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HACCPの考え方を取り入れた衛生管理(基準B)を考える
大阪市立大学大学院工学研究科 客員教授
NPO 食品安全ネットワーク 最高顧問
米虫 節夫

はじめに

「食品衛生法等の一部を改正する法律案」が国会を通過し、2018年6月13日に公布された。この改正により、日本国内の全ての食品等事業者にとって、HACCPに沿った衛生管理が制度化される。時期的には、若干の余裕もあるが、やはり直ちに対応を考えるべきであろう。 
 今回の食品衛生法の改正において、HACCPに沿った衛生管理として、2つの方法が提示された。「HACCPに基づく衛生管理」(基準A)は、Codex-HACCPの7原則12手順に基づいた衛生管理を確立せねばならない。従来から言われているHACCPである。日本においては、大企業では概ねこの基準Aに従ったHACCPの認証を取得しているが、問題は、中小零細の食品製造事業者である。特に、父ちゃん・母ちゃん・兄ちゃんの三ちゃんで運営されている「三ちゃん企業」においては、基準Aによる認証は望むべくもない。
 一方、「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」(基準B)は、基準Aレベルの認証取得が困難な中小零細の食品製造事業者、三ちゃん企業、街の飲食店などでも対応できる仕組みとして作成されたもので、「一定の業種」とされており、まだその詳細は明確ではない。(なお、基準A、基準Bという呼称は、2018年3月の法案提出時から公式には使われていないが、分かりやすいので本稿では、略称の意味で使用する。)

 

中小零細の食品製造事業者、街の多くの飲食店などにとってHACCPは遠いどこかの話であった。しかし、この食品衛生法の改正により、HACCPが制度化され、日本国内で食品関連の業務をする全ての「食品等事業者」にとって、逃げることの出来ない、必ず対応せねばならない仕組みとなった。故に、今後は、全ての食品等事業者が、HACCPに沿った衛生管理の仕組みを作らなければならない。
 昨今、北は北海道から南の沖縄までの多くの場所で、HACCP制度化に関する講演会や講習会が行われ、どこも多くの参加者が押しかけるようになってきたとのことである。しかし、それら講演会や講習会の中心は「HACCPに基づく衛生管理」(基準A)であり、「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」(基準B)に関するものは少ないようだ。そこで、本稿では、基準B特に飲食店などに焦点を当てて、いま筆者が考えていることなどを紹介する。

HACCPは、難しくない

「HACCPの制度化」、中小零細の食品製造事業者や小規模飲食店などにとっては、何かものすごいことになったように思われるが、筆者は決してそう難しいものではないと考えている。

質問1)
皆さんの会社や店で作られ、お客様に提供しているものは、お客様に喜ばれていますか? 
Yes or No.
質問2)
皆さんの会社や店で作られ、お客様に提供しているものに、毎日、不良品が出たり、それを食して毎日、食中毒患者が出たりしていますか? 
Yes or No.

質問1にYes、質問2にNoと自信を持って答えられる貴方の会社や店ならば、少しの努力をするだけで、厚生労働省が要求している「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」(基準B)の仕組みを作ることが出来る。
 質問1にYesと答えられるということは、顧客が望む製品(食品)を提供しており、顧客満足が得られているということである。質問2にNoと答えられるということは、その食品を作る工程に大きな問題が無く、品質的にも衛生的にも適切な工程になっているということである。
 これは別に不思議なことではない、常日頃から品質や衛生に気を遣って製造する中で、一定の品質を得るために自ずからそれに見合う工程とその管理様式が出来上がっている。故に、特に衛生を考えることなく出来上がった工程とその管理様式ではあるが、基準Bに見合った形式に文章化(見える化)し、記録を取るだけでよいのである。このように考えると、質問1にYes、質問2にNoと自信を持って答えられる貴方の会社や店ならば、「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」を作り上げることはそれ程難しいことではないことが理解できるだろう。

