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卵の栄養機能とアンチエイジング効果
第2回 卵のコレステロール悪玉説
京都女子大学 家政学部
教授 八田 一

5.卵のコレステロール悪玉説とは

卵のコレステロール悪玉説は1968年にアメリカ心臓協会(American Heart Association)が作成した食事摂取基準が発端です。「コレステロールの摂取量は1日300mg以下、卵は1週間に3個まで」との食事勧告が発表されました。当時、アメリカでは心臓病による死者の増加が深刻な社会問題であり、その原因が血清コレステロール値の上昇とそれに伴う動脈硬化であると示されたことから、心臓病の予防対策としてコレステロールの多い卵の食事勧告がなされたのです。そして、マスコミを通じてノンコレステロール表示がブームとなり、それが世界中に発信されました。ペンキの缶にノンコレステロールと表示したら、よく売れたという嘘のような本当のような話がある程です。その結果、アメリカでは1970-1995年の25年間に、国民1人当たりの卵消費量が年間311個から238個へと激減しました。
 そのような状況下、アメリカ鶏卵協会(American Egg Board)が中心となり、1984年に鶏卵栄養センター(Egg Nutrition Center)が設立され、心臓病と卵のコレステロールの関係を正しく客観的に検証する調査研究が進められました。約20年間にわたり種々の動物実験、疫学調査やヒト臨床試験のデータが集められて検証されました(表1)。その結果、「鶏卵の摂取量と心臓病のリスクの関係を示す事実はない」との結論が得られて報告されたのです1)。そして2002年、ついにアメリカ心臓協会は「これからは個人が卵を何個食べてよいかという、特定の食品に関する勧告を行わない」と発表し、1週間あたりの鶏卵摂取量の制限が34年ぶりに撤回されました。これまでの研究で、心臓病のリスクと正の相関関係を示すのは食事由来のコレステロールではなく、飽和脂肪酸の摂取であることが認められています。通常、コレステロールが多い肉類は飽和脂肪酸も多いが、卵は例外的に飽和脂肪酸が非常に少ない食品なのです。図1はEgg Nutrition Centerの元所長マクナマラ博士が2005年の来日講演時にまとめられた図ですが、卵のコレステロール悪玉説とそれが否定された経緯がよく表されています。

表1 コレステロール悪玉説を否定する検証結果
 
図1 卵はもはやコレステロールのシンボルではない。

6.コレステロールの役割

コレステロールは細胞膜や胆汁酸やステロイドホルモンの構成成分として、生命の維持に不可欠なものです。ヒトの体は約60兆個の細胞からなり、その細胞は全てリン脂質とコレステロールからなる細胞膜(脂質二重膜)で仕切られています。その中でコレステロールの役割は、細胞膜の流動性を維持し、細胞間の物質や情報伝達の健全性を保つ働きをします。胆汁酸はコレステロールをもとに肝臓で作られ、胆のうに蓄えられます。そして十二指腸に分泌されて、食事由来の脂質を乳化し、その消化吸収には無くてはならないものです。その他、生殖腺や副腎ではコレステロールのステロイド骨格をもとに、男性ホルモン(アンドロゲン)や女性ホルモン(エストロゲン)や副腎皮質ホルモンが合成されます。また、皮膚では紫外線の作用で、コレステロールからビタミンDが合成され、体内のカルシウム代謝に重要な働きをしています。
 このように、コレステロールは生命の維持に不可欠で、ヒトの体には約150gも蓄えられています。特に、脳には全コレステロール量の25%が局在し、神経組織まで合わせると約40%ものコレステロールが局在しています。コレステロールの値が低い子どもは、注意欠陥・多動性障害になりやすく、大人では不安神経症やうつ病になる率が高いとの報告があります2)。コレステロール不足により、神経伝達が乱れて様々な神経障害が生じるようです。
 血清中でコレステロールは主に、カイロミクロンやレムナント、LDL(低密度リポタンパク質)やHDL(高密度リポタンパク質)のリポタンパク質の構成成分として存在します。LDLは肝臓からコレステロールを組織へ運ぶ働きがあり悪玉コレステロールと呼ばれています。一方、HDLは組織で余った余分なコレステロールを回収し、肝臓に戻す役割を担い善玉コレステロールと呼ばれています。
 ヒトは1日に1.0-1.5gのコレステロールを新しく必要とし、その約70%が肝臓で糖質と脂肪酸から合成され、残りの30%を食事から摂取しています(図2)。コレステロールは、生命の維持に大切なものなので、食事由来のコレステロール量の多少に対応して、肝臓での合成量が増減し、体内コレステロール量の恒常性が保たれています。通常、小腸からのコレステロールの吸収率は40-60%で、1日の食事から摂るコレステロールの適正量は500-600mgと言われています。

