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有毒魚のDNA鑑別と食中毒への対策
東京海洋大学 食品生産科学科
准教授 石崎 松一郎

1.はじめに

近年、食の「安全・安心」が日本のみならず世界中を席巻している。しかしながら、この言葉の定義は必ずしも明確ではなく、生産者や消費者の間で「安全・安心」に対する認識に違いがあることも事実である。食品に対する消費者の関心の高さから、消費者が商品を選択する際に参考となる情報を提供することを目的に、農林水産省所管の農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律、いわゆるJAS法が平成11年に改正され、翌12年7月から生鮮食品に品質表示が義務付けられた。水産物に関しては名称、原産地名のほかに解凍、養殖に関する情報の記載が新たに必要となっている。施行から15年が過ぎ、現在では消費者庁が食品表示に関連する主な制度の担当を担っているが、いまだに名称における総称の使用、養殖に関する表示の欠落など多くの不適切事例が存在することから、本制度が十分に理解されているとは言いがたい。また、現在ではこれらの表示内容の真正性は商品の外観ですべて判断できるものではないため、科学的手法に基づいた客観的な検査法の確立が急務である。特に、水産物の場合、流通する種類の多さと代替種の存在、産地による価格差、自然交配によるハイブリッド種の発生、さらにはフグに代表される有毒魚種の混獲・混入など農産物とは異なる多くの問題を抱えているため、品質表示基準の適正な運用が厳格に図られる必要がある。そこで、本稿では水産物、特に産業上有用とされる魚種および有毒魚種におけるDNA鑑定技術の現状について解説する。

2.DNA鑑定法の原理

水産物の場合、これまで外部形態による鑑別が一般的であったが、ある種の訓練を受けた専門家しか判断できない場合が多く、またフィレーなどのように外部形態が保持されていない場合は鑑別が困難である。科学的な原料魚種鑑別法としては、従来から免疫血清反応法、等電点電気泳動法およびポリアクリルアミドゲル電気泳動法などのタンパク質レベルでの鑑別法が試みられてきたが、対象試料である筋肉タンパク質の変性が著しい加工製品では鑑別できないことが多く、いまだ実用化には至っていない。つまり、水産物の流通形態を考慮すると、多くの場合従来検討されてきた方法は不適であると言える。一方、近年のDNA解析技術の発展に伴い、DNAの塩基配列の差異に基づいたPCR(ポリメラーゼ連鎖反応、Polymerase Chain Reaction)法が食品や食中毒原因菌の鑑定に応用されており、一定の成果が蓄積されている。PCR法は目的のDNA断片を微量であっても短時間に大量に増幅できる技術であるため、簡便性や迅速性に優れている。現在、マグロ、ウナギなどの水産物からコメ、マッシュルームあるいはボツリヌス菌といった農作物や微生物の鑑別まで幅広く適用できることが報告されており、従来法では不可能であった加熱食品の鑑定にも応用可能である。また、PCR法によって増幅したDNAを用いた制限酵素断片長多型(RFLP)法が、集団の遺伝的変異性に関する研究に用いられている。RFLP法は、DNAを特定の制限酵素で切断したときに、多型を生じている部位が制限酵素の認識部位にあたると、その部位が切断されなくなるという特徴を用いて行なわれる。逆に変異によって新たな制限酵素認識部位が形成されることもある。すなわちDNAを制限酵素で消化し、それをアガロースゲル電気泳動に付すと、その切断パターンの違いを比較することができる。容易かつ正確に切断パターンを比較できることから、この方法を用いて多くの生物の種鑑別が行われるようになった。その他、現在では塩基置換に伴うDNA分子の高次構造の変化から1塩基多型を検出するSSCP(1本鎖高次構造多型)法や核DNA中に散在する数塩基を単位とする単純反復配列STR(Short Tandem Repeat)をマーカーとしたマイクロサテライトDNA分析法などいくつかの方法も検討されている。

