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![]() 食物アレルギーとリスク管理(多様化と交差反応への対応)
![]() 低アレルギー食品開発研究所/京都大学名誉教授
小川 正 1、はじめに食物の摂取に伴って人体に好ましくない反応が生じる現象を「食物過敏症」と呼び、アレルギーをはじめよく似た症状を惹起する多様な反応が知られている。一般に「食物アレルギー」と呼ばれているものは、狭義には抗原・抗体(IgE)反応が関与する免疫反応であり、いわゆるI型(即時型)アレルギーを指す。従って、食物アレルギーのリスクおよびリスク回避を考える上で、例えば類似の臨床症状を惹起する“鯖を食べて蕁麻疹がでた(ヒスタミン中毒)”や“冷たい牛乳を一気に飲んで下痢をした(乳糖不耐症)”などの反応とは区別して、そのメカニズムの違いを理解しておく必要がある。 一般にアレルギー反応を惹起させる自己以外の生体異物(抗原)をアレルゲンと言う。その侵入経路(食物の場合は消化管、花粉などは気道等など)が異なるものの、アレルゲンに対して特異的な抗体(IgE抗体)を体内に産生するに至る過程(このプロセスを感作過程と呼ぶことにする)、アレルギーの独特の臨床症状を惹起するに至る一連の基本的生化学反応(抗原・抗体反応、臨床症状を惹起する化学伝達物質の遊離)は、食物アレルギーや花粉症などすべてのⅠ型アレルギー疾患に共通する現象である。 2、食物アレルギーのリスク管理1)リスク管理に必要な食物アレルギー発症の基礎知識食物アレルギー患者が発症のリスクを回避し、的確なリスク管理を行うためには、最小限のアレルギー感作の成立と臨床症状惹起にいたるメカニズムを科学的に理解しておくことが大切である。食品成分たんぱく質(アレルゲン)が生体に侵入し、異物(抗原)と認識されるためにアレルゲンは一定の大きさが必要である。少なくとも分子量3000~5000以上が必要である。たんぱく質はアミノ酸の結合したポリペプチドであるから、一アミノ酸残基の平均分子量を約100とするとアミノ酸30~50残基のポリペプチドに相当する。従って、これ以下の大きさに消化(切断、分解)されたものは抗原としては認識されない。抗原(アレルゲン)として抗原提示細胞に認識されると、この情報はT細胞を介してB細胞に伝達されアレルゲンに特異的に結合(認識)するIgE抗体が産生されることになる。抗体がアレルゲンたんぱく質と結合(認識)する部位はエピトープと呼ばれている。感作を受けたアレルギー患者の体内にはエピトープ部位を異にする複数種のIgE抗体(ポリクローナル抗体)が産生される(図1)。このエピトープになる部分はアミノ酸のペプチド鎖として5~8残基ぐらいと推定されている。今までに報告されているエピトープ情報によれば、一例として筆者らが大豆に見出した主要大豆アレルゲンたんぱく質(Gly m Bd 30K:分子量34,000:アミノ酸297残基)1分子あたり6ヶ所のエピトープが存在し、この部分と特異的に結合する6種のIgE抗体が産生される(図2)。このアレルゲンは、乳幼児に多いハウスダスト(家ダニ)アレルギーの主要アレルゲンと同じ仲間のたんぱく質であるが、相同性は約35%と低く、エピトープ部分も異なることから交差反応は起さない。このことは後述の「交差反応」を理解するうえで重要である。
2)患者におけるリスク管理アレルギー食品は国、生活習慣、年齢などによっても変化する。乳幼児では、卵、牛乳・乳製品、小麦の患者が多く見られるが、10歳ぐらいまでには耐性を得て自然治癒するケースも多い。成人になると日常の食生活、嗜好を反映して、そば、えび・かにや果物などの患者が多くなる。アレルギー反応により惹起される臨床症状は、軽度の皮膚炎、目、口、のど、鼻などの異常、呼吸器、循環器系の異常、それに伴い発生する重篤な全身性アナフィラキシーショックまで、幅広い症状が知られているが、個人差も大きい。現在、食物アレルギーの決定的な治療法が確立されていない状況下では、対症療法的な処置、主に除去食などが指導されている。厳格なアレルギー食品の除去は乳幼児や児童のような若年者にとっては発育障害・発達障害などの問題も考えられる。近年、前述したように消化管の免疫組織を介した経口免疫寛容を誘導する治療法(減感作療法)が試みられ、食べられる体質作りに力が入れられている。また、食生活の改善(抗アレルギー食生活)によっても臨床症状の発現を減弱化できることが期待できる。自己のリスク管理には、常に変化する可能性のある自己のアレルギー食品の診断を怠らないことが大切である(表1)。 3)患者におけるリスク回避の対策自己のアレルギー惹起食品を知り、その誤摂取の防止に心がけることがリスク回避の大前提である。そのためには食品に関する情報(表示など)に注意を払い、その内容を正しく理解できる知識を身に付け、アレルギー食品が含まれる調理・加工食品を判別、選択するための能力を身に付ける事が大切である。この習慣は、本人のみならず家族、日常身の回りにいて行動を共にする人達が同じ情報を共有することが必要である。