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天然素材に含まれる機能性成分の探索と解明
東京海洋大学 食品栄養化学研究室
准教授 小山 智之

1.はじめに

昨今の健康志向から食品の持つ機能性に注目が集まっていることに加え、新しく機能性食品制度が整備されたことにより、従来求められてきた食品中の成分に加えて、科学的根拠に基づいた機能を持つ多彩な栄養成分についても分析対象が広がりつつあります。食品中の多種多様な成分について正確に調べることのできる成分分析の果たす役割は、ますます重要になってくると思われます。
 機能性成分の探索研究においても、食品原料および食品に関連する未利用資源のなかから、注目すべき機能性成分が見出されて報告されてきました。これらの機能性成分も、新しい分析対象として扱われる機会もあるかもしれません。ここでは、私たちの探索研究から明らかになった天然由来の機能性成分の例を挙げ、その解明までの研究の流れを紹介します。

2.血糖値上昇抑制成分を例とした機能性成分探索

食品中の機能性成分の探索研究では、その機能性を評価する生物活性試験法を選択することで、目的の機能性を有する関与成分を探し出すことができます。さまざまな生物活性試験が対象になり得ますが、ここでは特定保健用食品などにおいても比較的馴染みある健康機能性の一つとして、血糖値(血中グルコース濃度)上昇の抑制作用を例として説明しています。
 食事由来のデンプンや砂糖などの糖質は、消化管内で働く糖質分解酵素(α-アミラーゼやα-グルコシダーゼ)により、グルコースなどの単糖にまで分解されたのちに腸管から血液中に吸収されます。その際には腸管刷子縁膜に存在するグルコーストランスポーターという単糖取り込み機構を介して吸収されます。吸収されたグルコースは「血糖」として血液中を循環し、膵臓から分泌される血圧調節ホルモンであるインスリンの働きによって組織細胞へと取り込まれて細胞のエネルギー源となります。
 過剰な糖質摂取などにより、急激かつ長期間にわたって血糖値が高く保たれてしまった場合には、血糖調節ホルモンであるインスリンの分泌を慢性化させてしまい、膵臓分泌細胞の疲弊(インスリン分泌能の低下)や組織側の感受性低下(インスリン抵抗性の亢進)を引き起こし、2型糖尿病の発症へとつながります。その予防には適正な血糖値のコントロールが不可欠であり、食事由来の過剰な糖質によって引き起こされる急激な血糖値上昇を抑制することが最も有効な選択肢になっています(1)。例えば市場では、糖質分解酵素の阻害作用を有する関与成分を含む特定保健用食品が許可されています。研究的側面からは、糖質分解酵素の阻害や、グルコーストランスポーターの阻害、インスリン様作用などが有効な機能性の候補として挙げられます。
 そのシーズとなる食品成分を探す「探索研究」では、糖尿病の検査でも用いられている糖質負荷試験を、実験動物であるマウスに施し、糖質と同時にさまざまな食品素材や未利用資源を摂取させることで、食後血糖値の上昇を抑制する食品成分を含むかどうかを評価します。私たちの探索研究のなかでは、カエデ属植物や果樹の葉から調製した抽出物にその機能性を見出したことを発端として研究を開始しています。

