財団法人 食品分析開発センター SUNATEC
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食品の放射線リスク評価を考える(風評被害と対峙する)

財団法人食品分析開発センターSUNATEC
理事長 庄司 正
2011年は食品安全に関する大きな出来事が二つあった。ユッケを原因食品とする腸管出血性大腸菌食中毒と原発事故による食品の放射性物質汚染である。前者は死者5名を出す痛ましい食中毒事件として大きく報道された。このことが生食用食肉の規格基準化につながり10月から施行となった。腸管出血性大腸菌の病原性の強さと牛肉の汚染率の高さからすれば、このような厳しい規格基準の設定は当然でありむしろ規制が遅かったのではないかと感じている。食品事業者からは事実上の生食禁止だとの悲鳴が聞こえてきたが、と畜場及び食肉処理場の衛生管理が進み、また日本のすぐれた技術力が活かされれば規格基準をクリアーする日もそう遠くないのではないか。事件報道によってリスクが見えたことが、厳しいリスク管理(規制)を消費者も事業者も理解した大きな要因であったのではないかと思っている。
 しかし、腸管出血性大腸菌の感染リスクの最も高い内臓である生食用牛レバーの取扱いについては、12月20日の薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会乳肉水産食品部会でも継続審議となった。この部会で牛レバー内部における腸管出血性大腸菌の汚染実態調査等の資料が公表された。二次汚染ではなく本当に健康な牛がO157を保菌するのか、16食肉衛生検査所の検査結果の違い、例えば肝臓表面と肝臓内部の大腸菌分離率が非常に高いのはと畜場の処理方法に関係があるのかなど、小生も更にこの資料を詳細に検討したいと感じている。いずれにしても牛レバーの生食だけでなく、内臓を食べるリスクを改めて確認してほしいものだ。
他方、後者の原発事故による放射性物質による食品汚染の場合はどうだろうか。原発事故からまもなく10か月が経過するというのに消費者の不安はおさまりそうにない。主な放射性物質の物理的半減期は、ヨウ素131=8日、セシウム134=2年、セシウム137=30年、放射性セシウムの食品汚染問題はまだまだ続くのである。

【放射性物質汚染問題】

1986年のチェリノブイリ原発事故は遠い国の出来事であり、国は輸入食品を監視し、各自治体は日本全体が一律に放射性物質汚染を受けることから、当時の食品の暫定基準値370ベクレル以下であることを確認する対応であったように記憶している。しかし、福島原発事故では放出された放射性物質の正確な汚染実態の公表が遅くなった。放射線検査が進むにつれホットスポットの存在が明らかとなり次々と新たな高濃度汚染地域が見つかった。避難区域に留まらずはるか遠い地域の高濃度汚染が次々と明らかとなり、食品の放射性物質汚染の状況が正確に把握できない事態となってしまった。
  それでも事故後すぐに原子力災害対策特別措置法により食品の放射能対策は進められ、食品の放射線検査と出荷規制により暫定規制値以下の食品だけが流通するシステムは早くから機能した。福島支援のために多くの消費者が野菜の直売所を訪ねている姿や大手スーパーの被災地応援セールの報道を見て、流通も消費者も多くは冷静な行動をとっているのではないか、東電福島第一原発から約600Km離れたSUNATEC(三重県四日市市)で感じたことである。