図2 コレステロールの代謝経路

7.世界の認識:卵のコレステロール問題

それでは現在、コレステロールに関する世界の認識はどのようなものでしょうか。カナダでは1988年にコレステロール問題に関する会議が開かれ、その最終報告書では、総脂質量をエネルギー摂取量の30%未満、飽和脂肪酸を10%未満に抑える食事が推奨され、1日に摂取するコレステロール値の制限はありません。1990年にカナダ保健省(ヘルス・カナダ)が発表した食事ガイドラインによると、健康な食生活は低脂肪乳製品や肉類、脂肪をほとんど使わない食物、色々な種類の健康によい食物を食事に取り入れることを勧めています。
 イギリスもカナダ同様、1日のコレステロール摂取量の制限はありません。ヨーロッパでは、ヨーロッパ・ハート・ネットワークが具体的な数値を提示してはいませんが、飽和脂肪酸、トランス脂肪酸の摂取を控えることが、血液中コレステロールを減らすことに結びつくと報告しています。アイルランド・ハート・ファンデーションは、飽和脂肪酸の摂取を控えることに重点を置き、健康なバランスのとれた食事の中に卵を取り入れることを勧めています。このように国際的な食事ガイドラインを見た場合、心臓病予防にはコレステロールではなく、脂肪、特に飽和脂肪酸の摂取を控えるべきだと推奨するガイドラインが多いことがわかります。
 以上のようにカナダ、イギリス、アイルランド、オーストラリアなど多くの先進国では、1日のコレステロール摂取量を制限するかわりに、総脂肪、飽和脂肪酸、トランス脂肪酸の摂取を避け、不飽和脂肪酸摂取の増加を勧めています。また、ネパール、タイ、南アフリカなどでは、健康な食事の一部として、飼料効率のよい卵を毎日食べることが勧められています3)

8.アメリカと日本の認識:卵のコレステロール問題

アメリカ農務省と保険福祉省が5年毎に発表している食事ガイドライン(2010年版)では、冠動脈心疾患予防の観点から、食事由来のコレステロールの摂取基準を一般の人は1日300mg以下、高LDLコレステロール血症の人は200mg以下と勧告しています。しかし、他の先進国のガイドラインと比較して、食事由来のコレステロールの摂取制限値が設けられていることに疑問の声があがり、2008年末から「食事ガイドライン諮問委員会」が開かれ、現在の栄養政策、食事パターンや健康に与える食事ガイドラインの影響についての再評価が進められてきました。そして、各種調査結果から「食事によるコレステロール摂取と血清コレステロールとの間に明らかな関連性はない」と発表されました(2015年2月)。その結果、食事ガイドライン諮問委員会が「コレステロールは過剰摂取を懸念すべき栄養素とは見なさない」との見解をまとめ、2015年版の国民の食事ガイドラインから食事由来のコレステロールの摂取基準値撤廃に反映されたのです。
 さて我が国では、2005年版の日本人の食事摂取基準によると、コレステロールの摂取量に関して、生活習慣病予防を目的とする目標量(男性750mg未満/日、女性600mg未満/日)が設定されていました。卵のコレステロールの悪玉説が否定された後も、世界で日本とアメリカだけが、冠動脈心疾患予防の観点から、コレステロールの摂取制限勧告が続けられていたのです。それが、2015年版の日本人の食事摂取基準からは、コレステロールの目標量(生活習慣病の一次予防に目標とすべき摂取量)が撤廃されました。その根拠として、厚生労働省のホームページに発表されている「日本人の食事摂取基準(2015年版)策定検討会」報告書の一部を以下に引用いたします。
 「コレステロールの摂取量は低めに抑えることが好ましいものと考えられるものの、目標量を算定するのに十分な科学的根拠が得られなかったため、目標量の算定は控えた。ただし、コレステロールは動物性たんぱく質が多く含まれる食品に含まれるため、コレステロール摂取量を制限するとたんぱく質不足を生じ、特に高齢者において低栄養を生じる可能性があるので注意が必要である4)」とまとめられています。

9.卵は1日何個が適量か?

現在、日本の卵の生産量は約250万トン、個数に換算して約420億個です。その約50%が家庭内消費(パック卵)で、約30%が業務用(箱卵)、約20%が液卵などの加工卵です。約420億個を人口1億2700万人で割ると約330個、これを365日で割ると、日本人の1日あたりの卵消費量は約0.90個となります。
 卵は栄養学的に優れた食品で、食物繊維とビタミンC以外の主要な栄養素をバランスよく含み、飽和脂肪酸やカロリーは低く、まさしく理想的な栄養食品であります。飼料2kgで卵1kgが得られる飼料効率の良さからも、将来やってくる食料危機に備えて、卵は比較的安価で入手しやすい動物性食品として期待されています。さらに心臓病との関係における卵のコレステロールの悪玉説が訂正され、最新のアメリカの疫学研究では卵を1日1個食べる人は脳卒中のリスクが12%減少し、もちろん冠動脈心疾患のリスクも高めなかったそうです5)
 各国の食事ガイドラインからコレステロールの摂取基準値の勧告が消えた現在、優れた卵の栄養と健康機能を活用するためにも、特に医師から卵のコレステロールの摂取制限を受けている方以外は、1日1人あたり卵1-2個消費する健康的で世界中で持続可能な食生活が広まることを期待したいと思います。

参考文献

1)  McNamara DJ: J. Am. Coll. Nutr.,19, 5405-5485(2000)

2)  Beasley CL et al.: Bipolar Disord.,7, 449-455(2005)

3)  Egg Marketing - A Guide for the Production and Sale of Eggs
http://www.fao.org/docrep/005/Y4628E/y4628e00.htm

4)  Zeanandin G et al.: Clin. Nutr.,31, 69-73(2012)

5)  Alexander DD et al.: J Am Coll Nutr, 35, 704-716(2016)

略歴

1979年3月 大阪市立大学 理学部 生物学科 卒業
1979年4月 太陽化学(株)入社 総合研究所 研究員
1983年4月〜1984年8月 京都大学食糧科学研究所 研究生
1984年9月〜1985年12月 ブリッティシュ・コロンビア大学 研究生
1998年4月 京都女子大学 家政学部 食物栄養学科 助教授
2005年4月 京都女子大学 家政学部 食物栄養学科 教授
現在に至る

学位

1993年9月
大阪市立大学より学位(理学博士)取得 「抗ヒトロタウイルス鶏卵抗体に関する研究」

受賞

1994年4月
日本農芸化学会技術賞を受賞 「鶏卵抗体の大量生産および産業利用技術の開発」

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