3.ギンナリン

ギンナリンは、デオキシ糖の水酸基がガロイル基に置換された加水分解性タンニンの一種です(図1)。カエデ属の植物に含まれることから、属名Acerを冠してエイサータンニン類(acer tannins)とも称されており、抗酸化能を有する抗菌性ポリフェノールの一種として認識されています(2,3)。このギンナリン類について、血糖値上昇抑制作用を示すことや、糖質分解酵素の阻害作用を示すことはこれまでに報告されていませんでした。私たちは、カエデ属植物から調製したエキスに、糖質分解酵素の阻害作用を見出し、その関与成分がギンナリンであることを解明しました。
 糖負荷試験において、二糖であるスクロースを負荷したマウスでは、30分後に血糖値の上昇が観察されます。糖質と同時にサトウカエデAcer saccharumの葉から得られた粗抽出物を投与した場合には、この血糖値の上昇が抑制されました。しかし、単糖であるグルコースをマウスに負荷した試験では、粗抽出物は血糖値上昇の抑制作用を示さなかったことから、この抽出物のなかには、二糖を単糖に加水分解するα-グルコシダーゼを阻害する成分が含まれていることが示唆されました(図2)。この酵素阻害活性試験を指標として精製を進め、阻害活性を示す複数の成分を単離しました。このサトウカエデに含まれるα-グルコシダーゼ阻害成分は、2-デオキシグルコースの2位と6位の水酸基がガロイル基に置換されたギンナリンAであることが機器分析により明らかになりました(図3(4)。また、別のカエデ属植物であるハナノキAcer pycnanthumにも比較的顕著な作用が見出されたため同様の手法により研究を進めたところ、複数の関与成分を有することが明らかとなりました。ハナノキにはギンナリンAのほかにも 、2位にガロイル基が1つ結合したギンナリンB、4位に1つ結合したギンナリンCが見出されました(5)。これら成分の同定には、高分解能マススペクトルによる分子式の推定、2D NMRによる解析が重要な情報をもたらします。とくに、HMBCから明らかとなるロングレンジ異種核相関はガロイル基の結合位置の決定には不可欠です。さらにハナノキからは、これら構造既知のギンナリン以外にも、デオキシグルコースではなくデオキシマルトースの4位にガロイル基が1つ結合した新しい化学構造をもつ物質を関与成分の1つとして発見するに至りました(6)。このような新しい物質については、標準品も入手できないことに加えて、スペクトルデータも文献に報告されていません。上述した機器分析から得られる情報により、未知の成分の化学構造についても決定することが可能となります。
 メープルシロップを産するサトウカエデ(7)が、糖質分解酵素の阻害作用を示すギンナリンAを含んでいることは興味深い点です。シロップに集まる生き物によって、生育に必要な葉を食害されないようにするためのカエデの戦略かもしれません。もしくは、天然素材からの恵みをどのように利用する知恵を持っているのやらと、私たち人間が大自然に試されているのかもしれません。