【汚染稲わらと牛肉のセシウム汚染】

しかし、SUNATECでもゲルマニウム半導体検出器による検査体制が整備できた頃の7月8日、東京都で南相馬産の肉牛から暫定規制値500ベクレル/Kgを超える放射性セシウムが検出されたと公表された。調査の結果、数千から数十万ベクレルという高濃度のセシウム汚染を受けた稲わらが肉牛に給餌されていたことが分かった。その後汚染稲わらの存在は、福島県だけでなく岩手、宮城、栃木県でも見つかり、宮城県産の汚染稲わらがさらにその他の11県にも流通し肉牛に給餌されていたことが判明した。その結果、暫定規制値を超えた又は超えた疑いのある牛肉が、もはや全国的に流通し、その多くが消費されていた実態が明らかとなった。牛肉の安全性に対する消費者の信頼はまたしても大きく崩れた。このような事態になると、風評被害が強くなり、ゼロリスクを求める消費者の声が高くなっていく。BSE(牛海綿状脳症、いわゆる狂牛病)騒動などでこれまで何度も経験してきたことである。
 この事態に対応して、各自治体の判断で牛の出荷制限と全頭又は全戸検査、また事業者による全頭自主検査などの取組が始まった。検査方法も一部では定量下限の高い簡易検査法が導入されたこと、また検査結果も測定数値を公表する自治体、暫定規制値以下であったことのみ公表する自治体も存在する。リスク評価の観点からすれば当然であるが検査を実施しない自治体も多くを占めている。BSE発生の際は1カ月で全国一律の全頭検査体制が整備されたが、今回は対照的な措置となった。そして牛肉の流通が遡って把握できたのは、BSE対策で導入された牛トレーサビリティ法に基づく牛個体識別システムであった。
 このような措置により、暫定規制値以下であることが確認された牛肉のみが出荷されるようになったが、牛肉の消費は回復せず市場も低迷している。BSE発生からちょうど10年の節目の年、牛肉はまたしても受難の年となった。そして、簡易検査法ではなく精度の高いゲルマニウム半導体検査の信頼性が高まってきているように、放射性物質の測定値がより小さいことを求める風潮が次第に強くなってきた。

【米のセシウム汚染】

米は日本の食文化だけでなく、日本の歴史や文化に大きな影響を持ってきた作物である。米の消費量がピーク時の半分になったとはいえ、今日でも日本人は米に対して特別な思いを持っている。2008年に発覚した事故米を食用に転用した事件の際には、日本人の怒りは大変なものであったのも記憶に新しい。従って、汚染稲わらが問題となっていた頃、米は大丈夫なのか、特に福島県は全国第4位の生産地である。主食である米は、消費者のみならず生産関係者にも関心が高い。
 福島県では米の作付から収穫、安全性確認までこれまでかなり慎重に対応してきたはずである。そして10月12日、これまでの調査結果を踏まえて米の安全宣言が出された。しかし、11月16日、懸念されていた米の放射性セシウム汚染、暫定規制値を超える米がまたしても見つかる事態となった。福島県全体からすればほんの一部分にすぎないが、規制値を超えた水田は、ホットスポットや利水上の独特の地形であったことなどが報道されている。暫定規制値以下であっても測定数値が検出された地域の米について、改めて緊急確認検査を行う事態となった。先祖代々、何世代もの手を経て引き継がれてきた水田とその土は、農家にとってかけがえのない宝である。ミネラル豊富な里山の伏流水を利用した美味しい米を生産者自身も食べることができない事態。生産者の苦悶と憤りが聴こえてくる。

【リスク評価とリスク管理】

10月27日付で食品安全委員会から厚生労働大臣あてに食品健康影響評価結果が通知された。「食品中に含まれる放射性物質の食品健康影響評価」(リスク評価)であり、これを受けて厚生労働省では、食品の規制値の設定等(リスク管理)の作業が行われている。食品群の見直しと現行の暫定規制値がかなり厳しいものになることが必至である。食品による被ばく線量を自然放射線を除き年間1ミリシーベルト以下とすることは実現不可能という懸念もあるが、放射性物質汚染は厳しい規制も受け入れざるをえない現実の問題である。
 しかも、高い放射線被ばくによる健康影響(確定的影響)は分かっていても、低線量の放射線による内部被ばくの影響(確率的影響)は科学的データが乏しい。ましてや食品添加物や農薬と異なり、放射性物質は消費者に何のメリットももたらさないと言われる。従って、低線量であっても被ばく線量に比例して発がんと遺伝的影響があるとする放射性物質のリスク評価は、危害が見えにくいだけに理解は難しい。食品安全委員会に寄せられた3089もの様々な意見はそれを物語っているといえる。
 そして放射線は測定しなければ全く分からないし、毎日のように聞くシーベルトとベクレルの単位が分からなければ、消費者はもちろん食品事業者であっても測定数値の大小でしか放射線の影響を判断するしかない。このような状況下では、限りなく数値の小さい食品が求められるようになり、特に影響が大きいと言われる子どもや妊婦には、放射線ゼロリスクの食品が求められるのもごく自然であるといえる。