ある場合には、調理・加工の原材料として利用されていなくとも、その食品が口に入るまでの過程(製造・包装・輸送などの過程)で汚染される可能性などにも配慮が必要である。後述するように、食品衛生法は加工食品中に含まれる特定原材料7品目(アレルギー食品)の表示を義務づけ、さらに一般的に日本人に多いアレルギー食品の表示を推奨している(表2)。この表示品目は日本人の食生活や生活習慣を反映して変化している(品目の増加と移動:えび・かにが推奨品目から表示義務特定原材料へ、ゴマとカシューナッツが推奨品目に追加など)ことに注意が必要である。日常の注意を怠らないとしながらも誤摂取による事故は思わぬところで頻発する。この対応として、報告されている誤摂取による発症事例に学び、リスク回避に活用する必要がある。なお、誤摂取の発生する場所(図5-1)、経験回数(図5-2)の例をみると、複数回の誤摂取を繰り返し、その場所としては自宅が一番多いことも問題として指摘さている。アレルギー食品あるいは成分の混入が情報として把握できないような状況での誤摂取の事例も存在する。これには、インターネットなどの情報網を通じて入手する方法もあるが、多くの事例をまとめた資料「食物アレルギーひやりはっと事例集2014」(認定NPO法人アレルギー支援ネッワーク編纂:http://www.alle-net.com/) が参考になる。例えば、自動販売機の種類によってはカップに注がれる飲料の最終出口ノズルは、種々の飲料が共通に通ることから、牛乳アレルギーの患者がオレンジジュースを指定したにも関わらず、前の人が買った飲料中の乳成分がノズルを介して僅かに混入し、アレルギーを発症した例(対策:設置者は「乳成分が混入するおそれがあります」と自動販売機に表示する)、他の子供が牛乳を飲んだコップを洗ってからお茶を入れて与えたのだが、牛乳アレルギーの子供が発症した例(対策:関係者に「アレルギーの発症は個人差が大きく、極微量で発症すること」を認識させる)、また、大抵の小さな個包装された食品には記載(一括表示:アレルギー食品を含めて)がなく、ついつい内容不明の菓子を口にして当該食品(卵)アレルギーの子供が発症した例、などが多々あり、この落とし穴は、元の個包装を包んである大袋にはアレルギー物質食品表示があり、「卵黄」の表示がある(対策:「食品衛生法の表示義務は包装面積30cm2 より大きいものに限られ、それより小さなものにはアレルギー表示が省略されることがある」ことのアレルギー患者への周知・学習)。一方、牛乳アレルギーの患者が自分の判断で、例えば00製のXXパンは一口分は食べられたという過去の経験から、別の会社製のパンを同量食べたら発症した(対策:「製造元によってパン中の特定成分の含量が数十~数百倍も差がある場合がある」ことの周知・学習)。この事例を参考に、徐々に摂取可能食品が増えている、あるいは摂取量が増えている患者においては、常に医師の診断結果に基づいて、自己のアレルギー食品の摂取可能な量(発症に至る最少のアレルゲン量あるいは食品の量:閾値)をあらかじめ確認しておくこともリスク回避に重要である。 4)食品製造者・提供者、行政によるリスク管理食品を製造、供給する立場からのリスク管理の主目的は、患者に不都合な反応(アレルギー反応)が惹起されるのを避ける事は勿論、そのためとは言え、患者の食品選択において不必要(過剰)な制限を課すようなことになってはならない。これには原材料、副原料(添加物)におけるアレルゲン物質の存在有無(量)に関して確実で信用のおける分析法を確立し、それに基づいた情報を提供できるようにしなければならない。EU諸国での食物アレルギーのリスク管理における食品企業としての取組みについて述べた論文も参考になる(Analysis To Support Allergen Risk Management:Which Way To Go?, T. CuCu et al,J. Agric. Food Chem, 2013, 61,5624-5633). 行政が平成13年に世界に先駆けてアレルギー食品の表示に踏み切った背景にはアレルギー食品の分析法の開発が多くの研究者の努力によって先行していたことにある(平成14年アレルギー食品の検査方法通知)。その後、表示の所管が消費者庁に移ったこともあり平成26年3月にアレルギー食品の検査方法に関する最新の通知が出された。現在、アレルギー食品として特定原材料7品目の表示を義務付けているが、加工食品中のこれ等の存在を10ppmの濃度で正確に分析できる方法を簡便なキットとして可能にしている我が国の技術は高く、世界をリードしていると言える。国立医薬品食品衛生研究所(穐山氏)が国際学会で紹介した我が国のアレルギー食品表示制度および検出法の確立に至る過去8年の経過報告(H. Akiyama et al.: Japan Food Allergen Labeling Regulation-History and Evaluation. Advances in Food and Nutrition Research, 62, 139-171 (2011))は、欧米の研究者により高く評価されている。