図1 カエデ属植物から単離したギンナリン類の構造
 
図2 サトウカエデ抽出物がマウス食後血糖値変化に及ぼす影響
 
図3 α-グルコシダーゼ阻害作用を指標としたサトウカエデメタノール抽出物(ASM)の関与成分の精製手順

4.マルチフロリン

マルチフロリンは、ケンフェロール配糖体の一種であり、天然では植物のモモやノイバラから報告されている成分です(図4)。これら植物の種子の部分は各々桃仁(Tou-nin)、営実(Ei-jitsu)と称され生薬として用いられています(8)。モモの葉部分は、乾燥させたのちに熱水で浸出して桃の葉茶などの食材として利用されており、去痰、利尿、緩下、鎮静、咳止め、風邪防止などの民間伝承的な用途が知られています(9,10)。モモの葉およびマルチフロリンの作用として、血糖値に対する作用やグルコース吸収に対する作用は報告されていませんでした。私たちは、モモの葉から調製したエキスに動物実験において食後の血糖値上昇を抑制する作用を見出し、その関与成分がマルチフロリンAであることを解明しました。
 マウス糖質負荷試験において、糖質とモモ葉の熱水抽出物を同時に経口投与したグループでは、糖質のみを投与したグループに対して、食後血糖値上昇を有意に抑制しました。このモモ葉抽出物は、サトウカエデ抽出物とは異なり、糖質として二糖であるスクロースやマルトースを負荷した場合でも、単糖であるグルコースを負荷した場合でも、いずれも顕著な血糖値上昇抑制作用を示しました。このことから、この抽出物に含まれる関与成分の作用メカニズムは糖質分解酵素によって加水分解される段階を阻害したものではなく、グルコースが腸管から血中に吸収される段階を阻害したものであることが強く示唆されました(11)。モモの葉には瀉下薬としての作用が報告されていることから、腸管組織への非特異的な作用により吸収阻害が起きている可能性を危惧しましたが、同用量で正常マウスの血糖値には影響を与えず低血糖の原因とはならないこと、糖質以外の食品成分としてコレステロールや脂質の吸収には影響を与えないことなどから、その可能性は否定されました。モモ葉抽出物の示した作用は糖質吸収に特異的な機構に関わっていると考えられます。
 このモモ葉抽出物に含まれるグルコース吸収阻害作用を示す関与成分を同定するために、粗抽出物を分液やカラムクロマトなどの手法により分画し、それぞれの画分について、マウスを用いた生物活性試験を用いて評価しました(図5)。最終的にHPLCにより精製された成分に顕著な活性が確認されたので、機器分析によりその成分の化学構造の特定を試みました。この成分は、1H および13C NMRの解析からアセチル基を1つ有するフラボノール配糖体である事が推定され、高分解能ESIマススペクトルの分析結果からは、分子式C29H32O16が示されました。さらに2D NMRの解析からは、ケンフェロールのC環3位の水酸基に、6-デオキシピラノースとグルコースの二つの糖が連続して結合しており、アセチル基はグルコースの6位に結合している構造が示されました。糖部分の相対立体配置については、NOESYで確認しましたが、絶対配置はo-tocyl thiocarbamate誘導体(12)として逆相HPLCで確認しました。以上の分析結果から、グルコース吸収阻害作用を示すモモ葉抽出物中の関与成分はマルチフロリンAとして報告されている成分であることが明らかとなりました(13)
 HPLCによる分離の際に、マルチフロリンAの近隣のピークも分取してNMRで解析してみると、ケンフェロールグルコシド、ケンフェロールルチノシド、マルチフロリンAの脱アセチル体であるマルチフロリンB(図4)などが同定されましたが、これらの既知成分には血糖値上昇抑制作用は確認されませんでした。また、培養腸管上皮細胞Caco-2において発現したグルコーストランスポーターを介したグルコース取り込み量に及ぼすこれら成分の作用を確認したところ、動物実験の結果と同様の結果が得られました。構造活性相関研究の成果はまとめている途中ですが、フラボノール配糖体の中でも同じ投与量(6 mg/kg)でマルチフロリンAだけがこのような生理作用を示した点は特筆すべきであると思います(図6)。ここではリンゴの葉や果実に含まれるポリフェノールであるフロリジンも試験に供しています。この成分は、フロレチンのグルコース配糖体であり、Caco-2細胞におけるグルコース取り込みを阻害する研究試薬としても用いられています(14)が、この成分がマウスにおいて十分な血糖値上昇抑制作用を示すには100 mg/kg以上の用量が必要であり(15)、作用の強さは異なります。
 マルチフロリンAは、このように腸管内において特徴的な健康機能をもつことが示されましたが、それ以前は瀉下作用にのみ注目されていました(16,17)。同じ成分ではありますが、私たちの見出した血糖値上昇抑制作用とは、また別の用量・別の用途での利用例として、比較的高用量(400 mg/kg)でマウスに摂取させた場合に瀉下作用が検証されています。より少ない用量を用いる例として、例えばモモの葉茶を飲んで低用量を日常的に摂取する場合には、マルチフロリンAを食後血糖値の上昇を穏やかにする機能性成分としても利用できると予想しています。今後も、既存の成分がこれまでに知られていない用途で注目されるケースも増えていくと思われますが、食品中の機能性成分の作用の検証と定量分析とを常に連携させることで、食品の秘めている可能性が引き出されていくものと信じています。

図4 モモ葉から単離したマルチフロリンの構造
 
図5 マウスにおける血糖値上昇抑制作用を指標としたモモ葉エキス(PLE)中の関与成分の精製手順
 
図6 マルチフロリン関連化合物が食後血糖値上昇に及ぼす影響

5.おわりに

食品など混合物中に含まれる「ある成分」について分析を実施する場合、最初に分析対象となる特定の成分を選ぶ事が鉄則です。一方で、ここで紹介した機能性成分の探索研究では、ある生物活性を有する成分を探すための分析手段ではありますが、その成分に関して事前の想定なしに精製を進めていきます。単離に成功した場合には、各種スペクトル解析により化学構造を特定し、何を分析していたかについての解答を得ることができます。対象成分が不明であるために非効率的な面もありますが、いままでに報告されていない新しい成分に対しても対応できる有用な方法の一つでもあります。食品成分について、これまでに知られていなかった成分や用途を探索していくこと、それら成分の種類と量とを正確に知るための定量分析方法を確立していくことは、安心して且つ効果的に食品素材の健康機能性を活用するために必要不可欠な研究分野となっています。

文献

1  Brend, S., Diethelm, T., Atherogenesis and atherothrombosis – focus on diabetes mellitus. Best Practice and Research Clinical Endocrinology and Metabolism, 23, 291-303, 2009.

2  Song, C., Zhang, N., Xu, R., Song, HX., Studies on antibacterial constituents of the leaves of Acer ginnalia Maxim. II. Isolation and identification of ginnalin B and ginnalin C and six other compounds. Acta Chim Sinica 40, 1142-1147, 1982.

3  Han, SH., Lo, CS., Choi, WY., Kim, HJ., Baek, HS., Antioxidant activity of crude extract and pure compounds of Acer ginnala Max. Bull. Korean Chem. Soc., 25, 389-391, 2004.

4  Honma, A., Koyama, T., Yazawa, K., Anti-hyperglycemic effects of sugar maple Acer saccharum and its constituent acertannin, Food Chem., 123, 390–394, 2010.

5  Honma, A. Koyama, T., Yazawa, K., Anti-hyperglycemic effects of the Japanese red maple Acer pycnanthum and its constituents the ginnalins B and C. J. Enzyme Inh. Med. Chem., 26, 176-180, 2011.

6  Ogawa, A., Miyamae, Y., Honma, A., Koyama, T., Yazawa, K., Shigemori, H., Pycnalin, a new α-glucosidase inhibitor from Acer pycnanthum. Chem. Pharm. Bull., 59, 672-675, 2011.

7  Perkins, T. D., van den Berg, A. K., Maple syrup-production composition, chemistry and sensory characteristics. Advances in Food and Nutrition Research, 56, 101-143, 2009.

8  Takagi, S., Yamaki, M., Masuda, K., Kubota, M., On the constituents of the fruits of Rosa multiflora Thunb. I. Yakugaku Zasshi, 96, 284-288, 1976.

9  Vogel, A. “Traditional Home and Herbal Remedies” p.131, Great Britain, 2004.

10 Gilani, A. H., Aziz, N., Ali, S. M., Saeed, M., Pharmacological basis for the use of peach leaves in constipation. J. Ethnopharmacol., 73, 87-93, 2000.

11 Shirosaki, M., Koyama, T., Yazawa, K., Suppressive effect of peach leaf extract on glucose absorption from the small intestine of mice. Biosci. Biotechnol. Biochem., 76, 89-94, 2012.

12 Tanaka, T., Nakashima, T., Ueda, T., Tomii, K., Kouno, I., Facile Discrimination of Aldose Enantiomers by Reversed-Phase HPLC. Chem. Pharm. Bull., 55, 899-901, 2007.

13 Shirosaki, M., Goto, Y., Hirooka, S., Masuda, H., Koyama, T., Yazawa, K., Peach leaf contains multiflorin A as a potent inhibitor of glucose absorption in the small intestine in mice. Biol. Pharm. Bull., 35, 1264-1268, 2012.

14 Ehrenkranz, G., Lewis, C., Kahn, R., Roth, J., Phloridzin: a review. Diabetes Metab. Res. Rev., 21, 31-38, 2005.

15 Shirosaki, M., Koyama, T., Yazawa, K., Apple leaf extract as a potential candidate for suppressing postprandial elevation of the blood glucose level. J. Nutr. Sci. Vitaminol., 58, 63-67, 2012.

16 Takagi, S., Yamaki, M., Masuda, K., Kubota, M., On the constituents of the fruits of Rosa multiflora Thunb. II. Yakugaku Zasshi, 96, 1217-1222, 1976.

17 Takagi, S., Yamaki, M., Masuda, K., Kubota, M., Minami, J., Studies on the purgative drugs. III. On the constituents of the flowers of Prunus persica Batsch. Yakugaku Zasshi, 97, 109-111, 1977.

略歴

小山智之(コヤマ トモユキ)
東京海洋大学大学院 食品生産科学部門 食品栄養化学研究室 准教授
博士(医学)(1999年3月取得、琉球大学)

2000年 琉球大学 保健学研究科 プロジェクト研究員
2001年 名古屋大学 物質科学国際研究センター 研究員
2005年 名古屋大学 理学部 有機化学研究室 特任講師
2006年 東京海洋大学大学院 中島董一郎記念寄附講座 特任准教授
2011年 東京海洋大学大学院 食品生産科学部門 准教授
現在に至る

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