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遺伝子組換え表示制度がもたらす意義と影響について
(任意表示制度は消費者庁の「思いやり」ではないか)
一般財団法人食品分析開発センターSUNATEC
理事長 西中 隆道

ごあいさつ

令和6年の年頭にあたり、謹んで新春のご挨拶を申し上げます。

長きにわたり、わたしたちを苦しめてきた新型コロナウイルス感染症の流行も、ここにきてようやく落ち着きを取り戻し、社会生活においても徐々にではありますが、日常生活が戻りつつあります。とはいっても、眼に見えない感染症が相手ですから、まだまだ油断はできませんが、今年こそは皆さまが穏やかに過ごせる一年でありますように、そして、誰もがマスクを外した素顔で笑い合える一年となりますことを、心から願っています。

さて、昨年を振り返りますと、食品業界では食品表示の話題で一年が終わったような気がしてなりません。まずコロナ禍において、食品表示制度の改正や食品衛生法の一部業務が厚生労働省から消費者庁へ移管されたことなど、驚きを隠すことができませんでした。さらには産地偽装表示事件や、機能性表示食品の景品表示法に基づく措置命令が発出されたことなど、食品業界にとっては食品表示制度が大きな話題となったのではないでしょうか。そこで、任意表示が話題となっている遺伝子組換え表示制度について、その意義と影響を考えてみたいと思います。

1.新たな遺伝子組換え表示制度のスタート

令和5年4月1日、食品表示制度の改正により新たな遺伝子組換え表示制度がスタートしました。そして、今年4月で1年が経過することになりますが、そもそもこの表示制度がもたらす意義とは何処にあるのでしょうか。わたしがこの表示制度の改正でまず思ったことは、国の認識と消費者の受け止め方との間には、少し乖離がみられるのではないかということです。では、食品企業の皆さまはこの制度の改正をどのように捉えられているのでしょうか。海外の現状とも少し比較しながら、遺伝子組換え表示制度がもたらす意義と今後の影響について探ってみたいと思います。

2.遺伝子組換え表示制度に対する認識の違い

(1)国の認識

そもそも遺伝子組換え食品表示は、消費者のみなさまに正確な情報をお伝えすることにより、誤認防止や商品購入時の選択の幅を広げて頂くために国が設けた制度であって、安全のための表示だとは言っていないと思います。というのは、国内に流通するすべての遺伝子組換え農産物の安全性はすでに検証済みであり、それらすべてが安全であるという前提に立って制度がつくられているからです。但し、この前提は現時点での話であって、この先も永久に安全だと言っているわけではないと思います。なぜなら、科学は100%の安全性を確保するものではなく、常にリスクとベネフィットが存在することを認めることも大切なことだからです。

 

(2)消費者側の受け止め方

では、消費者のみなさまはどのように受け止められているのでしょうか。おそらくは、多く人が安全のための表示だと思っているのではないでしょうか。そして、今回の改正によって、任意表示である「遺伝子組換えでない」とする表示条件が厳しくなったことから、食品企業のみなさまが、旧制度のようには表示しづらくなってしまったのです。国は今回の改正により、より正確な情報を消費者に伝えようとしたはずなのに、むしろ消費者の視点から見れば、判断するための情報が結果的には減ったことになってしまったのです。そのため、しばしば消費者の不満の声が聞こえてくることがありますが、それは消費者が遺伝子組換えの表示を安全のための表示だと思い込んでいるからではないでしょうか。その理由の一つとして考えられることは、一部の学者や評論家、コメンテーターと称する人達の過激な発言、不安を煽るような一部のマスメディア報道の影響によるところが大きいのではないでしょうか。

そもそも遺伝子組換えとは、交配による品質改良とは異なり、人工的に遺伝子を操作することで、生物の種を超えて効率よく有用な品種を作り出すことができる技術です。この技術を利用すれば、これまで育種技術では不可能とされてきた特定の害虫への抵抗性を持つ作物や、除草剤への耐性を持つ作物、病害に強い作物などを作りだすことができるのです。また、農作物の栽培に適さなかった乾燥地などでの栽培や、特定の栄養成分を多く含む作物を作ることも可能となります。これらの作物を原材料にして作られた食品が遺伝子組み換え食品と呼ばれるのです。この技術は医療や工業などの分野でも利用が期待されています。しかし、生物多様性への影響や、食品として摂取した場合の人体への安全性を懸念する声も根強くあります。また安全性だけではなく、倫理的な観点から異議を唱える学者らも少なからずお見えになります。これらの声に影響を受けた消費者が、遺伝子組み換え食品は、「買いたくない」、「買うのは不安」、「子どもには食べさせたくない」、「なんだか怖い」、「危険だ」などと信じ込んでいるのかもしれません。