3.水産物および水産加工食品におけるDNA鑑定技術の現状

現在、水産物の鑑定は大きく分けて原料魚介種の鑑別と原産地鑑別の2つに集約される。最も早くからDNA鑑別が実施されたのは、ウナギの魚種・産地鑑別である。国産のウナギは近年人工孵化技術が確立されつつあり、完全養殖が現実味を帯びてきたものの、現状ではいまだに天然の稚魚を採取し養殖しているのが現状である。国内の場合、沿岸の海や川で採取した稚魚かあるいは台湾から輸入された稚魚を使用しているが、いずれもニホンウナギと呼ばれるジャポニカ種(学名Anguilla japonica)である。一方、中国から輸入されるウナギの大部分は従来はEU原産のヨーロッパウナギと呼ばれるアンギラ種(学名Anguilla anguila)が主流であったことから、両者のDNA、特にミトコンドリアDNAの塩基配列の違いを用いて魚種の違いが原産地の違いと認識されてきた。図1は若尾らが開発したウナギの種鑑別法を模式的に示したものであるが、ジャポニカ種とアンギラ種ではミトコンドリアDNAのチトクロームb領域(表1および図2にミトコンドリアDNAの特徴を示したので参照されたし。)に相違が認められることを利用し、制限酵素を用いたRFLPパターンの違いから種鑑別ならびに産地鑑別を行なうというものである。しかしながら、昨今中国から輸入されるウナギの中には中国が自前で採取したジャポニカ種の割合が増加傾向にあることから、先に示したDNA鑑別法では同一種と判断されてしまい、原産地鑑別ができないことが想定される。この点に関しては、現在生育環境によって変化することが知られている炭素・窒素・酸素の安定同位体比から産地鑑別さらには天然・養殖の別を明らかにする試みがなされている。有用水産物では他に、マグロ類、サバ類、アジ類のDNA鑑別が現在行なわれており、実用化されている。さらに、アサリやカキなどの二枚貝や干物などの調味加工品においても実施例が報告されるようになってきており、今後多くの水産物でDNA鑑別が適用されるものと考えられる。

図1.ウナギ種鑑別に用いられるPCR-RFLPパターン(PDF:22KB)
表1.核内DNAとミトコンドリアDNAの比較(PDF:25KB)
図2.DNAの構造と種類(PDF:84KB)