衛生管理モデル作成の手引書

基準Bの対象事業者には1)小規模事業者、2)当該店舗での小売販売のみを目的とした製造・加工・調理事業者、3)提供する食品の種類が多く、変更頻度が頻繁な業種、4)一般衛生管理の対応で管理が可能な業種、などが含まれ、各業界団体が作成する手引書を参考に、簡略化されたアプローチによる衛生管理を行うことになっている。基準BのHACCPモデルとしては、現在(2018.11.01)表1のようなものが、手引書として公表されている。
 その一つである「HACCP(ハサップ)の考え方を取り入れた食品衛生管理の手引き(飲食店編)」は、2017年4月に厚生労働省から発行されたが、その基本的な内容は米国FDAが発行した飲食店・小売店用のテキストとほぼ同じである(図1)。故に、飲食店においてはこの手引書をベースにした衛生管理計画の作成が望まれる。「HACCP(ハサップ)の考え方を取り入れた食品衛生管理の手引き(飲食店編)」の最後に付けられている資料では、資料1が衛生計画(表2)、資料2が衛生管理日誌(表3)となっている。
 筆者は、この衛生計画を自店舗に導入するには、難しいことを考えずに、まずコピペから始めると良いと勧めている。具体的には、表4のような手順を勧めている。少し極端かも知れないが、「先ずは出来る所からする」というのが、さしあたり重要なのではなかろうか?
 「HACCPに沿った衛生計画の立案とその仕組みの導入は、難しくない。コピペから始め、徐々に自店舗独自のものに変えていこう。」と声を大にして叫びたい。

表1 基準B対応の手引書(2018.11.16現在)
 
図1 厚生労働省HP 『HACCP(ハサップ)の考え方を取り入れた
食品衛生管理の手引き(飲食店編)』(2017.04発行)
 
表2 衛生計画(HACCP(ハサップ)の考え方を取り入れた食品衛生
管理の手引き(飲食店編),p.28, 2017.04発行)
 
表3 衛生管理日誌(HACCP(ハサップ)の考え方を取り入れた食品衛生
管理の手引き(飲食店編),p.30, 2017.04発行)
 
表4 衛生管理計画作成の手順

衛生状態の評価

基準Bの適用になるであろう小売店や飲食店などの衛生状態が、本当に正しく管理されているかどうかに関しては大きな疑問がある。幾つかの国では、実際に小売店や飲食店などで行われている衛生管理を評価している。加藤光夫氏は、ロンドンの小売店について次のように紹介している:「リテイルについて、現在のロンドンでは、店頭で5段階のレートで表示されている。例えばロンドンの食肉小売店舗では、ラベルが貼られていて、見た限りでは、全ての小売店で「5」の最高得点になっている。これは、4以下では顧客を獲得できないので、衛生管理をしっかりして、「5」を得ているわけ。」(Fromメールマガジン:週刊HACCP,vol.833,フーズデザイン 加藤光夫,2016.3.11)とのこと。
 同じように、豊福肇氏は、デンマークの飲食店の衛生管理の評点について、デンマークでは、衛生管理の評価を顔マークで示している。「にこにこマーク」と「泣き顔マーク」である。泣き顔マークの事業所は、改善処置の後、有料で特別審査が受けられる。しかし、この審査で「にこにこマーク」になっても、先の審査は「泣き顔マーク」だったという記録が残った「にこにこマーク」の表示になる」と講演されている。(豊福肇:「標準化と品質管理全国大会」、2017.10.11)
 米国の飲食店においても同じような評点が店頭に表示されている。図2は、ハワイ州ホノルルの某飲食店の衛生状態を評価した表示である。PASSマークの図の左下部分を見ると、評価は、1)PASS、2)CONDITIONAL PASS、3)CLOSED、になっていることが分かる(図3)。なお、このPASSマークの評価票を詳細に見ると、「この施設は、ハワイ州行政規則、食品安全コードに従ってハワイ州保健/食品安全プログラム部によって検査された」と記載されている(図4)。以下に幾つかの例を示すが、米国では、それぞれの州や市などが飲食店などの衛生状態について、それぞれ独自の評価をしている。
 2018年10月時点で、ホノルルの有名なアラモアナショッピングセンター1階にあるフードコートを調べたところ、フードコートの店舗リストに掲載されている店30店舗の内、2店舗は店が見つからず(改装工事中)、リストに記載されていない店が4店舗あった。その32店舗中の31店舗には、PASSマークが掲示されていた。残りの1店舗は、PASSマークの掲示が見られなかったが、その店の商品はクッキーで、かつ既に箱詰め包装されたもののみの販売店だったので、店の担当者に聞くこともしなかった。その他、ホノルルの街中の多くの飲食店の店頭にPASSマークが誇らしげに表示されている。
 図5は、カルフォルニア州サンフランシスコ市のケーブル終点(パウエル駅)に近い某ステーキハウスの表示である。100点満点で92点と採点され、その点数はGood評価となっている。同じように、図67は、カリフォルニア州ロングビーチ市の某日本料理店の評価である。この店では、「重篤な違反は見つけられなかった」との評価で有り、もし見つかれば、その違反がどこであるかが示される形式になっている。ロサンゼルスのリトル東京の某店では、図8のような評点が貼られていた。同じカルフォルニア州でも、市により評価結果の表示方法に差があるのがいかにも米国的だと思う。
 図910は、マレーシアの衛生評価の評価票である。高速道路のサービスエリア内の食堂、紅茶の産地で有名なキャメロンハイランドのバスターミナルの売店など、多くのところで衛生状態を評価した評価票が見受けられる。図11は、マレーシア・クアラルンプールの日本人ツアー客の利用する某中華料理店の評価である。残念ながら、この店は、「A評価」ではなく、「B評価」である。加藤氏の紹介するロンドンの小売店と同じように顧客は、A評価の店とB評価の店があれば、自ずとA評価の店に行く。この中華料理店は、B評価だったので、その評価票の前に提灯をつり、うまくカムフラージュをしたのであろうか。店舗内の調理場などを見てみるとやはり調理かすなどが床に落ちており、衛生的によろしくない。もし、日本においてもこのような評価法が実施されれば、この店と同じようなカムフラージュをせねばならない店が続出するかも知れない。
 ここ数年、海外に出かけ外食をする時には、こまめに上記のような評価票が貼られていないかを見ている。結果、多くの国でその様な例を見かけることが多くなった。某友人の話では中華人民共和国でも、同じような評価がされ、評価票が店内に表示されていると聞く。
 諸外国の事例や状況を知り、早急に自社・自店舗において、基準Bに対応する衛生管理のプランを立てるべき時期ではなかろうか。さもないと、クアラルンプールの某中華料理店のようなぶざまな恥ずかしいカモフラージュが必要になるかも知れない。

