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生鮮魚介類のノロウイルス汚染と感染防止について
愛知医科大学客員教授 西尾 治
はじめに
 近年、二枚貝によるノロウイルス食中毒事件の報告数は減少しているものの、生食用カキのノロウイルス汚染は依然として認められ、二枚貝による食中毒は発生している。また、輸入生鮮魚介類は16%がノロウイルスに汚染されており、それらを介しての食中毒も起きている。ここでは生鮮魚介類のノロウイルス汚染状況とその取り扱いについて解説する。
ノロウイルスによる食中毒の発生状況
 2001〜2005年に厚生労働省届けられたノロウイルスによる食中毒事件数はほぼ250〜290件程度で2000〜2001年は第4位、2002〜2003年は第3位、2004〜2005年は第2位、2006年は事件数が499件で1位となり、翌年には344件で2位となった(図1)。患者数は、2000年は黄色ブドウ球菌による大規模な事件が起きたことから、患者数は第2位であったが、その後は第1位であり、2004年まで患者数は増加し(約8,000人〜12,000人)、2005年は若干患者数が減少したが、2006年は27,616人で過去最大となり、2007年は18,750人、2008年は11,618人であった。食中毒患者数に占めるノロウイルスの割合は2000年が19%、2003年は30%を超え、2004年は45%と半数に迫り、2005年は32%にやや減少し、2006年はノロウイルスによる大流行に伴い71%と最大となり、2007年はやや減少し56%、2008年は48%を占めていた(図2)
 ノロウイルスによる食中毒の原因食材は厚生労働省に報告されたノロウイルス食中毒の原因食品別発生状況(2001年〜2008年)について事件数を%で示した。但し、毎年、半数以上は不明であり、その不明は削除し、分かっているものについてのみ集計を行った。
 カキ関連料理は2001年〜2003年の間は50%以上を占めていたが、2004年以降は減少し、27.4%、2005年は34.7%とやや増加したが、2006年以降はさらに減少し、2008年は15%であった(図3)。一方、二枚貝以外の食品による食中毒が増加している。特定食品は二枚貝を除く食品からノロウイルスが検出されたもので、寿司、そうざい、パン、菓子等である。特定食品が少ないことはノロウイルスが食材からの検出が難しく、食材から確実にノロウイルスを検出できる検査法の開発が望まれる。
 表1には2001年以降の厚生労働省に届けられたカキ以外の二枚貝によるノロウイルスによる食中毒の食品を示した。大アサリは中国からの輸入したものである。シジミが最も多く、ウチムラサキ貝、バカガイ、大アサリ、アサリ等も原因となっている。
図1 病因物質別事件数の年次推移
図2 年別の食中毒病因物質別患者数
図3 年別のノロウイルス食中毒事件の食品別推移
表1 ノロウイルス食中毒の原因食品(カキ以外の二枚貝)
二枚貝による伝播様式
 ノロウイルスは二枚貝の体内で増殖することはない。カキにノロウイス汚染が起きるのは、ノロウイルスはカキを含む二枚貝が持っているものではない。カキを初めとする二枚貝がノロウイルスに汚染されるのはノロウイルスに感染した人が大量にウイルスを含んだふん便、嘔吐物を便器に流すと、ウイルスは下水、浄化処理施設に行き、一部がそこを潜り抜け、河川、海水に行き、二枚貝はプランクトンを食餌としているため、大量の海水を吸い込み、ノロウイルスが二枚貝の内臓である中腸腺に蓄積されます。汚染された二枚貝を生あるいは加熱不足で食することにより食中毒となります。人が水環境をノロウイルスで汚染することが原因となっている。
市販カキの年別月別汚染状況と食中毒事件発生との関係
 2001年10月から2009年3月も市販生食用カキの中腸腺内のノロウイルス汚染状況をリアルタイムPCR法で定量的に調査した。1パックに付き、3個のカキを調べ、最も汚染が多いものをそのパックのカキの汚染量とした。線グラフは厚生労働省に届けられたカキによる食中毒事件数を示した(図45)。
 カキのノロウイルス陽性は早い年では10月(03/04年)から、他の年では12月から汚染が認められ、1月および2月が高い汚染率であった。1、2月はカキによる食中毒事件が多発し、カキのノロウイルス汚染率とカキによる食中毒事件の発生は極めてよく一致し、関連性が強く示唆された。
 カキの汚染は2006/07年の0.8%であったが、この年はノロウイルスの大流行が起き、西日本を始め多くの生産者が生食用カキの販売を自粛したことによる。
 近年はカキによる食中毒事件数が減少してきているが、カキの汚染状況は2006/07年を除き、ほぼ10%程度に認められている。
 近年、二枚貝による食中毒事件の報告数の減少は生産者が自主検査を行い、ノロウイルス陽性カキの出荷を控えていること、カキの出荷前紫外線照射した海水で浄化するなどからカキにおけるノロウイルスの高濃度汚染が少なくなっており、安全性の確保に努めていることによると推察される。
図4 生食用カキの月別ノロウイルス汚染とカキ関連食中毒発生状況(01〜05年)
図5 生食用カキの月別ノロウイルス汚染とカキ関連食中毒発生状況(06〜09年)
輸入食品におけるノロウイルス汚染率