消費者庁は患者の要望もあり高度なリスク管理を目指して、不特定多数の利用するレストラン、ホテル、一般給食施設におけるアレルギー食品の表示、情報提供システムの構築作業を行っている。関係者のヒアリングが聴取され十分な検討がなされることを期待している。現在までの関係者による検討会の内容が下記の消費者庁ホームページより入手できる(消費者庁ホームページ:(http://www.caa.go.jp/):「外食等におけるアレルゲン情報の提供の在り方検討会情報」)。また、表示に関する疑問に答えるための「Q&A」も公開されているので参考になる(アレルギー物質を含む食品に関する表示Q&A:厚生労働省医薬食品局食品安全部基準審査課 http://www.caa.go.jp/foods/pdf/syokuhin12.pdf)。
3、新しいタイプのアレルギーに対するリスク管理の必要性近年、花粉症患者の増加に伴い新しいタイプの食物アレルギーが報告されるようになった。花粉症の患者が突然リンゴ、バナナ、メロンなどの果物を食べて、口唇、口腔や咽頭に異常を感じて病院に駆け込む例が数多く報告されている(OAS:oral allergy syndrome、口腔アレルギー症候群)。また、医療や食品関連の業務に携わる人が、安全・衛生のため純正ゴム手袋を使用して作業する過程で、ゴムに含まれるある種のたんぱく質により感作をうけてアレルギーに罹患する。この患者もある時突然に果物(バナナなど)に対してアレルギー反応を示す様になる(ラテックス‐果物アレルギー症候群)事例が多数報告されている。この原因は、感作を成立させた花粉やゴムのたんぱく質に非常に近い構造を持つたんぱく質が植物界には広く分布することに起因する。この「交差反応」には従来知られているアレルゲン(タイプ1と呼ばれる)たんぱく質と異なり、タイプ2と呼ばれる新しいグループに分類されるたんぱく質が関与している。タイプ2に属する多くのアレルゲンは感染特異的(あるいはストレス)たんぱく質(PR-P; pathogenesis related proteins)と言われるもので、植物がストレス(微生物感染、虫害、塩害、気温・干ばつなどの天候異常)負荷を受ける事で植物(食品)中のアレルゲン量が増大する。従って、ストレスの少ない温室物は露地物よりアレルゲン性が低い(アレルゲンたんぱく質の蓄積量が少ない)ことが知られている。今まで報告されている花粉症と関係(交差)する食品(果物、野菜類)を表5に示した。特に注目されているのはカバノキ科のシラカバ花粉中の Bet v 1 と呼ばれるたんぱく質に由来する花粉症である。食用にしているバラ科の植物の果実類、セリ科、マメ科など幅広い植物性食品素材の可食部に含まれるたんぱく質と交差することが知られている。植物の進化の過程で、ほとんどの植物体に保存されてきたたんぱく質のファミリーで、植物間の相同性が約70%以上である。図6にシラカバ花粉、ダイズ種子、リンゴ果実中の Bet v 1 と相同なたんぱく質のアミノ酸配列(20種類の各アミノ酸をアルファベット1文字で表示)を参考に示した。下線部はBet v 1 とアミノ酸配列が同じ(相同)ペプチド鎖部分を示している。前述のアレルギー臨床症状の惹起に至る反応が成立する条件を考慮すれば、図7に示す通り、シラカバ花粉症の患者が複数の Bet v 1 特異的IgE抗体(e-1 ~ e-5)を産生し、その内の e-2 と e-4 抗体が Mal d 1 たんぱく質上の相同部位で結合すれば、前述の図3で解説した通り、アレルギーの臨床症状を惹起するに至る。しかし、このような偶然が実現する確率は、先ず①複数(最低2種類以上)のBet v 1特異的IgE抗体が産生されること、②そのBet v 1のエピトープ部位と一致するMal d 1上のエピトープ部位のアミノ酸配列が少なくとも5残基にわたって完全に一致する必要があること、③さらに完全に一致するエピトープ部位が2ヶ所以上存在すること、の3つの条件がそろう必要がある。おそらくこの確率は患者によって異なることは勿論、①、②及び③の出現がそれぞれ10人に一人ぐらいの割合と仮定すれば、シラカバ花粉症の患者がリンゴに対してOASを発症するのは多くとも数百人に一人程度と予想される。従って全てのシラカバ花粉症の患者がOASを発症するとは限らないが、患者は複数の植物性食品素材中のBet v 1相同たんぱく質に交差反応を起こす可能性があり、交差が認められている食品素材(表5参照)に対して細心の注意を払うこともリスク回避策として必要である。将来的には、リスク管理強化の一環として臨床検査の一項目に、各患者の花粉由来のIgE抗体の食品アレルゲン相同たんぱく質との反応性をウエスタンブロット法で検査する体制ができる事を期待するものである。 略歴京都大学名誉教授・(合)低アレルギー食品開発研究所 サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
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