昨年の新年のご挨拶、「消費者が求めようとする食の安全・安心とは」 の中でも少し触れさせていただきましたが、食品表示には「安全」と「安心」のための表示があります。そして、それを分けるとするならば、「食品添加物」や「アレルギー表示」などの表示が安全のための表示であり、「原料や原産地表示」、「製造者住所・氏名」などは安心のための表示であるとお伝えしてきました。遺伝子組換えや賞味期限表示なども安全のための表示だと思う人がお見えになる一方、安心のための表示だと思う人もお見えになります。つまりは、個人の感情によっても違ってくるところだと思います。本来、「安全」と「安心」は全く次元の異なるものですが、今では流行語のようになっている「食の安全・安心」という耳触りの良いフレーズのような言葉に、消費者の多くが「安全と安心」を同じようなものとして受け止めているからではないでしょうか。

 

JAS法、食品衛生法及び健康増進法の関係

 

(3)食品企業者側の捉え方

それでは、食品企業のみさまは今回の改正をどのように捉えられているのでしょうか。直接、お聞きしたことがないので、はっきりとしたことはわかりませんが、おそらくは自社の製品には「遺伝子組換え食品」であるとの表記は控えたいと思っているはずです。現在、国内では遺伝子組み換え作物の商業栽培は行われていないそうです。栽培を禁じる法律が無いにもかかわらず、国内では栽培する人がいないとも聞いています。その理由は栽培しても売れる見込みがないからではないでしょうか。もし、仮に食品企業がコストの安い遺伝子組み換え大豆を原料に豆腐や納豆をつくり、「遺伝子組み換え」と表記した上で販売するとした時、食品企業のみなさまは消費者がそれらを買っていただけるのか、とても不安だと思います。もちろん、食品企業は消費者が買ってくれないものは製造しないし、生産者も作ろうとはしない。だから、食品企業としては、原料比率を変えてでも消費者が求める「遺伝子組み換えでない」という任意表示制度を使いたいというのが本音のところだと思います。これらのことから、「遺伝子組換えでない」という任意表示は、消費者庁が消費者と食品企業への配慮、つまりは「思いやり」の気持から設けられた表示だとも言えなくはないと思っています。

3.日本と海外の遺伝子組換え表示制度の違いについて

(1)海外の状況

以前、TPP交渉において、遺伝子組み換え食品についての規制が緩和・撤廃されるのではないかという噂が拡がったことがありました。もちろん、そんなことはなかったのです。これまでの二国間協議と異なり、TPP交渉のような多国間交渉では、それ以外の国との連携ができることから、さすがに大国と言えども自国の主張を押し通すことはできないはずです。なぜならTPP協定とは、双方が共通の義務を負うのであって、自らが要求したことは自らの義務として跳ね返ってくるからです。

そもそも遺伝子組み換え食品は、自国で安全性が確認されたものだけを流通させています。各国の間で規制が異なるところは、安全だとして流通を認めた遺伝子組み換え食品においても、表示を「義務付けるか」、「義務付けないか」というところです。この辺りが各国による違いであり、重要なポイントのような気がします。では、主な国の表示制度はどのようになっているのでしょうか。アメリカは当初から従来の食品と安全性や機能の面で同じである以上、表示は全く不要だとする実質的同等性を主張してきました。国益を損なう恐れがあると考えたからではないでしょうか。だからEUの表示規制には真っ向から反対するスタンスを取り続けたのです。なぜなら、時間と膨大なコストがかかってしまうだけではなく、国内で安全性が確認された遺伝子組み換え食品の流通が事実上禁止されるかもしれないからです。この協議はコーデックス委員会(WHOとFAOの合同)でも議論されましたが、結果的には各国の立場の溝が埋まらず、国際的な基準として合意には至らなかったと聞いています。2002年APECの貿易大臣会合でも、アメリカはEUの規制には反対で、APECの全貿易大臣からEUに申し入れをしようと提案したそうですが、上手く行かなかったようです。そればかりか、アメリカ国内において、遺伝子組み換え食品を使用していないことを言明するチェーン店が現われるなど、また一部の州議会が遺伝子組み換え食品に表示を義務付ける法律を成立させるなど、アメリカ国内でも遺伝子組み換え食品に対する警戒感が高まってきたことから、政府もその対応に苦慮しているのではないでしょうか。 なお、現在もアメリカはTPPから離脱していますが、再加入する気配はなさそうです。