4.フグ類の毒性とDNA鑑定技術の開発動向

水産物の中には有害あるいは有毒な種が少なくない。中でもフグは有毒魚として一般的に知られており、我が国では毎年死者を含む食中毒事件が絶えず(例えば、平成12~21年の10年間では338件のフグ食中毒が発生し、そのうち23名が死亡している)、その毒性の強さから食品衛生上特に重視される魚種の一つである。今年に入り、スーパーなどで販売されたちりめんじゃこ、しらす干し、豆アジなどの小魚パックにフグが混入していたケースが京都府、岡山県、神奈川県、岐阜県、大分県と全国規模で相次いで発生し回収の事態になったことが、ニュースや新聞紙上で大きく取り上げられている。食品衛生法では、フグは有毒部位の除去処理がされたもの以外はどんなに小さくても販売は禁止されていることから、水産物販売の関係者は頭を悩ませているのが現状であろう。また、今年の9月には兵庫県でフグの肝臓を喫食したことによる1名の死亡事例も発生している。
 フグ科魚類は主として肝臓や卵巣に高濃度のフグ毒(テトロドトキシン、ヒトの致死量は1~2 mgと極めて強力)を蓄積しており、表2に示すとおり、厚生労働省によって作成された食用の適否を判断する「フグ食用のガイドライン」において、食用可能な種と可食可能な部位が厳格に規定されている。したがって、フグの調理、取り扱いには専門的な知識と除毒技術を持った特別な資格が必要であり、その中で種の同定は最も重要な項目である。現在のところ、フグ類の鑑別は外観、頭蓋骨の形態などによって行なわれているが、皮を除去した肉片ではしばしば鑑別が困難となる。そこで、我々の研究グループはミトコンドリアDNAの塩基配列を食用・非食用問わず解析し、それらを比較することでフグ各種に特有の塩基配列を調査している。その一例を図3に示す。図3は沖縄県で漁獲されるフグ類9種の筋肉組織に存在するミトコンドリアDNAを鋳型として、16S rRNA遺伝子領域をPCR増幅後、3種類の制限酵素で消化したときのRFLPパターンを示したものであるが、3種類の制限酵素(Nla III、Ban IIおよびDde I)を用いることで9種類のフグをすべて鑑別できることを明らかにしている。その他、一般的に食用とされているトラフグ科魚類やサバフグ科魚類のDNA鑑別法も検討しており、良好な結果を得ている。特に食用サバフグ2種(シロサバフグ、クロサバフグ)と筋肉に毒を有するドクサバフグを見分けることができるDNA鑑別法の開発にも成功しており、食中毒発生の際の原因種の特定および流通段階の水際での有毒種の排除に顕著な効果をあげている。後述するように、一部の制約はあるものの現時点ではDNA鑑別が食用フグと非食用フグを見分ける最も信頼性および汎用性の高い鑑別方法であると言える。しかしながら、近年自然環境下での異種交配による交雑フグ種(ハイブリッド・フグ)が頻繁に漁獲されるようになってきており,外観からの判別がより一層複雑化する傾向にある。図4は、東京都中央卸売市場、いわゆる築地市場にて発見された斑紋や小棘分布の異なる雑種と思われるフグの外観写真である。ハイブリッド・フグについては、厚生労働省通達(昭和58年12月2日 環乳第59号 厚生省環境衛生局長通知)により、両親種とも可食の部位を可食部位とすると定められている。ハイブリッド・フグの可食部位は両親種の組み合わせにより決まるため、正確な判断が求められる一方、外観だけでは両親種を判別することが難しい個体も存在し、誤った鑑別による食品衛生上の危害が容易に想定される。このようなハイブリッド・フグの鑑別には残念ながら上述した方法は適用できない。本誌で紹介したミトコンドリアDNAは交雑種を想定しておらず、あくまで同一種による交配を前提にして母系の特定を行うものである以上、ハイブリッド・フグの父系を特定するためには核DNA中のマイクロサテライトなどから適切なマーカーを見出す必要がある。
 現在、DNA手法を用いた各種のフグ科魚類鑑別法が精力的に試みられているものの、日本産フグだけでも100種以上確認されていることおよびハイブリッド種の存在などDNA鑑別法を確立するには解決すべき問題点が多く、その構築にはまだ時間を要するものと考えられる。さらに、フグ科魚類以外にもシガテラ毒を有するバラフエダイの仲間、バリトキシンを有するアオブダイなどの魚類、さらには様々な貝毒を有する二枚貝や巻貝など自然界には多くの有毒魚介類が存在することから、食の安全・安心の確保に向けた環境整備を行なうためには、種の正確な同定が急務であると思われる。

表2.フグ食用のガイドライン(一部改変)(PDF:30KB)
図3.沖縄産フグ科魚類9種のPCR-RFLPパターン(PDF:39KB)
図4.築地市場で確認されたハイブリッド・フグの一例(PDF:130KB)