 2001年4月から2009年2月の間に、国内2ヶ所の生鮮魚介類を扱う市場に搬入されたもののうち、主にアジアからの生鮮魚介類を買い上げ、汚染状況を調べた。
 輸入生鮮魚介類ではシジミが最もノロウイルス汚染率が高く(32%)、アサリ、タイラギ、ハマグリ、アカガイ、加熱用カキおよびエビ類(殆どがブラックタイガー)は11〜20%で、生食用カキは2%と低い(図6)。これら生鮮魚介類もしっかり加熱する。
図6 輸入生鮮魚介類のノロウイルス汚染(01年から09年)
二枚貝処理時の食中毒防止について
 表2にはノロウイルス食中毒の原因食材・食事別発生状況を示しているが、会食料理、宴会・会席料理、寿司、刺身等で食中毒事件が起きている。これらの発生原因として、調理従事者の手洗いの不備が第一に考えられているが、一部には生鮮魚介類の調理時に調理場、調理器具、手指等を汚染したことが原因と推測される。二枚貝の調理に際しては汚染防止を行う。
 すなわち、パック詰めされている二枚貝がノロウイルスに汚染されているときには貝の表面ならびに海水も汚染されていることが多く、これら料理は最後に行い、貝のパック詰めの海水、洗った液で調理場を汚染しないように注意する。調理後は使用した器具ならびにシンクは次亜塩素酸ナトリウム液(200ppm)で消毒を行う。
 さらに、アカガイ、トリガイでは内臓である中腸腺を取り除くので、その際に感染する危険性がある。処理する際にはマスク、手袋を着け、貝を開けるときにはボール等で貝の液が周りを汚染しないよう行い、貝から出た液、中腸腺は次亜塩素酸ナトリウム液(1,000ppm)で、調理台を含む調理器等は次亜塩素酸ナトリウム液(200ppm)で消毒する。
 エビ類(ブラックタイガー)は腸(背ワタ)の部分にノロウイルス汚染が認められることがある。背ワタも除去するときには二枚貝と同様に感染防止を行う。すなわち、背ワタの液で周りを汚染しないように取り除く。背ワタの液等で調理場が汚れたときには次亜塩素酸ナトリウム液(200ppm)で消毒をする。
表2 ノロウイルス食中毒の原因食品・食事別発生状況
まとめ
 二枚貝による食中毒事件は減少しているものの、市販カキのノロウイルス汚染率は減少しておらず、出荷前の生食用カキの一層の自主検査が望まれる。
 二枚貝等の作業過程、調理時にノロウイルスに汚染の可能性があり、二枚貝の衛生的な取り扱いが必要である。
 わが国に輸入されている生鮮魚介類を介して健康被害を起こす危険性がある。輸出国およびわが国においてウイルス学的安全性は確保されていないので、充分に加熱してから食し、自らを守ることである。
著者略歴
西尾 治
愛知医科大学客員教授
国立感染症研究所感染症情報センター客員研究員(前室長)
昭和45年3月 鳥取大学農学研究科獣医学専攻修士課程終了
昭和45年4月 愛知県衛生研究所微生物部
平成2年 4月 愛知県衛生研究所ウイルス部科長
平成6年4月 国立公衆衛生院衛生微生物学部ウイルス室長
平成14年4月 国立感染症研究所感染症情報センター室長
平成18年4月 国立感染症研究所客員研究員
平成19年4月から現在 愛知医科大学客員教授
平成7年10月から18年3月 東京大学医学部非常勤講師
平成14年4月から18年3月 独立行政法人国立環境研究所客員研究員併任
平成14年4月から18年3月 国立保健医療科学院研修企画部併任
平成14年1月から現在 厚生労働省 薬事・食品衛生審議会臨時委員
平成15年9月から現在 内閣府食品安全委員会ウイルス専門調査会専門委員
平成18年5月から現在 文部科学省食の安全に関する実態調査委員会委員
書籍
西尾 治: 牛島廣治編ウイルス性下痢症とその関連疾患“アデノウイルス” P57-67、新興医学出版社、1995
西尾 治: 櫻林郁之助、熊坂一成監修、臨床検査項辞典、“SRSV抗原検出・同定”、P11074、医歯薬出版KK、東京、2003年7月13日
西尾 治: 小型球形ウイルス(ノロウイルス、サポウイルス、アストロウイルス)、厚生労働省監修、食品衛生検査指針、450-474、日本食品衛生協会、2004年6月30日
西尾 治: アデノウイルス、厚生労働省監修、食品衛生検査指針、500-512、日本食品衛生協会、
2004年6月30日
西尾 治: 丸山務編、改定ノロウイルス現場対策、幸書房、2008年7月20日
西尾 治、古田太郎:現代社会の脅威!ノロウイルス、幸書房、2008年2月15日
西尾 治: ノロウイルス、日本食品衛生学会編集、食品安全の辞典、167-170、朝倉書店、2009年5月20日」
西尾 治, 古屋由美子, 大瀬戸光明:ウイルス性食中毒の予防―ノロウイルス,A型肝炎ウイルス―.
       食品衛生研究2005,55:19-24..
西尾 治: 山下育孝, 宇宿秀三. ノロウイルスによる食中毒,感染症. 食品衛生研究、2005,55:7-16
西尾 治: ノロウイルスの食中毒対策. 臨床と微生物、2006, 33:233-237.
西尾 治:秋山美穂。輸入食品のウイルス汚染の実態とその対策、食品衛生研究、2008,58:23-31
西尾 治: 感染症としてのノロウイルス対策、食と健康、2008,52:6-17
西尾 治:中川(岡本)玲子。ノロウイルス感染症と海産物の安全性、臨床とウイルス、2008,36;305-314
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