財団法人 食品分析開発センター SUNATEC
HOME >近年の食中毒発生状況から(腸炎ビブリオ食中毒発生がゼロとなる日)
近年の食中毒発生状況から(腸炎ビブリオ食中毒発生がゼロとなる日)
財団法人食品分析開発センターSUNATEC理事長 庄司 正
近年の食中毒発生状況:厚生労働省食中毒統計から
 まず厚生労働省が公表している食中毒に関する情報をグラフ化してみた。図―1に全国食中毒発生件数の推移(主要原因物質別)を示した。ここ十数年で、食中毒発生総数は激増・暫減傾向にあり、その原因物質としてサルモネラ属と腸炎ビブリオが大幅に増加・減少し、最近ではカンピロバクターとノロウイルスが増加したことが分かる。しかし、図―2・3に示したように、主要原因施設別で見ると、激増・暫減は、大部分を占める家庭と不明による食中毒である。また、営業関係施設(旅館・飲食店・仕出し屋)においては、すなわち集団食中毒発生件数はずーと横ばい状態である。
 さらに、過去の食中毒事件一覧(3月26日現在)の年別事例から、大幅に増加し又減少した「原因施設不明」及び「原因食品不明」を拾ってみた。図―4・5に示したように、原因施設が不明の食中毒は、H県内で発生報告されたものがほとんどで、この数の変動により全国の食中毒発生件数は増加・減少したといえる。また、H県内発生総数を主要病因物質別にみても、ノロウイルスを除けば図―1の全国傾向と同様である。原因施設及び原因食品が不明の食中毒は、患者数がほとんどの場合1名で、医療機関を受診した患者の検便結果により食中毒細菌が検出され、医師から食中毒と届出のあったものと思われる。個人の食生活は多種多様で、どの施設で食べたどの食品が食中毒の原因であったと特定することは非常に難しいので、それらは不明と報告されるのが通例である。
 保健所に届けられる食中毒は氷山の一角といわれる。H県内(大半はH市内)で報告される原因施設と原因食品が不明の食中毒は、日常の食生活において、食中毒様症状を起こした人がどれほど存在し、その原因物質は何であるのかを知ることができる貴重な情報と小生は思っている。
食中毒発生件数は減少していない!
 以上のことから考察すると(図―1)、平成8年頃から原因施設及び原因食品が不明な食中毒が届出・統計処理されることによって、食中毒発生件数は大幅に変動したといえる。最近の発生件数の減少は、まさに原因施設及び原因食品不明の食中毒が減少してきたことによる。しかし、飲食店など営業関係施設を原因とする集団食中毒事件はけっして減少していない。食品関連事業者はこのことを認識し、衛生管理の徹底を肝に銘じるべきだ。(図―3)
 それでは、新型インフルエンザ発生による手洗いの徹底と食中毒減少の関係についてはどうであろうか。H21年の食中毒発生件数は、対前年比で321件(23%)の減少があったが、そのうち大幅に減少したのはカンピロバクター(68%)であり、減少数全体の約半分を占めるが、ノロウイルスは対前年比で95%にとどまっている。原因物質別発生数等を表に示したので、読者の考察に委ねることとしたい。
厚生労働省食中毒統計から(図―1〜5) ※PDF:156KB
表(全国食中毒発生の推移原因物質別)※Excel:45KB
参考HP(厚生労働省食中毒統計資料)http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html#4-2
腸炎ビブリオ食中毒発生がゼロとなる日(謎の多い食中毒)
 上記で述べたサルモネラ属及び腸炎ビブリオによる食中毒はなぜ減少したのか。前者については、サルモネラ・エンテリティディスを原因物質とする卵及び卵加工品による食中毒の増加に対応して、平成10年11月に卵の衛生対策が食品衛生法の規格基準として規制されたことが大きく影響している。さらに腸炎ビブリオについても、血清型O3:K6による食中毒が、生食用魚介類や加工品を主原因として夏季に集中的に発生している事態を受け、平成13年に生食用鮮魚介類の表示義務と成分規格、生食用かきの成分規格の追加(100個以下/g)、ゆでダコ、ゆでガニの成分規格(陰性)などが規定され、同年7月から施行された。市場流通する魚介類に対して、法に基づく厳しい規制が加わったことにより腸炎ビブリオ食中毒の減少はサルモネラの場合と同じように現れたと考えられる。
 しかし、卵の衛生対策と異なり、魚介類は世界の海から輸入され、日本沿岸で漁獲される魚介類も多種多様であることから、沿岸海水や腸炎ビブリオの生態においても重要な減少要因があるのではないか。例えばサルモネラ属の場合、平成10年の規制以降、平成14年に対前年比で食中毒が104件増加したが、これはH県内の発生件数の増加(137件)によるものである。他方腸炎ビブリオについても、平成13年の規制以降平成16年に対前年比で97件増加したが、H県内の発生件数の増加は14件で、北陸から東北の日本海側で多く発生したことや全国的に増加したことが原因と考えられる。
また、平成9年以降激増し、平成10年に839件の発生をピークに昨年は14件まで激減した腸炎ビブリオ食中毒は、これまで日本で流行していた血清型O4:K8ではなく、血清型O3:K6という短期間に世界に広がったパンデミッククローンといわれる流行株によるものであった。
 これまで謎の多かった腸炎ビブリオ食中毒について改めて振り返り、その謎が解明されてその対策を食品事業者が確実に実行して減少している結果であるのか、考えてみたい。
 ※これ以降腸炎ビブリオはVp(Vibrio parahaemolyticus)と略号で表記。
Vp食中毒発生の謎(1):沖縄県では発生しない!
