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      -我が国が世界で初めて海藻藻場の二酸化炭素吸収量を算定-
ブルーカーボンによる地球温暖化防止と食料としての海藻
 -我が国が世界で初めて海藻藻場の二酸化炭素吸収量を算定-

国立医薬品食品衛生研究所名誉所員

(元食品部長、元食品添加物部長)

米谷 民雄

Ⅰ.はじめに

我が国は2030年にCO2削減率46%(2013年度比)、2050年にカーボンニュートラルをめざしている。脱炭素においてはCO2排出量の削減に加え、大気中や海水中のCO2除去も重要である。これには専用の施設で回収するほかに、森林や海洋の生態系によるものがあり、地上の森林などで吸収・貯留される炭素はグリーンカーボン、沿岸・海洋生態系で吸収・貯留される炭素はブルーカーボンと呼ばれる。

このブルーカーボンは国連環境計画(UNEP)で2009年に命名1)されて以来、カーボンニュートラルや脱炭素をめざす新手法として注目されている。ブルーカーボンは吸収された炭素が海底などで長期間貯留するのに対し、グリーンカーボンは石炭に変化する場合を除き、地上にあるため一般的にブルーカーボンより貯留期間が短いと考えられている。我が国は領海と排他的経済水域を合わせた面積が世界6番目であり、環境を整備しブルーカーボンとしてCO2を吸収・貯留するには大変適している。しかし、国内の藻場は減少してきた経緯がある。

一方で海藻類は日本人には大切な食料であり、持続的食料供給の観点から世界的にもっと注目されてよいと思われる。ただし海藻類にはヨウ素やヒ素が多く含まれているため、食するには注意を要する場合がある。以下に海藻類について、ブルーカーボンと食料の両観点から述べる。

 

Ⅱ.ブルーカーボンの吸収源

ブルーカーボンの吸収源としては次の4つがある2)

① 海草(うみくさ):比較的浅い海底に根を張る海産種子植物。アマモ、スガモが代表。アマモ場に堆積したブルーカーボンは数千年も残存するという3)

② 海藻(うみも):緑藻・褐藻・紅藻の3種類の藻類。胞子で繁殖し海中の岩場に固着。コンブ、ワカメが代表。コンブやワカメは岩に根を付けて生育するため、吸収されたCO2は海底に貯留されないと以前には考えられた1)が、大型藻類でも一部がブルーカーボンとして貯留される機構があることが判明している4、5)

③ 干潟:潮間帯(干潮時は干上がり、満潮時は海面下に没する)の砂質・砂泥質が広がる浅場の生態系。ヨシ等が茂る。干潟で固定される有機炭素は殆どが陸上の高等植物由来。

④ マングローブ林:熱帯や亜熱帯の河口付近など、河川水と海水が混じりあう汽水域に生息する樹木。

以上のように、海草や海藻では枯れた葉や海藻が藻場や海底に堆積し、また流れた藻も最終的に深海に運ばれ、ブルーカーボンとして貯留されることになる。

 

Ⅲ.SDGsの目標14とブルーカーボン

SDGs(持続可能な開発目標)の目標14には「持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する」が掲げられている6)。UNEPのブルーカーボンの考え方はSDGsの観点からも支持される。海藻の最大のメリットはCO2の削減効果だが、海洋・海洋資源保全により魚類の産卵や稚魚の生育の場所にもなるメリットがある。

CO2が長期間貯蔵されるブルーカーボンであるが、その生態系の消失により再びCO2が大気中に放出されるリスクがある。UNEPの報告書1)によると、ブルーカーボン生態系は年間2〜7%の割合で消失しており、深刻な問題となっている。

 

Ⅳ.温室効果ガスのインベントリの推計

国連気候変動枠組条約とパリ協定では、各国が毎年温室効果ガスインベントリ(排出・吸収量)をIPCC(気候変動に関する政府間パネル)ガイドラインに基づいて推計し、提出することを義務付けている(2024年提出からはパリ協定に基づく報告になる)。しかし2013年に追加された湿地ガイドラインにおいても藻場の対象は海草藻場のみのため、我が国は独自に海藻藻場を含めた藻場(海草・海藻)の炭素貯留量の算定方法を確立し、2024年提出のインベントリに反映することにした7)。最近の報告4,5)が海草・海藻藻場による炭素貯留を4つのプロセスで考慮していることから、我が国の算定でもそれに準拠している8)。すなわち①堆積貯留(枯れた海草・海藻が藻場内の海底に堆積し長期間貯留)、②難分解粒子状有機炭素貯留(枯れた海草・海藻やその細分化された破片が流出し、長期間難分解性の細片(粒子状)となり、藻場外の沿岸域に堆積し長期間貯留)、③深海貯留(ちぎれた海草・海藻が流れ藻となり沖合に流出し、深海へ沈降し長期間貯留)、④RDOC貯留(海草・海藻が放出する難分解性溶存態有機炭素(Refractory Dissolved Organic Carbon)が長期間海水中に貯留)、の4プロセスである。

