身近な生薬と食養生

岐阜薬科大学 生薬学研究室
教授 大山 雅義
1.はじめに
「体がだるい」とか「気分がスッキリしない」とか、診察を受けるほどではないと思う不調は誰しもが持っていることだろう。そして、その改善のために、第二類・第三類医薬品である栄養ドリンク、ビタミン剤を服用する人もいるであろうし、特定保健用食品、機能性表示食品、サプリメントを摂取する人もいるであろう。慌ただしい現在の日常生活では、「手軽さ」と「即効性」がどうしても重要視される。しかし、精製・濃縮した薬効成分や機能性関与成分を含む製品を口にすることが、健康の維持・増進に資する行為として最善であるかは考える余地がある。前漢(紀元前三世紀~紀元)の時代に著された『黄帝内経』には「五穀は養をなし、五果は助をなし、五畜は益をなし、五菜は充をなす」とあり、穀物、果物、肉類、野菜をバランスよく食べることの重要性が説かれている。「薬食同源」という言葉があるように、食卓に並ぶ食材が秘めた機能性を漢方学的に解説し、食養生のススメとしたい。
2.食養生とは
「養生」には、①(病後の体力回復や健康維持のための)保養や、②(生活リズムを崩さないための)摂生という意味がある。本稿で述べる「食養生」は、①を目的とし、自分や家族の体調に合わせていつもの料理のレパートリーから献立を決めたり、食品素材の機能性を活かして献立に取り入れたり、少しだけ健康を意識して食べるという行為である。したがって、ときに漢方生薬をも用いて疾病の治療を目指す「薬膳」にまで昇華するつもりはないが、どの食材をどう使用するか、基礎となる理論は同じであるので、まずファーストステップとして簡単に薬膳の考え方を記す。
薬膳は治療食であり、漢方薬と同様、患者の熱感や冷感(陰陽)、患者の抵抗力や病気の勢い(虚実)、体を動かす基本要素(気血水)の変調について漢方的診断(弁証)をして調理する。図1に概念図を示した。陰陽をx軸に、虚実をy軸にすると、誰でも体調不良は四つのタイプ(第Ⅰ〜Ⅳ象限)に分類することができる。第Ⅰ象限は「陽実証」といい、陽証(暑がり)と実証(体力がある)の性質を合わせ持つタイプということになり、高血圧や便秘が代表的な主訴である。以下、順に第Ⅱ象限は急性病や激しい痛みを伴う「陰実証」、第Ⅲ象限は貧血や冷え性の「陰虚証」、第Ⅳ象限は慢性病(糖尿病を含む)や疲労倦怠感を伴う「陽虚証」という。ちなみに、原点が健康な状態を指しており、いずれのタイプも矢印の向きに治療あるいは養生に努めることになる。その方法はいたって簡単で、陽証には「寒性」の食材、陰証には「温性」の食材、実証には「瀉性」の食材、虚証には「補性」の食材を摂取すれば良い。したがって、図2のように、陽実証なら冷えたスイカをデザートにしたり、陰虚証ならシナモンなどのスパイスが入っている温かいチャイを休憩時間に飲んだり、できることから実践するのが食養生のファーストステップである。図2には代表的な食材を四つの証に分類したので参考にしていただければと思う。
3.五行と気味
さて、セカンドステップとして、食材を五行論から考えてみよう。図3に五行の相関関係を示した。五角形の外側の辺となる矢印は「相生」といい、互いに協力し合う良好な関係にある。一方、内側の星型を描く矢印は「相克」といい、矢印の向きに傷害する関係にある。五行論では、自然現象も生理機能もすべて五つに分類し、それらが相生と相克の関係で制御していると考える。食材そのものの味は「酸、苦、甘、辛、鹹(塩辛い)」の五味に分ける。昔ながらの料理の味付けについて考えると、酸味が強くなりすぎないように砂糖を加え三杯酢にしたり、甘味が勝ちすぎないように少し塩を加えたり、辛子の過度な刺激を抑えるように食酢で溶いたり、相克の関係で傷つけられる味を補って上手にバランスが取られていることがわかる。