  正確に記述すると、「沖縄県沿岸で漁獲された魚介類を原因とするVp食中毒は、沖縄県ではほとんど発生していない!」である。1986〜1989年の沖縄県衛生環境研究所の所報によれば、河川河口域からは分離されるが、沖縄本島陸上から500m程度離れた海上からの調査で、110か所の海域から1か所もVpは分離されなかったと報告されている。当時の沖縄県では、本州に比べVp食中毒が少ないことがむしろ興味ある問題としてとらえられているのである。
 一般論として、Vpは沿岸海水や海泥に生息し、水温の上昇とともに増殖し、魚介類を汚染させる。そして、汚染された魚介類の調理における二次汚染等によってVpは食品中で増殖し食中毒に至るとされている。そうであれば、海水温の高い南の海を有する県ほどVp食中毒は多く発生するはずである。しかし、沖縄県で発生はほとんどない。全国調査をしてみると、東京や大阪など首都圏を除けば、もっともVp食中毒が多く発生してきたのは北陸・東北地方である。三重県では、これらの調査研究をまとめ、平成13年10月24日、「腸炎ビブリオ食中毒予防研修会みえ」を開催して公表した。パンデミッククローンといわれる血清型O3:K6がどのように拡大していったのかもよくわかる。(別途スライド)
 また、三重県における食中毒発生状況等を分析しスライドに示した。かつての三重県における食中毒の原因物質は、Vpによるものが大半であった。そして、その発生は伊勢湾沿岸を所管する保健所管内で多く発生し、外洋である熊野灘沿岸を所管する尾鷲・熊野保健所管内では、発生がなく、マリントキシンによる食中毒などむしろ沖縄県に類似する発生状況である。
 内湾としての伊勢湾と外洋としての熊野灘の両方の海に面する志摩半島を所管するのが、平成8年度まで設置されていた志摩保健所(現在伊勢保健所)である。この管内は、全国でも有数のリゾート地で宿泊施設が多数存在し、新鮮な魚介類料理をメインとしてきたことで、かつてはVp食中毒が多発し、発生メカニズムや予防対策の実験が官民挙げて実践された地域である。(参考:腸炎ビブリオ物語)
なぜ沖縄県や太平洋側など黒潮に洗われる地域にはVp食中毒発生は少ないのか。北陸や東北地方で多く発生したのか。血清型O3:K6株は、どのように広がっていったのか。謎のひとつである。
Vp食中毒予防研修会みえ ※PDF:1,096KB
三重県におけるVp食中毒発生状況 ※PDF:1,595KB
Vp食中毒発生の謎(2):同時多発する!
  周囲を海に囲まれたわが国では、多種多様な魚介類が日々食卓に上り、寿司や刺身などに代表される魚介類の生食文化によって、沿岸海水に存在するVpを原因とする食中毒が多く発生してきた。発生の特徴として、同時多発がある。短期間に地域的に発生するのである。最近の事例では、平成16年7月に新潟県で見られた。7月24日から31日の1週間で20件発生し、原因食品は岩カキ(16件)、不明(2件)、飲食店の食事(1件)、旅館の食事(1件)と報告されている。このような現象はなぜ起こるのか、沿岸海水や陸水による海洋環境の変化など複雑な要因が重なっている。
 小生も志摩保健所在勤中、1995年9月に患者数129名のVp食中毒がホテルで発生した。この年は猛暑でありながら不思議なことに三重県内でも食中毒発生は皆無の状態が続いていたが、この週に三重県内で他に2件のVp食中毒が発生したのである。台風が接近していたこと、患者調査は暴風雨警報の最中に行ったことを記憶しているが、大雨と関係があると言われてきたのを実感したものだ。
Vp食中毒発生の謎(3):食中毒患者から分離されるVpが原因食品から分離されない!