 

Ⅴ.海藻類によるCO2吸収量を算定

2023年の我が国の国連への報告ではすでにマングローブの算定結果(吸収量2,300トン)が含まれており、残る最大の課題が藻場(海藻・海草)の推計であった。そのためには藻場タイプ別の面積と上記①~④プロセスの吸収パラメーターが必要となる。具体的な算定ガイドブック8)によると、

CO2貯留量=面積×吸収係数  吸収係数=CO2隔離量×残存率

の式で計算する。残存率とは隔離したCO2のうち貯留される割合である。各藻場タイプ別にパラメーターを決める必要があり、大変な作業である。国内では海草は各地のアマモ場が中心で、海藻は黒潮沿岸域のアラメ・カジメ場、対馬暖流沿岸や瀬戸内海のガラモ場(ホンダワラ属が生育)、親潮の北方域のコンブ場などから構成されている9)

海藻養殖も含めた21藻場タイプ別・9海域区分別に吸収係数が算定され、環境省による藻場タイプ別・海域区分別面積推計結果7)を用いて最終的に算定された海草藻場及び海藻藻場の吸収量は、合計で約35万トンであった。この吸収量が今年4月に国連に報告10)されたが、世界で初めての海藻藻場の二酸化炭素吸収量の算定であった。日本の藻場復活に向けての記念碑的な成果である。

 

Ⅵ.海藻の収穫量と用途

FAOの統計によると2020年の世界の海藻収穫量は約3,500万トンで、その殆どが養殖である。中国が世界の59%、インドネシアが27%を占め11)、主要産品は褐藻類のマコンブ、紅藻類のキリンサイとオゴノリである。我が国では海藻は直接食べることを想像するが、世界的にはそれぞれアルギン酸、カラギーナン、寒天の生産用に養殖している。ただし、従来中国ではマコンブはアルギン酸生産用であったが、近年では食用にも広く供されているようである。一方、農林水産省のデータによると我が国の2023年の養殖海藻類総収獲量は29.86万トンで、のり類が20.11万トン、ワカメ類が4.96万トンであり12)、生産面では我が国は決して海藻王国ではない。

食料としての海藻は低カロリーで食物繊維、ミネラル、ビタミンに富むため、健康指向の高まりとともに海外でも注目されはじめている。海藻は短い成長期間で高収量が得られ、かつ比較的容易に育てることができるため、持続可能な食料としても期待される。人が食するとブルーカーボンはなくなるが、食する海藻でも生育過程で流れ藻などとして他所や深海に入る部分があり、また収穫量以上の超過分は海に流れて海底に埋まり貯留することも考えられる。

 

Ⅶ. 海藻食中のヨウ素

海藻類は海外ではこれまで一部でしか食されてこず、コンブなどはヨウ素含量が高いことから輸入規制されたりしている。ヨウ素が1811年にフランスで海藻を焼いた灰から発見されたのもうなずける。

食品成分表13)で海藻中のヨウ素濃度を比較すると、コンブが最も高い。可食部100 g当たりの値は、

藻類/(こんぶ類)/ながこんぶ/素干し 210,000μg

藻類/(こんぶ類)/まこんぶ/素干し/乾 200,000μg

藻類/わかめ/乾燥わかめ/素干し 10,000μg

藻類/ひじき/ほしひじき/ステンレス釜/乾 45,000μg

藻類/あおのり/素干し 2,700μg

などの数値が記載されている。

海藻を食する習慣が少ない国ではヨウ素欠乏防止のため、食塩にヨウ素を添加しており、ヨウ素の過剰摂取につながる海藻の輸入は厳しく規制されている。たとえば豪州では乾燥重量1 kg当たり1,000 mg以上(100,000 μg/100 g以上に相当)のヨウ素を含む海藻製品(コンブ等)の輸入が禁止されている14)

コンブ類におけるヨウ素の化学形については、吉田らの報告15)がある。代表的な食用海藻につき水抽出液をHPLC-ICPMSで分析した場合には、ヨウ化物イオンのみが検出されるが、プロテアーゼ処理水の場合にはヨウ化物イオン、モノヨードチロシン、ジヨードチロシンが検出されたという。さらにヒダカコンブとヒジキでは未知のヨウ素化合物も検出されている。また乾燥粉末のコンブ類では熟成処理のため細胞壁がこわれ、ヨウ素がほぼ完全にヨウ化物イオンとして水抽出されたという。

 

Ⅷ.ヨウ素の食事摂取基準16)

人体中のヨウ素の70~80%は甲状腺に存在し、甲状腺ホルモンの構成成分である。慢性的なヨウ素欠乏は甲状腺刺激ホルモンの分泌を亢進させるが、過剰摂取では甲状腺機能を乱す恐れがある。ただし甲状腺にはヨウ素を過剰摂取しても問題が起きない仕組みがあり、通常はヨウ素を気にする必要はない。

