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甲殻類のアレルゲンに関する研究は1980年代初めから欧米で行われ、1993年になってようやく、部分アミノ酸配列分析結果からインドエビの主要アレルゲンはトロポミオシンであることが証明された。その後、各種エビ類やカニ類の主要アレルゲンは共通してトロポミオシンであることが分子レベルで相次いで明らかにされた。トロポミオシンは筋原繊維タンパク質(塩溶性タンパク質)の一種で、アクチン、トロポニンとともに細い筋原繊維を構成して筋収縮の調節を担っている。ほぼ全長にわたってα-へリックス構造をとっている分子量約3.5万のサブユニット2本がお互いによじれあって1分子となっている。魚類の主要アレルゲンであるパルブアルブミンと同様にトロポミオシンも加熱に非常に安定なタンパク質で、アレルゲンになりやすいといえる。
これまで欧米で研究の対象として取り上げられたエビ類、カニ類はすべて新軟綱亜綱十脚目に属する甲殻類である。表2に示すように、わが国のアレルギー表示制度の対象となっている「えび」「かに」もいずれも新軟綱亜綱十脚目の仲間で、「えび」は板鰓亜目と抱卵亜目のコエビ下目、イセエビ下目およびザリガニ下目を、「かに」は抱卵亜目の異尾下目(ヤドカリ類)と短尾下目(カニ類)を指している。筆者らは十脚目のウシエビ(ブラックタイガー)、クルマエビ、ホッコクアカエビ(アマエビ)、タラバガニ、ズワイガニ、ケガニだけでなく、エビの代替品として食用にされることがある新軟綱亜綱オキアミ目のナンキョクオミアミ、一部地域で珍味として食べられている蔓脚亜綱有柄目のカメノテおよび無柄目のミネフジツボ、さらに寿司ねたとして利用されているトゲエビ亜綱口脚目のシャコについても検討を加え、すべての種類で主要アレルゲンはトロポミオシンであることを確認している。十脚目以外の甲殻類はアレルギー表示の対象外であるが、アレルギーの点では「えび」「かに」と同等であると考えられるので注意が必要である。とくにカメノテやフジツボについては、甲殻類であることを理解していない人も多いので、知識の普及も重要であろう。 |
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表2. 主な食用甲殻類の分類 |
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各種甲殻類トロポミオシンのアミノ酸配列を図6に、配列相同性を表3に示す。各種甲殻類のトロポミオシンはお互いに抗原交差性を有するが、このことはアミノ酸配列の類似性およびIgEエピトープの保存性の高さから容易に説明できる。まず十脚目のトロポミオシンに注目すると、アミノ酸配列の相同性はおおむね90%以上と非常に高い。筋肉は収縮速度の差異によりfast muscle(速筋)とslow muscle(遅筋)に分類され、トロポミオシンにもfast muscle由来のfast typeとslow muscle由来のslow typeがある。slow typeはさらに、slow-tonic typeとslow-twitch typeにわけられる。各typeのトロポミオシンのアミノ酸配列を比較すると、fast typeとslow typeのトロポミオシンのアミノ酸配列の間では領域39-79に集中して変異がみられ、さらにslow-tonic typeと他の2つのtypeの間ではC末端領域(269-284)にも多少の変異がみられる。興味深いことに、エビ類トロポミオシンは例外なくfast typeで、カニ類トロポミオシンはタラバガニ胴肉にslow-tonic typeと一緒に検出されたfast typeを除くとすべてslow typeである。
十脚目以外の甲殻類の場合、蔓脚亜綱に属するミネフジツボのトロポミオシンだけは他の甲殻類トロポミオシンと変異が非常に大きい(配列相同性は60%未満)。フジツボ類は19世紀初めまでは軟体動物に分類されていたことと関係しているのかもしれないが、ミネフジツボトロポミオシンのアミノ酸配列は軟体動物のマルオスダレガイ科二枚貝(アサリなど)のトロポミオシンに非常に近い(配列相同性は95%以上)。十脚目と同じ新軟綱亜綱に分類されているオキアミ類のトロポミオシンは13-42の領域をはじめとしてかなりの変異を示し、十脚目トロポミオシンとの配列相同性は82-92%とやや低い。一方、トゲエビ亜綱にわけられているシャコのトロポミオシンは明らかに十脚目のfast typeに属し、十脚目のfast typeのトロポミオシンと約97%という高い配列相同性を示す。
甲殻類トロポミオシンの抗原交差性を、ブラウンシュリンプのトロポミオシンに対して提唱されている8つのIgEエピトープ領域(43-55、88-101、137-141、144-151、187-197、249-259、266-273、273-281)のアミノ酸配列の点からさらに詳しくみてみよう。8つのうち5つのIgEエピトープ領域(88-101、137-141、144-151、187-197、249-259)は十脚目とシャコのトロポミオシンでは完全に,オキアミ類のトロポミオシンでもほぼ完全に保存されており、お互いの抗原交差性を分子レベルで裏付けているといえよう。保存性が低い残り3つのIgEエピトープ領域(43-55、266-273、273-281)は、fast typeとslow typeの間で、あるいはslow-tonic typeだけで変異が著しい領域に相当している。臨床現場では、エビ(fast type トロポミオシンを含む)に対してだけアレルギーを示す患者、あるいはカニ(slow type トロポミオシンを含む)に対してだけアレルギーを示す患者の存在が知られている。そのため、アレルギー表示制度では、「えび」と「かに」を別個に表示するようになっている。エビだけまたはカニだけにアレルギーを示す患者の存在については今のところ分子レベルで説明できていないが、これら患者はfast typeとslow typeのトロポミオシンの間で変異が著しい領域を特に強く認識している可能性がある。 |
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図6. 甲殻類トロポミオシンのアミノ酸配列 |
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表3. 甲殻類トロポミオシンのアミノ酸配列相同性(%) |
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トロポミオシンは甲殻類の主要アレルゲンであることを述べてきたが、実はトロポミオシンは無脊椎動物のパンアレルゲン(pan-allergen、幅広い交差性を有するアレルゲン)と考えられている。後述するように軟体動物の主要アレルゲンもトロポミオシンであることがわかっており、甲殻類トロポミオシンとの抗原交差性が確認されている。また、食物アレルゲンではないが、甲殻類と同じ節足動物に分類されるダニ類やゴキブリ類のアレルゲンの一つとしてもトロポミオシンが同定され、いずれのトロポミオシンも甲殻類トロポミオシンと抗原交差性を示すことが認められている。 |
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ブラックタイガーおよびシロアシエビ(バナメイエビ)のマイナーアレルゲンとして、分子量4万のアルギニンキナーゼが同定されている。アルギニンキナーゼはアルギニンとATPからアルギニンリン酸を生成する、あるいはアルギニンリン酸の脱リン酸化を触媒する酵素である。アルギニンリン酸は無脊椎動物における重要なホスファーゲン(エネルギーに必要なATPの貯蔵物質)であるので、アルギニンキナーゼは当然のことながら無脊椎動物に広く分布している。アルギニンキナーゼは、一部昆虫類(ノシメマダラメイガ、ゴキブリ、カイコ)のアレルゲンとしても同定されており、甲殻類のアルギニンキナーゼとの抗原交差性も認められている。 |
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筆者らは、ブラックタイガーのアルギニンキナーゼを精製している過程でアルギニンキナーゼとは異なる分子量2万の新規アレルゲンを見いだし、部分アミノ酸配列解析によりsarcoplasmic calcium-binding protein(SCP)と同定した。その後、バナメイエビのSCPもアレルゲンであることが報告されている。SCPは無脊椎動物特有のCa2+結合性タンパク質で、Ca2+の緩衝や筋肉の弛緩の過程に関与するタンパク質といわれている。SCPは機能的には、魚類の主要アレルゲンとして同定されている脊椎動物特有のCa2+結合性タンパク質であるパルブアルブミンに相当すると考えられている。パルブアルブミン同様にCa2+除去によりIgE反応性はかなり低下することを認めているので、IgEエピトープとしては立体構造が重要であると思われる。なお、イムノブロッティングでは、患者血中IgEはエビ類(とくにクルマエビ科エビ類)のSCPと強く反応するがカニ類のSCPとはほとんど反応しない。カニ類はSCP含量が低い可能性もあるが、いずれにしてもSCPはエビ類に対してのみアレルギーを示す患者の説明になるかもしれない。 |
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最近、バナメイエビの抽出液中に分子量2万の新規アレルゲンが検出され、2次元電気泳動後のゲル内消化物のMALDI/MS分析によりミオシン軽鎖であることが証明された。患者の半数以上に認識されるので、主要アレルゲンと考えられている。バナメイエビ以外の甲殻類やその他の動物由来のミオシン軽鎖のアレルゲン性は不明である。ミオシン軽鎖は筋収縮に関与しているミオシン(分子量約22万の2本の重鎖と、各重鎖に2本ずつの軽鎖の合計6本のポリペプチドで構成されている)を構成しているタンパク質である。ミオシン軽鎖はCa2+結合性タンパク質であるが、Ca2+とIgE反応性との関連は不明である。 |
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