  Vp食中毒の最大の謎は、食中毒患者から分離されるVp株は、我妻(ヒト赤血球)寒天培地で溶血反応(神奈川現象)を起こすが、この株が原因食品から分離されることはほとんどないということである。人に病原性を有するVpは、神奈川現象陽性株、溶血を引き起こす毒素を産生するVpに限局されている。しかし、この溶血毒産生Vpは、日常的に魚介類や沿岸海水などから分離されるVpの中で見つけることはほとんどできない。
 旅館で発生するVp食中毒の場合、原因食品が夕食であれば、宿泊者は早い時は深夜から早朝にかけて発症してくる。激しい腹痛と下痢が続き、大規模食中毒の場合は救急搬送できず旅館で発症者の対応をしなければならないことさえある。従って、調査する保健所も大変だが、潜伏時間の長い食中毒に比べると新鮮な原因食品が残り、検査しやすいのもVp食中毒の特徴の一つである。しかし、原因食品からVpが分離されないこともあるし、分離されても患者から分離されたVpと異なっているのが通例だ。検査技術に問題があるのか、溶血毒産生Vpはどうして分離されないのか。全国でこれまで多くのVp食中毒が発生してきても、溶血毒産生Vpが原因食品から分離されることはほとんどなかったのが現実である。実に不思議な現象である。
Vpのプロフィール ※PDF:605KB
腸炎ビブリオについて
Vp食中毒発生の謎への保健所、地方衛生研究所の挑戦
  1960〜1970年代にかけて三重県志摩保健所管内では、Vp食中毒が多発した。1日に複数の中堅旅館で発生したこともあるし、大きなホテル・旅館の多くがこの食中毒を経験している。繁忙期には、営業停止命令を受けると、旅館では厨房が使えないので外部に料理を発注しなければならない。お盆等の繁忙期には宿泊施設はどこも一杯で、他施設へ宿泊者を振り分けることも非常に難しい。また、食中毒発生はマスコミ報道されることから、観光客に不安が増大するし、観光産業には大きなイメージダウンが伴ってしまう。Vp食中毒は潜伏時間が短いだけに営業者にとっては深刻な危機管理の問題であった。さらに、三重国体の開催が1975年に迫っており、食中毒予防対策は営業者だけでなく、当時の三重県にとって非常に大きな問題であった。
 このような背景を受け、官民挙げてVp食中毒予防・衛生対策の徹底に取り組んだ結果、1980年代にはVp食中毒は徐々に減少していったのである。しかし、衛生対策がもっとも進んだホテル・旅館においても、その後Vp食中毒はゲリラ的に発生し、けっしてゼロにならなかった。
 しかも、これまで述べたようにVp食中毒発生の謎は解明されないままである。衛生管理の良好な施設でなぜ発生したのか、その真の原因究明は難しく、汚染原因は不明、食品の取扱い不備と結論付けることしかできなかったのである。そして、上述した血清型O3:K6株による流行が1996年以降に始まるのである。
 このような全国的な事態に対して、熱意ある保健所と地方衛生研究所が協働して謎の解明に挑戦し始めた。どのように解明され、現在どこまで謎が解けているのか。次の機会にVp食中毒発生ゼロに臨む取組を紹介したい。(続く)
参考資料

・食水系感染症病原体の検査法―3腸炎ビブリオ 工藤由紀子 モダンメディア54巻6号2008
・沖縄県における腸炎ビブリオの生態学的調査研究T・V・W 沖縄県衛生環境研究所所報
・アジアにおける食品の食中毒原因菌汚染状況 西渕光昭 京都大学東南アジア研究所
(SUNATEC メールマガジン2007年8月発行)
・イカの塩辛で腸炎ビブリオ食中毒? 山崎浩司 北海道大学
(SUNATEC メールマガジン2007年11月発行)
・腸炎ビブリオ物語:腸炎ビブリオ物語編纂委員会 志摩食品衛生協会(1997)

他の記事を見る
ホームページを見る

サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。

Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved.