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配向性エラスチンマイクロファイバーの製造と応用に関する研究
三重大学大学院 工学研究科
生体材料化学研究室
准教授 宮本 啓一

はじめに

生体組織は、細胞と細胞の足場としての細胞外マトリックスから構築される。この細胞外マトリックスは、組織の剛性を担う膠原線維(主成分がコラ-ゲン)と、伸縮性を担う弾性線維(主成分がエラスチン)の複合材料とみなせる。疾患や事故等により失った組織・臓器を、再生誘導による治癒を目的とする組織工学材料の開発においては、こうした生体由来の構造タンパク質を利用する方法が非常に効果的である。

図1に生体組織中におけるコラーゲンおよびエラスチンの存在比率を示す。骨、皮膚、腱といった硬い部位ではコラーゲンの比率が高く、動脈や肺および靭帯など大きな可動性を要する部位にはエラスチンが多い。しかし近年コラーゲンの材料化研究は数多く行われ、臨床応用も進んでいるが、エラスチンに関しての材料化研究は少ない。生体組織の動的刺激に対する再生効果は、その伸縮性を担っているエラスチンの寄与と考えられるが、エラスチンはそうした細胞の動きを支持するのみならず、細胞の分化・脱分化へのコントロールに関与することも近年明らかになり、コラ-ゲン同様、生体組織化を促す効果を持つ医療用素材としての期待は高まっている。
 また生体組織はこうした存在比率以外に、線維性構造であることが特徴として知られている。腱や靭帯などはコラーゲンやエラスチンの線維が同一方向の配向性組織である。また血管壁などは弾性線維が血流と垂直方向に配向し(図2)、膠原線維が血流方向に配向することで、拍動には円周方向に伸縮して応答し血流方向には伸びないといった運動原理にかなう構造を有している。細胞は線維状構造に囲まれた状態で存在し、筋肉系細胞等はその線維方向に収縮弛緩運動を行っている。
 従来、細胞培養による研究には、平面的なプラスチック培養シャーレでの2次元培養あるいは3次元培養方法として、コラーゲンゲル内培養やアガロースゲル内培養、あるいは生分解性高分子によるスポンジ状構造など多彩な材料が開発されてきた。しかし運動を伴うような弾性組織同様の組成や線維配向構造等を模倣した素材とは程遠い。
 本稿では、著者らが開発した細胞を本来の動的生体内環境同様で培養することを目的とした、「配向性エラスチンマイクロファイバー」に関する解説を行う。

図1.生体組織中におけるコラーゲン(膠原線維の主成分)およびエラスチン(弾性線維の主成分)の存在比率
 
図2.弾性組織中の弾性線維構造

1.水溶性アイソタイプ型エラスチン素材

我々は、エラスチン原料をブタ大動脈中膜部位より加水分解法で可溶化し抽出した後、物理化学的な特性(分子量、強度、凝集性等)の違いから5種類の水溶性アイソタイプ型エラスチンとして分画した(エラスチンA、B、C、D、E)。水溶性アイソタイプ型エラスチンは、コアセルベーションと呼ばれる熱可逆性の凝集性が特徴で、専用架橋剤により再不溶化することで力学特性の異なる弾性と伸縮性を可能にする素材である1)

2.エレクトロスピニング法による配向性マイクロファイバーシート作製

エレクトロスピニング法を用いると、エラスチンやコラーゲンなどの高分子溶液を金属針ノズルからポンプにより流出させる際に高電圧をかけ、数十cm程度離れた電極板まで放電させる途中で溶液が蒸発し、容易に線維を析出させることができる。近年では再生医療用材料作成法として多用されている。特徴は溶液の条件によりナノサイズからマイクロサイズの粒子構造やファイバー構造などの3次元構造体の作製が可能である1)
 この方法を用いて水溶性アイソタイプ型エラスチンであるエラスチンAのマイクロファイバーの作製を行った(図3)。配向性を有するマイクロファイバーシートは、図3(a)に概略を示した装置で、高速回転する電極に静電的に付着させることにより作成可能である。溶液の濃度や電極との距離など多くの条件設定が必要になるが、図3(b)より配向性を高めるためには回転電極の回転速度が重要で、線速度にして1,000 m/min程度でほぼ線維配向は完了する。電子顕微鏡写真で観察した線維径は、図3(c)より無配向性ファイバーでは3.55±0.43μm、図3(d)より配向性ファイバーでは2.90±0.65μmで生体弾性組織の線維径と比較しても同様のレベルである。
 エラスチンの場合は主にマイクロサイズの線維が形成されやすいが、ナノファイバーの作製も可能である。コラーゲンにおいても同様にナノサイズからマイクロサイズまで自在に作製できる。
 水溶性エラスチンA溶液に、同時に乾燥状態でも反応する架橋剤を加えておき、線維化した後で加熱乾燥することで不溶化できる(図4)。配向性ファイバーシートでは線維方向が揃っているためシートに光沢がある外観である。シートの厚みは数十μmから数百μm程度までは作製が容易である。繊維密度を調節することで綿状にも成形加工が可能になる。
 作製したエラスチンマイクロファイバーの力学特性は、引っ張り弾性率と最大伸長率を測定し、生体弾性組織(動脈Aorota、靭帯Ligament)の力学特性と比較した(図5)。配向性ファイバーの弾性率(oriented: 0.43 MPa)は、無配向性ファイバーの弾性率(N-oriented: 0.1 MPa)よりも高強度で、伸縮性も有し、ほぼ弾性組織と同様の特性であった。すなわち本素材はその成分、線維径、配向性のみならず力学特性の面において生体組織構造を模倣した材料であることがわかる。

図3.エレクトロスピニング法による配向性ファイバーシート構造体の製造概略および
異なる条件で作成したエラスチンファイバーシートの走査型電子顕微鏡観察像
 
図4.エラスチンマイクロファイバーシートの外観図
 
図5.生体組織および配向性エラスチンマイクロファイバーの力学特性

3.細胞培養基材としての応用

配向性マイクロファイバーを細胞培養基材として応用した例を示す。使用した細胞は歯周靭帯細胞で靭帯組織構造の組織工学材料研究として行っている。マイクロファイバー上に細胞を播種して7日間細胞培養後、共焦点レーザー顕微鏡を用いて形態観察した(図6)。
 図6より無配向性ファイバー上の細胞の向きに比べて、配向性マイクロファイバーの線維の方向に沿って細胞が配向している。これはエラスチンファイバー同様にコラーゲンファイバーでも同様に配向している。また写真では同様に観察されるが、実際はエラスチンファイバー上とコラーゲンファイバー上での培養では細胞の接着刺激が異なり、結果的に分化誘導性や基質産生能等が異なることがわかっている2,3)
 同様に配向性マイクロファイバー上の細胞接着形態観察を、走査型電子顕微鏡(SEM)により行った(図7)。培養後にグルタルアルデヒドと四酸化オスミウムによる固定および金イオンコーティング処理により観察した。配向性マイクロファイバーシート上では線維の配向性に従って細胞が同一方向に伸展した状態で接着しているのがわかる。それに比べて、無配向性ファイバーでは細胞は無秩序に広がって観察される。細胞と細胞外マトリックスの構造は、実際の生体組織に極めて類似した構造であることがわかる。

図6.共焦点レーザー顕微鏡による配向性マイクロファイバー上の歯周靭帯細胞接着形態観察
 
図7.走査型電子顕微鏡によるマイクロファイバー上の靭帯細胞接着形態観察

おわりに

本稿では配向性エラスチンマイクロファイバーを細胞培養基材として応用すると、生体組織に類似した環境が作製できることを紹介した。こうした材料で細胞培養した細胞の活動性に関して詳しく触れていないが、エラスチンマイクロファイバー特有の機能発現を促すことに成功している2,3)。すなわち生体組成と同様の素材で、細胞の配向性や空間的構造および運動性を再現させることで、今後は再生誘導型の人工血管や人工靭帯などの組織工学用材料としての応用が期待できる。

文献

1  K. Miyamoto et al. Int. J. Biol. Macromol., 45, 33(2009)

2  N. Mizutani, K. Miyamoto et al., J. Artif. Organs., 16, 49(2013)

3  N. Mizutani, K. Miyamoto et al., J. Artif. Organs., 17, 50(2014)

略歴

宮本 啓一(ミヤモト ケイイチ)
三重大学大学院 工学研究科 准教授

1991年北海道大学大学院理学研究科博士前期課程修了、1992年三重大学工学助手、2004年から助教授・准教授。研究分野は細胞外基質材料・創傷治癒支援材料などの医用材料研究、治療支援食品研究。理学博士。

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