脂肪燃焼組織・褐色脂肪の食品成分による活性化と抗肥満効果
北海道大学 大学院獣医学研究科 生化学教室
講師 岡松 優子 1.はじめに動脈硬化や脳卒中などを引き起こすメタボリックシンドロームの増加が世界中で問題となっている。その最大のリスクファクターである肥満症は、エネルギー消費量の減少と摂食量の増加が原因であり、病態解析と予防・解消方法の開発が求められている。褐色脂肪は、エネルギー消費の側面からの肥満対策のターゲットとして注目されている特殊な脂肪組織であり、食品成分を含めて活性化因子の探索が活発に行われている。本稿では褐色脂肪の機能とその制御機構を概説し、抗肥満作用を持つ食品成分カプシノイドの作用における褐色脂肪の役割について紹介したい。 2.褐色脂肪とは私たちの体には白色と褐色、二種類の脂肪組織が存在する(図1)。一般に体脂肪、内臓脂肪などと呼ばれる白色脂肪は、全身に広く存在しており、細胞内には大きな単一の脂肪滴(単房性脂肪滴)を含んでいる。褐色脂肪は、肩甲骨付近や腎周囲などの特定部位に少量だけ存在しており、細胞内には小さな複数の脂肪滴(多房性脂肪滴)を含む。両者はともに脂肪を蓄える能力を持つ点は共通しているが、生理的な役割は対照的である。白色脂肪は余剰なエネルギーを中性脂肪として蓄え、必要に応じて脂肪酸として全身に供給するエネルギーの貯蔵庫としての役割を持つ。一方で、褐色脂肪は脂肪を燃焼して熱を産生する特殊な脂肪組織である1,2 。
3.褐色脂肪の熱産生と制御機構褐色脂肪はその名の通り「褐色」であるが、その色はミトコンドリアによるものである。豊富なミトコンドリアの内膜に存在する脱共役タンパク質Uncoupling Protein 1(UCP1)が熱産生を担っている。ミトコンドリアでは、呼吸鎖によって作られる内膜を隔てたプロトンの濃度勾配を利用してATP合成酵素によりATPが合成されるが、UCP1はATP合成を伴わずにプロトン濃度勾配を解消し、そのエネルギーは熱として散逸される(図2)。
4.褐色脂肪と肥満エネルギー消費分子であるUCP1が体脂肪量の調節に関わっていることは、いくつかの遺伝子改変マウスにより示されている。例えば、UCP1プロモーターの下流でジフテリア毒素を発現させたトランスジェニックマウス(UCP1-DTAマウス)は褐色脂肪量が3分の1程度に減少するが、通常のマウスよりも太りやすいことが報告されている9。反対に、UCP1を様々な組織で過剰発現させたトランスジェニックマウスは肥満抵抗性になる10-13。また、薬剤を用いた検討もある。アドレナリン受容体のうち、脂肪細胞に特異的に発現しているβ3受容体の作動薬を投与すると、UCP1の活性化により 全身のエネルギー消費量が増加して体温が上昇するし、長期的に投与すると肥満が解消される14。また、脂肪細胞から分泌されて食欲を抑えるホルモンであるレプチンは、内因性の褐色脂肪活性化因子の一つであり、長期的に投与するとUCP1依存的にエネルギー消費を亢進させ、摂食量低下作用とあわせて体脂肪減少作用を示す15。ヒトにおいても褐色脂肪量は体脂肪量と逆相関を示すことから3、褐色脂肪が体脂肪量の調節に関わっていると考えられる。 5.食品成分による褐色脂肪の活性化と抗肥満作用 以上のように、褐色脂肪を活性化すると体脂肪が減少することは多くの動物実験により示されており、機能性食品成分を含めて活性化因子の探索が行われている。寒冷刺激は温度受容体であるtransient receptor potential(TRP)チャネルを活性化し、感覚神経を介して脳に伝えられて上述の交感神経―褐色脂肪―UCP1の経路を活性化する。TRPチャネルは温度、pH、浸透圧、機械刺激など様々な刺激により活性化するが、TRPファミリーの一つTRPV1は唐辛子の辛み成分であるカプサイシンにより活性化する。カプサイシンを摂取するとエネルギー消費量(酸素消費量)が増加し、慢性的に摂取すると体脂肪が減少することがヒトやマウスの実験で示されている16-19。褐色脂肪への作用については報告が少ないものの、UCP1を増加させる可能性がラットを用いた実験により示されている20。つまり、カプサイシンはTRPV1チャネルを介して上記経路を活性化する可能性がある。 6.最後に日常的に手軽に摂れる食品成分により肥満を予防できれば理想的である。これまでに、消化管からの栄養素(脂肪、糖質)の吸収を抑制したり、筋肉での脂肪消費を亢進するなど様々な機能を示す食品成分が肥満対策に有用である可能性が示されているが、本稿ではエネルギー消費増加作用をもつ食品成分としてカプシノイドについて紹介した。カプシノイドが褐色脂肪を活性化するだけでなく組織の増生を誘導することは、一時的なエネルギー消費量亢進作用だけでなく、基礎代謝量の増加による太りにくい体質の獲得に結び付く可能性を示している。