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フグの分類-最前線-
東京海洋大学 食品生産科学科
准教授 石崎 松一郎
東京海洋大学大学院 海洋科学技術研究科
博士前期課程 臼井 芽衣

1.はじめに

厚生労働省によると、平成17年から26年の10年間で、食中毒の発生件数は12,065件、患者数は258,518人、死者数は49人におよぶ。食中毒の原因物質としては、細菌、ウイルス、化学物質、自然毒などが挙げられるが、この10年間でフグを原因とした自然毒食中毒発生数は260件、患者数は359人であり、死者数は11人である。食中毒全体に対するフグ食中毒の割合は、発生件数は約2.2%、患者数は約0.1%と極めて小さいが、死者数は約22.5%を占める。そのため、フグは、高致死率を伴う有毒な食品として位置づけられ、食品衛生上極めて注意を要する食品となっている。しかしながら、フグは日本の食文化を代表する水産物として古くから親しまれており、また農林水産省の漁業・養殖業生産統計によると、平成26年におけるフグの年間漁獲量は4,841 tであることから極めて価値の高い水産物でもある。

2.フグ食

フグによる食中毒の原因物質は、フグ体内に蓄積されているテトロドトキシン(tetrodotoxin)と呼ばれる神経毒の一種であり、運動神経の抹消、横紋筋および呼吸中枢の麻痺を引き起こす。初期症状は、唇、舌および咽頭部の痺れ、味覚障害、目眩や頭痛、異常発汗、縮瞳、流涎、腹痛、嘔吐、吐血である。その後、正しく発声がされない構音障害や四肢のしびれが生じ、意識混濁、血圧低下、脊椎反射麻痺を発症したのち、重篤の場合には呼吸困難となり死に至る。フグ毒中毒に対する有効な治療法や解毒剤は今のところ存在しないものの、人工呼吸により呼吸を確保し適切な処置が施されれば確実に延命できるとされている。食品衛生法(昭和22年法律第233号)第6条第2号により、「有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは付着し、又はこれらの疑いがあるものを販売し、又は販売の用に供するために採取し、製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、貯蔵し、若しくは陳列してはならない」とされていることから、フグはその対象となる。しかしながら、フグは、専門知識をもつ者が毒を除去することで人の健康を損なうおそれがないと認められる無毒な食品となり、食品衛生法(昭和22年法律第233号)第6条第2号のただし書き規定に該当するため、実際には販売可能対象品目である。なお、そのただし書きには、「人の健康を損なうおそれがない場合として厚生労働大臣が定める場合においては、この限りでない」と書かれている。厚生労働大臣が定める場合として、同法施行規則(昭和23年厚生省令第23号)第1条第1号では、「有毒な又は有害な物質であつても、自然に食品又は添加物に含まれ又は附着しているものであつて、その程度又は処理により一般に人の健康を損なうおそれがないと認められる場合」と規定されている。さらに、昭和58年、厚生省(現 厚生労働省)環境衛生局長通知(環乳第59号)より、「処理等により人の健康を損なうおそれがないと認められるフグの種類及び部位」(以下、フグ食用のガイドラインと示す)により食用可能なフグの種、部位ならびに漁獲海域が詳細に定められ、その後も調査に基づく見直しが行われながら現在に至っている(「フグ食用のガイドライン」については、すでに本メールマガジン2014年12月発行の「有毒魚のDNA鑑別と食中毒への対策」に表2として記載されているので、そちらを参照していただきたい)。

2014年12月発行メールマガジン
有毒魚のDNA鑑別と食中毒への対策

3.フグの分類

フグ目魚類は、現在でも新種が発見されているが、フグの分類学者の松浦啓一博士によれば10科103属412種に分類されている。表1にフグ目魚類の科を示した。その中で、わが国で食用が認められているトラフグ属、サバフグ属およびヨリトフグ属はフグ科に属する。フグは、種により食用可能部位が異なることから、専門知識を持たない者による誤った種判別は食中毒の原因となり得る。フグの種判別は、主に体表の斑紋、尻ビレの色、棘(トゲ)の有無など形態学的特徴に基づき行われているが、専門知識を持たない者には非常に困難である。さらに、2種類のフグの形態学的特徴を併せ持った交雑種のような個体に遭遇した場合、正確に種を判別することは容易ではなく、その判定に多くの時間が割かれることになる。しかしながら、現状では形態学的特徴に頼らざるを得ないため、厚生労働省からフグによる食中毒の発生防止の一助として、「日本近海産フグ類の鑑別と毒性」と題した分類および鑑別のための指針が公開されている。図1はその一例を示したものであるが、トラフグ(Takifugu rubripes)の場合、背側および腹面の小棘の有無、対側面の黒紋の有無、尻ビレの色等でトラフグか否かが判断されており、特に、トラフグと極めて類似するカラス(T. chinensis)との相違は尻ビレの色とされ、尻ビレが黒色の場合はカラスと鑑別される。一方、サバフグにおいては図2に示すように、背面の棘の位置によって分類する方法が採用されている。サバフグ属の仲間には筋肉に毒を有するドクサバフグ(Lagocephalus lunaris)が存在する。従来、このドクサバフグの生息地は主として東南アジア周辺域とされていたため、日本国内で流通されることは皆無とされていた。しかしながら、過去に輸入カワハギ加工品へのドクサバフグの混入事例や日本沿岸でのドクサバフグの捕獲例が確認されたことから、対岸の火事ではなくなりつつある。現在、サバフグに関しては、図2に基づいてドクサバフグかどうかの判定が行われているが、棘の位置が種によって必ずしも明確ではないことから、残念ながら正確な判別法とは言えないのが現状である。
 近年、ミトコンドリア DNA による分子系統学的検討が行われるようになり、遺伝子レベルでの種の解析データが随時蓄積されるようになっている。上述したフグ目魚類においてもミトコンドリア DNA解析が進んでおり、トラフグ属は単系統群であること、および属内の遺伝的類縁性が極めて高いことが明らかにされている。さらに、核DNA中に散在する数塩基を単位とする単純反復配列STR(Short Tandem Repeat)をマーカーとしたマイクロサテライトDNA解析によると、トラフグとカラスは極めて近縁で、遺伝的差異が認められないことも明らかになっている。一方、ドクサバフグの判定においても、ミトコンドリア DNA解析が有効であることが報告されており、背面の棘の位置によってドクサバフグと分類された個体をミトコンドリア DNA解析した場合、必ずしもドクサバフグではないと判定されることも見受けられる。したがって、形態学的判別と遺伝子解析による判別のすり合わせや整合性を確認しながら、今後、総合的なフグの分類および鑑別が行われる必要がある。

表1 フグの種類
 
図1 トラフグの鑑別例
 
図2 ドクサバフグの判別法

4.新たな問題

トラフグ漁場で混獲されるトラフグ、マフグ、ゴマフグ間の交雑と推定される自然交雑種は比較的大型で採捕量も少なくない。形態学的特徴が類似する種間の交雑種の場合、両親種を正確に判別することは不可能であり、食品衛生上問題があることから、漁獲された自然交雑種は流通させることができないのが現状である。実際、瀬戸内海で交雑種の漁獲が複数確認され、多い場合で10匹に2、3匹の割合で交雑フグが存在するとの知見もある。
 交雑種においては、環境衛生局長通知(環乳第59号)「処理等により人の健康を損なうおそれがないと認められるフグの種類及び部位」の注6として、「フグは、トラフグとカラスの中間種のような個体が出現することがあるので、これらのフグについては、両種とも可食部位のみの場合に限り食用できる(一部改変)」と定められている。交雑種は、異なる2種のフグが自然界において交雑して生じた自然交雑種と、人工交配により生じた人工交雑種に分けられるが、以前からトラフグとカラスの他に、形態学的特徴からトラフグとマフグ、トラフグとゴマフグ、マフグとゴマフグ、ナシフグとコモンフグの自然交雑種であると推定される個体が捕獲されてきた。これら自然交雑種の毒性および種判別法に関する知見についても若干の報告がなされている。自然交雑種の毒性に関する知見として、シマフグとトラフグ、マフグとゴマフグ、マフグとトラフグ、トラフグとゴマフグの交雑種合計20個体について毒性試験が実施され、両種とも食用可能な部位の一部で、毒性が確認されたとの報告が存在する。また、トラフグ類似交雑種95個体、ショウサイフグ類似交雑種6個体について毒性評価と毒成分分析を行ったところ、トラフグ類似交雑種の一部でトラフグならば食用可能と定められている精巣、皮から毒性成分が検出されたとの報告も見受けられる。一方、交雑フグの遺伝子解析に関しては、上述したように、ミトコンドリアDNA配列に基づく種判別法および核DNAマイクロサテライトマーカー解析が研究されているが、母系遺伝であるミトコンドリアDNAを標的とする方法では、単一系統の種判別および交雑種の母系種判別は可能であるものの、交雑種の父系種は判別することができない。核DNAマイクロサテライトマーカーにおいては、各種マーカーの有効性や再現性が検討されてはいるものの、未だ実用的な方法は確立していない。

5.フグ食の未来

近年、日本沿岸において自然交雑と思われるフグの確認件数は、増加の一途を辿っている。水温上昇に伴う生息環境の変動が一要因であることは誰もが想像することである。フグ食文化を持つわが国では、交雑フグの存在はフグ食の存亡に関わる重大な問題といっても過言ではない。交雑フグの漁獲量自体、正確に把握されていないのが現状であることから、交雑フグの正確な漁獲量調査を実施するとともに、その両親種の判別法を確立することがフグ食の安全性を担保するうえで極めて重要であると言える。

著者略歴

石崎松一郎 
1964年北海道稚内市生まれ。1987年3月に東京水産大学水産学部食品工学科を卒業。1991年3月に東京水産大学大学院水産学研究科博士後期課程中退。1991年4月に農林水産省水産大学校製造学科助手、その後1993年4月東京水産大学水産学部食品生産学科に助手として着任し、2003年10月の大学統合や学科名称の変更により、2005年10月から東京海洋大学食品生産科学科准教授。専門は水産化学。水圏生物が持つ多彩な機能物質の特性解明とその産業利用に関する研究に従事している。

臼井芽衣 
1991年岐阜県大垣市生まれ。2014年3月に横浜市立大学木原生物学研究所植物ゲノム科学部門を卒業。卒業論文題目は「コムギQ遺伝子の機能に関する遺伝子の探索」。2014年4月に東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科博士前期課程入学、2016年3月修了見込み。修士論文題目は「分子生物学的手法を用いたフグ交雑種における両親種判別法の確立」。専門は分子生物学。海産物の有効利用に関する研究に興味を持っている。

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