシー反応に対しては速やかな対応が必要です。
 食物アレルギーの治療の原則は、他のアレルギー疾患と同じく、原因の除去、すなわち@のアレルゲンを含む食品の摂取回避が最も合理的かつ有効な治療です。しかし、食物アレルギーのアレルゲン除去食の目的は「症状を起こさず食べられるようになる」ことであり、栄養面とQOLへの配慮・安全に摂取することを目的にした食事指導と体制づくりを行うことが必要なのであり、いたずらにアレルゲンの回避を続けることではないことに留意したいものです。
 また食物は、加熱などの調理過程での変性や、タンパク分解酵素によるアレルゲンタンパク質の切断などで低アレルゲン化させれば、食べることができる場合があるということで、他のアレルゲンと異なっています。また、食物アレルギーは、子どもの年齢が上がるにしたがい、腸管の消化酵素分解能の発達や局所免疫能の成熟により、大半はアウトグロー(耐性獲得)していきます。
 そのようなことで、食事療法のポイントは、以下のようになります。

 1 正しいアレルゲン診断に基づき、「食べられるようになること」をめざした必要最小限の食品除去を基本とする。
  @原因食品を食材として用いないで調理。
  A調理による低アレルゲン化。
  B低アレルゲン化食品の利用。

2 栄養面のQOLへの配慮
   除去食品の代替と食生活全体への配慮

 3 成長に伴う耐性の獲得を念頭に置き、適切な時期に除去解除を図る。

 4 安全に摂取することを目指した食事指導と体制づくり。
 容器包装された加工食品に含まれるアレルギー物質の食品表示の読み方を指導することも、安全性の確保と患児及び家族のQOLの向上につながる。

(参考)アレルギー物質の食品表示
 食品衛生法の改正により、2002年4月から容器包装された加工食品1g中に特定原材料(卵、牛乳、小麦、そば、落花生〈ピーナッツ〉)が数μg以上含まれている時にはアレルギー表示が義務づけられるようになりました。これは公定法で定められたキットを用いて測定した数値に基づいたものです。2008年6月には特定原材料に「えび」と「かに」が追加されました。

食物がアレルゲンとなるための条件(PDF:13KB)
食事療法の基本(PDF:13KB)

 

5.事故後(発症後)の対応について

東京都調布市の小学校で、食物アレルギーの五年生女児が給食を食べて、臓器に重篤な症状が出るアナフィラキシー・ショックを起こし、死亡した事故。この事故の検証委員会による報告書では、エピペンが遅れたことが死亡の直接的原因の1つとされており、女児の救命もできた可能性が指摘されています(検証委員会報告書参照)。
 即時型食物アレルギー症状の進行は速く、速やかに治療を開始することが大切です。アドレナリン注射薬はアナフィラキシーの重症化を予防し、症状を改善するために不可欠です。
 エピペンの使用上のポイントは、呼吸がゼーゼーするなどの症状に気づいたらできるだけ早く打つこと。
「ショックでないときに打っても問題ないが、打たずに手遅れになると命に関わる」のです。
 日頃から、関係者(学校、幼稚園、保育園のスタッフなど)は児童(園児)のアレルギー症状が出現した時の対処法を確認しておくとともに、緊急時の医薬品を準備しておく必要があるでしょう。
 以下に、食物アレルギー症状への対応〈適切に対応するためのポイント〉(表3参照)を示します。

迅速に対応する(症状の進行が速く、急速に悪化してアナフィラキシーになることがあります)。

症状に応じて対応する。
個々の症状や重症度を落ち着いて観察し、その情報に基づいて対応を決定する。症状が複数の場合は、最も重症な症状に基づいて対応する。
全身症状(神経症状)に注目する。
まず、機嫌や元気さを評価しましよう。元気がなくなり、不機嫌となって活動性が鈍った状態は中等度以上(アナフィラキシーに相当)と判定されます。早急に医療機関を受診させます。ぐったりして動かなくなる、興奮する、意識がもうろうとなる、時に意識が消失する場合は、極めて危険な状態(ショック状態に相当)であり、大至急、救急車等で医療機関に搬送する必要があります。
呼吸症状に注目する。
喉頭浮腫が進行すると窒息の危険すら生じます。喉頭浮腫の治療にはアドレナリン注射(自己注射器エピペン、病院ではボスミン)が必要です。従って、喉頭浮腫の症状を認めたら大至急、医療機関を受診させましょう。喘息発作との区別が難しい場合がありますが、いずれの場合も呼吸困難の症状が見られたら緊急に医療機関を受診させましょう。
ハイリスク児は早めに医療機関を受診させる。
過去にアナフィラキシーやショックの既往があれば、その原因食物を誤食した場合、軽い症状が出現した段階で医療機関を受診させましょう。初発の食物アレルギー症状への対応も同様です。
緊急用の医薬品を準備しておく
アナフィラキシーに有効な治療薬はエピペンです。呼吸がゼーゼーするなどの症状に気付いたらできるだけ早くエピペンを打ちます。抗ヒスタミン薬、気管支拡張薬、ステロイド薬は補助的に使います。
             

事故防止の手順を定めても、事故の可能性は残ります。事前の準備、研修訓練を怠らず、事故発生時の対応策を整えておくことが、子どもの命を守るため重要です。

調布市立学校児童死亡事故検証委員会報告書(PDF:4.931KB)
表3 食物アレルギー症状への対応(PDF:20K) 

 

おわりに

食物アレルギーに関する概要を述べさせていただききました。「食物アレルギーをもつ子どもが、他の子どもと同じように学校生活や園での生活、社会で の生活を同じように過ごすことは当たり前の権利」として、私たち大人は連携し、その対策のための環境づくりを進めていくことが重要です。

参考文献

1.日本小児アレルギー学会食物アレルギー委員会:食物アレルギー診療ガイドライン2012,協和企画,東京.2012
2.独立行政法人環境再生保全機構:ぜん息予防のためのよくわかる食物アレルギーの基礎知識 2012改訂版 
3.調布市立学校児童死亡事故検証委員会:調布市立学校児童死亡事故検証報告書 平成25年3

 

著者略歴

西口 裕(にしぐち ゆたか)
東京大学理学部物理学科卒業、三重大学医学部卒業、三重大学医学系大学院終了 医学博士 三重大学医学部小児科学教室に入局。白血病の骨髄移植による治療に従事。平成6年三重県に派遣され、以後、三重県健康福祉部医療政策監、三重県中央児童相談所長、三重県津保健所長などを歴任。現在、三重県立看護大学客員教授として保健学・疫学を担当。医療法人山中胃腸科病院小児科で小児科臨床を実践するとともに、三重県児童福祉専門分科会委員として児童虐待防止等の活動を行っている。専門は子どもに関する保健・福祉・医療の学際的研究、公衆衛生学

 

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