図2 ホノルル・ロイヤルハワイアンセンター内の某飲食店の評点
 
図3 ホノルルの3段階評価
 
図4 PASSの表示
 
図5 サンフランシスコ某食堂の評点(2017.08.23撮影)
 
図6 Long Beach in CA (2017.08.30)
 
図7 問題箇所の指摘
 
図8 Little Tokyo in LA (2017.08.28)
 
図9 マレーシアの高速道路SAの売店(2018.02)
 
図10 キャメロン・ハイランド・バスターミナルの売店(2018.02)
 
図11 Bランクの中華料理店(2018.02,クアラルンプール)
略歴

米虫 節夫(コメムシ サダヲ) 1941年大阪生れ
大阪市立大学大学院工学研究科 客員教授,
NPO法人・食品安全ネットワーク 最高顧問,前会長

大阪大学大学院発酵工学専攻博士課程中途退学,大阪大学 薬学部助手,近畿大学農学部講師,助教授,教授をへて2009年定年退職,大阪市立大学大学院客員教授

(財)日本規格協会 「品質管理と標準化セミナー」などの講師担当,
(財)日本科学技術連盟 「品質管理BCコース」などの講師・運営委員など担当,「デミング賞委員会」元委員,

日本防菌防黴学会 編集委員、評議員,理事,常任理事,副会長,会長などを歴任,現在,名誉会員
(社)日本品質管理学会 評議員,関西支部 幹事,同 幹事長 などを歴任,
日本ブドウワイン学会 編集委員長,評議員,理事などを歴任,現在 名誉会員
日本カロテノイド学会,名誉会員

食品安全ネットワーク 設立(1997),初代会長、現在・最高顧問
ペストコントロール微生物制御システム研究会 設立(2005)・会長,
NPO法人・農楽マッチ勉強会, 設立(2015)、副理事長
「環境管理技術」誌 編集委員長
「食生活研究」誌 編集委員長
日経品質管理文献賞受賞 (1977,2000, 2006, 2011)

細谷克也,米虫節夫,角野久史,冨島邦雄監修「HACCP実践講座」(全3巻),日科技連出版,1999.10~2000.06 ,
米虫節夫,角野久史,冨島邦雄監修「ISO22000のための食品衛生7S実践講座,食の安全を究める食品衛生7S」(全3巻),日科技連出版社,2006年
米虫節夫,加藤光夫,冨島邦雄監修, 編集:月刊食品工場長 編集部:「現場で役立つ 食品工場ハンドブック」 改訂版,日本食糧新聞社, 2012.09
など 著書,論文など多数

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