5.アレルギー表示対象魚介類の検知法開発

近年、世界中で食物アレルギー疾患の患者が急増しており、大きな社会問題になっている。我が国においては、平成8年から11年にかけて当時の厚生省がすべての年齢を対象として行なったアンケート調査によって、アレルギーの原因食物の第4位、第7位および第9位にそれぞれ甲殻類、魚類および魚卵が挙げられ、魚介類アレルギーの発症人口の多さが指摘された。成人に限れば驚くことにアレルギー原因食物の第1位と第2位を甲殻類と魚類が占め、第3位が鶏卵であった。したがって、成人では魚介類が最も注意すべきアレルギー原因食品と言える。これらの結果をもとに、厚生労働省は食品衛生法関連法令を改定し、平成20年6月よりアレルギー症例数および重篤度から判断される特定原材料表示の義務化対象食品素材に初めて魚介類であるエビおよびカニの2種類を追加した。さらに、特定原材料に準ずる表示推奨品目としてアワビ、イカ、イクラ、サケおよびサバの5種が列記されている。なお、現在では食品衛生法には、食品中に含まれる特定原材料由来タンパク質が10μg/gを超える場合に表示が必要であると記載されている。エビやカニなどアレルギー物質を含む食品の表示は、容器包装された加工食品および添加物、さらに流通過程のものにも適用され、表示欄にその旨の明記が義務付けられていることから、食品メーカーは対象原材料の混入の有無をチェックする必要性が生じている。なお、魚介類のアレルゲンに関しては本誌2011年3月発行の「魚介類アレルゲンの本体と性状」(塩見一雄著)に詳しくまとめられているので興味がある方はそちらを参照していただきたい。
 一般にアレルギー原因物質であるアレルゲンの分析には酵素免疫抗体法(ELISA)がよく用いられ、魚類のパルブアルブミンや無脊椎動物のトロポミオシンなどについて検出キットが既に市販されている。しかしながら、ELISAは抗原抗体反応の平衡化や洗浄操作を必要とするため、分析には数時間を要する場合が多い。魚介類の場合、比較対象となる種類が極めて多いことおよびアレルゲンの生物種間における交差性が極めて高いことから、アレルゲンタンパク質および特定原材料特異的タンパク質をコードする遺伝子の探索は容易ではない。さらに、レトルト食品などの高度加工された食品においては、DNAの劣化が高確率で引き起こされている場合が多い。したがって、魚介類アレルゲン検知法にDNA鑑定を採用する場合、コピー数のより多いミトコンドリアDNAをターゲットにする方が都合がよいことになる。カニ・アレルギー患者を例に挙げれば、主要アレルゲンであるトロポミオシンが食品に混入しているか否かよりも、カニ自体の混入の有無がより切実な問題であることから、魚介類アレルゲンの種間における高い相同性を念頭に置けば、直接アレルゲンタンパク質をコードしている遺伝子をPCRで検知しアレルゲン物質の存在を検査するよりも、生物種を特定することで間接的にアレルゲン物質の存在を知る方がより妥当であると考えられる。現在、我々はエビ、カニ、サケ、サバ、アワビおよびイカのミトコンドリアDNAを解析し、PCR増幅に適した特異遺伝子領域を探索し、PCR増幅のみで検知可能なプライマーの設計と検知法開発を行なっているところである(表3)。

表3.サケプライマーを用いたPCR増幅によるサケアレルゲン(サケ種)検知の一例(PDF:45KB)

6.水産物流通業界におけるDNA鑑定の未来

有用および有毒魚介類におけるDNA種鑑別法は、日々改良が重ねられ、より正確で汎用性の高い方法が次々に提案されている。DNA鑑別法の根幹は対象とする種の遺伝情報であるだけに、流通するすべての種のDNA塩基配列が解析され、データベース化されることが最優先の課題であろう。すべての種の遺伝情報が明らかにされれば、その情報をもとに今回紹介したようなPCR増幅を基盤とした鑑別法が独自に開発され、それを生業とする検査会社も今後一層増加するはずである。食の「安全・安心」に対応するためには、食品業界のニーズにマッチした科学的検査機関の設立も必要と考えられる。
 最後に、現時点ではDNA鑑別法は極めて有効な種鑑別法として期待されているものの、必ずしも万能であるとはいえないことも付け加えておく。原産地鑑別や近縁種あるいは交雑種(ハイブリッド種)の存在をどのように評価していくか解決すべき課題はまだ多い。

略歴

1964年北海道稚内市生まれ。1987年3月に東京水産大学水産学部食品工学科を卒業。1991年3月に東京水産大学大学院水産学研究科博士後期課程中退。1991年4月に農林水産省水産大学校製造学科助手、その後1993年4月東京水産大学水産学部食品生産学科に助手として着任し、その後、2003年10月の大学統合や学科名称の変更により、2005年10月から東京海洋大学食品生産科学科准教授。専門は水産化学。水圏生物が持つ多彩な機能物質の特性解明とその産業利用に関する研究に従事している。

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