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![]() 牛肉生食規制強化と牛レバー生食禁止後の食の安全
![]() 東京大学大学院農学生命科学研究科附属食の安全研究センター
関崎 勉 ユッケ食中毒事件と生食規制本メルマガ9月号(2012年)にSUNATEC理事長 庄司正氏の「牛レバー生食禁止措置を腸管出血性大腸菌感染症の減少につなげるために」(1)が掲載されています。筆者も含めて読者の中には、これを読んで、まことにその通りであると納得された方も多いことと思います。そこで、本解説では、少し視点を変えて、別な角度からこの問題について考えることを試みました。 (1)「牛レバー生食禁止措置を腸管出血性大腸菌感染症の減少につなげるために」
恐ろしさを見せつけた腸管出血性大腸菌2011年ユッケ食中毒では、最初の患者が急激に容態を悪化させて脳症を発症し、その後、県境を越えた医療機関にも同様な患者が入院したことが判明し、やがてそれらが同一の焼き肉チェーン店に起因すると判明しました。未経験な症状と容態の急変、疾病発生の広域さから、原因を特定するまでにやや長い時間を要しました。患者から分離された病原菌が、耳慣れたO157ではなくO111だったことも、原因の究明と適切な診断・治療への妨げになったと思われます。しかし、ともすればさらに多くの犠牲者が出ても不思議ではない状況の中で、医療および食品衛生関係者の素早い連携と対応には今更ながら敬意を表せずにはいられません。腸管出血性大腸菌感染症では、感染後期に溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症することが知られていますが、これが尿毒症だけでなく、今回のように脳症を発症するとさらに深刻な状況を招く恐ろしい感染症であることを見せつけられました。
報道されなかった見解報道が過熱していたレバー刺し禁止騒動の頃、マスコミから多くの取材を受けました。そこでは、法律で禁止することだけでは消費者保護にはならないということ、腸管出血性大腸菌以外にも恐ろしい病原体がいること、食材から菌が検出されたことをもって生食禁止としたら他の生食食品にも同様な規制が必要になるであろうこと、さらに最も大切なのは消費者への情報提供であることを発言しました。しかし、一部のメディアを除き、これらを正確に取り上げてはもらえず、厚生労働省批判と思える一言だけが大きく放映されてしまいました。これに対して、人が死んだというのに同じように食べて良いはずはない、生卵は十分安全だと分かっているので禁止になるはずはないなど、多くのご批判を頂戴しました。私はレバー刺しが安全であると言うのでなく、その他の食品についても、十分安全確保を努めるべきであり、牛生肉とレバーの規制だけで安全が守れると考えるのは危険だと伝えたかったのです。はたして、あまりに悪い偶然ですが、本年、白菜漬けを原因とした大規模な食中毒が発生し、犠牲者も出たことは残念でなりません。どうも、問題の本質はユッケやレバーの規制だけではないという考えがさらに強くなりました。
近年の食中毒発生動向から思うこと厚生労働省の食中毒発生統計(2)によれば、2011年の腸管出血性大腸菌食中毒患者数は、714名(うち死者7名)です。これに対して、ノロウイルス8619名(死者0名)、サルモネラ属菌3068名(同3名)、カンピロバクター2341名(同0名)となっています。これからすると、腸管出血性大腸菌感染症は患者数が少ない割に多くの死者を出している怖い病原体だという印象を受けます。しかし、逆に見ると、他の食中毒の方がずっと頻繁に発生する身近な食中毒とも言えます。さらに、ユッケ事件が発生する前の1996年から2010年までを見ると、腸管出血性大腸菌食中毒の死者が22名(2011年を入れると29名)なのに対して、サルモネラ属菌食中毒では16名(同19名)と、恐ろしさでは決して引けを取らないことが分かります。 (2)厚生労働省食中毒統計
食中毒菌の汚染源腸管出血性大腸菌、カンピロバクターやサルモネラ属菌は、健康な動物(今では、これに人も含まれるかもしれません)の腸管内に生息し、その糞便に汚染された肉類、野菜類や鶏卵が食中毒の原因になります。米国やドイツでの過去の調査では、羊67%、山羊56%、牛21%、豚7.5%の糞便から腸管出血性大腸菌が検出されました。また、市販鶏肉の40-60%からカンピロバクターが検出されるのは普通で、検出率80%を超えることもあります。サルモネラでは鶏卵の汚染対策が重要で、我が国では、産官揃って進めた農場清浄化対策の結果、汚染鶏卵は相当減りました。しかし、日本でさえ、今でも汚染鶏卵は5,000個に1個と言われています。
法規制直後の遵守と時間経過による緩み食べ物というのは、一度味を覚えてしまうと、禁止されたとしてもどうしても食べたくなる人が出てきます。その結果、闇でレバー刺しを出す店が出てきたり、家庭で市販レバーを生食したりと、これまで以上に危険な行為が出現する可能性があります。それどころか、元来生食はしなかったはずの豚肉・豚レバー、はては、猪の肉・レバーに至るまで販売されることもあると聞き、愕然とします。どうやら、牛は禁止されているが、豚は禁止されていないからだとか。また、SPF豚という「無菌豚」を使っているから大丈夫であるなどと、明らかな誤認がまかり通っているとも聞き、牛の規制措置の本来の意味が全く伝わっていないことに寂しさを感じると共に、人間の食に対する欲求に驚かされます。
消費者の食の安全意識維持のために何をすべきか農場から小売店までの衛生管理だけでは防止できない細菌汚染があり、さらには家庭での調理段階で最終的に汚染を断ち切らなければならないこと、そして、そのためには食品産業や家庭でどのようなことに注意せねばならないかについて常に情報提供し続けなければならないと思います。昔から食中毒予防の3原則として、付けない、増やさない、殺菌する、が合い言葉のように言われています。まずは、これを多くの方々に覚えてもらうことも有効と思います。その実際としては、冒頭で紹介したSUNATEC理事長の庄司氏も述べていらっしゃいますが、食品産業においては、従事者の健康管理と食品汚染を防止するための手洗いの徹底や施設の洗浄殺菌という食品衛生の基本、感染症予防対策の有効手段が実施されているか繰り返し確認することです。また、家庭では、土が付いた可能性のある野菜などはよく洗う、菌が付着している可能性のある肉類の調理には、それがまな板や包丁など調理器具を汚染する危険性を意識して調理することが大切です。また、菌を増やさないために、調理した食品はすぐに食べる、あるいは冷蔵・冷凍保存します。菌を殺すためには加熱が一番です。汚染の危険がある部位は、特にしっかり加熱しましょう。
略歴1978年3月 北海道大学獣医学部獣医学科卒業
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