さらに、五味は体の臓器や器官にも影響すると考えられている。すなわち、酸味は収斂や止瀉の効果があり、肝、胆、骨格筋、眼に良く、苦味は消炎や乾燥の効果があり、心、小腸、血管、舌に良く、甘味は滋養強壮や緩和の効果があり、脾、胃、平滑筋、口に良く、辛味は発散や気血を巡らせる効果があり、肺、大腸、体表、鼻に良く、鹹味は瀉下や硬いものを柔らかくする効果があり、腎、膀胱、骨髄、耳に良いとされる。ただし、五味の取りすぎには問題がある。過剰な酸味は消化不良をまねき、過剰な苦味は体を冷やして風邪を引きやすくし、過剰な甘味は泌尿器を傷めむくみやすくし、過剰な辛味は肝機能を悪くし、過剰な鹹味は血圧を上げる原因となる。
また、五行では食材が体温に及ぼす作用(薬性)のことも、「温、微温、平、微寒、寒」あるいは「熱、温、平、涼、寒」のように五つに区分する。このうち、平は熱的に中性であることを意味する。これら薬性に五味を合わせて「気味」と呼ぶ。食材の多国籍化や品種改良が進む中で、すべての食材に対して厳密に気味が与えられるべくもないが、表1に気味と食材の対応を掲載した。
これまでの知識をもとに、夏の暑気あたりで食欲が落ちてしまったとき、ゴーヤチャンプルーのような苦味が強い献立が好まれることを五行論的に解釈してみよう。主な食材はゴーヤ(苦寒)、豚肉(甘寒)、卵(甘平)、調味料としては塩(鹹寒)、胡椒(辛温)、醤油(鹹平)、ごま油(甘寒)といったところであろう。一見して、薬性が寒のものが多いことに気づく。したがって、火照りすぎた体の熱を冷ましてくれる。心熱は不眠や不安感の原因となるが、苦味のゴーヤが抑えてくれる。また、脾胃の熱は便秘や消化不良をまねくが、豚肉やごま油はそれらを防ぐ。相克の関係をみると、甘味の食材が多いので塩と醤油が鹹味を補い、苦味と寒性で冷やしすぎないように胡椒の辛味と温性が補うと考えられる。
五行論は詭弁なところもあるが、食材間の気味の相互作用を意識して、献立のバランスを考えることが食養生のセカンドステップである。
4.おわりに
一足飛びに話を進めてしまったが、ファーストステップでは自身の陰陽虚実のタイプに合った食材や食品を取り入れる努力をし、セカンドステップでは五行論に基づいて食材をバランスよく摂取するよう心がけることについて述べた。表1に示したように、漢方生薬と同じく、食卓の穀物、果物、肉類、野菜も概ね気味が決まっており、相互に促進または抑制し、我々の健康の維持・増進に寄与している。これが薬食同源であり、自分や家族の体調に照らし合わせ、食材の気味を毎日の献立に活かしていただければと願う。
参考資料
・漢方健康料理(全8巻),北京中医学会学術委員会編,雄渾社(1987).
略歴
大山 雅義(オオヤマ マサヨシ)
岐阜薬科大学 生薬学研究室 教授
1966年愛知県名古屋市生まれ。1990年3月に岐阜薬科大学薬学部製造薬学科を卒業。1995年3月に同大学大学院薬学研究科博士後期課程(生薬学専攻)を修了。国立がんセンター研究所がん予防研究部(医薬品副作用機構派遣研究員)、North Carolina大学薬学部(博士研究員)、Glaxo Wellcome Inc. 分析科学部(契約研究員)、Plantaceutica Co. Ltd. 化学部、岐阜セラツク製造所技術部等を経て、2004年7月岐阜薬科大学薬学部生薬学教室研究助手。2007年4月生薬学研究室講師、2009年4月准教授、2013年8月教授に就任。専門は天然物化学。有用植物資源探索と植物二次代謝産物の解析に関する研究に従事。国際中医師。
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