一方で、多くの交感神経性刺激は褐色脂肪の活性化・増生だけでなく白色脂肪の褐色化を誘導するが、カプシノイドの摂取ではベージュ脂肪細胞の誘導は認められなかった。ベージュ脂肪細胞の誘導には交感神経ではなく、組織内に存在するマクロファージなどの免疫系細胞が関わるという報告もあるので、他の交感神経活性化因子との違いについては今後の検討が必要である。 文献1) 斉藤昌之・大野秀樹(編)(2013). ここまでわかった燃える褐色脂肪の不思議、ナップ 2) Cannon, B. et al. (2004) Physiol Rev, 84 (1), 277. 3) Saito M. et al. (2009). Diabetes, 58 (7), 1526. 4) Fedorenko A. et al. (2012). Cell. 151(2):400. 5) Okamatsu-Ogura Y. et al. (2013). PLoS ONE, 8 (12), e84229. 6) Petrovic N. et al. (2010). J Biol Chem, 285 (10), 7153. 7) Wu J. et al. (2012). Cell, 150 (2), 366. 8) Sharp LZ. et al. (2012). PLoS ONE, 7 (11), e49452. 9) Lowell BB. et al. (1993). Nature, 366(6457),740. 10) Li B. et al. (2000). Nat Med, 6(10):1115. 11) Kopecky J. et al. (1995). J Clin Invest, 96(6):2914. 12) Stefl B. et al. (1998). Am J Physiol, 274(3 Pt 1):E527. 13) Ishigaki Y. et al. (2005). Diabetes, 54(2):322. 14) Inokuma, K. et al. (2006). Am J Physiol Endocrinol Metab, 290(5), E1014. 15) Okamatsu-Ogura Y. et al. (2007). Obes Res Clin Prac, 1: 233. 16) Kawada T. et al. (1986). Proc Soc Exp Biol Med, 183(2), 250. 17) Watanabe T. et al. (1988). Am J Physiol Endocrinol Metab, 255(1), E23. 18) Yoshioka M. et al. (1998). Br J Nutr, 80(6), 503. 19) Kawada T. et al. (1986). J Nutr, 116(7), 1272. 20) Kawada T. et al. (1991). J Agric Food Chem, 39(4), 651. 21) Kobata K. et al. (1999). J Nat Prod, 62(2), 335. 22) Kawabata F. et al. (2009). Biosci Biotechnol and Biochem, 73(12), 2690. 23) Inoue N. et al. (2007). Biosci Biotechnol and Biochem, 71(2), 380. 24) Ohyama K. et al. (2015). Am J Physiol Endocrinol Metab, 308(4), E315. 25) Snitker S. et al. (2009). Am J Clin Nutr, 89(1), 45. 26) Ono K. et al. (2011). J Appl Physiol, 110(3), 789. 27) Masuda Y. et al. (2003). J Appl Physiol, 95(6), 2408. 28) Yoneshiro T. et al. (2012). Am Clin Nutr, 95(4), 845. 29) Okamatsu-Ogura Y. et al. (2015). J Funct Foods, In press. サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
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