 

(2)国内の状況

これに対して、日本や韓国は、DNAやタンパク質が食品中に残存する加工食品については、遺伝子組み換え農産物を使用したという表示を義務付けるとしたのです。ただし、改変したDNAやタンパク質が技術的に検出できる加工食品だけに表示義務を課し、技術的に検出できない油やしょう油などには表示義務を課さないという立場をとりました。検出技術がないのですから、致し方ない話ですよね。旧表示制度では意図せざる混入の許容率5%以下であれば表示義務を課すことはありませんでしたが、新表示制度では、わずかでも混入していれば、全て表示義務を課すという方向に厳格化しています。 ところが、EUやオーストラリア、ニュージーランドでは、消費者の権利意識を尊重したからでしょうか、DNAなどが残存しない食品(油なども含まれる)についても、遺伝子組み換え農産物が含まれていれば、遺伝子組み換え食品だという表示を義務付けるとしました。もちろん、EU にもDNAやタンパク質が残存しないものを検査する技術はないと思いますが、遺伝子組換え食品等の表示・トレサビリティによって義務付け、確認するというのです。生産から流通、加工、販売までのすべてのプロセスにおいて、「遺伝子組換えでない」ものであることを、その都度検証しながら証明書を作成し追跡するというものですから、アメリカが懸念するように、時間と膨大なコストがかかるだけでなく、何処まで精確さが担保できるのか、気になるところです。

4.主な国の遺伝子組換え表示制度の比較

表示対象 義務表示の範囲 意図せざる
混入の許容率
(表示免除)
日本 DNAやそれによるタンパク質が最終製品に残る食品が対象となる 9作物33食品群
原料重量が上位3品目、かつ重量比5%以上が対象
5%以下
韓国 DNAやそれによるタンパク質が最終製品に残る食品が対象となる 6作物27食品群
改定により、組換えDNAが残る全ての原材料が対象となる。
※可能性表示を認める
3%以下
(台湾も3%以下)
オーストラリア
ニュージーランド
遺伝子組換え農産物が用いられる全食品
DNAやタンパク質が最終製品に残るものが対象となる
規定なし
虚偽表示はできない
1%以下
(中国も1%以下)
EU 遺伝子組換え農産物が用いられる全食品
(トレサビリティにて確認する)
組換え遺伝子が残る全ての原材料
※可能性表示は不可
0.9%以下

5.遺伝子組換え表示がもたらす意義はここにある(まとめ)

では、国際的な基準が定まらない中で、遺伝子組み換え表示の意義は、いったいどこにあるのでしょうか。わたしは遺伝子組換え表示の意義は極めて大きいと考えます。なぜなら、評価されていない本当に危険な遺伝子組み換え作物の栽培を食い止めるためには、「遺伝子組換え表示制度」が必要なのです。もし表示義務がなければ、消費者の知らない間に怪しげな遺伝子組み換え食品を食べさせられるもしれません。そうなれば、価格競争が激化し、安価な遺伝子組み換え食品が増々売れてしまいます。また効率面でも有利な海外の製品がどんどん入ってきます。また、遺伝子組み換え作物があちらこちらで栽培されることになれば、花粉が飛散し他の農場の作物が受粉すれば望んでいない形での遺伝子組み換え作物が次々と連鎖していく可能性も考えられます。それらを防ぐためにも、遺伝子組換え表示制度が重要な役割を果たしています。そして、この制度が正しく機能すれば、少なくとも未承認の遺伝子組換え食品の市場流通を防ぐことができるはずです。そうなれば、消費者の「食の安全」を守ることに繋がっていくのではないでしょうか。

今後、懸念するところがあるとすれば、先にも申し上げましたが、科学は100%の安全性を確保するものではないということ、そして、常にリスクとベネフィットが存在します。短期的には影響がなくとも、長期間食べ続けることによる健康への影響を検証する充分な統計学的・疫学的なデータが不足する中で、実質的同等性による安全性の根拠だけをもって、将来的にも安全だと言い切ることはできないはずです。そのことを忘れずに、これからも個人差(男女・成人・こども・妊婦・胎児・体格など)だけではなく、人種差などの複合的な要因による影響も考慮しながら、検証を積み重ねていくしかありません。行政はそのことを消費者に対して、丁寧、かつ上手く、これから先も説明していくべきです。ただ、情報が溢れる現代社会においては、不確かな情報もたくさん拡散されていますから、どこまで消費者が正しい情報を得ることができるかによって、この制度の意義が決まってくるような気がします。

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