【試算:放射性セシウムの年間被ばく放射線量はどんなものか】

(1)牛肉が好きで毎週1回は焼肉店へ通う場合の放射線量?
条件:暫定規制値500ベクレル/Kgの牛肉を200g/回食べる
・500ベクレル/Kg×0.2Kg×52週(回)=5200ベクレル/年
・被ばく線量に換算すると:※セシウムの実効線量係数:1.3/100000
・5200ベクレル/年×1.3/100000=0.068mSv(ミリシーベルト)/年間
(2)米を毎日1合、365日食べる場合の放射線量?
条件:玄米の放射性セシウム500ベクレル/Kg、精米(白米)50ベクレル/Kg
・50ベクレル/Kg×0.15Kg(1合)×365日=2737.5ベクレル/年間
・被ばく線量に換算すると:※セシウムの実効線量係数:1.3/100000
・2737.5ベクレル/年間×1.3/100000(※)=0.036mSv(ミリシーベルト)/年
(3)食品による自然放射線による被ばく量 = 0.41mSv(ミリシーベルト)/年間
代表的なものは放射性カリウム(K40、半減期12.5億年)で、地球創世時に生成されたとされる。
(1)(2)(3)を比較したときに暫定規制値はかなり厳しい基準といえる。

【風評加害者にならないために】

年末の12月20日、厚生労働省から新しい放射性セシウムの基準案が提案された。示されたのは一般食品(100)、牛乳(50)、乳児用食品(50)、飲料水(10)(単位:ベクレル/Kg)で、現行の5倍、飲料水については20倍厳しい基準案である。今後様々な議論が予想されるが、4月には新しい基準が決定される。しかし、現行でもそうだが、規制値を超えた食品は食品衛生法違反となるだけでなく、消費者の信頼を失う事態となる。従って、基準値を超える放射線量の食品が市場に流通することがけっしてないように、生産者から販売店まで食品関係者の全てが取り組まなければならない。そのためには、放射線検査と結果の速やかな公表が不可欠である。検査能力に限界はあるが、精度及び頻度の高い放射線検査が求められるだろう。
 小生は、これまで原発事故と放射能汚染には高い関心を持ってきた。昨年10月には食品の安全安心を総括するシンポジウムを企画・開催し、BSE発生以降10年の食品の安全安心対策について考える機会が多かった。しかし、月刊文藝春秋1月号で、『風評加害者になる「私」(東京大学準教授池谷裕二)』を見つけた。「人間はなぜ風評加害者になってしまうのか」、「人間特有の論理を飛躍させる思考こそが、風評加害に繋がっている」という脳科学者の解説を興味深く拝読した。事象に対して極端な反応を示す機能が人間の脳にある限り、私たちは風評加害者になってしまうという。はっと思った。風評被害と対峙するのも大事だが、風評加害者にならないためにどうしたらいいかという視点が抜けていたことに気付いたからである。
 また年末12月4日、NHK、ETV特集「原発事故に立ち向かうコメ農家」を見て感動し、早速福島産の米をネット通販で購入した。炊いた御飯の素晴らしい香りと光沢そして味の良さを実感し、コメ農家から逆に元気をもらったと思った。セシウム汚染を気にしていたらこの感動(メリット)はなかったのである。放射能汚染への関心が福島のコメ作りを知る契機となり、農家の苦悩に少しだが共感できたことがこの幸せをもたらしてくれたといえる。
 食品のリスク評価も、社会や経済などもっと総合的なリスクを加味して評価することが重要であると指摘されている。小生のこの体験も一つの事例かもしれない。今後も放射能問題に関心をもつことで、客観的な食品のリスクは確認しながらも、その中から新しい気づきに感動し、その体験を自分の考えで消費者に語りたいと思っている。そのことが風評被害と対峙し、また自らが風評加害者にならないことと信じて。
参考文献

・「食のリスク学」 中西準子(日本評論社)2010年

・『ほんとうの「食の安全」を考える』 畝山智香子(日本評論社)2011年

・「安全な食べ物って何だろう」 畝山智香子(化学同人)2009年

・「メディア・バイアス」 松永和紀(光文社)2007年

・「内部被爆の真実」 児玉龍彦(幻冬舎新書)2011年

・「子どもたちを放射能から守るために」 菅谷昭(亜紀書房)2011年

・「人は放射線になぜ弱いか」第3版 近藤宗平(講談社BLUE BACKS)2011年

・月刊誌:文藝春秋2012年1月号『風評加害者になる「私」』(文藝春秋)

・月刊誌:中央公論2010年9月号「放射線リスクの真実」(中央公論新社)

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