日本人は世界でも稀な高ヨウ素摂取の国民である。そのためヨウ素の必要量・推奨量が欧米の研究結果から推定されているのに対し、耐容上限量は日本人の調査・実験に基づき策定されている。献立分析では500μg/日未満の摂取の中に間欠的に3 mg/日以上の日や時には10 mg/日が出現することもあること、海藻消費量からは1.2 mg/日の平均摂取量になることから、日本人の平均摂取量は1~3 mg/日と推定された16)。その結果、15歳以上の男女の耐容上限量は3,000μg/日、妊婦と授乳婦では2,000μg/日とされた。この耐容上限量は習慣的摂取に適用されるものである。コンブ等を用いた献立では3 mg/日を超えるが、コンブ由来のヨウ素は2日以内に尿中排泄されるため、連日で無い限り問題はないとしている。

この「連日でない限り」という限定は重要である。たとえば根コンブはヌメリ成分(アルギン酸やフコイダンなどの水溶性食物繊維)が多く、これが動脈硬化防止などと関連づけられ愛用する人も多い。しかしヨウ素量も多いため、連用すると上記の「連日でない限り」という限定がくずれるため注意が必要である。海藻中のヨウ素は水だけでもかなり抽出されるので、素干し根コンブは水に30分程度漬けてから使用するとよいと思われる。

また国立がん研究センターの多目的コホート研究では、閉経後の女性でのみ、一週間の海藻摂取回数が多いほど甲状腺がんのリスクが高まると報告されている17)。アンケート調査のため海藻摂取量との関連は不明である。

一方、日本人の推定平均必要量は大人で男女とも95μg/日、推奨量は130μg/日とされ、両量とも妊婦と授乳婦には付加量が設定されている。また海藻類を食べない日本人のヨウ素摂取量が平均73μg/日との報告があることから、ヨウ素不足になるおそれがあるとしている16)

なお海藻類ではコンブやワカメのヨウ素のほかに、ヒジキの無機ヒ素が問題となる18)。しかし我が国ではヒジキは水戻しや茹でこぼしの後に食されており、それらの処理で無機ヒ素の多くは除去される。他の海藻中にもヒ素は多いが、それらは無機ヒ素ではなく、毒性の低い有機ヒ素態のアルセノシュガーの形で含まれている19)。ただし、それらが代謝されてできるジメチルアルシン酸の発がん性については検討課題として残されている。

 

Ⅸ. 日本人には生海苔の消化酵素を有する集団がある

海苔は焼くことで細胞壁が壊れて、消化吸収されやすくなる。しかし、日本人の中には生海苔でも消化できる集団があると報告された20)。一般的な海洋細菌のZobellia galactanivoransはポルフィラン(紅藻類の細胞壁にある硫酸化多糖)を分解する酵素を持っているが、その遺伝子が人の腸内細菌Bacteroides plebeiusでも検出されたという。それも日本人だけから検出され(全員ではない)、北米人にはなかったという。古代の日本人が生海苔(紅藻類)を食し、たまたまある時に海洋細菌中の酵素遺伝子が腸内細菌に取り込まれた(水平伝播した)と考えられる。これが日本人に遺伝的に広がり、生海苔でも消化可能な集団になったのかもしれない。この消化酵素を持たない人では生海苔は消化・吸収されにくいが、焼き海苔なら細胞壁がこわれているため問題はない。

 

Ⅹ.終わりに

今年4月に我が国が国連に報告した温室効果ガスインベントリでは、ブルーカーボンである海草藻場及び海藻藻場によるCO2吸収量を、世界で初めて計上することができた。一方、2024年度のコンブの国内生産量(乾燥重量)は海水温の上昇のため前年度比3割減となる見通しで、他の海藻も不作で価格上昇している。地球温暖化による影響のように見える。ブルーカーボンによる温暖化防止の機運が世界的に高まり、藻場が整備され、それにより魚類の産卵や稚魚の生育場所が維持されるとともに、持続的な食料確保のために食用海藻への関心も世界的にさらに高まることを願っている。

 

文献
略歴

米谷 民雄

 

国立医薬品食品衛生研究所名誉所員

(元食品部長、元食品添加物部長)

 

大阪市で高校まで学び、京都大学で博士課程まで修了。環境庁国立公害研究所及び米国カンザス大学メディカルセンターでの生体中微量元素の研究の後、国立医薬品食品衛生研究所に勤務。食品添加物部室長・部長及び食品部部長として、既存添加物制度と農薬等ポジティブリスト制度の確立に研究サイドの中心として対応。2005年度日本食品衛生学会賞受賞。2009-2010年度(公社)日本食品衛生学会会長。2010-2013年静岡県立大学食品栄養科学部特任教授として茶中残留農薬の研究を実施。現在も同大学にて講義を継続中。

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